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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作者:橋本 直

最終回   保安隊海へ行く 31
 ハンガーの前ではどこに隠していたのか聞きたくなるほどのバーベキューコンロが並んでいた。それに木炭をくべ発火剤を撒いている整備員。そんなコンロをめぐって火をつけて回っているのは島田だった。
「おう、ついたか」 
 目の下にクマを作ってふらふらと火をつけて回る島田。顔には血の気が無い。
「大丈夫なのか?そのまま放火とかしないでくれよ」 
 要は冗談のつもりなのだろうが誠にはそうなりかねないほどやつれた島田が心配だった。
「西園寺さん大丈夫ですよ。火をつけ終わったら仮眠を取らせてもらうつもりですから」 
 そんな島田の笑いも、どこか引きつって見える。カウラもアイシャも明らかにいつもはタフな島田のふらふらの様子が気になっているようでコンロの方に目が向いているのが誠にも見えた。
「じゃあがんばれや」 
 それだけ言って立ち去る要に誠達はついていく。その先のハンガーには新しいアサルト・モジュールM10が並んでいた。
 その肩の特徴的なムーバブルパルス放射型シールドから『源平絵巻物の武者姿』と評される05式に比べるとどこか角ばった昆虫のようにも見える灰色の三機の待機状態のアサルトモジュール。
「へえ、結構良い感じの機体じゃねえか」 
 要はM10の足元まで行くと迫力のある胸部に張り出した反応パルス式ミサイル防御システムを見上げた。
「俺にとっても都合の良い機体だな。運用コストがべらぼうに安い上に故障が少なくてメンテ効率が高い。ローコストでの運用には最適だ」 
 突然の男の声に驚いて飛びのく要。そこでは管理部長、アブドゥール・シャー・シンが牛刀を研いでいた。
「やっぱり牛を潰すのはシンの旦那か」 
「まあな、俺はこの部隊では自分で潰した肉しか食えないからな」 
 敬虔なイスラム教徒である彼は、イスラムの法に則って処理した肉しか口にしない。彼がこう言うパーティーに参加するときは必ず彼がシャムの飼っているヤギや牛の処理を担当することになっていた。
「設計思想がよくわかる機体だ。総力戦が発生しても部品に必要とされる精度もかなり妥協が可能な機体。その部品にしても平均05式の三分の一の値段だ。予算の請求もこう言う機体ばかりだと楽なんだけどな」 
 シンはそれだけ言うと、また牛刀を研ぐ作業に戻った。
「またバーベキューですか?」 
「そりゃそうよ。誠ちゃんだけ特別扱いってわけには行かないでしょ」 
 そう言うとアイシャはそのまま事務所につながる階段を上り始める。
「おう、おはようさん」 
 大荷物を抱えた明石清海中佐が立っている。確かに夏は終わりを迎えようとしているが、薄手とはいえ紫のスーツは暑苦しく見える。
「その様子、出張ですね」 
「まあな。法術対策部隊の総会ってわけだ。西園寺、ジュネーブって行ったことあるか?」
 いきなり地球の話題を要に振るのは彼女なら何度か行ったことがあるだろうと明石も思っているんだと誠は再確認した。 
「スイスは機会がねえけど、まあ会議を開くには向いてるところだって聞いてるぜ」 
「そうか。ワシはあんま知らんからどないすれば良いか……」 
 明石はそう言うと剃りあげた頭を掻く。
「まあ、地球の連中に舐められないようにしてくれば良いんじゃねえの?」 
 それだけ言うと要は実働部隊事務所のドアを開けた。
「少し遅いのでなくて?」 
 実働部隊控え室では、湯のみを手にしてくつろいでいる茜がいた。当然、彼女は紺が基調の東都警察の制服を着ている。 
「さっさと着替えて来いってわけか?」 
「そうね。そのまま第一会議室に集合していただければ助かりますわ」 
 そう言うと茜はぼんやりと立ち尽くしている誠達の横をすり抜け、ハンガーの方に向かって消えていった。
「私も?」 
