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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作者:橋本 直

第39回   季節がめぐる中で 39
『むー……』 
『どうしたんだ?西園寺。くしゃみでも出るのか?』 
 誠の05式はすでにすべての射出準備を終え、モニターで先発を切るカウラと後詰の要の二人の顔がモニターに浮かんでいる状態だった。
『噂話でもしてるのかねえ。ったくどこの馬鹿だ』 
 サイボーグ用の特殊なその特徴的なタレ目を隠しているゴーグルのついたヘルメットの下で閉じた口と鼻を動かす要。笑みを浮かべながらそんな要をからかうカウラ。
『投下予定ポイントまで一分!』 
 菰田の叫び声と共に輸送機は大きく傾いた。
『このまま対空射撃でどかんは勘弁してくれよ』 
 ようやく落ち着いた要の口元にいつも戦線に立つ彼女特有の薄ら笑いが口元に浮かんでいるのが見える。誠は何度も操縦棹を握りなおした。手袋の中は汗で蒸れている。気が変わり右手で腰の拳銃に手をやる。
「落ち着けよ少しは」 
 そう言って笑う要に誠もただ苦笑する。
『レーダーに反応!9時の方向より飛行物体3!信号は東和陸軍です!』 
 パーラの鋭い声。誠のモニターに今度はパイロットのヘルメット姿のランが映った。
『待たせたな!どこの機体だろうがオメー等は落させねえよ!予定通り侵攻しろ!』 
 ランの言葉に合わせるようにして輸送機が再び大きく傾く。
『ハッチ開きます!』 
 それまで三体のアサルト・モジュールを眺めていた整備班員が次々に隣の加圧区画に消えていく。
『カウント!テン!ナイン!エイト!……』 
 パーラのカウントが始まるとカウラのヘルメットの中の顔が緊張して引き締まって見える。誠はその姿に目を奪われた。
『射出!』 
『一号機!カウラ・ベルガー、出る!』 
 誠の機体が一号機のロックが外れた反動で大きく揺れる。そして一号機をロックしていた機器が移動して誠の機体が射出ブロックに押し込まれる。誠は自分の05式乙型が装備している長い非破壊広域制圧砲を眺めた。
『大丈夫だって。そいつを入れての飛行制御システムは完璧なんだ。自信を持てよ』 
 そんな要の言葉を背に受けた誠は黙って操縦棹を握りなおした。
『カウント!テン!……』 
『私は信じているから』 
 パーラのカウントの声にかぶせるようにアイシャの一言が聞こえた。誠は呼吸が早くなるのを感じる。手のひらだけでなく背中にも汗が染みてきていた。
『ゼロ!』 
「神前誠!出ます!」 
 パーラのカウントに合わせて誠が叫ぶ。
 がくんと何かが外れるような音がした後、レールをすべるようにして05式乙型は輸送機から空中へと放り出された。シートに固定されていた体に浮遊感のような感覚が走った後、すぐさま重力がのしかかるがそれも一瞬。すぐに重力制御の利いたいつものコックピットの状態になりゆっくりと全身の血流が日常の値へと戻っていくのが体感できる。誠はそのまま機体の平行を保ちつつ、予定ルートへと反重力エンジンを吹かす。要の言ったとおり、長くて重い法術兵器を抱えていると言うのに誠の乙式はいつもと同じようなバランスで降下していくカウラ機のルートをなぞって誠の機体は高度を落して行くことができた。
 誠の機体の高度は予定通りの軌道を描いて降下を続けていた。そこに突然未確認のアサルト・モジュールから通信が入る。
『進行中の東和陸軍機及び降下中のアサルト・モジュールパイロットに告げる!貴君等の行動は央都条約及び東和航空安全協定に違反した空域を飛行している。速やかに本機の誘導に……何をする!』 
