「あのー、僕が運転するんですか?」 そう言う誠に車のトップに頬杖をついたアイシャがいつもの意地悪そうな笑顔を向ける。 「一応、誠君は男の子でしょ?それに私は上官。行くわよ!この格好じゃあデートって訳にも行かないでしょ?」 お互いの保安隊の東和軍に似た制服を見比べながらすばやく助手席に乗り込むアイシャ。誠は仕方ないと言うように運転席に乗り込む。ガソリン系と電気系の自動車がほぼ拮抗する東和だがリアナの車は電気系だった。乗り込んだ誠は素早くエンジンキーを差し込む。すぐさま静かにバックしてそのまま駐車場を出た。リアナからのはからいだろうか、警備の遮断機は開かれていた。誠はそのまま菱川重工豊川工場のだだっ広い道に車を走らせる。 「やっぱり乗用車はいいわね。カウラの車はサスペンションがガチガチに締まってるからどうにも乗り心地が悪くて……」 アイシャはそれだけ言うと、少し済ましたように長い紺色の髪をなびかせる。 「でも良いんですか?」 恐る恐るたずねる誠。その表情が滑稽に見えたのか、含み笑いを浮かべるアイシャ。 「なにが悪いのよ。ちゃんとお姉さんの許可をもらってるし、タコ中だってOK出したじゃないの」 そう言ったアイシャがどこかしらか細く感じたのは誠にも意外に思えた。要とカウラは実はかなり神経質で打たれ弱いのはすでにわかっていた。要は自分の機械の体と言うコンプレックスから虚勢を張っているだけ。カウラは自分の先天的に植えつけられた感情以外が持てないと悩んでいて、ちょっとしたことがきっかけでその悩みを溜め込んでしまう性質だった。 一方、誠から見てアイシャは他の人造人間達と違って完全に一般社会に適応しているように見えた。漫画研究会を設立し、多くの裏方的なことをしてまわる彼女はすっかり便利屋のように思っている隊員も多いはずだった。それに時折冷たく見える面差しもあって物事に動じないと思われていた。 「信号変わったわよ」 アイシャを見つめていた誠はあわててアクセルを踏む。工場の正門からは巨大な金属の塊を乗せたトレーラが誠の車を避けるようにして工場内に入っていく。 「私も今度のドラフトの騒ぎはどうせ人気取りだってわかってるわよ」 そう明るく言うわりに、アイシャの言葉が震えているように感じた。 「一応、保安隊では少佐と『高雄』の副長と言う立場もあるし……それを捨てるのもね」 アイシャが不意に誠を見つめる。誠は産業道路で劇薬をつんだタンクローリーの後ろに車をつけながら彼女に目をやった。 「それに誠君もいるし」 珍しくはかなげな笑みを浮かべるアイシャ。このような笑い方もできるんだと思いながら誠は前のタンクローリーの減速にしたがってブレーキを踏む。 「冗談だと思ってるでしょ?違う?」 アイシャの笑いがいつものどこか子供じみた様子に変わっていく。 「冗談かどうかなんてわかりませんよ。それにそう言うことを言うのは僕を担いで面白がる時の手じゃないですか!」 そう言って誠が向き直ったところには、真剣な顔をしたアイシャがいた。 「ちょっと……」 誠はアイシャの視線に少しうろたえて、車を左右に揺さぶってしまう。そして立ち直った車の助手席にはいつもの表情のアイシャがいた。 「誠ちゃんこそ大丈夫なの?次の信号を右」 「わかってますよ」 誠はようやくいつものアイシャに戻ったことがうれしくて快適に運転を続けた。 「それにしてもねえ」 突然考え込むようなしぐさを取った要。 「今度の節分の出し物が映画って……」 思いもかけないアイシャの言葉に誠は再びブレーキを軽く踏んでしまった。 「映画?もしかしてうちで作るんですか?」 誠は思い切り詰問するような調子でアイシャに話しかけていた。アイシャは両手を挙げて呆れたようなポーズを作る。 「聞いてなかったの?月曜日の朝礼……ああ、誠ちゃんはいなかったわね。とりあえず何を作るかの投票を吉田がやってるはずよ」 「初耳ですよ!そんなの。どうしようかなあ……特撮モノとかどうだろう……」 誠は車を狭い路地に走らせながら考えていた。話をしながらでも彼もいつもこの道をカウラの運転で走っているので自然とハンドルをそらで切ることが出来る。 