「良い天気!」 ハンガーの前で両手を横に広げて走り回るシャム。お気に入りの戦隊モノのプリントがされたTタンクトップにデニムの半ズボン。さすがに旅行と言うこともあって毎度おなじみの猫耳はつけていなかった。しかしそれだからこそ彼女は小学校低学年の児童にしか見えなくなる。 「あの、西園寺さん。あの人、本当に三十過ぎなんですか?」 誠はシャムを指差して要に尋ねる。シャムが活躍した遼南内戦から逆算すればそうなるとは理解していても誠にはその現実は受け入れられなかった。 「まあオメエのお袋よりは年下なんじゃねえの?どっちも実年齢は信じられねえけどな」 そのはしゃぎぶりを眺めて呆れる要。要はいつも通り黒いタンクトップにジーパンと言うラフな姿だった。誠も無地の水色のTシャツ。痛い格好はするなと寮長の島田から釘を刺されていたからこそのチョイスだった。 「シャムちゃん!そこにバス停めるからどいてね!」 白い髪に白いワンピース姿のリアナと、その後ろで荷物を抱えながらついてくる健一。 「そのまま!ハンドル切らずにまっすぐで!」 そう叫んでいるのは青いTシャツを着た西。いつもこう言うときに気を利かせる彼の機転に誠は感心しながらその後姿を眺めていた。 「もっとでかい声出せよ!真っ直ぐで良いんだな!」 サングラスをかけてバスの運転席から顔を出しているのは島田だった。電気式の大型車らしく静かに西の誘導でバックを続けている。 「随分本格的ですねえ……レンタルですか?」 エメラルドグリーンの髪に合わせたような緑色のキャミソール姿のカウラに誠は声をかけた。 「備品には出来る値段じゃないだろ?去年は二台バスを借り切ったが、今年は一台で済んだな」 あっさりとそう言うカウラの横顔を見つめて目を見開いて驚いてみせる誠。 「それってほとんど隊が空っぽになるんじゃないですか?まだ準備段階で今より人数も少なかったって話ですし……」 誠は驚いて見せるが要もカウラも当然と言うような顔をしている。 「去年は機体も無い、機材も無い。することも無いって有様だったからな。それに整備班の参加者が少ないのは第四小隊の噂が本当みたいだからな。その準備とか色々あんだろ?」 要がポツリと呟いた。 「第四小隊?第三が先じゃないんですか?」 「第三小隊は選抜は終わったが、同盟会議の決済がまだ下りないそうだ。そこで同時進行で進んでいた第四小隊の増設が来月の頭にあるらしい」 穏やかに答えるカウラ。目の前ではバスの止める位置をめぐり西がもう少し寄せろと言い出して島田と揉め始めていた。 「そうなんですか?……でも変じゃないのか?なんで第三小隊の増設が出来ないで……」 そんな誠の疑問だが、要もカウラも逆に不思議そうに誠を見つめてきた。 「あんまり叔父貴に力が集まるのが面白くねえんだろうな、上の連中は。第三小隊の隊長は楓の奴だろ?それに法術捜査局が来月立ち上げだ。その主席捜査官が……」 そこまで言うと要はにんまりと笑って西と一緒に島田をとっちめはじめたサラを見ながら笑顔を浮かべる。 「嵯峨茜弁護士。ですか」 誠はそう言うと気分を整理しようとハンガーを覗き込んだ。パラソルを抱えたキムがおそろいの南国風の絵柄のTシャツ姿のエダと共に現れる。早速、小走りで島田達に近づいて仲裁を始めるキム。だが島田は頑として折れようとしないようだった。 「まあ近藤事件は叔父貴が独断で仕掛けたところがあったからな。どこの軍や司法機関も法術と言う存在を意識した組織改革を行っているところだ。人材が欲しけりゃ自分で探せってことなんだろうよ。予算のかかるうちみたいなところに金や人材を出すならもう一山二山実績を上げてからにしろってことなんだろうよ」 要はそう言うとタバコを口に持っていく。ようやく止める位置をめぐる島田と西の争いが決着が付いたようで島田はそのまま窓を閉めてハンドルを離してバスから降りようとしていた。 「で、第四小隊の情報は掴んでるわけ?」 