「師匠!」 あまさき屋に一同が入ると調理場から小夏が駆け足でシャムに向かってくる。 「ナッチー!この人数、大丈夫?」 シャムが走って行き何時ものようにがっちりと抱き合う。そしてそれを見て要がいつも通りの生ぬるい視線で二人を見ているのを見つけた誠。なんとなくそんな不愉快そうな感じを滲み出しているのが要らしくて安心できる。そんな自分に笑いがこみ上げそうになる誠だった。 「ヤッホー!みんなー!」 奥のテーブルで手を振る白い長い髪の女性。それがリアナだと誰にでもわかる。正面に座っているワイシャツのがっちりした体格の男性は何度か機体整備の時に誠も見たことのあるリアナの夫鈴木健一だった。そしてその隣には技術部小火器管理主任のキム・ジュンヒ少尉と運行部でアイシャの副長昇格で正操舵手となったエダ・ラクール少尉がたこ焼きをつついていた。 「言っとくが、奢るのはお前らだけだぞ」 言葉はきついが要の表情はどこかしら余裕があった。アイシャは少しばかり狙いが違ったという顔をしながら店に入る。 「アイシャちゃん!こっちよ!」 リアナがまた手を振った。そして照れ笑いを浮かべている鈴木。 「誠ちゃんにはちゃんとした紹介はまだだったわね。これが健一君よ」 いつもほんわかした調子のリアナがさらにほんわかした調子で紹介する。頭を掻きながら握手を求めてくる鈴木に答えるように誠は右手を差し出した。 「君が神前君か。何度か法術系の開発装置の試験では顔は見たことはあるんだけどね」 誠の手をしっかりと握り締める鈴木。大学の先輩でもあることは知っていたので、どこか恥ずかしい気持ちになるのを感じる誠だった。 「実はね。僕は君が二年の時だと思うけど、『理科大最強の左腕投手が活躍してる』ってネットで見てリアナさんと応援に行ったことがあるんだよ」 にこやかに笑う鈴木。野球の話になると思って少しうんざりした顔になるサラと島田。だが真剣な顔つきの要を見ると二階の座敷に上がるわけにもテーブルに腰掛けるわけにも行かず、ただ二人の会話が終わるのを待とうという雰囲気に流され始めていた。 「今度もうちのエースなのよ。明石君が彼のこと買ってて、秋の都市対抗予選は誠君がエースナンバー背負う事になるみたいだし」 そう言うとリアナはうれしそうに突き出しのくらげを箸で掴む。 「そうすると敵同士か。うちの野球部はセミプロレベルだからな。いい試合期待してるよ」 そう言って席に戻りビールを口に運ぶ鈴木。仕方がないというように島田とサラがカウンターの椅子に腰掛けた。 「ワイワイやろうや。このテーブル良いんだろ?」 そう言うと要が四人がけのテーブルを確保する。そしてそのまま隣に誠を座らせたので、意地になったアイシャが誠の正面に、成り行きでカウラはその隣に座っていた。 「菱川重工はOBが多いですからね」 誠の席から正面に見えるリアナにそう言うと満足げに彼女は頷いた。そんな中、要は何か小声で小夏と話をしていた。 「まあね。特機開発三課、今はうちの担当は09型の法術戦想定のタイプの開発中さ」 そう言うとこの店の女将の家村春子が運んできた二皿のたこ焼きを手に取る。リアナの前に一皿を置くと、春子に開いたジョッキを手渡してお代わりを頼む。 「しかし、君のデータは実に興味深いよ。正直、あのサーベルは法術効率が悪すぎて、僕は実戦投入には反対したんだがね。それを見事に使いこなす力は大したものだ。あれくらい活用してくれると開発者冥利に尽きるというものだよ」 誠はふと気付いて要の方を見た。明らかに今日の機嫌の良さが消えていた。その顔には明らかに『仕事の話はするな』と脅迫してくるようないつもの凄みがある。 「要ちゃん。野球部監督がだんまりなんて面白くないじゃない。誠君のことは一番わかってる要ちゃんなんだから、健一君にもっと教えてあげてよ」 リアナは要が少し寂しそうにしているのに気がついて要に声をかけた。 「はあ、まあアタシよりもカウラの方が良いんじゃないですか?」 