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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作者:橋本 直

第41回   季節がめぐる中で 41
 嵯峨のカスタムしてくれたサブマシンガンを片手に誠はゆっくりと07式の残骸に近づいていった。強烈な異臭が彼の鼻を覆い思わず手を口に添える。
「そんなに警戒する必要は無いと思うぞ。この地域はほぼ制圧していたからな、反政府勢力も先ほどの光景を目にしていれば手を出してくることも無いだろうし」 
 そう言うのは警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐だった。彼女の部下達も明らかにおびえている誠の姿が面白いとでも言うように誠の後ろをついて回る。原野に転がる07式の姿は残骸と呼ぶにしては破壊された部分が少ないように見えた。近づくたびに、異臭の原因が肉が焼けたような匂いであることに気付く。
 突然、その内部からの爆発で押し破られたコックピットの影で動くものを見た誠はつい構えていたサブマシンガンのトリガーを引いてしまった。
「馬鹿野郎!味方を撃つんじゃねえ!」 
 そう言って両手を挙げて顔を出したの要だった。安心した誠はそのまま彼女に駆け寄る。
「すいません……ちょっと緊張してしまって……」 
「フレンドリーファイアーの理由が緊張か?ずいぶんひでえ奴だな……見ろよ」 
 要には今、誠に銃で撃たれそうになったことよりも、コックピットの中が気になっていた。彼女にあわせて07式のコックピットを覗き込んだ誠はすぐにその中の有様に目を奪われた。
 その中には黒く焦げた白骨死体が転がっていた。付いていたはずの肉は完全に炭になり、全周囲モニターにこびりついているパイロットスーツの切れ端がこの死体の持ち主がすさまじい水蒸気爆発を起こしたことを証明していた。
「典型的な人体発火現象ですね」 
 誠は思わず胃の中のものを吐き出しそうになる衝動を抑えながらつぶやいた。人体発火現象は遼州発見以降、珍しくも無い出来事になっていた。それが法術の炎熱系能力の暴走によるものであると世間で認識されるようになったのは、先日の誠も参加した『近藤事件』の解決後に遼州同盟とアメリカ、フランスなどの共同声明で法術関連の研究資料が公開されるようになってからの話である。
 人間の組成の多くを占める水分の中の水素の原子組成を法術で変性させて、水素と酸素を激しく反応させて爆発させる。この能力は多くは東モスレムなどのテロリストが自爆テロとして近年使用されるようになっていた。コストもかからず、検問にも引っかからない一番確実で一番原始的な法術系テロだった。
「ひでーな。こりゃ」 
 誠が見下ろすと小さな上司、ランがコックピットの中を覗き込んでいる。
「クバルカ中佐。法術防御能力のある07式のコックピットの中の人物を外から起爆させることなんてできるんですか?」 
 誠は小さな体でねじ切れた07式のハッチについたパイロットスーツの切れ端を手で触っているランにたずねてみる。
「理屈じゃあできないことじゃねーけどさ。広範囲の法術がすでに発動している領域にさらに介入して目標を特定、そして対象物を起爆させるってなれば相当な負荷が使い手側にもかかるわけだが……。でもこの有様じゃあそれをやってのけたわけだ……その怪物みたいな法術師は」 
 ランが感心しながらコックピットの上のモニターに乗って後ろ向きに中を覗き込む。
「あとは技術部の仕事になりそうだな。見ろ」 
 隣で狙撃銃を肩から提げて振り返るマリアの視線の先にはゆっくりと降下してきている『高雄』の姿があった。
『みんな無事?大丈夫なの?』 
 通信機から艦長であるリアナの心配そうな声が聞こえてくる。
「ああ、大丈夫だ。うちは足首を捻挫した馬鹿が一名出ただけだ。それと……」 
 マリアががけの下をのぞき見ると駆け足で駆け寄ってくるカウラの姿があった。
「第二小隊は全員無事です。それに東和陸軍の三人の協力者も」 
 カウラの言葉にコックピットの上に乗っかっているランも頷いた。
 『高雄』を見上げる誠達に向かって小型の揚陸艇が進んでくる。
『あんまり動かさないでくれよ。そいつは重要な資料なんだから』 
 珍しく仕事熱心なヨハンの巨大な顔が通信端末に拡大される。
「おい!エンゲルバーグ。一言言っていいか?」 
 ニヤニヤ笑いながら要が怒鳴る。
『そんなにでかい声で……なんですか?』 
「痩せろ!」 
 要がそう言うと同意するとでも言うように倒れている07式を取り巻いているフル装備の警備部の兵士達が笑う。
『西園寺大尉。人の体型とかをあげつらうのは良くないことだと思うんですけど……』 
 消え入りそうな声でそう言ったレベッカに巨体をゆすらせて頷くヨハン。
「それはオメエもそうだろ?」 
『私はそんなことは言いません!』 
 そう言って大きすぎる胸を揺らしながら怒ってみせるレベッカ。誠がそのやり取りを聞きながらカウラに目をやってしまう。カウラはレベッカの胸を見ながらぺたぺたと自分の胸を触る。
「やっぱり天然はだめだ。それよりロナルドの旦那とは連絡がついたのか?」 
 そう言って画面を切り替えた要。誠もなんとなく彼女に従ってチャンネルを変える。『高雄』の艦長の椅子が映し出されるが、そこにはリアナの姿が無かった。