こつりと後頭部を小突かれて思わず要がつんのめる。 「って!何しやがる!」 要の後頭部を突いたのは『萌え』とプリントされたピンクのTシャツを着ているアイシャだった。隣にはお腹の辺りが開いた大胆な服を着ているパーラがスイカを抱えている。 「そう言うオメエはどうなんだ?」 後頭部をさすりながらアイシャを見上げる要だが、アイシャは余裕たっぷりに口を開く。 「そうねえ、遼南の米軍基地から輸送艦が一隻、新港に入ったらしいわよ。積荷はM10グラント」 頷いているカウラを見るとアイシャは話を続けた。 「M10は05式と互角にやれるとアメリカ軍が大見得を切った機体よね。それをわざわざウチの運用艦『高雄』の母港に運ぶってことは……」 相変わらずもったいぶって言葉を選ぶアイシャ。その態度が要を苛立たせている。 「第四小隊の面子の身元はアメちゃん……か。目的はうちの持っている神前や叔父貴の法術シュミレーションのデータとその運用ノウハウの確立とでも言うところか?」 苦々しいと言うようにタバコをふかしながら要はそう言うと大きく伸びをした。 「アメリカ軍?そんな。なんで地球圏から遼州同盟機構に……」 誠はきょとんとして要達を見つめる。当然のように呆れはてた視線を投げてくる女性陣。 「馬鹿だな神前の。現状で法術適性の持ち主が圧倒的多数居住するのは遼州星系だ。アメちゃんがそこに目をつけないはずが無いだろ?それにアメリカ本国でも遼州系の移民による法術犯罪が相当数発生しているのは事実だからな。これまでは情報管制と上層部からの圧力で抑えられたが、それも限界が来たってことだ」 要はバスを見上げながらそう言って手にしたポーチからサングラスを取り出してかける。 「それだけじゃ無いだろうな。法術の軍事技術利用の研究が一番進んでいるのもアメリカだ。当然、東和の法術技術開発には関心がある。合法的にそれを監視できると言うところで同盟内部の譲り合いで空いた第四小隊の椅子を手に入れられるならそれもいいと思ったんだろ」 カウラはそう言うと足元の大き目のバッグを持ち上げた。 「はいこれ!」 突然パーラとサラの後ろから現われたアイシャがガリ版刷りの小冊子を誠、要、カウラの三人に手渡す。手にした冊子に明らかに不審そうな表情を浮かべる要。 「今時わら半紙で、ガリ版刷りって……これ!僕の描いた『魔法少女エリーS』のミルキーじゃないですか!」 「なんだそりゃ?」 要は誠の描いたイラストが表紙にある冊子を眺めている。そしてすぐにサングラスの上の眉をぴくぴくと振るわせ始めた。一生懸命爆笑を堪えている。そんな様子に苦笑いを浮かべる誠。 「そうよ。あえて空気キャラを表紙に使う事で内容への関心を呼び起こすと言う……」 「暇だな貴様は」 呆れるカウラ。誠もその絵の上に踊る『うみのしおり』と言う文字を放心したように見つめていた。 「そう言や、アメちゃんの何軍だ?陸軍は叔父貴に遺恨が残っとるし、海兵隊はM10グラント配備してねえだろ?空軍?海軍?宇宙軍?」 出来るだけ冊子のことには触れたくないと言うように要が話題を変えてアイシャに顔を向ける。自分の自信作が無視されているのに気が触ったようで頬を引きつらせているアイシャ。 「ああ、海軍だって話みたいよ。遼南の南都州の基地と言えばアメリカ海軍の遼州最大の拠点だから当然じゃないの?それより要!」 三人の中で一番『美人』と言う言葉が似合うと誠自身は思っているアイシャの瞳が鋭く要を見つめる。 「なんだよ、おっかねえ顔して」 さすがの要もびっくりして携帯灰皿に吸殻を押し込んでいた手を止める。 「あなたはちゃんとこの冊子を読んで、理解してからバスに乗るのよ。これは上官からの命令よ!わかった?」 「なんだよ!この前の件で佐官に昇格したからって……」 愚痴る要をアイシャが一睨みした。だがじりじりとアイシャは要に顔を近づけてくる。 「わあったよ!読めばいいんだろ!読めば!」 根負けした要は一人で先にバスの入り口に向かった。