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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作者:橋本 直

第30回   保安隊海へ行く 30
 翌朝、誠は焼けるような腹痛で飛び起きた。そのままトイレに駆け込み用を済ませて部屋に帰ろうとした彼の前にいつの間か要が立っていた。
「おい、顔色悪りいぜ。何かあったのか?」 
 昨日、ウォッカの箱を開けるやいなや、すぐさま彼の口にアルコール度40の液体を流し込んだ要。それが原因だとは思っていないような要に呆れながらそのまま部屋に向かう誠。
「挨拶ぐらいしていけよな」 
 小さな声でつぶやくと、要はそのまま喫煙所に向かった。部屋に戻り、Tシャツとジーパンに着替えて部屋を出る。今度はカウラが立っている。
「おはよう」 
 それだけ言うと、カウラは階段を下りていく。誠も食堂に行こうと歩き始めた。腹の違和感と頭痛は続いている。
「昨日は災難だったわねえ」 
 階段の途中で待っていたのはアイシャだった。さすがに彼女は要にやたらと酒を飲まされた誠に同情しているように見えた。
「酒が嫌いになれそうですね。このままだと」 
 誠は話題を振られた方向が予想と違っていたことに照れながら頭を掻く。
「それはまあ、要ちゃんのことは隊長に言ってもらうわよ。それにしてもシャワー室、汚すぎない?」 
「これまでは男所帯だったわけですからね。島田先輩に言ってくださいよ」
 そんな誠の言葉にアイシャは大きくため息をついた。 
「その島田君がしばらく本部に泊り込みになりそうだって話よ」 
 食堂の前はいつものだらけた隊員達が雑談をしていたが、カウラとアイシャの姿を見ると急に背筋を伸ばして直立不動の体勢を取った。
「ああ、気にしなくて良いわよ」 
 アイシャは軽く敬礼をするとそのまま食堂に入った。厨房で忙しく隊員に指示を出しているヨハンが見える。とりあえず誠は空いているテーブルに腰を下ろす。当然と言った風にカウラが正面に、そしてアイシャは誠の右隣に座った。
「とりあえず麦茶でも飲みなさいよ」 
 やかんに入った麦茶を注いで誠に渡すアイシャ。誠は受け取ったコップをすぐさま空にした。ともかく喉が渇いた。誠は空のコップをアイシャの前に置いた。
「食事、取ってきて」 
 誠の態度を無視して顔をまじまじと見つめたアイシャがそう言った。
「あの、一応セルフサービスなんですけど」 
「上官命令。取ってきて」 
 何を言っても無駄だというように誠は立ち上がった。アイシャの気まぐれにはもう慣れていた。そのままカウラと一緒に厨房が覗けるカウンターの前に出来た行列に並ぶ。
「席はアイシャが取っておくと言うことだ」 
 そう言うと誠に二つのトレーを渡すカウラ。下士官寮に突然移り住んできた佐官の席を奪う度胸がある隊員はいないだろうと思いながら誠は苦笑いを浮かべた。
「佐官だからっていきがりやがってなあ。オメエも迷惑だろ?」 
 喫煙所から戻ってきた要がさもそれが当然と言うように誠の後ろに並ぶ。
「両手に花かよ、うらやましい限りだな」 
 朝食当番のヨハンがそう言いながら茹でたソーセージをトレーに載せていく。それにあわせて笑う食事当番の隊員達の顔はどこと無く引きつって見えた。とりあえず緊張をほぐそうと誠は口を開いた。
「技術部は大変ですね」 
「まあな、ただ俺としてはM10は楽な機体だぜ。大規模運用を前提として設計されているだけあって整備や調整の手間がかからないように出来てるからな」
 そう言いながらヨハンは誠のトレーに乗った自家製のソーセージの隣にたっぷりと洋辛子を塗りつける。 
「だが、それ故に自由度は低いわけだな」 
 カウラの言葉をはぐらかすように笑うヨハン。
「大丈夫ですよベルガー大尉。05式の代替機にするつもりは無いですから。それに起動システム等の先進技術の入ったブラックボックスの整備はシンプソン中尉と彼女が指名した数名しかタッチするなと許大佐に言われてますから」 
「まあシン大尉ががんばってくれたおかげで何とか予算も確保できましたから」 