 イントネーションの不自然な日本語での通信が入る。誠は目の前を掠めて飛ぶ機体に驚いて崩したバランスを立て直す。ヨーロッパの輸出用アサルト・モジュール『ジェローニモ』。空戦を得意とする軽アサルト・モジュール。西モスレムの国籍章を付けた隊長機らしい機体が輸送機に取り付こうとしてランの赤い機体に振り払われた。
『邪魔はさせねーよ!菰田、そのまま作戦継続だ!』 
 ランの叫び声にモニターの中のパーラが指揮を取るアイシャを見上げていた。
『作戦継続!要、アンタのタイミングでロックを外すわよ』 
『任せとけって……3、2、1、行け!』 
 要の叫び声が響くが、誠にはそれどころではなかった。一機のジェロニーモが誠の進行方向に立ちはだかっていた。手にした法術兵器が作戦の鍵を握っている以上、誠は反撃ができない。それ以前に相手はバルキスタン紛争に関心と利権を深く持っている同盟加盟国の西モスレム正規軍機である。
『空は任せろよ!2番機、3番機は神前機の護衛に回れ!あれが墜ちれば終わりだ!』 
 誠はひたすらロックオンを狙うジェロニーモから逃げ惑う。手にしている馬鹿長い砲を投げ捨てて格闘戦を挑めば万が一にも負けることの無いほどのパワーの差があるのが分かっているだけに、誠はいらだちながら逃げ回る。
 そこに敵にロックオンされたと言う警告音が響く。誠が目を閉じる。
 ランの部下の89式が目の前のジェローニモに体当たりをしていた。バランスを崩して落下するジェローニモ。
「ありがとうございます!」 
『仕事だ、気にするな。アタシのレーダーでは他にあと四機邀撃機があがりやがった。しかも東和陸軍のコードをつかってやがる……こっちは落とせるな。これからは輸送機の護衛任務に専念するからあとはカウラ、何とかしろ』 
 その通信が切れると誠の機体のレーダーには取り付いていた三機のジェローニモがランの部隊の威嚇で誠達から距離を置いたと言う映像が浮かんでいた。
『対空砲火、来るぞ』 
 ジェローニモから逃れるために回避行動を取っていた誠の機体に追いついてきていた要の2番機が手にしたライフルで地上を狙う。すでに高度は千メートルを切っていた。誠の機体のレーダーには今回の標的である反政府軍のアサルト・モジュール2機と三十両を超える車両の存在が写っている。
 誠の機体をすり抜けるように要のライフルが火を噴いた。現在基地のレーダーは使用不能ということもあり機体のスタンドアローンのレーダーの扱いに慣れていないのか、まったく無抵抗に敵のアサルト・モジュールは撃破された。
『あまり派手に動くな!あくまで目標地点への到達が主任務なんだからな』 
 カウラはすでに禿山の続くバルキスタン中部にふさわしい渓谷の合間に機体を降下させていた。
『でもまあ駄賃くらいは……』 
 要はそう言うとライフルを腕のロックに引っ掛けると残りの一機のアサルト・モジュールにサーベルを抜いて突撃する。反政府軍の明らかに錬度の低いパイロットは何もできずに胴にサーベルが突き立つまでただ浮いていただけだった。
『駄目だこいつ等、話にならねえよ。それにしてもこんなのに遼南の正規軍が降伏したって本当か?』 
 要はすぐに無駄に小火器や戦闘機相手の対空兵器で攻撃を仕掛けてくる反政府軍の攻撃を無視してカウラの降下した地点へと向かう。
『遼南軍だからな。あそこは逃げるのと降伏するのは十八番だ』 
 そう言いながらカウラはアイシャから送られた最新の近隣の地図を誠機と要機に送信する。
『現在敵対勢力の集中している地点は想定された状況とほぼ一致している。これからは陸だ。行けるな?』 