少し斜に構えたような言葉尻に少しばかりアイシャが困ったような顔をしているのが誠から見えた。 「でも要ちゃんは監督さんでしょ?要ちゃんが選手の起用を決めるんだから」 フォローのつもりでか、リアナの言葉に再びやる気が起きたように顔を上げる要。 「そうだよな!まあアタシの采配の妙で勝敗が決まるといっても過言ではないわけだ」 小夏が付き出しを持って来た。彼女もまた何時もの噛み付くような視線で睨まれる事も無い事に驚いているように誠には見えた。 「ご注文は?」 「おい、アイシャ。オメエが選びな」 小鉢を配っていた小夏がその言葉に目を丸くする。カウンターの向こうの女将の春子と料理長の老人、源さんも目を丸くしている。 「いいのね?」 アイシャは比較的早く冷静さを取り戻していた。それ以前にこれが彼女の狙っていた状況だった。誠から見てもアイシャの脳がすばやく計算を始めているのが良くわかった。 「二言はねえよ!好きなの頼みな。とりあえずアタシはいつもの奴だ」 隣のテーブルで様子を覗っていたキムとエダが不思議そうに誠達のテーブルを覗き込んでいる。すぐさまカウンターにホワイトラムのボトルが並び、小夏がそそくさとグラスとボトルを運ぶ。 「なんだよ。頼めよアイシャ」 一人、手酌でグラスにラム酒を注ぐ要。さすがにここに来て異変に気付いたのか、目を丸くして要を見守る鈴木夫妻。 「あのー。そう言えばなんで西園寺さんが監督なんですか?確かにノックとかバッティングピッチャーとか頼んでおいてなんですけど……明石さんがやってると思ったんですけど」 沈黙は避けたい。それだけの思いから誠はそう口走っていた。普段なら一喝されて終わりと言うところだが、明らかに要の機嫌は良くなっていた。 「いい質問だな。義体使用者がスポーツの大会とか出れないのは知ってるだろ?」 「まあ、当たり前ですがね」 相槌を打ちながら誠は要を観察した。タレ目の目じりがさらに下がっている。島田が『西園寺大尉ってエロイよな』と下士官寮で話していたのを思い出して今の要を見てみる。何となく島田の言葉に納得する誠。そんな誠を気にすることなく要は話を続ける。 「まあだからスポーツとか興味は無かったんだがな。中坊の時、修学旅行先が地球の日本の京都へ行ったんだ」 全員がぽかんと口を開いた。辺境の植民惑星系である遼州から地球は遥かに遠い。修学旅行に行く場所にしては遠すぎると誰もが思っていた。 「へえ、さすが胡州修学院中等部ね。修学旅行が地球なんて」 さすがのリアナも感心するのは当然だ。誠の区立中の修学旅行は東和国内である。まあ胡州の名門貴族の為のお嬢様学校と比較するのが間違っている。誠はそう思い直してラム酒を口に含んではその中で転がすようにして飲み続ける要を見ていた。 「その時、同じ班の連中が嫌いだったから、抜け出して大阪に言ったんだ。そしたらそこで縦じまの応援団に囲まれてね」 そう言うと要は静かにタバコを口に持って行った。タバコ嫌いのリアナも、周りの雰囲気がわかったのか、灰皿を要に差し出した。 「まあ聞いてはいたんだけどさ。なんかこう……見ているのが楽しいのなんのって。ああ、あれは確か巨人戦だったかな。まあ試合も最終回でサヨナラホームランが出て大盛り上がりでさ」 そう言うと要は携帯端末を取り出す。目の高さに拡げられた情報ツールを動かす。そこには昨日試合のタイガースのスコアーブックがあった。 「こんなの付けてるんですか?」 試合開始の一球目から、最後まで。事細かなコメントが入れられている。 「ファンなら当然だろ?お前はどこのって、地球の事まで関心ないか」 要はそう言うとグラスに残ったラム酒を飲み下した。 「要さんって結構まめなのねえ」 女将の春子がジョッキのビールを運びながら要の前の画面を見入っている。誠はその中のコメントを見ながら、感情的な要にしては冷静なコメントがなされているのに驚いた。 「凄いですねえ」 誠は正直に言った。そして意外だと思った。