 アイシャの言葉に誠達は頷く。そのまま四人は奥へと進んでいく。
「おはよう!誠君、人気者ね」 
 そう言ってロッカールームから歩いてきたのはリアナだった。
「急いで着替えた方が良いわよ。茜さんは怒ると怖いんでしょ?」 
「まあな。表には出ないがかなり黒くなるからな」 
「ダーク茜」 
 要とアイシャが顔を見合わせて笑う。カウラは二人の肩を叩いた。その視線の先にはハンガーに向かったはずの茜が、眉を引きつらせながら誠達を見つめていた。
「じゃあ、第一会議室で!」 
 要はそう言うと奥の女子ロッカー室へ駆け込む。カウラとアイシャもその後を追う。
「誠君も急いでね」 
 そう言うとウィンクをして去っていくリアナ。
 誠は急いで男子ロッカー室に入る。冷房の効かないこの部屋の熱気と、汗がしみこんだすえた匂い。誠は自分のロッカーの前で東和陸軍と同形の保安隊夏季勤務服に着替える。かなり慣れた動作に勝手に手足が動く。忙しいのか暇なのか、それがよくわからないのが保安隊と言うところ。誠もそれが理解できて来た。
 とりあえずネクタイは後で締めることにして手荷物とそのまま第一会議室に向かった。小柄な女性が会議室の扉の前を行ったり来たりしている。着ている制服は東都警察の紺色のブレザー。
「こんにちわ」 
 声をかけた誠を見つめなおす女性警察官。丸く見える顔に乗った大きな眼が珍しそうに誠を見つめる。
「神前曹長っすね。僕はカルビナ・ラーナ巡査です。一応、嵯峨筆頭捜査官の助手のようなことをしています!」 
 元気に敬礼するラーナに、誠も敬礼で返す。
「すぐに名前がわかるなんて……警察組織でも僕ってそんなに有名人なんですか?」 
「そりゃあもう。近藤事件以来、遼南司法警察でも法術適正検査が大規模に行われましたから。軍や警察に奉職している人間なら知らない方が不思議っすよ!」 
 早口でまくし立てるラーナに呆れながら、誠はそのまま彼女と共に第一会議室に入った。
「ラーナさん、まだ要さん達はお見えにならないの?」 
 上座に座っている茜が鋭い視線を投げるので、思わず誠は腰が引けた。
「ええ、呼んできたほうがいいっすか?」 
「結構よ。それより話し方、何とかならないの?」 
 茜は静かに目の前に携帯端末を広げている。
「すまねえ、コイツがぶつくさうるせえからな」 
「何よ要ちゃん。ここは職場よ。上官をコイツ呼ばわりはいただけないわね」 
 要、アイシャ、そしてカウラが部屋に到着する。その反省の無い要の態度に呆れ果てたと言う表情の茜。
「じゃあ、席についていただける?」 
 刺す様な目つきに誠は恐怖しながら椅子に座る。すぐに彼女は視線を端末に戻しすさまじいスピードでキーボードを叩く。
「おい、それは良いんだけどよ。法術特捜の部長の人事はどうなったんだ?一応看板は、『遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関法術犯罪特別捜査部』なんて豪勢な名前がついてるんだ。それなりの人事を示してもらわねえと先々責任問題になった時に、アタシ等にお鉢が回ってくるのだけは勘弁だからな」 
 誠の隣の席に着くなり切り出す要。アイシャもその隣で頷いている。
「その件ですが、しばらくはお父様が部長を兼任することになっていますわ。まあ本当はそれに適した人物が居るのだけれど、まだ本人の了承が取れていないの。それまでは現状の体制に数人の捜査官が加わる形での活動になると思いますわ」 
 そう言いながら、茜はなぜか視線を誠に向かって投げた。要もその意味は理解しているらしく、それ以上追及するつもりは無いというように腕組みをする。
「僕の顔に何かついてますか?」 
 真っ直ぐに見つめてくる茜の視線を感じて思わず誠はそう口にしていた。
「いいえ、それより今日は現状での法術特捜の人事案を説明させていただきます」 
「そうなんですの。とっととはじめるのがいいですの」 
 要は茜の真似をして下卑た笑みを浮かべて見せる。茜はそれを無視するとカウラの顔を見た。