『おいしいわね……このお饅頭。え?八橋もあるの?じゃあお茶に……あ?通信!大変、大変!で、要ちゃん?』 
 すっかり休憩モードで日本茶をすするリアナに要のタレ目がさらにタレてリアナを見つめる。
「お姉さん、露骨に休憩しないでくださいよ。一応ここは戦闘区域なんですよ」 
『ごめんね、隊長からの差し入れが届いたのよ。胡州名産生八橋よ。それに……』 
「帰ってきたんですか?叔父貴」 
 明らかに要が不機嫌なのを察知した誠だが、そのようなことを考えるリアナではなかった。
『まだよ。先にお土産を送るって新港に届いたのよ。だって生八橋は早く食べないと駄目になっちゃうじゃないの。大丈夫。一人あたり一箱くらいあるから』 
「あのアホ中年……一人一箱も生八橋食うかってえの!」 
 要は着陸しようとする揚陸艇から降りてくるヨハン達に手を振りながら苦笑いを浮かべる。その後ろに続いて下りてくる整備班員の手にはすでにこの場にいる兵士達に配るための生八橋の入ったダンボールが置いてあった。呆然とマリアは狙撃銃を背負いながら走ってきた下士官から八橋の箱を受け取った。
「要、まったくそのとおりだな。こんなに食べたら口の中大変なことになるな」 
 マリアは手にした箱を脇に抱える。それをランが不思議そうな顔をしながら見つめている。
「生八橋?」 
「ああ、クバルカ中佐は知らないかもしれませんね。日本の京都の名産だそうですが、胡州の生八橋も有名なんですよ。あの国は公家文化の国ですから」 
 マリアはそう言うとダンボールから大量の生八橋の箱を取り出す整備兵を苦々しげに見つめている。
「ああ、要もシュバーキナ少佐もこれは苦手でしたね」 
 そう言うとマリアに手渡そうとした生八橋の箱を取り上げるカウラ。
「そうね、私が食べてあげるわ」 
 同じくすでに着陸していた輸送機から歩いてきたアイシャが要の生八橋を取り上げる。
「おいしいですよ。もったいないなあ」 
「そうでしょ?誠ちゃん。ほら、私達はソウルメイトなのよ!」 
 誠の手を取り胸を張るアイシャ。誠は苦笑いを浮かべながら風に揺れるアイシャの濃紺の長い髪を見て笑顔がわいてくるのを感じていた。
「そう言えば明華の姐御はどうしたい!」 
 整備班の兵長からアルミのカップに入れた日本茶を受け取りながら要がそうたずねた。兵長はすぐに隣で07式の回収のためにワイヤーを巻きつける作業を指揮していたレベッカに視線を向けた。
「ああ、部長ですか?明石さんと輸送機で第四小隊が篭城していた基地に向かいましたよ」 
 そう言うとレベッカは再び作業に戻る。
「島田の馬鹿を殴りに行ったのかな」 
 要の言葉に、アイシャは彼女の肩に手をやって呆れたように首を振る。
「わかって無いわねえ。二人は婚約者よ。色々話したいこととか……」 
「あのなあ、一応仕事だぜ、アタシ等がここにいるの。別にそんな帰りゃあいくらでもいちゃつけるんだから……」 
 かわいそうな目でお互いを見つめあう要とアイシャ。その滑稽な姿にカウラと誠は噴出した。
「おい、何がおかしいんだ?」 
「おかしいところなんて無いわよねえ、要ちゃん」 
 抗議する要とアイシャを見てさらに誠とカウラは笑う。
「オメー等。くっちゃべっている暇があるなら撤収準備を手伝えや」 
 ランはそう言うとそのまま東和軍の部下達のところに走っていく。
「クバルカ中佐!八橋!」 
 三つの八橋の箱を持ったヨハンが巨体を揺らして走っていく。箱を受け取って笑顔を浮かべるランを横目に見ながら要が視線をヨハンに向ける。
「とりあえず何かできることあるか?」 
「あ、西園寺大尉。とりあえず05式でこの残骸を運ぼうと思うんですけど……あの通信施設に東和の機械を載せてる輸送機じゃこれの情報が東和空軍に筒抜けになるから上空の『高雄』の格納庫まで引っ張りあげないと……」 
 八橋を食べ始めたヨハンを制したレベッカはそう言うと落ちかけたメガネをかけなおす。その姿になぜか口を尖らせながらカウラがレベッカの前に出た。
「一応、私が第二小隊の隊長だ。そう言う指示は私を……」 
「細けえこと気にするなよ。どうせやることは同じなんだ。カウラ、起動すんぞ!それと神前のこの馬鹿長いライフルはどうするんだ?」 
 そう言うと要は目の前の誠の05式乙型の手にある非破壊法術兵器を指差す。
「仕方が無いだろ。神前はそのまま『高雄』に帰還だ。私と西園寺でこいつを引っ張りあげる」 
 カウラはそう言うと自分の05式に向かって歩き始める。要はレベッカの不釣合いに大きな胸をしみじみと眺めた後にため息をつくと去って行った。
「あのう、神前君。私何か悪いこと言ったかしら」 
 長崎出身らしく微妙な訛りのあるイントネーションで誠に話題を振るレベッカ。
「いやあ、なんでしょうねえ」 
 誠はただ二人が見ていたのはレベッカの胸だと言うわけにも行かず、ただ愛想笑いを浮かべながら隣に立つ自分の機体に乗り込む。
「ああ、あの人の天然にも困ったもんだな」 
 そう独り言を言うと、誠はコックピットに乗りこんだ。ハッチが降り、装甲版が下がってきた。朝焼けの中、誠は重力制御システムを起動させ、05式で上空に滞空する『高雄』に向かった。
「第二小隊!三番機。帰等します」 
『お疲れ様!誠君』 
 複雑な表情の誠に笑顔のリアナが口に八橋をくわえながら答えた。


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