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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作者:橋本 直

第43回   季節がめぐる中で 43
 保安隊運用艦である重巡洋艦『高雄』はバルキスタン内陸の荒涼とした山岳地帯上空を南下していた。眼下には誠の攻撃で意識を失うか全身麻痺の症状を起こしている政府軍、反政府軍、そして難民達が時が止まったように動かないでいるのが見える。そしてその救援の為に派遣された同盟加盟国の軍や警察、医療機関スタッフの車両走り回る様を見ることが出来た。
 誠は一人格納庫の小さな窓から自分が発した非破壊兵器の威力には恐ろしさと戦闘を未然に防いだという誇りを共に感じながらたたずんでいた。警備部はすでにウォッカを回し飲みし、戦勝気分を味わっているが誠にはその輪に入る勇気が無かった。
「おい、ビール飲むだろ?」 
 要はパイロットスーツの上をはだけてアンダースーツを見せるようにして、手にしたビールの缶を誠に渡した。誠はそれを受け取りながらダークグリーンの作業服の襟を整える。
「これだけの地域の制圧を一人でやったんですね」 
 艦船の他国上空での運行にかかわる条約の遵守の為に低速で飛行している『高雄』だが、すでに07式を回収した地点からは30分も同じような光景が眼下に繰り広げられている。手を振るアサルト・モジュールは治安維持部隊所属の西モスレムのM7だった。
「それだけたいした力を見せ付けたってことよ」 
 アイシャの声が聞こえて誠は振り返った。そこにはパーラと二人でよたよたとクーラーボックスを運んでくる紺色の長い髪の女性の姿が見えた。
「おっ、気が利くじゃねえか。ビールか?それ」 
 要の手にはすでにウォッカの瓶が握られている。アイシャは要を見つめながらにやりと笑うと格納庫の床に置いたそのクーラーボックスを開く。中には氷と缶ビールが並んでいる。
「どうぞ、どんどん取ってよ。あちらもかなり気分良くなっているみたいだしね」 
 アイシャが振り向いたので、要と誠はそちらに視線を走らせる。そこではほとんど飲み比べという勢いで酒を消費している警備部の兵士の姿があった。その中央であまり笑顔を見たことのない警備部部長のマリアが部下の髪を引っ張ったりしながらふざけあっているという光景が展開していた。
「じゃあ私も飲もうかな。疲れたしな」 
 突然のカウラの声に伸び上がる誠。
「そんなに驚かなくても良いじゃないか」 
 そう言うと珍しく自分で缶ビールに手を伸ばすカウラ。
「オメエはできれば飲まない方向でいてくれると助かるんだけどな……あまさき屋の帰りとかに」 
 ウォッカをラッパ飲みしながら要がいつものように皮肉を飛ばす。いつものあまさき屋での騒ぎを思い出しているようで特徴的なタレ目がきらきら輝いている。
「運転代行を頼めばいいだけだろ?」 
 カウラはそう言うと缶を開ける。先ほどのアイシャとパーラが運んできた時の振動で震えていたのかビールの泡が吹き出し格納庫の床に広がる。
「おいおい、慣れねえことするから、誠!雑巾取って来い!」 
 酔った要の言葉に思わず泣きそうな視線を送る誠。
「いいわよ、神前君。私が持ってくるから。アイシャも一緒に飲んでて」 
 そう言うとパーラが居住ブロックに駆け出していく。
「いい奴だよな、あいつ」 
「そうね。本当にいい子よ」 
「となると許せないのは槍田だな」 
 要、アイシャ、カウラの瞳がぎらぎらと光る。誠は彼女をもてあそんだと言われている機関長槍田にどのような制裁が加えられるのかとひやひやしながら三人を見守っていた。
「そこの三人!来なさい」 