 ヨハンの言葉に付け加える菰田。突然自分の前に現れた苦手な部下の登場にカウラが呆れた顔をしていた。
「それは……良い知らせだな」 
 とりあえずだがカウラはそう言った。彼女に話しかけられ恍惚としている菰田の前で要が咳払いをした。
「早くしなさいよ!」 
 ようやく盛り付けが終わったばかりだと言うのに、アイシャの声が食堂に響く。
「うるせえ!馬鹿。何もしてない……」 
「酷いわねえ要ちゃん。ちゃんと番茶を入れといてあげたわよ」 
 トレーに朝食を盛った三人にアイシャはそう言うとコップを渡した。
「普通盛りなのね」 
 要のトレーを見ながらアイシャは箸でソーセージをつかむ。
「神前、きついかも知れないが朝食はちゃんと食べた方が良い」 
 カウラはそう言いながらシチューを口に運んでいる。
 誠はまさに針のむしろの上にいるように感じていた。言葉をかけようと要の顔を見れば、隣のアイシャからの視線を感じる。カウラの前のしょうゆに手を伸ばせば、黙って要がそれを誠に渡す。周りの隊員達も、その奇妙な牽制合戦に関わるまいと、遠巻きにそれを眺めている。
「ああ!もう。要ちゃん!なんか不満でもあるわけ?」
 いつもなら軽口でも言う要が黙っているのに耐えられずにアイシャが叫んだ。 
「そりゃあこっちの台詞だ!アタシがソースをコイツにとってやったのがそんなに不満なのか?」 
「あまりおひたしにソースをかける人はいないと思うんですが」 
 二人を宥めようと誠が言った言葉がまずかった。すぐに機嫌が最悪と言う顔の要が誠をにらみつける。
「アタシはかけるんだよ!」 
「良いわよ。ちゃんとたっぷり中濃ソースをおひたしにかけて召し上がれ」 
 アイシャに言われて相当腹が立ったのか要はほうれん草にたっぷりと中濃ソースをかける。
「どう?おいしい?」 
 あざけるような表情と言うものの典型例を誠はアイシャの顔に見つけた。
「ああ、うめえなあ!」 
「貴様等!いい加減にしろ!」 
 カウラがテーブルを叩く。突然こういう時は不介入を貫くはずのカウラの声に要とアイシャは驚いたように緑色の長い髪の持ち主を見つめた。
「食事は静かにしろ」 
 そう言うと冷凍みかんを剥き始めるカウラ。要は上げた拳のおろし先に困って、立ち上がるととりあえず食堂の壁を叩いた。
「これが毎日続くんですか?」 
「なに、不満?」 
 涼しげな目元にいたずら心を宿したアイシャの目が誠を捕らえる。赤くなってそのまま残ったソーセージを口に突っ込むと、手にみかんと空いたトレーを持ってカウンターに運んだ。
「それじゃあ僕は準備があるので」 
「準備だ?オメエいつもそんな格好で出勤してくるじゃねえか……。とりあえず玄関に立ってろ」 
「でも財布とか身分証とか……」 
「じゃあ早く取って来い!」 
 要に怒鳴られて、誠は一目散に部屋へと駆け出した。
「大変そうですねえ」 
 階段ですれ違った西がニヤニヤ笑っている。
「まあな、こんな目にあうのは初めてだから」 
「そりゃそうでしょ。島田班長が結構気にしてましたよ」 
 そう言うと部屋の前までついてくる西。部屋で財布と身分証などの入ったカード入れを持つ。さらに携帯を片手に持つとそのまま部屋を出た。
「なんだよ、まだついてくるのか。別に面白くも無いぞ」 
「そうでもないですよ。神前さんは自分で思ってるよりかなり面白い人ですから」 
 他人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。そんなことを考えながら廊下を駆け下りる。
「そう言えば昨日……」 
 ついてきているはずの西を振り返る誠だが、西は携帯電話に出ていた。
「ええ、今日はこれから出勤します。島田班長が気を使ってくれてるんで、定時には帰れると思いますよ」 
 気軽な調子で話し続ける西。誠は声をかけようかとも思ったがつまらないことに首は突っ込みたくないと思い直してそのまま玄関に向かう。
「神前さん、お先!」 
 そう言って本部へ急ぐ隊員達。誠は携帯の画面を開いて時間を確認する。この寮からなら普通に間に合う時間である。いつもの彼のカブで裏道を抜ければ、かなり余裕で間に合う時間だ。
