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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作者:橋本 直

第23回   季節がめぐる中で 23
 出勤途中のカウラの車の中でもアイシャはぼんやりとしていた。らしくない。それは誠もカウラも感じていてできるだけ刺激をしないようにじっとしていた。それでも一人、まったく空気を読まない要を二人してなだめすかせる。どうにか乗り切って疲れた誠が駐車場で始めて目にしたのは彼等を待っていたパーラだった。
「アイシャ、お姉さんが話があるって」 
 助手席から降りたばかりのアイシャは少し不思議そうな顔をしてパーラを見つめた。『お姉さん』と言えば保安隊では運用艦『高雄』艦長鈴木リアナ中佐のことを指す。ちなみに『姐御』と言うと技術部部長の許明華大佐か警備部部長のマリア・シュバーキナ少佐を指すのでどちらを指すのかは話の流れを読む必要があった。
「まあなんだ、お姉さんと相談して来いよ」 
 要の言葉にアイシャは何も言わずにそのタレ目を見つめた。そして背中を押されるようにしてアイシャは運用艦のブリッジクルーの詰め所に近い正門の方へと歩いていった。
「大丈夫かねあいつ」 
 ハンガーの方に向かって歩き出した要だが、思わず隣を歩くカウラに声をかけていた。
「突然のチャンスに戸惑っているんだろ?悩むだけ悩めば解決方法も見つかるものだ」 
 そう言ったカウラの前に回りこんだ要はその特徴的なタレ目のまなじりをさらに下げてカウラを見つめる。
「なんだ、気持ち悪いぞ」
 自分を見る要のタレ目に一歩下がってカウラが声をかけた。 
「オメエもいっぱしの指揮官風のことも言える様になったじゃねえか」 
 カウラの顔が次第に紅潮したかと思うと、そのまま要を避けて早足でハンガーへの消えていく。
「褒めたのになあ」 
「西園寺さんと一緒で慣れない事態に戸惑っているんじゃ……」 
 そこまで言いかけた誠の襟首をつかむとぎりぎりと締め付ける要。
「誰が慣れないって?そう言う口はこれか?」 
 今度は誠の唇を右手でつかみあげる。サイボーグのアイシャの義体の人工筋肉の力でつかまれて、誠は無様にばたばたと手足を動かすことしかできなかった。激しく何かを叩いた音と共に誠を吊り上げていた力が抜けて誠はそのまま地面に座り込んだ。目の前では後頭部を抑えた要ともう一撃振り下ろされる竹刀が見えた。
「こんの餓鬼!」 
 要が振り返ってその一撃を払いのけるとその先にはランが竹刀を持って立っていた。
「おー、いい度胸だな。それに朝から元気で結構なこった」 
 そう言うとランは要を無視して正面入り口に入る。そしてついてくる二人を導くように事務所のある二階へ向かう階段を上り始めた。さすがの要も軍に奉職して長いだけあって上官のランを睨みつけはしても追いかけることはしなかった。
「西園寺さん、大変ですよ!」 
 二人のやり取りに決着がついたのを見透かしてか、いつものように照れながらレベッカが現れた。
「なんだ?」 
「確か西園寺さんは嵯峨隊長の姪御さんでたよね?」 
 そう言うとレベッカは視線を落とす。誠はレベッカに要と言う人物を相手にするときのコツを教えなければと思っていた。要は短気である。それも超がつくほどの。回りくどい思いやりなどは邪魔と言うより要をいらだたせるだけの効果しか発揮しない。
 明らかにいらいらとしている要は、明華が現れるかも知れないと言うことを考えずにタバコを取り出して火をつけると苛立ちの限界と言う表情でレベッカを睨みつけた。
「なんだ?叔父貴が天誅組にでも待ち受けられてドタマぶち抜かれてくたばったか?」 
 そう言いながら明らかにいらだっている要にレベッカはおずおずと何かを言おうとしてる。
「おい、アタシも暇じゃねえんだ!死んだらニュースになるだろ?生きてるんなら後のしろ!」 