「やっぱり誠ちゃんはそれ?そこで提案があるんだけど……」 いつものはかりごとをたくらむ目を見つけて誠は戸惑った。 「私はね、魔法少女なんてどうかなあって思うのよ」 「はあ?」 誠はそう言うしかなかった。そして、アイシャの提案はすぐに読むことができた。 「誠ちゃんがヒロインの魔法しょ……」 「お断りします!」 誠は寮の駐車場に車を乗り入れると大きな声で叫んだ。車止めにタイヤが当たる。誠はそのまま敷石の上に降り立つ。 「だって……普通に魔法少女なんてやってもうちらしくないと言うか……」 「僕がやったらキモイだけです!」 そう叫ぶと誠はそのまま寮の玄関に向けて歩き出した。 「なんで?かわいいじゃない?」 助手席から降りるアイシャは軽く髪をなびかせて流し目を送ってくる。誠は自分の心臓の鼓動を感じながらもここは引けない一線だと分かっていた。 「少女じゃないじゃないですか!それならもっと少女にぴったりの人がいるでしょ!」 「ああ、シャムちゃんね。でも……やっぱり少女が一人ってさびしくない?」 そう言いながらアイシャは先頭に立って歩いていく。誠はいつものことながら妙に切り替えの早いアイシャに振り回されるのを覚悟した。 「それならあまさき屋の小夏でも呼べばいいじゃないですか!それにもうすぐ正式配属前の引継ぎ業務でクバルカ中佐がうちに張り付くらしいですよ」 誠の言葉にアイシャは振り向いた。目が輝いている、大体こういうときのアイシャの妄想に付き合うとろくなことにはならないことは知っていたが、今日は誠はアイシャをエスコートする立場だった。 「それ本当ね?本当にランちゃんが……」 「あの……一応次の保安隊の副長なんですからちゃん付けは……」 そんな誠の言葉など聞く筈も無い様子のアイシャ。そのまま何かを考えながら寮の階段を上っていく。 「それなら……」 「アイシャさん。どうせ投票で決めるんでしょ?魔法少女以外になる可能性も……」 アイシャは無視してそのまま寮の玄関に靴を脱ぐ。 「ああ、ちょっとぼーっとしてたわね。とりあえず私シャワー浴びたいんだけど、良いかしら?」 誠がおずおずと頷くとそのまま階段を上がって消えていくアイシャ。彼女を見送ると誠はアイシャと入れ替わるように降りてきた二人の男性隊員を見つけた。 「あれ?神前さんじゃないですか?」 そう言ったのは第二次世界大戦のアメリカ第一空挺団の軍服を着込んで、手には当時の典型的なGIらしいM3A1グリースガンを持った服部と言う伍長と、将校の格好でM1カービンを持った木村軍曹のコンビだった。 「お前等またサバゲか?」 呆れる誠に頭を掻く二人。三交代制の技術部ということで平日だと言うのに遊びに行くのだろう。 「それより神前さん今日は通常勤務じゃなかったんですか?」 そう言われて誠の額に脂汗がにじんだ。普段から女性に囲まれる生活で嫉妬されている誠である。整備班の綱紀を管理する島田は長期出張中。 「ああ、ちょっと出張が……」 「あなた達!また誠ちゃんをいじめてるの!」 着替えを手にした制服のライトグリーンのワイシャツと濃い緑色のタイトスカートのアイシャがいつの間にか後ろに立っていた。でも考えてみればシャワーは一階の奥にあるので彼女がこの場所を通るのは当然な話だった。 「あれだ、その……なんだ」 「良いじゃない、はっきりさせておいた方が後々誤解されないから。今日はデートなの。それもお姉さんの指示で」 そんなアイシャの言葉に三人は凍りついた。お姉さんこと鈴木リアナ中佐の指示となれば二人が何を言おうが手が出せないと分かる。 「ああ……ああ。そうなんですか」 それだけ言うと服部と木村はそのままフル装備で食堂に向かう。 「あのー……」 「じゃあ私はシャワーを浴びるから。着替え終わったら食堂で待ってて!」 照れ笑いを浮かべる誠を置いてアイシャは消えていく。誠は今度こそは誰にも出会わずに自分の部屋に到着で消えることを祈りながら階段を上り始めた。
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