意外なことに誠の目が光を捉えた瞬間には覚悟していた頭痛が無かった。だが、明らかに浮遊感と胃の焼け付くような痛みが誠を襲う。 「珍しいわね、この状況で目が覚めるなんて。だいぶ肝臓が鍛えられてきたのかしら」 そう言って倒れている誠の顔を覗き込んだのはリアナだった。そして今居るのが自宅ではなくあまさき屋の宴会場だと言うことを思い出した。リアナはいつものひまわりのような笑みを浮かべて団扇を手に誠の顔を仰いでいる。状況を理解してすぐさま起きようとする誠だが、自分の格好が全裸であり、股間にタオルを乗せられただけの姿であると気付いて顔が赤くなっていくのを感じた。 「カウラちゃん!誠ちゃんの服は?」 リアナが叫ぶと突然空からトランクスが降ってきて誠の顔に乗っかる。 「あのー、パンツはくんで」 そう言って起き上がろうとする誠。くるくると回る周囲の光景の中、力の入らない両腕でどうにか上体を起こした。 「ハハハハハハ!」 少女の笑い声が聞こえる。そしてバチバチと何かを叩く音。 「痛てえ!馬鹿野郎!誰がコイツに酒飲ませた!」 叫び声の主は要。誠がそちらに首を向けると、笑い声の主のランが、バチバチと要の背中を叩き続けていた。 「春子さん、ちょっと……」 嵯峨は完全に酒を飲む雰囲気ではないことを悟ったようにいつの間にか騒ぎから離れる為か、遠くの下座にいて春子に声をかけていた。誠は暴れるランに皆の目が言ってるのを確認すると、素早くパンツをはいた。 「誠君。どうせみんな見慣れてるから急がなくても大丈夫よ」 「鈴木中佐……そう言う問題じゃないんですけど」 そう言って誠はジーパンと上着を探す。一心不乱にお好み焼きを焼き続けているシャムの隣にあるジーパンを見つけて四つんばいで近づく誠。パンツ一丁の誠が入ってきたのを珍しい生き物を見るような視線で見つめるシャム。 「こいつが目的だな」 そう言って吉田がジーンズを渡す。 「吉田さん。シャツとかは?」 誠の言葉に吉田はけたたましい笑い声が響くランの鉄板の隣の席を指差した。そこには真っ赤な顔のアイシャが眠っていた。誠はさらに目を凝らした。そして彼女が何かを枕にしているのがわかる。 白いシャツ。黒いジャケット。それを纏めてアイシャは枕にしていた。せせこましいカッコウでどうにかジーンズを履くと誠は立ち上がろうとした。だが、まだラム酒のアルコールで三半規管は麻痺している。仕方なく再び座り込むとそのままアイシャのところにまた四つんばいで近づく。 「馬鹿が。ちょっと待ってろ」 アイシャの隣でマリアと向かい合い烏龍茶を飲んでいたカウラがアイシャの頭の下の誠の服を引き抜く。 「痛い!」 そう言って目を覚ますアイシャ。それを見た明華と明石がめんどくさそうな顔で起き上がるアイシャを眺めていた。 「むう……」 赤い顔のアイシャが誠を見上げた。誠は思わずアイシャのトロンとした視線から目を逸らす。自然とアイシャを見守っていたパーラに目が行く。だが、パーラは無慈悲に首を横に振った。 「誠ちゃん!」 アイシャが誠にしがみついた。 「好きなの!大好き!」 「止めてください!アイシャさん!」 腹の辺りを思い切り絞り上げるように全身の力を込めて締め上げるアイシャ。誠は鯖折状態で彼女を振り払おうとする。 「よう、アイシャ。何してんだ?」 ようやくひっくり返って眠り始めたランから解放された要が誠とアイシャを見つめる。 「見てわからないんれすか?これはれすねえ……えへ……」 完全に出来上がっているアイシャ。彼女がさらに誠に密着をはじめるのを見て要が残忍な視線を誠に向ける。 「これはですねえ」 「何なのか私も知りたいが」 誠は恐る恐る振り返る。エメラルドグリーンの髪をなびかせるカウラ。 「これはですねえ……」 「愛なのら!」 叫ぶとすぐに今度は誠の顔に自分の顔を密着させるアイシャ。 「パーラさん……」 冷静でいるのは彼女くらいだろう、誠はそう思いながら隣の席を見るが、彼女は携帯端末で運転代行業者と会話中だった。 「明石中佐……」 明石と明華は二人で仲良く一枚の広島風お好み焼きを突いている。 「リアナさん……」 「はい、なあに?」 いつもの笑み。この人がこの状況で役に立つとは思えない。 「吉田さん……」 「まあがんばれや」 吉田とシャムは食べるのも忘れてこの状況を観察することを決めているようだった。 「マリ……」 周りを見回すが姿を見ないところからマリアはすでに帰った後だった。 当然のことながら下座にはもう嵯峨の姿は無かった。 「あの……」 今度はアイシャは首を振ろうとする誠の頭を両腕で固定した。 「あの……」 そしてそのまま誠を押し倒そうとするアイシャ。一瞬視界が消えた。続いたのは頭の頂点に与えられた強力なエネルギーとそれが生み出す痛み。 「新入りが!いちゃいちゃするんじゃねーぞ!」 手にはビール瓶の首だけを掲げているランの姿。顔を真っ赤に染めて満面の笑みで誠を見つめている。そして痛みとともに再び誠の視界は暗転した。
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