 そう言って要は階段を上がっていく。誠はこの状態の要に触れる危険性を知っているのでそのままレベッカと二人でハンガーに残された。
「それでシンプソン中尉、何があったんですか?」 
 そうたずねる誠に戸惑うような顔を見せるレベッカ。
「隊長が狙撃されそうになって……」 
「その狙撃手をなます切りにしたんですか?」 
 誠の言葉に頷くレベッカ。やはりと思い天を仰ぐと、どこか表情のさえないレベッカに声をかけた。
「隊長が襲われるのは別に珍しいことじゃないですから気にしない方がいいですよ。もともと胡州はそう言うことの多い国ですから」 
「それが単純にそうとも言えないんだ」 
 突然響いたバリトンに誠が振り向く。そこには白衣を着たヨハンがいつものようにビーフジャーキーを食べながら座り込んでいた。良く見れば彼が座っているのはそれは島田のバイクの予備タイヤである。いつもならこぶしを握り締めた島田が駆け寄ってくる状況であり、彼の出張任務中だからこそ見れる光景だった。
「なにかあったんですか?」 
 そうたずねる誠にあきれたような表情を浮かべるヨハン。レベッカは何かに気づいたと言うようにおずおずと下げていた視線をヨハンに向けた。
「もしかして法術を使用したとか……」 
 その言葉に満足げにヨハンは頷いた。
「法術の空間干渉能力は知られている所だが、精神感応能力により空間干渉を行うというのが今の法術の存在の基礎理論ということに一応はなっているんだけどな。それをいくつか応用するととんでもないことができるということは理屈では前々からわかっていてね。特に隊長はアメリカ陸軍の実験施設に収容していた際にその展開バリエーションを確認するための実験に参加させられた経験がある。今回はその一つを衆人環視の下使用したんだ」 
 そこまで言うとヨハンは袋からジャーキーを取り出して口に放り込む。
「どういう力なんですか?」 
 誠の言葉にあきれたようにジャーキーを食べ続けるヨハン。だが、いつの間にか階段から降りてきていたカウラが無い胸の前で腕組みをしながら誠の前に立った。
「幻術だ」 
 それだけ言うとカウラは携帯端末を開いた。レベッカと誠はその画面に眼を向けた。そこには次元跳躍型港湾の監視カメラの映像らしいものが映っていた。嵯峨の行き先から考えればそこは胡州の首都帝都の宇宙への玄関口である四条畷港だろう。一人の着流し姿の男が懐手のまま悠然と自動ドアを通ってカメラの前に現れる。
 その男、嵯峨惟基は帯に手を移して何かを探ろうとしていた。そして次の瞬間だった。
 男の姿が消えると同時に彼の立っていた地面に煙が上がった。
「消えましたね」 
 誠はそう言ってカウラを見つめる。カウラはしばらくこの状況を眺めていたが、すぐにヨハンの方に向き直った。
「見ての通りだ」 
 そう言うと口に三切れ目のジャーキーを放り込む。この4ヶ月あまりの付き合いで、こういう時のヨハンに何を言っても無駄だとわかっている誠はそのまま実働部隊の部屋に向かった。カウラもそれに続く。カウラをつれて歩いている姿に管理部の窓越しに殺気を帯びた菰田の視線を感じる。誠はそれから逃れるようにして実働部隊の部屋に入るとメジャーを持ったランがあちこちに印をつけながら縦横無尽に部屋の中を図っていた。
「あの、何を……」 
「見てわかんねーか?部屋の寸法を測ってんだ」 
 それだけを誠に言うと今度は通信ケーブルを基点にしてまたメジャーを伸ばす図り始める。
「それなら端末が司法局に取り上げる前の状態に戻せば……」 
 誠の言葉にむっとした顔をするラン。嵯峨の手抜きのせいで保安隊は手書きの報告書が強制され、前時代的な事務所となっていたことはランも知っているようだった。
「いーだろ!アタシにも考えがあんだよ」 
 そう言いながら動こうとしない吉田をにらみつける。吉田は体を椅子に預けてヘッドホンで音楽を聴いているだけで手を貸すつもりも無いという様子。部屋にシャムが見当たらないのはグレゴリウス13世の世話をしに行ったのだろう。
「要さん……それに明石中佐はどうしたんですか?」 