 叫び声に振り向いた要と誠に手を振るマリア。いつもは凛々しく引き締まった表情でブリッジの女性隊員の憧れともなっているマリアが、戦闘服のボタンを大胆に外した色気のある姿で誠達を呼んでいた。
「そうだな、ヒーロー!」 
 要は誠の肩に手を回そうとするが、その手をアイシャが払いのける。
「何をしようとしていたのかしら?もしかしたら誠ちゃんと肩を組んで……」 
「な、な、何言ってんだ!誰がこんなへたれと肩を組んでキスをしたりするもんか!」 
 そこまで言ったところで要に視線が集まる。警備部の屈強な男達や技術部の酒盛りを目の前に仕事を続けている隊員達の視線が要に集中する。
「……誰もキスするなんて言ってないわよ」 
 アイシャの言葉が止めを刺して要が頬を赤らめて黙り込む。
「ビールがうまいな」 
 突然場を読まずにカウラがそう言った。要は誠から離れてカウラの肩に手をやる。
「旨いだろ?仕事のあとの酒は。オメエは飲まないだけで飲もうと思えばパーラぐらいは飲めるはずなんだから。さあぐっとやれ!」 
「あからさまに話をそらそうとしているわけね……じゃあ」 
 そう言うとアイシャが誠の肩にしなだれかかる。その光景に口笛を吹いたり手を叩いたりして警備部の酔っ払い達は盛り上がった。振り向いた要が明らかに怒っている時の表情になるのを誠は見ていた。しかし、タレ目の彼女が怒った顔はどこか愛嬌があると誠はいつも思ってしまい、顔がにやけてしまう。
「そこ!何してんだよ!」 
「あら?要はカウラに酒の飲み方を教えるんでしょ?私は我等がヒーローと喜びを分かち合う集いに出るだけよ」 
「じゃあ、だったら何でそんなに誠にくっついているんだ?」 
 誠は自分の顔が茹でダコのようになっているのがわかった。明らかにアイシャは胸を誠の体に擦り付けてきている。長身で痩せ型のアイシャだが、決して背中に当たる彼女の胸のふくらみは小さいものではなかった。
「うらやましいねえ、神前曹長殿!」 
「色男!」 
「あやかりたいなあ!」 
 そんな誠への野次が飛ぶ。ロシア語で誠に分からないように話し合ってはにやけてみせる警備部の面々に誠はただ恥ずかしさのあまり視線を泳がせるだけだった。
『みなさん!楽しんでいるところ悪いんだけど、第四小隊のお迎えが出るので移動してもらえるかしら?』 
 格納庫に響く『高雄』艦長鈴木リアナ中佐の声。警備部の面々はそれぞれに酒瓶を持ちながら床に置いた銃を拾って立ち上がる。
「じゃあオメエ等それ持て」 
 要はそう言うとビールと氷の入ったクーラーボックスを足で誠達の前に押し出す。
「私達で?」 
 露骨に嫌そうな顔をするアイシャ。アルコールが回ってニコニコとし始めたカウラが勢いよく首を縦に振る。
「すみませんね、アイシャさん」 
 そう言うと誠はクーラーボックスのふたを閉めようとした。
「もう一本もらうぞ」 
 カウラはそれを見てすばやくクーラーボックスの中の缶ビールを一本取り出す。
「意地汚いねえ」 
 そんなカウラを鼻で笑いながら要はウォッカの酒瓶を傾けて、半分ほどの量を一気に飲み干した。
「さっさと武器の返還してと!飲むぞ!今日は」 
 部下達にそう言うとマリアは手にしていたSVDSドラグノフを武装保管担当の兵士に手渡した。
「ああ、そう言えばキムの野郎バカンスだとか言ってたな」 
 次々とベストからライフルのマガジンを取り出しては担当兵士に渡していく警備部の兵士達を見ながら要がつぶやいた。
「そう言えばそうですね」 
「いなくても気がつかない……影が薄いんじゃないの」 
 誠とアイシャの言葉に頷きかけたカウラだが、そこは隊長らしく深く考え込む。
「それは言いすぎだろ。キムは一応部隊の二番狙撃手だ。なにか別任務でも隊長から与えられているかも知れないだろ?」 
 そう言うカウラだが要とアイシャは一斉に天井を向いて一考した。
『それは無いな!』 
 二人がタイミングを合わせたようにそう言う。
