朝食である。 だが、誠はカウラがうれしそうに分厚い牛肉を焼く姿をぼんやりと見つめていた。一応ここは遼州保安隊下士官遼の食堂である。同じように朝食当番の西はあわただしく大きな味噌汁のなべから椀に中身を移している。上着を脱いだ保安隊の制服にエプロンをつけて不器用そうにフライパンを揺らすカウラは見ていて、誠も心がときめいていた。 「おい、何してんだ?」 起きたばかりの要が声をかけてくる。誠は思わず振り返って驚愕する。 「西園寺さん!ブラジャーくらいつけてくださいよ!」 その声に当然のように食堂にいた男性下士官は反応した。本来この寮は男性寮だった。誠が抜きん出た法術適正の持ち主であることにより彼の誘拐未遂事件があったことから、要、カウラ、アイシャの三人が護衛と言う名目で住み着いているが多くの男性隊員が以前からここに暮らしている状況は変わらなかった。 「いいだろ別に。減るもんじゃねえんだから。それとも嫉妬してるのかねえ」 そう言いながら自称98のHカップと言う胸を揺らしてくるりと一回転する。だが、その要の手を握り締める白い手が二回転目を許さなかった。 「くだらないことはやめろ」 カウラがいつの間にか要の手を握り締めている。タレ目の要がさらに眦を下げてカウラの胸のあたりを見つめる。そこには平原が広がっていた。 「はい、そこまで!カウラ、肉焦げてるわよ」 珍しく部屋着では無く制服を着込んでいるアイシャがそう言って二人の間に入った。要は誠にウィンクしてそのまま食堂を出て行った。 「朝っぱらから誰がステーキなんて食べるの?」 「ああ、アイシャさんですよ」 誠はアイシャの問いに即答した。一瞬なにが起きたのかわからないとでも言うようにアイシャが不思議そうな顔で食事当番のカウラと誠、そして他の隊員達にご飯を盛り付けている西を眺めた。 「お前がどこか昨日からおかしいからな。朝にエネルギーになるものを食べればそれだけ頭の回転も速くなる。そうなればいつものお前にもどるだろ?」 そう言いながらステーキを皿に盛るカウラ。付け合せの野菜を盛り分ける誠をじっと見つめるアイシャ。 「でも良いの?本当に。別料金なんて払わないわよ」 そう言って流し目で誠を見つめるアイシャだが、いつもの彼女に比べたらどこと無くぎこちないように誠には見えた。いつもならカウラを挑発するような毒のある言葉を吐く彼女だが、まるでカウラと誠に関心が無いというように皿を見つめている。 「これでいいんだろ!」 そんな二人の後ろから要が保安隊の制服で現れた。そして一瞬天井を見ながら匂いを感じると、つかつかとアイシャの前に出されたステーキの乗った皿に目をつけた。 「なんだこりゃ?こいつ朝からこんなもの食うのか?」 そう言ってあきれたようにアイシャの顔を覗き込む要。 「いいでしょ。これで今日一日乗り切れるわけよ」 そう言って香りを楽しむようなしぐさをするアイシャ。要はそのまま隣の西が盛り分けた隊員用の朝食のトレーに味噌汁などを自分で盛り分けていた。アイシャはそれを横目に実ながら悠然と自分の指定席の入り口近くの椅子に移動した。 要を待つことも無くフォークとナイフでステーキを切り分けるアイシャ。その様子に要は少しばかり首をひねっていた。要はアイシャが食事の順番などで気を使う質なのを良くわかっていた。いつもなら要の準備が済むまでの暇つぶしに何かしら要をからかうような言葉を吐くところだが、目の前に座ろうとする要など眼中に無いというようにテーブルマナーを守りながらステーキを切っていた。 遠くでエプロンを畳みながらその様子を眺めていた誠はカウラの方に眼をやった。カウラは誠の分の食事をトレーに盛り分けながらアイシャをちらちらと観察している。 「おい!なんか喋れよ!」 沈黙に耐えかねた要がアイシャを怒鳴りつけた。アイシャは一瞬不思議そうな眼で要を見つめるが、すぐに目の前のステーキと格闘を始めた。 「こいつなんとかしてくれよ!気持ち悪りいよ!」 隣に座ろうとするカウラに眼を向ける要。アイシャの隣に座った誠は乾いた笑いを浮かべるだけだった。 「で、どうするんだ?アイシャ」 味噌汁を一口、口に含んだカウラがアイシャにそう言った。それまで付け合せの誠が作ったほうれん草の水煮を食べていたアイシャのフォークが止まる。彼女なりに自分の行く道を迷っているそんな様子が誠にも手に取るように分かった。 「どうした方が良いかな?」 アイシャはそう言うと隣に座っておかずの鯖の味噌煮を食べていた誠を見つめた。 「どうって……」 そう言いながら誠はどう答えれば良いのかわからなくなっていた。 「良い話じゃねえか。神前もなれなかったプロ野球選手だぜ」 要は淡々と味噌汁を飲み下す。その姿に眼をやるアイシャにはいつものようないたずらっぽい表情はなくなっていた。 「でも話題づくりが優先している気がするんだがな。確かに去年もプロに行った菱川重工豊川のエース北島から三安打して、今年もナンバーワンノンプロの野々村からホームランを含む四安打。だがそれ以前の実績はまるで無い選手を指名するってことは……」 「法術適正者の指名回避の影響じゃねえのか?」 タクワンをかじりながら話すカウラの言葉をさえぎった要。一応保安隊野球部の監督で、地球の球団のスコアーをつけるくらいの野球通の彼女があっさりそう言うと話題は途切れてしまう。 アイシャはステーキの脂身を残してそのまま立ち上がった。 「どうした、食欲無いのか?」 その様子を珍しく気を利かせた要が見ていた。 「そう言うわけじゃないけど朝からステーキはさすがに……」 「じゃあその脂身アタシによこせ」 そう言うと要はアイシャの許可も取らずに箸で脂身をつまみあげると口に放り込んだ。アイシャはそんな要に何を言うわけでもなく食堂のカウンターに食器を戻そうと歩き出す。 「やっぱ変だな」 口の中で解ける脂身の感触に酔いながら要はアイシャを見送っていた。 「あいつが決めることだ。横からどうこう言うことじゃないだろ」 そうカウラは言うとタクワンをご飯に乗せて口の中にかきこんだ。
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