 淡々と語りかけるカウラ。要と誠は大きく頷いた。そして深夜の山岳地帯、敵の車両の残骸が散見される開けた土地に着陸を果たした。深夜の闇の中、草木一つ無い荒れた山肌が続く。三機の保安隊第二小隊の05式が並んで進軍していた。着陸阻止に動いた反政府軍には追撃の様子は今のところ無い。機動兵器の数を考えれば彼等が戦力の温存を図っていることは明確だった。だが、誠には一つの疑問が頭に浮かんだ。
「カウラさん。こんなに通信つかっちゃって大丈夫なんですか?」 
 突然の質問にカウラは口を開いたまま固まった。要にいたっては笑い始めている。
『それは……』 
『私から説明するわ』 
 ためらうカウラに管制任務を遂行しているアイシャが口を挟んだ。
『誠ちゃんの法術能力に依存したアストラル通信システムを使用しているのよ。つまり誠ちゃんがターミナルになって各通信の制御を行っているわけ。まあそれほど強い力を必要とするわけじゃないから安心してね。当然思念系通話だから敵にそれなりの力のある法術師でもいない限り傍受は不可能よ』 
 モニターの中で笑うアイシャ。カウラは進撃の指示を出す。
「つまりこの作戦は僕がすべてを決めるんですね」 
 そう言いながら誠には同じような光景が頭を駆け巡る。
 先週の実業団野球のピッチング、大学野球での押し出し、高校時代のサヨナラエラー。
『硬くなるなよ。アタシ等がついているんだから』 
 要の言葉に誠は現実に引き戻された。目の前の川に沿って比較的整備された道が続いている。
『この道路を破壊する余裕はなかったようだな。とりあえず最有力候補のルートを通る』 
 カウラはそう言うと機体のパルスエンジンに火を入れる。震えるような一号機の動きに合わせて誠もエンジンの出力を上げていく。
「では僕も!」 
 そう言うと誠はすべるように道路を南に進攻して行く。
『まだレーダーに反応なしか。つまらねえな』 
 要の言葉に不機嫌になるアイシャ。
『こちらは何とかめどは立ったが……しかし撃墜せずにお帰り頂くってーのは面倒だな』 
 ランの言葉に安心する誠。正規軍との接触が最小限で済んだことは作戦終了時の始末書の数と直結することが頭に浮かんでいただけに大きなため息が自然と漏れた。
『まあちび姐御も役に立つんだな』 
『でけー口叩くじゃねえか!口に似合う仕事はしてくれよ。そうでなければあとでちゃんと落とし前つけてもらうからな』 
 笑いながら叫ぶラン。誠はレーダーをチェックする。このレーダーも法術系の技術が導入されていることは誠も聞かされていた。微弱な反応が続いているのは孤立しながら街道沿いの拠点を警備する政府軍部隊が展開していることを意味するが、彼らはアサルト・モジュールと戦える兵器を保有していないようでじっと動かずにいた。
『反政府軍への援軍が先か、アタシ等の到着が先か。こりゃあ見ものだ』 
 要がいつもの不謹慎な笑みを浮かべていた。
『もうそろそろシュバーキナ少佐からの誘導通信が入るはずだがな』 
 カウラの言葉に要が表情を緩める。
『なんだ、マリアの姐御はこんなところで油売ってたのか』 
『油を売っていたわけでは無いわよ。誠ちゃんの使用する法術兵器の範囲指定ビーコンを設置してもらっていたの』 
 アイシャの言葉に納得したと言うように頷く要。
「でも敵の主力が集まってる地点なんてどうやって割り出したんですか?確かにマリアさん達警備部が特別任務で隊を離れていて、その間にビーコンを設置したと言うのは分かるんですけど……、反政府軍のアサルト・モジュールの所有が判明したのは三日前……!」 
 誠は自分で言いながら気がついた。反政府軍がアサルト・モジュールを所有するに至った経緯もその侵攻作戦でどの侵攻ルートが使用されるかも、そして政府軍がどこで反政府勢力を迎え撃つかもすべて分かった上で嵯峨は胡州へ旅立ったと言うこと。
『なに難しい顔をしてるんだ?』 
 要が口元だけ見えるサイボーグ用ヘルメットの下で笑っている。