手荷物がやけに少なく、他の隊員が荷物の積み込みの順番を待っているのを横目に見ながら歩いていく。 「よろしい。じゃあちょっと他のみんなにも配ってくるわ」 アイシャが背を向ける。要はそれを見てすばやく誠達のところに戻ってきた。そして子供みたいに石を投げる振りをする。 「餓鬼か?お前は?」 呆れるカウラ。 「ったく!あの馬鹿!腹が立つぜ。これ、絵を描いたの神前か?」 表紙を眺めながら要が呟く。 「ええ、そうですけど……何か?」 サングラスを少しずらしてタレ目で誠を見上げてくる要の視線に誠は少したじろいだ。 「っ、別にな。じゃあ読むか」 要はそうポツリとつぶやくと手の中の冊子を開く。それを横目で見ながらカウラは要の手にあわせるように冊子を開いた。冊子を開くと、そこにはあまり上手くないアイシャの挿絵が踊っている。しばらく荷物の積み込み口でサラと雑談していたアイシャが戻ってきたのが誠にも見えた。手に冊子を握っていた要だがそれを察してアイシャを一瞥する。 「なに?」 「いや別に……」 再び冊子のページをめくった要の表情が曇る。 「何々?バスでの飲酒は禁止?これパス。運転中のバスでは立ち歩かない?これもパス。休憩中のパーキングでは必ず早めにトイレに行くこと?まあこれはいいんじゃねえの?」 苦笑いを浮かべながら冊子のページをめくる要。 「アンケートじゃないのよ!それは絶対遵守事項!」 腰に両手をあてて怒鳴りつけるアイシャ。思わずサングラスを落としそうになりながら要が冊子を地面に叩きつけた。 「やってられるか!ったくつまんねえことばかりはりきりやがって!」 そんな要を見ながらカウラが冊子を拾った。にらみつけてくるアイシャと関わるのが面倒だと言うよな表情の要はそれを受け取ると抱えていたポーチにねじこむ。 「それにしても今回は少ないよな、参加者。技術部は島田のアホとキム、ソン、西、吉川、金子、遠藤。警備部はヤコブ、イワノフ、ボルクマン。管理部は菰田、服部、立川。それとお姉さんの旦那か」 要はアイシャの冊子を誠に押し付けると男性陣を指折り数えた。 「暇そうな連中だな」 それを聞いたカウラもそう続ける。そこで要はサングラスを下げて、下から見上げるようにカウラに近づく。何事かと構えるカウラの正面に満面の笑みの要がいた。 「菰田、ソン、ヤコブが来るのはお前目当てなんだろ?ちゃんと絞めて行けよ」 『ヒンヌー教徒』三人の名前を聞いてカウラの表情が曇る。 「つまらない事は言わない方がいいぞ。口は災いの元だからな」 カウラはその話をしたくは無いと言うようにあっさり答えた。 「神前!荷物積むの手伝え!」 とても実働部隊の備品とは思えない量のパーティーグッズを荷物置き場に押し込んでいる島田が叫んだ。 「じゃあな、アタシ等乗ってるから」 そう言うと島田に見入られて身動き取れない誠を置いてバスに乗り込む要とカウラ。 「スイカはここに入れると割れるんじゃないですか?」 誠はパーラから島田が受け取ろうとしているスイカを見てそう言った。 「じゃあシャムちゃんに見つからないように隠しておくわね」 パーラはそう言うとそのままボストンバッグを誠に渡してバスに乗り込む。 「パラソルは折れるかな?」 「大丈夫なんじゃないですか?奥のほうに突っ込んでおけば」 誠と島田はバスに乗り込んでいく面々から荷物を受け取りつつ、それを床面の下の荷物置き場に突っ込む。 「正人!アイス買ってきたけど食べる?」 荷物置き場が一杯になった時、備品の自転車に乗って買出しに行っていたサラが二本のアイスキャンディーを島田達に手渡す。彼は受け取った二本のキャンディーを誠に見せた。 「悪いね。神前、どっち食う?」 「じゃあ小豆の方で」 いつの間にかかいた汗を拭いながら三人で一息つく。 「なるほどねえ。この前、姐御からM10の仕様書渡されて、どっからこんな最新機の情報手に入れたか聞こうと思ったんだが、ウチで動かすのか。