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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作者:橋本 直

第36回   季節がめぐる中で 36
 誠の乗る輸送機は東和領空を後にしていた。輸送機中野居住性の悪い臨時司令室で黙ってモニターを眺めているアイシャの流れるような紺色の長い髪を備え付けのシートに座ってぼんやりと眺める。
「どうしたの誠ちゃん。もしかして……私にラブ?」 
 アイシャがそこまで言ったところでトイレにつながる自動ドアから出てきた要がアイシャの後頭部に手刀を叩き込む。
「くだらねえこと言ってないでモニターでも見てろ」 
 不機嫌な要に振り向いたアイシャは鼻をつまむ。
「またトイレでタバコ?トイレが詰まったらどうするのよ」 
「携帯灰皿持ってるよ!」 
 要はそう言うと誠の隣の席に体を倒す。サイボーグの体の重さにぎしりと椅子がきしんだ。
「アイシャ。作戦開始時刻が伸びているのはどういうわけだ」 
 後部格納庫に連なるハッチから出てきたカウラが叫んだ。
「状況が変わってるのよ。ちょっとこのデータ……分かったわ。誠ちゃんとカウラちゃんこっち来て。要はそのまま後部ハッチから飛び降りてもいいわよ」 
 いつものようにアイシャの挑発にのせられそうになる要を制止してカウラは仮眠を取っているパーラのオペレーター席に腰をかけてアイシャの前に展開しているモニターを覗きこむ。そこには作戦空域がかなり広く取られた画面が映し出されている。そして重巡洋艦を旗艦とした胡州の艦隊が表示されていた。
「大気圏外に艦隊を展開か。ずいぶん大げさな話だな」 
 要は脳内にアイシャの前に展開している画像と同じものを見ているようだった。
「隊長も相当今回の作戦には慎重になっていると言うことでしょ。現在バルキスタンへの超高度降下作戦を展開可能な宙域に胡州の重巡洋艦『妙高』を旗艦とした艦隊が所定位置に移動中ってことらしいわね」 
「『妙高』……胡州第三艦隊か。赤松のオヤジの手のものだな」 
 空いた席に足を伸ばしていた要がつぶやく。カウラも緊張した面持ちでアイシャの顔を見つめた。赤松忠満中将。嵯峨の無二の親友である第三艦隊提督。その人柄はかつてその秘蔵っ子として仕えた明石曰く臨機応変常に先を見て動く人物だった。
「僕達が失敗すれば第三艦隊の降下作戦が行われると言うことですか?」 
 誠の言葉にアイシャは一回大きく深呼吸をすると諭すようにゆっくりと言葉を継いだ。
「そうね、簡単に言うとそうだけど隊長も胡州の正規軍の介入は最後の手段と考えているはずよ。まず私達が現在にらみ合っているバルキスタンの政府軍とイスラム反政府勢力の衝突を止めるのが一番目の策。それが駄目なら『高雄』による直接介入と反政府勢力の決起で仕事が無くなった胡州の特殊部隊による首都制圧作戦を展開する。これが二番目の作戦」 
「だが、二番目の作戦でも同盟にとっては大きな失点になるな。現在反政府勢力の浸透作戦が展開中で派遣されている同盟軍は孤立している部隊も出ているそうだ。政府軍寄りといわれている派遣部隊が総攻撃を喰らえばかなりの死傷者が出るだろう。当然そうなれば今度のバルキスタンの選挙は良くて無期延期。悪ければ地球の非難を覚悟してカント将軍に代わる政権の担い手をむりやり擁立しなければならない。当然そうなればすべての和平合意は白紙に戻される」 
 エメラルドグリーンの前髪を払いながらカウラは厳しい視線を誠に向ける。
「そして最悪の展開はそれも失敗に終わった時。『妙高』から降下したアサルト・モジュール部隊による両勢力の完全制圧作戦の発動。間違いなく地球諸国は同盟への非難決議や制裁措置の発動にまで発展するわね。それにやけを起こしたバルキスタンの武装勢力が以前の東モスレム紛争の時と同じく包囲された同盟諸国の兵士の公開処刑とか……まああんまり見たくもない状況を見る羽目に陥りそうね」 
 淡々とそう言ったあとアイシャは座っている椅子の背もたれに体を預けて伸びをした。