「保安隊の協力者の指揮者ですが、階級的にはクラウゼ少佐が適任と言えますわね」 
 そんな茜の言葉ににんまりと笑うアイシャ。
「でも少佐の運用艦『高雄』の副長と言う立場から言えば、常に前線での活動と言うわけには参りませんわ。ですのでベルガー大尉、捜査補助隊の隊長をお願いしたいのですがよろしくて?」 
 茜の言葉に頷くカウラ。がっくりとうなだれるアイシャ。要は怒鳴りつけようとするが、茜の何もかも見通したような視線に押されてそのままじっとしていた。
「つまり私は後方支援というわけね。それよりその子、大丈夫なの?」 
 アイシャはテーブルの向かいに座っているラーナを見ながらそう言った。ラーナは何か言いたげな表情をしているが、それを制するように茜が口を開いた。
「彼女は信用置けますわ。遼南山岳レンジャー部隊への出向の時にナンバルゲニア中尉の下でのレンジャー訓練を受けたことがある逸材。それに法術適正指数に於いては神前曹長に匹敵する実力の持ち主ですわ」 
 シャムの教え子。その言葉だけで誠達は十分にラーナの実力を認める形となった。さらに法術師としては誠をはるかに凌ぐ実力者の茜の言葉にはラーナの実力を大げさに言っていることは判っていても重みがある。
「そんな大層なもんじゃないっすよ。山育ちなんで、サバイバルとかには結構自信があるだけっす」 
 シャムもそうだが、ラーナも遼南生まれの遼州人は自分と比べて妙に明るい印象がある。そう誠は思いながら要達を見回した。要は特に気にする様子は無かった。カウラは珍しそうにラーナの様子を伺っていた。アイシャが聞きたいことは彼女の趣味と合うかどうかの話だろうと推測が出来た。
 四人に黙って見つめられても、照れるどころか自分から話始めそうなラーナを制して、茜は話し始めた。
「近年、特に前の大戦の終結後ですけど、法術犯罪の発生件数は上昇傾向にあります、そのため……」 
 茜らしい。法術犯罪とその対策の歴史を語りだした茜だが、すぐにそれに飽きてしまう人物がいた。
「おい、茜。そんな御託は良いんだ。それより狙いはどこだ?青銅騎士団か?それともネオナチ連中か?アメちゃんが動いてるって話も聞くわな」 
 要は相変わらずガムを噛んでいた。茜はそれに気を悪くしたのか、答えることも無くじっと端末を操作していた。
「じゃあ『ギルド』と言う組織のことはご存知?」 
 ようやく茜が口を開く。要は自分の意見が通ったことで少しばかり笑みを浮かべた。
「噂は聞いてるよ。成立時期不明、組織構成員不明、ただ存在だけが噂されている法術武装組織のことだろ?どこの特務隊でも名前だけは教えられると言う非正規組織。命名はジョンブルだったか?」 
 要の言葉にカウラとアイシャは黙って聞き入っていた。
「法術犯罪自体が無かったことになっていた時代、先日の近藤事件以降に発生した法術重大事件の陰に彼等がいるだろうと言われてることもご存知なわけね」 
「あの、話が見えないんですけど」 
 アイシャの質問の途中で会議室のドアが開く。
「ごめんなさい!遅くなっちゃいました?」 
 現れたのはレベッカだった。予想外の闖入者に眉をひそめる要。
「レベッカちゃん。こっちの席、空いてるわよ」 
 そう言ってアイシャが隣の席を指差す。技官で中尉の彼女。おそらく誠達にとってのヨハンのように法術兵器に関するフォロー要員として彼女が選ばれたのだろうと誠はレベッカの大きな胸を見ながら思っていた。
 だが誠のそんな様子はすぐに要に見透かされる。
「やっぱりそこの金髪めがね巨乳は法術に関する研究もやってたか。叔父貴の狙いはアメリカとパイプをつなげときたいって所か?」 
 明らかに敵意むき出しの要におどおどとレベッカはうつむく。
「法術研究の最高峰のアメリカ陸軍がお父様とは犬猿の仲である以上、彼女達海軍の方から情報を得ると言うのは常道じゃなくて?」 
 茜はそう言うと話を続けようとした。
「なるほどねえ」 
 そう言って再びレベッカをにらみつける要。今にも泣き出しそうな表情のレベッカはその視線に怯えるような視線を茜に投げる。