 その言葉に廊下の外を出て左に入るというようなポーズをとる吉田。
「隊長室ですか」 
 ハッキングで大概の情報をつかめる吉田も、監視カメラの類や盗聴器を完全に排除するのが趣味と言う嵯峨の部屋の中の様子はわからない。それがわかると誠はランの作業の邪魔にならないようにと入り口近くの丸いすに腰掛けた。小さな体であちこち動き回っては測定したデータを携帯端末に入力するラン。カウラは部屋の入り口でその様子を見守っている。
「これなら行けんじゃねーかな」 
「何がですか?」 
 さすがに軍施設に準じた部隊の建物でちょこまかと小さい女の子が動き回っているシュールな状況にたまりかねて立ち上がった誠は後ろからランに声をかけた。めんどくさそうな視線を送るラン。
「いやあ、ちょっと教導隊の端末が今度更新されるんだ。それでその端末をここに持ち込めるかどうか図っていたんだが、どうにかなるみたいだな」 
 そう言って吉田に向けて勝ち誇ったような顔をするラン。
「でもそれならこの部屋のデータを吉田さんからもらえば……」 
「やなこった」 
 吉田はそう言って風船ガムを膨らませた。ランが右手を強く握り締めているのは内に湧き上がる怒りを静めているのだと誠は確信していた。
「でもそうすると明石中佐カラーはかなりなくなりますね」 
 ぼそりとそう言ったカウラの言葉に吉田は大きく頷いた。
「なんでも機械に頼るのは良くないねえ。昔ワープロが普及した時代に漢字を読めるけど書けないという人々が……」 
 電子戦で鳴らした吉田の一声に呆れる誠。
「電算機がなに言ってんだか……」 
 ランの挑発的な態度に今度は吉田が静かにヘッドホンを外した。
「それより……良いんですか?」 
 吉田はそう言って机の上の新聞をランの立っている隣の机に投げる。スポーツ新聞である。吉田とはつながりが薄いそれに誠もカウラも黙っていた。
「小さな記事ですがね、この超高校級のスラッガーが法術問題で揉めてるって記事の下」 
「ああ、アイシャのことか」 
 そう言うと関心が無いとでも言うように明石の椅子の上にちょこんと座るラン。
「あいつの人生だ。とやかく言うことねーんじゃないか?」 
 そう言うとその記事を表にしたままランは新聞をカウラと誠に渡した。
 大見出しが踊っている。
『即戦力を探せ!大卒、社会人選手の争奪合戦か?』 
 そんなあおり文句の下には法術適正の検査結果により、法術適正者の現役選手たちの交換要員として急浮上してきた即戦力が見込める大学や実業団の選手の一覧が並んでいるが、写真としてあるのはこの前の菱川重工戦でホームランを打ったときのアイシャの姿だった。
「クバルカ中佐殿もご存知でしょ?あいつは人造人間『ラストバタリオン』ですよ。まあずいぶんらしくないのは確かですけど。でもこれまで『あなたの進路は何ですか?』なんて質問されたことが無いのは確かなんですから。それなりに悩むはずでしょう?」 
 珍しく正論をぶち上げる吉田に眼を丸くする誠とカウラ。だが、まるで関心が無いというようにランはそのまま椅子から降りた。
「奴も子供じゃねーんだ。自分の身の振り方ぐらい考えるだろ?それにアタシがでしゃばればリアナの面子をつぶすことになるしな。後は要にいらねー心配するなってタコが諭してるとこだろうからな」 
 そう言って立ち去る姿はどう見ても小学校低学年と言った感じだが、言葉の重みはそれなりに軍で地位を築いてきているランらしいものだった。
「西園寺さんそんなに心配していたんですか?」 
 そう言う誠にカウラはため息をついた。
「まあ、神前は付き合いが短いからわからないかもしれないが、要はああ見えて繊細なところがあるからな。誰かが調子を崩すとあいつもどこか変になるんだ」 
「そうなんですか」 
 カウラの言葉に誠は視線を落としていた。要が心配していたと言うのに誠は何もできなかった。そしてアイシャの心はもっと揺れているだろうと考えると自分に腹を立てることしかできないでいた。部屋のドアが開いて入ってきたのは要と明石だった。