「つまりアタシ等が失敗すれば大変なことになるってことだろ?じゃあ簡単なことじゃねえか。おい!神前!」 
 要の叫び声に誠が顔をあげた。
「成功したらいいものあげるからがんばれや」 
 そんな投げやりな言い方に誠は立ち上がって要を見つめた。言葉のわりに要の目は真剣だった。
「デート?それとも……わかったわ!首にリボンだけの格好で現れて『プレゼントは私!』とか言うつもりでしょ?」 
 アイシャが含み笑いをするのを見て要がそっぽを向く。
「図星か……」 
 呆れたようにカウラが誠を見つめる。誠はただ愛想笑いを浮かべながら目が殺気を帯びているアイシャとカウラを見渡していた。
「ペッタン胸やエロゲ中毒患者とデートするよりよっぽど建設的だろ?それに……」 
「それに何?暴力馬鹿と一緒に町を歩いていたらそれこそ警察のご厄介になるのが落ちよ。それとも得意の寝技でも繰り出すとか」 
 要の売り言葉にアイシャの買い言葉。いつもの展開にカウラはただくたびれたと言うようにパーラの席で伸びをしている。
「ごめん!アイシャ。状況は!」 
 そう叫んでコックピット下の仮眠室から出てきたパーラに誠は思わず顔を赤らめた。ラフに勤務服のライトグリーンのワイシャツを引っ掛けて作業ズボン、ピンク色の髪の隙間からむき出しの肩の肌が透けて見える。
「パーラ。こいつがいること忘れてるだろ?」 
 アイシャとにらみ合うのを辞めた要に言われてパーラは自分の姿を見た。胸の辺りまでしかボタンをしていないために誠からもその谷間がくっきりと見えた。そしてパーラの悲鳴。思わず視線を床に落して言い訳を考える誠。
「なるほど、誠ちゃんはどじっ娘属性があるのね」 
 真顔でそう言うアイシャを見てカウラは何もいえずに急いでボタンをはめるパーラを見た。
「パーラ。ボタン一つづつずれてないか?」 
「えっ……ホントだ」 
 そう言うとパーラはそのまま仮眠室の扉の向こうへと消えた。
「何がしたかったんだあいつ」 
 要はそう言うとゆっくりと体を起こす。誠がそちらに目をやると、要の顔は笑っていなかった。
「北から追いかけてくる機影があるな。……三機か」 
 彼女とリンクしている東和軍とこの輸送機のレーダーからの情報が要にそんな言葉を吐かせた。
「東和軍の識別信号は確認してるわよ。出撃前にランちゃんの言ってた『信頼できる護衛』の方々じゃないの?」 
 アイシャはそう言うとモニターの前にあるキーボードを叩いて機影のデータの検索にかかった。
『クラウゼ少佐!東和軍のアサルト・モジュールから通信です!』 
 菰田の声に続いて、モニターの中に小さなウィンドウが開いた。
 ヘルメットをしたランが映し出される。同時に機影のデータから一機のホーン・オブ・ルージュと東和の現用アサルト・モジュールである89式二機が接近していることが表示される。
『よう!守護天使の到着!』 
 明るく叫ぶラン。その声を聞きながらようやく制服をきちんと着ることができたパーラがカウラが立ち上がるのにあわせて自分の席についた。
「ランちゃんありがとうね!」 
『おい、クラウゼ。一応アタシは階級が上なんだ。ちゃん付けは止めろ。しめしがつかねーだろ?』 
 愚痴るようにそう言うランににやけているアイシャ。ランの部下の89式のパイロットが低い声で笑いをこらえているのが分かる。
『とりあえずアタシが先導するから作戦時間の管理はテメーがやれ』
 ヘルメットの中で頬を膨らませるランを笑いながらアイシャは頷いた。
「時計合わせは一時間後で。進入経路は……予定通りカルデラ山脈の始まるベルギ共和国の北端のキーラク湾から」 
 パーラがあわただしくキーボードを叩く。カウラはその姿を確認した後、誠と要に向かって歩いてくる。
「出撃準備!」 
 凛としたカウラの一言にはじかれるようにして誠と要はパーラの居た仮眠室の隣の部屋にあるパイロットスーツの装備をするべく立ち上がった。


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