「おう!ご苦労さん」 
 そう言ってエレベータから現れたのは明石だった。
「タコ、今回の作戦はこれでいいのか?」 
 言いたいことが山ほどあると言う表情で明石を睨みつける要。だが、そのつるつるの頭を叩いているサングラスの大男はただにやにやと笑うだけだった。
「中佐は今回は留守番ですか?」 
「ああ、まあそう言う形になってもうたからのう。ワシ等が出張らなならんようになったら困るんじゃ。そう言う意味では神前はようやってくれた」 
 そう言ってからからと笑う明石。
「ほうじゃ!ワレ等の健闘を祝してケーキを用意しといたから……食うか?」 
 自信満々でたずねる明石。だが、要は辛党であり甘いものは苦手だった。露骨に嫌な顔をする。
「ああ、それといろいろと酒も用意しといたけ、気が向いたら……」 
「なんだよ、タコ。それなら早く言えよ。神前!行くぞ」 
 そう言って誠を引っ張る要。
「無茶しないでよ!クーラーボックス落しちゃうでしょ!」 
 引っ張られてあわてるアイシャ。酒に釣られている要はそのまま軽がるとクーラーボックスを持ち上げてエレベータに向かう。
「おい!置いてくぞ!」 
 よく見れば缶ビールを飲みながら明石や要に先駆けてエレベータの中にいるカウラ。
「ちゃっかりしているのね」 
 缶ビールをちびちび飲むカウラを呆れた視線で眺めながらアイシャは冷えた両手をこすって暖めている誠の背中を押すようにしてエレベータに乗り込んだ。
 エレベータに無理やり誠が体を押し込むと扉が閉じた。巨漢の明石と大柄な誠、カウラもアイシャも女性としてはかなり大柄である。居住区を同型艦よりも広く取ってあるとはいえ、エレベータまで大きくしたわけでは無かった。さらにビールの入った大きなクーラーボックスがあるだけに全員は壁に張り付くようにして食堂のフロアーに着くのを待った。
 ドアが開いて誠がよたよたとクーラーボックスを運ぼうとするがアイシャを押しのけて飛び出していく要に思わず手を放しそうになって誠がうなり声を上げた。
「ちんたらしてるんじゃねえよ!」 
 要の言葉に苦笑しながら誠とアイシャはクーラーボックスを運び続ける。
「なんじゃ。ヒーローがすることじゃないのう。ワシがかわっちゃる」 
「えっ……そんな」 
「ええから、ええから。ワレの為の宴会じゃ。好きに飲んどけ。今日だけはワシが誰にも文句を言わせん!」 
 そう言いながら誠と入れ替わる明石。
「私は?」 
「ワシは知らん!」 
 替わってくれというようにつぶやくアイシャに冷たく言い放つ明石。誠はすがるような瞳で見つめるアイシャを置いてそのまま食堂に向かった。
「おい!先にやってるぜ」 
 そう言いながらすでに手元に新しいウォッカの瓶を三本確保している要。カウラは目の前の栓を抜かれたビールを飲むべきかどうか迷っているようだった。
「神前曹長!」 
 きりりと響くハスキーな女性の声。目を向けた誠の前にマリアの金髪が翻った。
「今回の作戦の最大の殊勲者は貴様だ。とりあえずこれを」 
 そう言うと誠に小さなグラスを渡すマリア。そこにはきついアルコール臭を放つウォッカがなみなみと注がれていた。
「良いんですか?」 
「当たり前だ」 
 マリアに即答され、警備部の面々に囲まれてビールを並べる作業に従事しているアイシャと明石に助けを求めるわけにも行かず誠は立ち尽くしていた。
「姐御の酒だ!飲まなきゃな」 
 再びウォッカをラッパ飲みしながら要が笑う。
 逃げ場が無い。こうなれば、と誠は一気にグラスを空ける。
「良い飲みっぷりだ。カウラ、お前からも酌をしてやれ」 
 そう言って一歩下がるマリアの後ろに、相変わらず瓶を持つか持たないかを悩んでいるようなカウラの姿があった。
「ベルガー大尉の酌か!うらやましいな」 
「見せ付けてくれるねえ」 