「西園寺さんはいつごろ気づいたんですか?隊長がこの混乱の発生を知っていたってこと」 
『まあ叔父貴が胡州の殿上会に出るなんて言い出したころからはある程度何かがあるとは思ってたな。まあうちは『近藤事件』については実績があるから。出口の近藤を叩けば当然入り口のカントを叩くってのは当然だろ?これで『近藤事件』は解決するわけだ、アタシ等にとってはな』 
 闇の中に吸い込まれそうになるのを感じながら要の言葉をかみ締めるようにして誠は前方を見つめていた。
『運がいいというべきかそれとも何かの意図があるのか、それは私も分からないが自分の手でけりをつけるのは悪くないな』 
 先頭を行くカウラの言葉に誠も頷いた。
『おい、神前!アタシだとなんだか腑に落ちない顔してカウラだと納得か?ひでえ奴だなオメエは』 
「そんなつもりは無いですよ!西園寺さんの言うことももっともだと思いますよ!」 
『西園寺さんの言うこと『も』?やっぱりアタシはついでかよ……!』 
 要が急に表情を変える。そして誠の全周囲モニターに飛翔する要の機体の姿が飛び込んできた。
『敵機か?』 
 闇は瞬時に火に覆われた。パルスエンジンの衝撃波を利用してミサイルを誘爆させる防衛機構であるリアクティブパルスシステムで未確認機から発射された誘導ミサイルが炸裂していた。
『各機!状況を報告』 
 落ち着いたカウラの言葉に火に包まれた誠は正気を取り戻した。
「三号機……異常なし!」 
『二号機オールグリーン!ってレーダーに機影が無いってことは車両か……それとも自爆覚悟の防御陣地か?』 
 ライフルを構えながら先頭に着地して周囲を見回す要。誠も全周囲モニターに映る小さな熱源が動き回っている有様。小型の車両の荷台に不釣合いに大きな荷物。それがおそらく小型地対地ミサイルであることはすぐに分かった。
『まずいぞこれは反政府軍の時間稼ぎだ!西園寺、先頭を頼む!』 
 カウラはそう言うと後詰に回った。
『はなからアタシに任せりゃ良かったんだ。とっとと片付けて酒でも飲もうや』 
 そう言うと要はパルスエンジンの出力を上げていく。誠も遅れまいと機体を軽く浮かせた状態で要機の後ろを疾走した。
 悪寒がした。誠はレーダーに目をやった。映ったのは小さな反応ではなかった一瞬では数を把握できない明らかにアサルト・モジュールと分かる機影が低高度で接近を続けている。
「敵影多数!こちらに!」 
『馬鹿野郎!多数なんざ見りゃわかる!数言え!』 
 わざとらしく誠を罵ると要は一気に加速をかける。
『誠ちゃん。マリアお姉さんの位置が分かったわ。転送するからすぐに向かって!』 
「そんな!要さんが突撃して……」 
『神前曹長!これは命令です!すぐに向かいなさい!』 
 厳しい表情のアイシャに誠は何も言えずに転送された地図を見て南西へと急いだ。
『大丈夫だ神前。私もいるんだ!』 
 カウラはそう言いながら誠機を守るように進軍する。視界から消えた要の機体と敵の部隊が接触したことがレーダーで分かる。
「大丈夫ですよね」 
 誠は気づいた。自分の言葉に懇願するような響きが混ざっていることに。だが、カウラは首を左右に振ると誠を先導するようにマリアの出す通信の地点へ機体を進める。
『まずいわね。回り込んだのがいるわよ。5機。動きが早いから西モスレムからの義勇兵でも乗ってるかもしれないわ』 
 画面の中で珍しく神妙な顔をしたアイシャが親指の爪を噛んでいるのが目に入った。
『仕方ないわ。クバルカ中佐!』 
『わあってるよ!まあ条約だとかは嵯峨のおっさんに任せることにしてこっちはアタシがひきつける!カウラと誠はそのまま進撃しろ!』 
 誠の機体のレーダーで輸送機の護衛に回っていたランがすさまじいスピードで降下していた。
