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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作者:橋本 直

第45回   季節がめぐる中で 45
 まず襲ってきたのは激しい頭痛だった。そして吐き気。嘔吐するがもはや胃袋の中に吐くものは無かった。そして目が見開かれる。
「おお、起きたぞ」 
 苦しみの中、誠が目を開けると見下ろしているのはタレ目の要だった。すぐにアイシャと明華の顔が目に飛び込んでくる。口の中には吐しゃ物の残滓が残り気分が悪い。
「水は……」 
「とりあえずこれを飲め」 
 そう要に言われてゆっくりと上体を起こす。支えているのはアイシャ。要は色のついた液体を誠の口の前に運ぶ。ぬるくてすっぱい黄色い液体を誠は静かに飲み始めた。ようやくここが『高雄』の医務室であると言うことが分かって誠は恥ずかしさで顔を赤く染めた。
「まったく無茶な飲み方しやがって。まあ、あっちよりはかなりましだろうからな」 
 笑いながら要は隣のカーテンで仕切られたベッドを眺めた。時々うなり声がするので誰かがそこにいるのは間違いなかった。
「神前にも困ったもんだな。どうせ酔いつぶれればあの歌に耐えられるとでも思ったんでしょ?まあ世の中なかなかうまく行かないのはしょうがないけどね」 
 そう言って苦笑いを浮かべる明華。よく見れば明石や吉田の姿も見える。
「大丈夫ですよ。なんとかなりましたから」 
「大丈夫だ?寝言は寝て言えよ」 
 軍医のドム・ヘン・タン大尉は呆れたというように誠の飲み干した液体のコップを受け取る。
「急性アルコール中毒。ひどかったんだぜかなり。瞳孔は開いてるし、時々痙攣まで起こすし……お前達どんな飲み方してたんだ?」 
 全員を見回すドムに明石が静かに頭を下げる。
「それと隣の。あいつはそれほど飲める体質じゃないって言ってなかったか?」 
「いやあ、ビールでああなるとは思ってなかったから……」 
 要がうつむいてつぶやくが、すぐにドムに睨まれて黙り込む。
「隣ってもしかしてカウラさんですか?」 
 飲んだ液体のおかげで次第に意識がはっきりとしていく中で誠がそう切り出した。頭を掻きながらアイシャが頷く。
「あの娘も意地っ張りだからね。誠が飲むのに合わせてビールを飲み続けたら……」 
「うるさい……静かにしろ……」 
 カーテンを開けて這い出してきたカウラ。自分が下着姿であることにまで気が回らないようで、しばらくぼんやりと青ざめた顔を外気にさらしている。
「おい、ベルガー。なんとかならんか」 
 明石の言葉に少し理性を取り戻したカウラがそのままカーテンの中に引っ込む。
「まあ飲むなとは言わないけどな。大人だろ?お前等も。少しは考えて飲むことを覚えてくれよ。それと今回のことで酒の持込を隊長に止めてもらうことが必要かもしれないな」 
「おい!まじか?」 
 今度は要の顔が青ざめる。
「あの人の持ち込みは多すぎるんだよ。今回だって差し入れってことでウォッカ3ケースって……何考えているんだか……」 
 ドムの言葉に室内の空気はどんよりとよどんだ。
「ああ、そう言えば島田先輩達は?」 
 間の抜けた誠の質問に要達は目を見合わせる。
「回収済みだ。島田はもう歩いてるよ」 
「ああ、仕事は無理だから部屋で休ませているけどな……ったくうちに馬鹿が多いのは誰のせいかしら?」 
 明石の顔を見つめる明華。その視線の中でつるつるの頭の巨漢は婚約者に見つめられながら頭をを撫でながら苦笑いを浮かべる。
「じゃあ帰還中ですか」 
 続いている頭痛に顔をしかめながら明石を見上げる。明石は声も無く頷いた。そして彼はスポーツ新聞を誠に渡した。場違いな新聞に不審に思いながら頭を上げて記事を見つめる誠。そこには蛍光ペンで縁取られた記事が踊っていた。
「法術適正者の封印技術の発表?」 
 誠はしばらくこれが何を意味するか分からずにいた。自然に視線が向いた先のアイシャが紺色の長い髪をかき上げている。
「なんで私の顔を見るの?」 
「いえ……あ!そう言えば今度の職業野球のドラフトって明後日じゃないですか?」 
 ようやく誠は話が飲み込めた。法術適正により東都職業野球のドラフトから排除されるはずだったアマチュアのスター達が復活し、アイシャの指名順が下がるかリストから消えるだろうと言うことを。
「なんて言うか……」 
「どちらにしろワレは問題になっとらんからのう」 
 明石の言葉に照れ笑いを浮かべる誠。自然と左肩に手が伸びるのはまだこだわりを捨てきれないのかも知れないと思いながら誠は静かに手を話した。
「アイシャ。やっぱりプロ行きたかったんじゃないのか?」 
 ニヤニヤしながら切り出す要。だが、笑顔を称えたままでアイシャは首を横に振る。
「今の仕事は気に入っているし、そんな勝負の世界のギリギリの精神状況なんてこっちから願い下げよ。それに誠ちゃんが……」 
 笑うアイシャ。緊張が走るのを悟って誠は再び記事に目を通した。
「へえ、アマチュア競技のすべてで登録選手の検査実施と法術適正者の封印処置について地球連合保険局と遼州同盟厚生局が責任を持つ……ですか。スポーツが平和貢献するとはなかなかいい話ですね」 
 そう言って誠は新聞を要に渡した。ドムが気を利かせてスポーツ飲料のペットボトルを誠に渡す。
「病人を刺激するのはそれくらいにしておいてくれ。あとはあれだ。脱水症状に注意しながら安静にしてれば何とかなる。まあベルガーはもう動いても大丈夫だぞ」 
 ドムの言葉にカーテンがひらかれる。上着をつっかけた姿のカウラがのろのろと起きだしてきた。明らかに顔色が悪いのは仕方が無いことだと誠は笑った。
「よう、飲みすぎ隊長殿。ご気分は?」 
 へらへらと笑いかける要を黙って睨みつけるカウラ。誠はドムからもらったペットボトルを飲み干すとそのままベッドに体を横たえた。
 その姿を見て明石や明華は納得したように要達に目配せする。要は珍しくじっと誠を見つめた後、布団を誠にかけてやっていた。
「これでミッションは最終局面に入ったわけだ」 
 彼らを見つめながら吉田がそうつぶやくのが誠の耳に届いたが、次第に睡魔に襲われていく彼にその言葉を意識する能力はすでに無かった。


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