「なんだ、早かったな」 
 声に気づいて振り向けばカウラが立っている。普通の隊員は隊で着替えるはずなのだが、彼女は東和軍の夏季勤務服の半袖のワイシャツ、そして作業用ズボンという奇妙な格好をしていた。
「何か気になることでもあるのか?」 
 不思議そうに尋ねてくるカウラ。
「相変わらずどうでも良いって格好じゃないの」 
 誠も見ている深夜アニメのファンシーなキャラクターのTシャツを着たアイシャが歩いてくる。
「貴様の方がよっぽど恥ずかしいと思うが」 
「大丈夫、見る人が見ないとわからないから」 
 確かにそのキャラクターが実はヤンデレで最終回に大虐殺を行う内容だったために打ち切りにされたアニメのキャラだと言うことは一般人は知らないだろう。誠はそう思いながら得意げなアイシャに生ぬるい視線を送る。
「お前等、本当に頭ん中大丈夫か?」 
 タンクトップにジーンズ。ヒップホルスターに愛用の銃を挿した要が笑う。要もアイシャも、そして誠も唖然としながら彼女が寮を出るのを見送った。
「ちょっと待ちなさい!要ちゃん!」 
 アイシャが要の肩をつかむ。そしてすばやく拳銃を抜き取った。
「要ちゃんもしかしてこのまま歩こうとしてない?」 
「だってアタシ等コイツの護衛だぜ?銃の一挺くらい持っているのが……」 
「だからって抜き身で持ち歩くな」 
 カウラの声で渋々要はアイシャに銃を任せた。アイシャは手にしたバックに銃を入れる。
「これからはこう言うものを持ち歩きなさい」 
 アイシャはブリーフバックを指し示した。その重そうな持ち方から見て、彼女の愛用の拳銃H&K・USPピストルが入っていることは間違いないと誠は思った。
「それじゃあ行くぞ」 
 ようやく自分のペースを取り戻した要が歩き始める。夏の日差しはもうかなり上まで上がってきていた。アイシャは通り過ぎる猫を眺めながら取り出した扇子を日よけ代わりにしている。寮の駐車場は半分ほどが埋まっていた。今の時間に止まっているのは夜勤か遅番の隊員の車が大半である。ここまできて自分のバイクで出勤しますとはいえない状況に誠は運転するだろうカウラを見つめていた。
「早く開けろ。暑いんだから」 
 カウラのスポーツカーの前で要が呟く。またため息をついたカウラはオートロックを開いた。カウラは助手席のドアを開き、シートを倒すとそのまま後部座席に滑り込む。
「こっち来い!」 
 そう言うとサイボーグならではの強い力で誠を後部座席に引きずり込んだ。
「そんなに強く引っ張らなくても……」 
「がたがた言うな!カウラエンジンかけろ、それから窓も開けるんだぞ!」 
 要の言葉に少し不愉快そうな顔をしながらカウラはエンジンをかけ、そのまま窓を開けた。
「今の時間だと駅前に向かう道は全部ふさがってるわね。裏道で行きましょ」 
 アイシャはそう言いながらナビを設定している。
「そうだな。引越しした直後に遅刻と言うのもつまらないからな」 
 そう言うとカウラのスポーツカーはすばやくバックし、そのまま切り替えして駐車場を出た。
「狭いなあ。カウラ、車買い替えないのか?」 
 要の言葉を無視してアクセルを吹かすカウラ。後ろを覗き込んで要と誠が密着しているのを見てこめかみを振るわせるアイシャ。
「良いんじゃないの、このままのほうが。誠ちゃんとラブラブごっこが出来るじゃない」 
 一瞬、アイシャの言葉が理解できなかった要だが、その視線でアイシャが何を言おうとしているのか理解すると誠の足を踏みつけた。
「もう秋かねえ」 
 足を押さえてうずくまる誠を見ながら要は外からの風に短めの髪をなびかせていた。カウラは誠に同情するようにバックミラーの中で笑みを浮かべている。
「じゃあクーラーは要らないな」 
「おい、風情ってモノの話をしただけだ。ちゃんとつけろよ、クーラー」 
 要に言われなくてもカウラはもうすでにクーラーを動かしていた。
「こんな道あったんですね」 
 住宅街の中。大通りなら渋滞につかまって動けなくなる時間だと言うのに確かに回り道とは言えすいすいと走る赤いスポーツカー。
「このルートの方が早いのよ。まあ、誠ちゃんは原付だから渋滞とか関係ないものね。中央大通りを走れれば確かに一番早いんだけど渋滞があるから……」 