「凄い……」 
『感心している場合じゃないぞ!』 
 カウラの声と目の前が爆炎に包まれるのはほぼ同時だった。そして誠の頭にズキンと突き刺さるような痛みを感じる。
「法術兵器?炎熱系です!」 
 カウラの機体も炎に包まれていた。誠はすぐさま干渉空間を展開しようとする。
『力は使うな!たかだかテロリスト風情に私が遅れをとるわけがないだろ!』 
「でも!」 
 誠はそれ以上話すことができなかった。モニターの中のカウラのエメラルドグリーンの瞳が揺れている。
『行け!神前!』 
 ランが敵の遊撃部隊と接触しながら叫んでいる。
「じゃあ!行きますから!」 
 誠はそう叫ぶとマリア達警備部の派遣部隊から出されている信号に向けて機体を加速させた。
「やっぱり付いてくる……二機」 
 誠は自分の機体の武装を確認する。両腕が法術兵器でふさがっている以上、本体の固有武装に頼るしかなかった。ミサイル系ならば旧式のM5ならどうにか対抗できるが、05式と一つ世代の違うだけのM7に出くわせば目くらまし程度の効果しか期待できない。
「逃げおおせればいいんだ」 
 自分に言い聞かせる誠だが、明らかに全身の筋肉が硬直していくのを感じている。
 そんな脳裏によぎるのは最悪の展開を見せた場面ばかり。練習試合のサヨナラ死球。サードの守備の隣を抜けていく白球、そして肩に違和感を感じた大学四年の春のマウンド。一度ネガティブになった心に鼓動が高鳴る。そして視線はレーダーの中で接近を続ける二機の敵アサルト・モジュールの信号に吸いつけられた。恐怖。心はその言葉で満たされて振り回される。
「やっぱり無理ですよ……僕には……」 
 アイシャに聞かれているにもかかわらず誠は自然にそうつぶやいていた。
『そうね、そんなに心が弱いようじゃこれから生きていくのも難しいかも知れないわよ』 
 頭の中で言葉がはじけた。それは通信システムを通して発せられたものではなかった。
「アイシャさん!」 
 誠は叫んでいた。
『言いすぎだぞ!アイシャ。誠!アタシは信じてるからな!お前の根性見せてみろよ!』 
 次に響いたのは要の声だった。誠は我に返り、モニターでも捉えられるようになった二機のM5の姿に視線を移す。
『やれるはずだ。お前は私達の希望だからな』 
 カウラの声に誠は口元をぎゅっと引き締めた。
「格下相手ならこれで十分!」 
 三人に火をつけられた誠の心。むやみにレールガンを乱射するM5の弾道はすべて誠が無意識に形成していた干渉空間にはじかれる。
「こっちも丸腰じゃないんだ!」 
 雄たけびと同時に誠は全ミサイルを先頭に立つM5に向けて発射した。
 ミサイルは一斉にM5を捉えてまっすぐ突き進んでいく。方向を変えようとしたM5の上半身に降り注いだミサイルの雨に形も残さないほどに砕け去る敵。僚機を失って残りのM5はひるんでいるのが誠の目にもわかった。レーダーに映る敵影は要、カウラ、ランの活躍により次第に数を減らしていく。
『神前!早くしろ。予定時刻より1分以上遅れているぞ!』 
 通信に割り込んできたのはマリアだった。漆黒の荒涼とした山並みの中に光のサインが見える。
「一気に行きますよ!」 
 そう言うと誠は法術非破壊砲のバレルを展開させながら一気に山を一つ飛び越え着陸地点を確保しているマリアの隊に合流を果たした。
 誠は山並みに機体を無事に着陸させる。いつもの危なっかしい着陸を見せられている警備部の面々は、そんな誠に賞賛の拍手を送った。タクティカルベストに小銃のマガジンを巻きつけた兵士達の笑顔も誠の痛い機体のコックピットの中のモニターに映っている。すぐさま誠はコックピット座席の後部からキーボードを引き出し、模擬戦で何度と無く叩いたコードを入力していく。