大体が戸籍上は叔父であり、血縁としては従姉に当たる嵯峨に似て妙なところにこだわりがある要を知った。 『意外にマメなんだ。見直したな』 そう思って要の顔を見る。要はまた機嫌良く酒を飲み続けている。 「はい!焼きそば」 いつの間にか誠の後ろに立っていた小夏が注文の品を運んでくる。誠は要の前のスコアを見ている。小夏も誠と同じ様な感想を持っているのだろう、時々要の顔と見比べながら凝視している。 「シャムちゃんが大好きな大たこ焼きよ」 春子は巨大なたこ焼きの並んだ皿をシャムに渡す。飽きた猫耳を外して、ちょろちょろ落ち着かない表情だったシャムの顔が満面の笑みに変わる。 「たこ焼き!たこ焼き!」 そのまま嬉しそうにたこ焼きに飛びつくシャム。そんなシャムを見つめながらどこか腑に落ちない顔のアイシャが見える。 「要。聞きたいことがあるんだけど……」 好奇心を抑えきれないようで、アイシャはそう切り出した。誠もカウラも要がまた不機嫌になるかと思いながらじっと二人を見つめている。 「なんだ?」 たこ焼きを自分の取り皿に移しながら要が答える。 「今日あんた、なんか変じゃない?」 ストレートすぎる。誠は冷や汗を掻きながら要を見つめた。しかし、要は別に気にしていないようで、グラスの酒をまた口に含んだ。 「どこが変なんだ?」 まじまじと要はアイシャを見つめる。タレ目、少しばかり頬が染まっているのは体内プラントのアルコール分解速度を落としているからだろう。だが要はまったく自覚していない様に見えた。誠はそう確信した。理由は特に無いがとりあえず気分的にはハイなんだろう。しかし、そんな理由で満足するアイシャでないのも確かだった。 「お前と違って金の使い方は計算してるからな。お前らどうせアニメグッズ買いすぎて金がねえだろうから気を利かせたわけだ」 そう言うと要は勢いよく焼きそばに取り掛かった。なんとなく納得できるようなできないようなあいまいな答え。アイシャもその後にどう言葉を続けようか迷っているようだった。 「要ちゃんの奢りなんだ。いいなあ」 リアナがうらやましそうに要の方を見つめる。正面でジョッキを傾ける健一はリアナにそういわれて流れで頷く。 「奢りませんよ!」 とりあえずこの話題から逃げたいというように要は苦笑いを浮かべながらそう言った。しかし、その目は深い意味などないというように彼女の箸はすぐ焼きそばに向かった。 「お姉さん。どこが変なの?」 焼きそばを口に突っ込みながら要がそう尋ねる。その目はどこかふざけたようないつもの要のタレ目だった。カウラ、アイシャ。他の面々もそれを気にしていた。そして誠もそうだった。リアナの部長格という肩書きがここで役に立った。 彼女から見ても、いつもの要の傍若無人振りとは違う言動は、少し変なものに見えていたらしい。それが判るだけでこれまで要のいつもと違う言動を見てきた面々には十分だった。 「なんと言うか……いつもより素直よね」 ここで誠をはじめ面々は肩透かしを食らった。要は意外と素直だと誠は思っている。直情的なのはいつものことだ。情報戦ですら平気でこなすはずの非正規戦用最新鋭義体の持ち主なのにいつもそう言った任務を嵯峨が吉田に一任している。駆け引きなどと縁遠い彼女らしいと誠はいつも思っていた。 「アタシはいつだって素直ですよ」 そう言いながら手酌で飲み続ける要はまったく普通に答える。そしてアイシャ達が何で自分のことを不思議そうに見ているのかわからないというようなとぼけた表情を浮かべていた。 「うーん。でもなんか、今日の要ちゃんは前向きよね」 保安隊の核融合炉。そう呼ばれている要を前にして、さすがのリアナも言葉を選んだ。 「前向き……。良いじゃねえの?後ろ向きよりよっぽど生産的だ。アイシャ。人の機嫌を気にするならこんくらいの事は言えないとなあ」 また口にラム酒を含みながら、タレ目の視線をアイシャに向ける。 「そうなら別にいいんだけど……」 相変わらず良くわからない要の機嫌に場は完全に静まり返る。