 アイシャは涼しげな目を細める、細い路地、他に車の姿は無かった。そして住宅街を抜けると一面の田んぼが広がっている。
「ここから先はどう行っても大丈夫よ。まあ、菱川重工の正門で出勤組みの渋滞につかまるでしょうけど」 
 アイシャが伸びをする。カウラはそのまま細い農道を飛ばしている。
「そう言えば今日は誰もついてこないな」 
「ああ、駐車場を出て住宅街の中でまいたぞ」 
 あっさりとそう言ったカウラ。
「カウラ、お前なあ。せっかくの胡州の税金使って護衛してくれるって言う連中まいてどうすんだよ」 
 至極もっともな要の突っ込みにカウラが笑みを浮かべた。車は菱川重工豊川の正門へと続く通称『産業道路』に出た。トレーラーが次々と走っていく中、カウラはタイミングを合わせてその流れに乗った。
「何とか間に合いそうね。カウラちゃんこれ食べる?」 
 アイシャはガムを取り出し、カウラを見つめた。カウラはそのまま左手を差し伸べる。
「アタシも食うからな。誠はどうする?」 
「ああ、僕もいただきます」 
 ガムを配るアイシャ。六車線の道路が次第に詰まり始めた。
「車だとこれがね。どうにかならないのかしら」 
「ここじゃあアサルト・モジュールや戦闘機なんかも作ってるんだ。セキュリティーはそれなりに凝ってくれなきゃ困るしな」 
 工場前での未登録車両の検査などのために渋滞している道。ガムを噛みながら腕を組む要。しかし、意外に車の流れは速く、正門の自動認識ゲートをあっさりと通過することになった。
 車は工場の中を進む。積荷を満載した電動モーター駆動の大型トレーラーが行きかう中を進む。
「誠ちゃん、よく原付でこの通りを走れるわね。トレーラーとかすれ違うの怖くない?」 
「ああ、慣れてますから」 
 アイシャの問いに答えながら、すれ違うトレーラーを眺めていた。三台が列を成し、荷台に戦闘機の翼のようにも見える部品を満載してすれ違う大型トレーラー。顔を撫でるのはクーラーから出る冷気。カウラは工場の建物の尽きたはずれ、コンクリートで覆われた保安隊本部へと進んだ。
「身分証、持ってるわよね」 
 アイシャがそう言いながらバッグから自分の身分証を出す。
「それとこれ、返しとくわ」 
 アイシャに彼女の愛銃、スプリングフィールドXD40を渡した。いつも通り通用口の警備室ではマリアの警備担当宿直隊員への説教が続いていた。
「意外に早く着いたんじゃないの?」 
 カウラの車を見つけて振り返ったマリアが説教を止めて開けた窓ガラスに顔を近付ける。要は誠の身分証を受け取ると自分のものと一緒にカウラに渡した。
「ごめんね、おとといの一件で手間をとらせちゃって。一応上の指示だから我慢してね」 
 マリアは受け取った四人の身分証を詰め所の部下に渡す。マリアが言うことが海で出たアロハシャツの襲撃者のことだと思い出して誠は苦笑いを浮かべた。
「しかし、大変よね、マリアさんも。全員チェックするようになったの?」 
「まあね。政治屋さん達に一応姿勢だけは見せとかないといけないでしょ」 
 アイシャの問いに答えるマリアに部下が身分証を手渡した。ゲートが開き、そのまま車が滑り込む。シャムのとうもろこし畑は収穫を終え、次の作付けの機会を待っていた。カウラはそのまま隊員の車が並ぶ駐車場の奥に進み停車した。
「もう来てるんだ、茜ちゃん」 
 助手席から降りたアイシャが隣に止まっている白い高級セダンを見ながらそう言った。
「アイシャ!遅いわよ!」 
 誠と要が狭いスポーツカーの後部座席から体を出すと、その目の前にはサラが来ていた。
「おはよう!別に遅刻じゃないでしょ?」 
「おはようじゃないわよ!四人とも早く着替えて会議室に行きなさいよ!嵯峨筆頭捜査官がもう準備して待ってるんだから」 
「どこ行くの?サラ」 
「決まってるじゃないの!歓迎会の準備よ!」 
 サラはそう言うとそのまま走り去った。とりあえず急ぐべきだと言うことがわかった誠達はそのまま早足でハンガーに向かった。


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