「効果範囲ビーコン接続作業開始!法術系システムを主砲に充填開始!必要時間……2分!」 
 同じくマリアの部下の誘導でカウラの機体が着陸する。
 法術兵器の出力ゲージが臨界点に近づいていく。だが、これで三度目と言う射撃の効果範囲は最大300kmと言う範囲である。演習場での範囲が30kmだったところから考えればそれは明らかに広すぎる範囲だった。
「ヨハンさんも認めてくれたんだ。行ける!いや、やるんだ!」 
 静かにつぶやく誠。足元ではマリアの部隊が向かい側の稜線に向けて射撃を開始していた。
『すまない神前。また渓谷沿いに待機していた敵アサルト・モジュールが起動したとの連絡だ……』 
「大丈夫ですよ、カウラさん。僕は一人でやれますから」 
 レーダーを見る余裕も誠にはなかった。それどころか次第に全身から力が吸い取られていく感じに誠は戸惑っていた。それは目の前で赤く輝き始めた法術兵器の銃身に命が吸い取られていくような感覚だった。
 カウラはマリア達が射撃を続けている山並みから現れたアサルト・モジュールに向かってエンジンをふかす。
『やばいわよ、あれは遼南帝国軍の機体!おそらく反政府軍に寝返った機体よ!まったく本当に役に立たないどころか邪魔以外の何者でもないわね、遼南は!』 
『そんなことははじめから分かってたことだろ?アイシャ!降伏した遼南軍のデータをよこせ!』 
 アイシャと要のやり取りも、今の誠には他人事のように感じられた。遼南軍の弱さは誠も知っている遼州ジョークのひとつだった。だがそんなことを考える余裕は誠には無かった。
 目の前に輝く赤い砲身。そこから発射される思念介入粒子にすべてをかける。誠に今できるのはそれだけのことだった。
「エーテル波正常。アストラルリンク、第四段階までクリアー!」 
 誠はただ何も見えない空間に伸びる銃身だけに神経を集中する。カウラの表情が誠のモニターの中で歪んでいるのがわかる。彼女を苦戦させる敵に誠は一瞬レーダーに目をやった。そこに光るのは遼南軍のアサルト・モジュールの識別信号を出している敵機だった。
『パルチザン化か!まったく遼南軍にはプライドが無いのか?』 
『いまさら何を言っても仕方が無い!あと少し……』 
 カウラの刺のある言葉、マリアの願うような叫び。誠の視線は臨界点に近づきつつある法力ゲージに視線を移した。
「カウント!テン!ナイン!エイト!セブン!……」 
 自動的にカウントを開始する口。誠は機体と自分が一体になっていることを感じた。砲身は血を思わせる暗い赤色から次第に灼熱の鋼のようなまぶしい赤に色を変えつつあった。もう止められない。誠はそう思いながら精神を集中する。
『範囲指定は完璧だ!行け!』 
 マリアの言葉に誠は目の前の地図に浮かぶビーコンの位置に精神をさらに高揚させる。次第に目の前の空間が桃色に光り始め、そこからあわ立つように金色に光る粒が地面からあふれ出てくる。
 そこに突然光りだす地表から生えてきたとでも言うように黒いアサルト・モジュールが姿を現したのに誠は叫びを上げるところだった。先ほど起動したと言う遼南から反政府軍に寝返った機体。法術対応型の証の様に干渉空間を展開しながら一気に誠の機体に距離を詰めていく。保安隊の05式と同じようなフォルム。そして動きの切れはM7などとは違い明らかに最新世代のアサルト・モジュールの動きだった。
 さらに近づくたびに肉眼でも見える干渉空間を展開している敵は、M7などを改造した取ってつけた法術対応型のなどではなく遼南正規軍配備の最新の機体であることを示していた。
『なんだと!新型?07式?聞いてないぞ』 
 通信機から要の声が響く。だが、誠はすでに法術非破壊兵器の発射体勢に入っていた。
『誠!』 
 要が叫ぶ!