「なんじゃ!しけた面しよってからに。ワレ等たるんどるのう?」 
 そう言って豪快に笑ってみせる明石。要はその脇をいつもと変わらない表情で通り過ぎると自分の椅子に座った。
「西園寺さん……」 
 言葉をかけようとする誠を不思議そうに見つめる要。だが、次の瞬間その視線は吉田に向けられた。
「俺じゃねえよ!ランだラン!」 
 そう言って両手で否定する吉田から目をそらし、大きくため息をつく要。
「だから沈むなって言ったじゃろが!ワシ等の仕事はいつどんなときにどのような形で起きるかわからん事件に対応することなんじゃぞ!気合じゃ!いつも気合入れておけや!」 
 明石の言葉がなぜかむなしく響く。要は吉田から眼を離すと、今度は誠の顔を凝視した。
「あの、どうしたんですか?」 
 照れながら誠は要を見つめていた。
「別にどうでも良いことかもな」 
 それだけつぶやくと要は机の引き出しから始末書を取り出す。要が誠を前にしてこのようなものを取り出すのは珍しいことだった。常に誠の前では強気・完璧で通すのが西園寺流である。始末書女王の彼女だが、いつも理由をつけて一人残って始末書を書いていることは誰もが知っていることだった。
 誠はそんな要をそっとしておこうと誠は同盟法務局へ提出する訓練課程の報告書を取り出した。
「あのねえ。誠君、暇かしら!」 
 そう言いながら顔を出したのはリアナだった。その後ろには無表情にリアナについてきているアイシャがいた。
「こいつなら仕事……」 
 要はそこまで言ったところで口をつぐんだ。無表情なアイシャを見るのには慣れていないというようにそのまま視線を落とす。
「ああ、鈴木中佐。こいつならいつでも暇しとりますよ!」 
 そんな明石の大声が響く。リアナはにっこりと笑うと誠に手招きした。
「あのー、明石中佐……」 
「行って来い!たまには気分転換もなあ」
 そう言ってカウラと要を眺める明石。
「気分転換て……いつもそれしかしていないような気がするんですけど」 
 思わず本音を漏らしたカウラを見て泣きそうな顔になる明石。
「じゃあ、二人で気晴らしにデートでもしていらっしゃい!車なら私の貸してあげるから」 
 そう言ってリアナは入り口までやってきた誠の肩を叩いた。
「良いんですか?こう言う事は隊長の……」 
「おう、アイシャ!留守はワシが仕切っとるんじゃ!行って来い!」 
 一応副長の威厳を示そうと胸を張る明石。それを見てようやくアイシャの顔にいつもの不敵な笑みが戻った。
「じゃあ行くわよ!誠ちゃん」 
 そう言うとアイシャは誠の右手を握り締めて歩き始めた。アイシャに左手を引っ張られて廊下を進む誠。管理部の部屋の中ではガラス越しにいつものように菰田がシンの説教を受けていた。それを無視してアイシャは誠の手を強く握り締めて歩いていく。
「おう!早引きか?」 
 誠の05式のコックピットを明華と一緒に覗き込んでいたランが叫ぶ。
「クバルカ中佐!ちょっとデートに行ってきます!」 
 いつもの笑顔でアイシャが手を振る。
「おう!どこでも好きなところ行って来い!」 
 ランの叫びに励まされるようにして小走りにハンガーの階段を下りるアイシャに思わず躓いた誠がもたれかかった。思わず二人の顔が息がかかるところまで近づいた。
 誠はアイシャの紺色の瞳を見つめる。時が止まったような、音が消えるような感じ。階段の途中で二人が寄り添う。
「ああ、神前。そう言うのは私達が見ていないところでやってちょうだい」 
 明華のその言葉に整備班員達の失笑が聞こえる。
「これで島田君がいたら誠ちゃんはそのままバイクで轢かれるわね!」 
 そう言いながら誠を突き放したアイシャは小走りをするようにぐんぐんと誠の手を引っ張って進む。グラウンドをそして正面玄関を小走りに進む。たどり着いたのは駐車場。アイシャは手にしていたリアナの高級セダンのキーを誠に手渡した。


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