そんな中、突然店の中の照明が薄暗く変わる。 「小夏!」 「アンドシャム!」 『踊りまーす!』 突然だった。シャムと小夏の二人が猫耳と尻尾をつけて通路に飛び出してくる。前触れの無い出来事に全員が唖然としてその姿を見守っていた。 急に店の奥から電波ソングが流れる。シャムと小夏。小柄なシャムの方がまるで妹に見える奇妙な光景だった。 「行けー!」 アイシャが叫ぶとシャムと小夏が腰を振ってこれまた電波な踊りを始める。はたから見れば奇妙な光景だが、健一は何度か見慣れているらしく拍手をしながら笑顔で見守っている。 「どうだ?萌え評論家の神前誠君」 ニヤ付きながら話しかけてくる要。いつもならこういうドサクサは見逃さない彼女が誠のグラスに細工をするわけでもなく、ただ笑いながら誠の顔を覗き込んでいる。 「これは実に萌えですね。猫耳万歳です」 『みなさーん!ありがとう!』 シャムと小夏がぺこりと頭を下げる。そしてあまり長くない電波ソングライブは終わった。 「猫耳か……」 ポツリとカウラが呟いた。 「なに?カウラちゃんも猫耳つける?」 笑顔のアイシャがカウラに言った言葉に、すぐ視線を走らせている要を見つけた誠。不思議そうにアイシャを見つめるカウラ。自分が猫耳をつけたときを想像しているように誠には見えた。 「私はそういうことには向かない」 しばらく真剣に考えた後、そう言うといつもどおりウーロン茶を飲み始める。 「確かにテメエにゃ無理だ。キャラじゃねえ」 「それじゃあ要ちゃんがやったら?」 アイシャがそう振ったとき、いつもなら怒鳴り声が飛んでくるところが別に何も起きなかった。 「やっぱり変よねえ」 首を傾げるリアナ。しばらく考えた後、一つの結論に達したように手を叩いた。 「もしかして要ちゃんて好きな人と海に行くって初めてなのかしら?」 空気が止まった。 全員がその可能性は否定していなかったが、その後に訪れるだろう報復を恐れて選べないでいた結論。それが判っていても全員の視線が要の方を向く。 要は何が起きたかわからないとでも言うようにきょとんとして、全員の顔が自分のほうを向いていることを確認した。 「どうなの?要ちゃん」 確かにこの場でこんな事を要に確認できるのはリアナしかいなかった。島田なら救急車が必要になる。カウラやアイシャなら店が半壊の憂き目にあうだろう。誠とサラ、パーラ、キム、エダにはそんな度胸も無い。 全員の視線が要に集中した。 「何見てんだ?お前等?」 要は聞いていなかった。それもまた意外だった。誠も彼女の地獄耳のおかげで酷い目にあったことが何度かある。カウラもアイシャも同様なのだろう、意外な要の言葉に戸惑っている。 「やっぱり要ちゃん変!神前君のことで悩んでるんでしょ?」 リアナのその言葉。誠、カウラ、アイシャ、島田、サラ。皆はリアナの口をふさいでおかなかったのを後悔した。 「何で?」 そんな言葉が要の口から出てきたことに誠達は胸をなでおろした。その様子を不思議そうに見つめる要。 「でもこれも上司としてのお仕事ね。要ちゃん。神前君のことどう思ってるか言って御覧なさい」 また地雷原に踏み込むようなリアナの発言にシャムでさえ背筋が凍ったように伸び上がる。既に小夏は退避済みである。 「こいつのこと?アタシが?……それって何?」 要はまったくわかっていないと言うようにグラスを傾ける。誠は隣の席の健一の脇を突いた。 「リアナさん。無理に聞かなくても……」 それまで機嫌が良さそうだったリアナの表情が厳しくなって夫に向けられる。 「健一君。出会いはね、重要なのよ。そして思いも。要ちゃん照れなくてもいいから答えてみて」 リアナが真顔で隣に座っている要に顔を近づける。白い頬が朱に染まっているのを見て誠は逃げ出したくなるのを何とか我慢していた。要がその青い瞳、白い髪を眺めながら時が経つ。 カウンターでは女将の春子と小夏がじっとその様を見つめていた。 