『誠ちゃん!』 
 アイシャの悲鳴。
『誠』 
 カウラは言葉を飲み込んだ。
『間に合え!』 
 ランは一気に機体を降下させた。
 誠の目の前で07式がサーベルを振り上げて向かってくるのが分かった。
 だが、誠は操縦棹の先の法術兵器の起動ボタンを押すこと以外何もできなかった。
「行けー!」 
 誠の叫びと共に目の前の赤く光る空間を炎が飲み込むように周囲を真っ赤に染める。進んでくる敵機も、足元のマリア達警備部の兵士達もすべてが赤く染まる。それだけではなかった。逆流するように誠の機体の後ろにも赤い炎は広がり、旧式のM5やM7の動きが引きつったように大きく跳ね上がった直後に力なく地面に倒れこんでいく。
 だが、目の前の07式は一瞬ひるんだだけで赤い炎の中を誠に向けて突き進んできている。サーベルが振り上げられ、誠はただ砲身を抱えたままでそれを受けるしかないように思った。
 だが、不意にその07式がコントロールを失ったように足をもつれさせた。次の瞬間、コックピットの中から破裂するように装甲版がめくれあがり、そのまま誠の機体を避けるように倒れこんで動きを止めた。
 誠はそのようなことを無視してひたすら指定範囲に効力が発生するように機体のバランスを保った。そして地図上の効果範囲は次第に赤く染まり、それがすべてを多い尽くした時、次第に法術兵器の砲身はその赤いきれいな光を弱めて行った。
 闇夜が赤く染まる。全周囲コックピットの大半を赤いやわらかい光が多い尽くした。
『これが……』
 カウラはそれだけ言うと口を一文字にかみ締める。モニターの中の要もアイシャも驚いたように口を開けていた。
「ふう……」 
 ようやく終わった。そう言うように誠はシートに体を預けてため息をついた。そして同時に着陸して07式の隣でライフルを構えているランのホーン・オブ・ルージュに目をやった。
「クバルカ中佐……」 
『言いてーことは分かるよ。だがそれはアタシ等の仕事じゃねーんだ』 
 ランも気づいていた。誠が目の前に07式を見つめた時、明らかにその機体を捕捉している法術師の気配を感じていた。その力の感覚は先日アイシャと喫茶店でお茶を飲んだ時に感じた法術師の雰囲気と似すぎていた。
『そんな悠長なこと言ってられるのかよ!普通じゃねえぞ!こんなところでわざわざ法術を使うなんて全うな市民のすることじゃねえ!テロリストかなんだろ。すぐに追っ手をかけてだなあ』 
『西園寺大尉!速やかに当該地域の敵勢力の排除しなさい』 
 アイシャの声が高らかに響いた。画面の中でサイボーグ用のゴーグルを無理やりはがして頬を膨らましている要。誠も要の気持ちが痛いほど良くわかった。
『指揮官殿の命令だ。西園寺、07式を回収しろ』 
 淡々とした調子でカウラが要に命じる。
『カウラちゃんは甘いわね。まあいいわ。すでに『高雄』はこの空域に進行中よ。積荷は食料と医薬品など、これから法術兵器の効果で倒れたあらゆる人命の救助を担当することになるわ。法術兵器の効果についてはすべての観測地点で十分なアストラルダメージ値を観測しているから私達の仕事はこれで終わり。そのデータの調査はシュペルター中尉のお仕事だもの』 
 アイシャはそう言うとそれまでの緊張した面持ちから変わって、柔らかい視線を誠に向ける。
『本当にこれで終わり?なんだかあっけないな。それに実際の効果が出てるかどうかは見てみないと分からねえんじゃねえのか?』 
 すでにタバコをくわえている要を見ながら誠も頷いていた。
『ああ、それなら大丈夫よ。サラが一目でわかるデータを送ってくれたわ。見る?』 
 アイシャはそう言うと画像を一枚転送してきた。
 そこに写っていたのは地面に大の字になり失神する技術部整備班長島田正人准尉の姿だった。周りの部下達は倒れて泡を吹く上官の顔に落書きをしている。
『あの馬鹿、実験してみるとか言って干渉空間遮断シェルターから出てモロに誠ちゃんの攻撃を受けてみたみたいなのよ』 
 呆れたように笑うアイシャ。要は二枚目の画像で真正面から捕らえた島田の表情がつぼに入ったのかタバコを吐き出して笑い始めた。誠もあとで確実に告げ口されるだろうとは思いながら、いつもはクールな兄貴を気取っている先輩の島田の間抜けな失神した顔に声を上げて笑い始めていた。
『任務完了!第二小隊撤収!』 
 安堵したような笑顔を浮かべているカウラの一言に誠は敬礼をした。


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