整備のシフト考え直さないとまずいよなあ」 ソーダ味のアイスキャンディーを口にしながら島田が呟く。 「しかし、M10なら採用国は同盟加盟国でも何カ国かあるから大丈夫なんじゃないですか?運用の問題点とかのノウハウなら吉田さんに頼めば調べてくれるでしょうし」 表面に氷が張り付いて味のしないアイスバー。失敗したかなと思いながら、小豆色のバーを口にねじ込む誠。 「別に吉田さんに頼まんでも俺も聞いてるよM10の運用の注意点くらい。海兵隊が採用しなかったのは初めて導入したアメリカ海軍での評判があまり芳しくなかったからだって話だぞ。関節部の駆動部品のメンテが面倒でね。交換に一癖あって正直、俺もどうかなあって思ってたんだよ。まあA4にバージョンアップしてその部分はかなり改善されたって言う話だけど、05に比べるとかなり手のかかる代物みたいだな、まあ実物を拝まないことには判断はつかないけどな」 そう言うと島田は解けて手にかかろうとするアイスに手を焼いてそのままがぶりと先から食いついた。 「そうなんですか……」 誠は島田の話を聞きながら伸びをする。その視線にバスの中で手招きしている要の姿を見つけた。 「島田の旦那ー!」 窓を開けようとする島田を待っていた誠に向けて叫ぶ声が聞こえて振り向いた。オリーブ色のTシャツにジーンズの小夏、桜色の日傘を手にする紫の和服の春子がハンガーから出てバスに向かってきていた。 「俺も旦那に昇格か」 窓を開けると照れるように笑う島田。整備班員の統率を買われていた島田は技術部部長の明華の推薦で准尉に昇進していた。笑顔でバスに駆け寄って来た小夏を迎える。 「師匠はもう中ですか?」 バスの先頭を指差す小夏。誠は周りを見回すが、自分と島田以外は全員バスに乗っていることに気づいて苦笑いを浮かべた。 「そうみたいだな。それにしてもお前も少しは女らしくしろよ」 いつ見ても男の子のように見える小夏を島田はからかってみせる。 「それはグリファン少尉みたいにしろってことですか?」 にやける小夏。サラとのことを弄られてムッとする島田。 「下らないこと言ってないでとっとと乗れ!」 柄にもなく照れている島田と笑顔の春子が誠の目に入る。誠はそれを暖かく見守るとそのまま。春子のかばんと小夏のリュックを荷物置き場に押し込んでロックをかける。 「じゃあ全員そろったわけだ。行くか?」 誠は島田の言葉で春子を連れてバスの前を回ってバスに乗り込む。 「神前!こことって有るからな!」 バスの窓から要が身を乗り出している。誠はしかたなくそのままバスに乗り込むと奥の方へと歩き出した。 「ここだ。座れ」 イカの燻製を咥えながら、もう既にウィスキーの小瓶を手にして飲み始めている要の隣に席を占める。通路を隔てて隣は不機嫌そうに要をにらみつけるアイシャ。そして窓際に二人の動向を静かに見守るカウラが座っている。 「オメエも喰うか?」 燻製を差し出す要にしかたなく受け取る誠。 「行くのは永峰海岸ですか。随分ありますよね、ここからだと」 運用艦『高雄』の停泊先が東に150kmの新港。それに対して永峰は南の戸蔵半島の付け根のリゾート地である。渋滞とかのことを計算に入れれば今から出ても着くのは夕方になる。 「いいじゃない。着いたら温泉が待ってるのよ」 アイシャがそこでニヤリと笑う。大体彼女が笑うときは何かあるので冷や汗が流れるのを感じる誠。 「まさか混浴じゃないですよね?」 誠は何となくそう言ってみた。それに答えるつもりはまるで無いというようにじっと笑顔を保ち続けるアイシャ。 「まあなんだ。アタシの顔が利くところだからな」 この要の一言で混浴の浴場があることは誠にも想像ができた。 「何かたくらんでますね、西園寺さん」 誠は恐る恐る要を見る。いかにもたくらんでいますというように要は満面の笑みを浮かべていた。
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