 すでにテーブルに並んでいるソーセージやキャビアの乗ったクラッカーを肴に酒を進めていた警備部員の野次が飛ぶ。
「誠……いいのか、私の酒で」 
 覚悟を決めたと言うように瓶を持ったままそろそろと近づいてくるカウラ。気を利かせた警備部員のせいで誠の前には三つもグラスが置かれていた。誠はそれを手に取るとカウラの前に差し出した。
 真剣な緑の瞳。ポニーテールのエメラルドグリーンの髪を震わせ不器用にビールを注ぐカウラ。
「あっ!もったいない」 
 警備部の士官が叫ぶ言葉は誠とカウラには届かない。注ぎすぎて出た泡に口を近づけた誠とカウラ。二人はそのまま見つめあった。
「あーあ!なんか腹にたまるもの食べたいなー!」 
 要が皿を叩く音で二人は我に返った。
「ああ、ちょっと待ってください。チーズか何か持ってきますから」 
 そう言ってなだめようとする誠。だが誠を遮るように立ち上がった警備部員が首を振りながら外に駆け出していく。
「良い雰囲気ねえ。私も見てるから続きをどうぞ」 
「アイシャ。何か誤解しているな。私と神前曹長は……」 
 ニヤニヤと細い目をさらに細めてカウラを見つめるアイシャにカウラは頬を赤らめる。
 当然警備部の兵士達は面白いわけは無いのだが、マリアと明石がハイペースで酒を飲み続けながら睨みを効かせているので手が出せないでいた。
「まあ、いいや。誠、つぶれてもいいんだぜ」 
 そう言いながらもうウォッカの一瓶を空ける勢いの要。アイシャは悠然とテーブルを一つ占拠してキャビアやイクラなどを狙って食べ始めている。
「なんじゃ、おもろないな。歌でも歌う奴は居らんのか?」 
 明石の声に静まる食堂。だが、そこで急に電源が落ちた。騒然とする人々。
「私の出番ね!」 
 入り口の電灯だけが点される。
 そこに立っていたのはこの運用艦『高雄』艦長の鈴木リアナ中佐だった。きりっとした桜色の留袖を着て手にはマイク。完全な演歌歌手のような姿で悠然と食堂に現れる。その姿はディナーショーの演歌歌手に見えないことも無かった。
 だが、全員のこめかみは引きつっていた。手に酒を持っている隊員はすばやくそれを飲み干す。明石の前のビールにも警備部の兵士達が殺到してあっという間にビールの缶は無くなった。
 通称『超音波攻撃』と言われるリアナの得意の電波演歌。彼女が歌えばどんな名曲も電波ソングに変換され、聞くものに壮絶なダメージを与える。兵達ばかりでなく厨房の面々もすばやく耳栓に手を伸ばす。
「皆さんのおかげでバルキスタンでの戦闘行為は中断されました。それを称えて私、鈴木リアナが一曲歌わせてもらいます!」 
「おい、誰か止めなかったのか?」 
 マリアは通信端末をブリッジとつなげる。ブリッジでサラの代役で通信を担当している女性将校は困った顔で首を横に振った。アイシャが副長に出世し不在。パーラは今回はアイシャのバックアップで不在。サラは第四小隊の支援に出ており不在。エダはキムと一緒に旅行に行って不在。とにかくリアナを押さえることが出来るブリッジクルーはいなかった。
「お姉さん。いいんですか?仕事は」 
 カウラは一人リアナに意見する勇気を持ち合わせていた。だが、彼女の後ろのテーブルには9本の缶ビールが確保されており、正気を吹き飛ばして状況をやり過ごすと言う選択肢を捨てていないことを人々に見せ付けていた。
「大丈夫よ。みんないい娘ばかりですもの第四小隊の回収くらいなら簡単にこなしてくれるわ。それよりも皆さんに楽しんでいただく方が大事ですもの!」 
 その言葉と共に早速イントロが流れ始める。誠は静かに要から手渡されたウォッカの瓶を受け取るとすばやくふたを開け、そのまま胃の中にアルコール度40度の液体を直接流し込んだ。


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