急に要の頬が赤らんだ。瞬きをし、そして手にしていた酒を一気にあおる。 「ばっ、ばっ、馬鹿じゃねえの?お姉さん冗談止めてくださいよ。誰がこんな軟弱野郎のこと好きだとか……」 『好き?』 その言葉を自分で口にして要はさらに顔を赤らめる。 「要ちゃんかわいい!」 シャムがそう言って飛び出そうとしたところで要が立ち上がり、上目がちにシャムを睨みつけた。その迫力に圧されて愛想笑いを浮かべながら自分の席に戻るシャム。 「気が変わった。お前等割り勘な。それとアタシ帰るから」 誠たちが予想はしていた反応の中で一番穏やかな態度で要が立ち上がる。 「要ちゃん!」 呼び止めようとリアナが声を出したが、要はそのまま手を振って店を出て行く。顔を出した春子が呆れたようにリアナを見つめている。 「ああ、行っちゃった」 息を潜めていたパーラが伸びをして要が消えた引き戸を見つめていた。 「お姉さん!要の性格知ってるでしょ?」 アイシャが恨みがましい目でリアナを見つめる。同様に要の財布をあてにしていた誠や島田もリアナを見つめる輪に参加していた。 「ちょっとまずかったかしら。いいわ。みんなのお勘定健一君が払うから」 「え?」 突然の提案にうろたえる健一。そして給料前の出費を恐れていた一同がホッと胸をなでおろした瞬間だった。 「神前、追え」 カウラは確かにそう言った。静かだが明らかに命令としてカウラはその言葉を口にしていた。 「いいから追え!」 動こうとしない誠を見つめて再びカウラの口から出た言葉。ハッとして誠は店から飛び出していた。 「西園寺さん!」 あまさき屋から出てすぐ誠は要を見つけた。そばの小道でタバコをくゆらしながら、店じまいしたラーメン屋の土塀にもたれかかって空を見ている。誠の言葉を聞くと要はわざと早足で歩き出した。 「待ってくださいよ、西園寺さん」 誠はそのまま走って要に追いつくと彼女の前に立った。咥えているタバコからの煙が誠を包んだ。 「邪魔だ。どけ」 静かな声で要が言いつける。しかし誠には動くつもりは無かった。 「どうせアイシャあたりからお前が払えって言われて来たんだろ?気が変わったんだ。ほっとけ」 下を向いたままの要。誠は何も言えずにいた。 「お前だって迷惑だろ?あんなこと言われたらさ。だからアタシは帰る」 まるで聞き分けの無い少女だった。子供時代がわからない。三歳で今の機械化された体を受け入れることでしか生きることが出来なくなった要。その寂しげな表情に誠は惹きつけられた。 「そんな事無いですよ!西園寺さんは……素敵な人ですから」 誠のその言葉でようやく西園寺が誠の顔を見上げた。呆れたようなまるで同情するような感情がその目に映っている。 「素敵な人……ねえ。アタシみたいな暴力馬鹿が素敵だってのは驚きだ」 自虐的な笑いを浮かべる要。それでも誠は言葉を続けた。 「そうですよ。僕が誘拐された時だってちゃんと助けに来てくれたじゃないですか!西園寺さんは優しい人です!」 誠は真剣な顔でそう説いた。お互い見つめあう目と目。そして要が笑い出した。まるで自分自身を笑っているとでも言うように腹を抱えて大笑いする要。誠は何が起きたのかわからないままじっと笑い続ける要を見つめていた。 「ったく。アタシの負けだ」 そう言うと要は誠の左肩に手を乗せる。 「……ずるいぜそんなの」 要が自分自身にそう呟いた。誠の横をすり抜けて再び大通りに向かう要。 「西園寺さん……」 説得できたと言う事実より要の言葉の意味がわからず呆然としている誠。 「こりゃあテメエのさっきの死にそうな顔を忘れる為には飲み直さないといけねえな。まあアタシのおごりだ。潰れるまで飲ませるから覚悟しろよ」 要はそう言うと笑顔に戻ってあまさき屋に向かった。誠は要の言葉の最後に身を凍らせながら派手に引き戸を開いた要の後に続いた。
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