「あんまりいじめないでいただけませんか。彼女も法術特捜には不可欠な人材ですのよ」 
 茜の語気の強さに少しばかりひるむ要。
「それじゃあ……」 
「まだ終わんないの?」 
 扉が開き顔を出したのは嵯峨だった。
「お父様、今は会議中ですよ!」 
「そうカリカリしなさんな。それにこいつ等だって馬鹿じゃないんだ。俺達が『ギルド』についてはつかんでいる情報がほとんど無いことぐらい察しはついてるよ。そんな会議したって時間の無駄じゃん」 
 実も蓋も無いことを言われて口ごもる茜。
「まあ、会議なんて言うものは寝るものだからな。情報がわかり次第、それぞれに交換すれば事が足りるだろ?」 
「まあ、その通りなんですけど……」 
 それだけ言って黙り込む茜。
「じゃあ解散か?」 
「そうは言っていません!」
 席を立とうとする要をぴしゃりと制する茜。 
「でも、もうシン達はコンロがいい具合になってきたって言ってるぜ。まあ、堅苦しいことは後にしようや」 
「そう言う風に問題を先延ばしにするのはお父様の悪い癖ですよ」 
 刺すような視線を嵯峨に送った後、あきらめたように端末を閉じる茜。要は伸びをして、退屈な時間が終わったことを告げる。
「バーベキューっすか。いいっすよね」 
 ラーナはそう言うとそのまま会議室から出て行く。要、アイシャ、カウラもまたその後に続く。
「誠!早く来いよ!」 
 廊下で叫ぶ要。誠は座ったまま片付けをしている茜を見ていた。
「よろしくてよ、別に私を待たなくても」 
 不承不承言葉をひねり出した茜のやるせない表情を見ながら、誠は要達を追った。
「良いんですか?こんなので」 
 誠は要に駆け寄ってみたものの、どうにも我慢しきれずにそう尋ねた。
「良いの良いの!叔父貴が責任取るって言うんだから」 
「俺のせいかよ」 
 そう言うと情けない顔をしてタバコを口にくわえる嵯峨。
「まあこれが我々の流儀だ。そのくらい慣れてもらわなくては困る」 
 いつものように表情も変えずにカウラはハンガーへ続く階段を降り始めた。ハンガーでは整備班員がバーベキューの下ごしらえに余念が無い。
「ちょっと!ちゃんと肉は平等に分けるのよ!そこ、もたもたしてないで野菜を運びなさい!」 
 明華は相変わらず彼等を大声で叱り飛ばす。
「じゃあアンプはそこに置いて。そしてお立ち台は……菰田君!ここよ!」 
 いつの間にか和服に着替えていたリアナは電波演歌リサイタルの準備にいそしんでいる。
「よう、歓迎される気分はどうだい」 
 嵯峨が走り回るブリッジクルーや整備員、そして警備部隊の面々をぼんやりと眺めているロナルドに声をかける。
「歓迎されるのが気分が悪いわけは無いでしょう」 
 口元は笑っているが目が呆れていた。隣に立つ岡部もただ何も出来ずに立ち尽くしている。調子の良いフェデロは勇敢にもリアナのリサイタルが予定されている場所でアンプの設定を手伝っていた。
「遅くなりました」 
 そう言いながら茜は野菜を切り分けている管理部の面々に合流する。
「私、何か出来ませんか?」 
 ついさっきまで会議を遂行するように叫びかねない茜だったが手のひらを返したように歓迎会の準備に入ろうとしている。
「良いんだよ。茜。お前も歓迎される側なんだから黙って見てれば。さてと」 
 嵯峨はタバコに火をつけて座り込んだ。
「神前!手を貸せ」 
 いつの間にか復活していた島田が、クーラーボックスに入れる氷を砕いている。
「わかりました!」 
「アタシも行くぞ」 
「私も!」 
 要とアイシャが誠と一緒に駆け出す。遅れてカウラも後に続いた。
「いいねえ、若いってのは」 
 そう言いながら嵯峨はタバコの煙を吐いた。秋の風も吹き始めた八月の終わりの風は彼等をやさしく包んでいた。誠は空を見上げながらこれから始まる乱痴気騒ぎを想像して背筋に寒いものが走った。

 
                            (了)


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