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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作者:橋本 直

第26回   保安隊海へ行く 26
「なんだ、来てたのか」 
 暖簾をくぐる嵯峨がそう言った。誠が店の中を覗くと、すでにさしつさされつ日本酒を飲み交わしている明華と明石の姿があった。
「すみません。ワシ等先やらしてもらってますわ」 
 もつ煮をつつく明石。少しばかり酔いに頬を染めて、照れ笑いを浮かべる明石を見つめる明華。
「あのなあ。お前等が先に来てたら吉田の気遣いが無駄になるじゃねえか」 
 そう言うと吉田の手にしている花束を奪って要に握らせた。
「許大佐。婚約、おめでとうございます」 
 後ろから見ても確かに黒いタンクトップにジーンズの要とはいえ令嬢の雰囲気を漂わせる彼女が花を握れば絵になった。誠も思わず顔をほころばせる。その様子を一瞥しながら少し照れるように花束を手にする明華。
「ありがとう。アンタが選んだでしょ?相変わらずみごとなものね」 
 明華が受け取った花束の香をかいでいる。
「お前等が一番に着いたのか?」 
「ちゃいます、アイシャ達が一番に来て小夏を連れて、なにやら仕掛けとるみたいですわ」 
「それで準備が出来るまで飲んでろって言われたわけか」 
 嵯峨はテーブルの上の三つ置かれた二合徳利を眺めた。
「じゃあ俺等はどうしましょうか?」 
 吉田が嵯峨に目配せをする。
「まあ、こいつ等と第四小隊以外は上がっても大丈夫なんじゃないの?」 
 そう言うと嵯峨はそのまま奥の階段を上り始める。
「ちょっと嵯峨さん」 
 厨房から出てきた春子が呼びかける。タバコに取り出しかけた手を置いた嵯峨が振り返る。
「こっちにあるビールのケース。運ぶの頼んでも良いかしら?」 
 そう言われると嵯峨は吉田に目配せをした。吉田はシャム、要、そして誠の頭を軽く叩く。
「ああ、吉田さんと誠君が来てくれれば大丈夫よ」 
 春子の指名で目を見合わせた吉田と誠は、カウンターをすり抜けて厨房に入る。
「そこに二ケースあるでしょ?それを上に運んでもらえるかしら?」 
 言われるままに吉田はビールのケースを持ち上げる。誠はそれに付き合うようにその下のケースを持った。
「今日はメインは何ですか?」 
「牛のもつ焼きよ。何でもスミス大尉が大の好物なんですって」 
 春子はそう言うと宴会の仕込みに取り掛かった。
「アメリカ産の癖に妙なもん食うんだな」
 そう言う吉田を先頭に、あまさき屋の狭い階段を上り始めた。
「おう、ご苦労さん!そこに置けや。それと一本ビールを持ってきてくれ」 
 部屋の奥に腰をすえた嵯峨がタバコをくゆらせ始める。誠が見回すと部屋には紙でできた飾りや、万国旗が飾られている。
「誠ちゃん!そこの紐持って向こうの梁に取り付けてくれない?」 
 アイシャがそう言うと、部屋の中央にある万国旗の紐を指差した。
「おい、アイシャ!せっかくビール持ってきてくれたんだ。少しは休ませてやれよ」
 手が痺れた誠がぐるぐる手を振っているのを見て要が叫ぶ。 
「言うわね要ちゃん。もしかしてあなたの部屋で何かあったわけ?」 
 目を細めるアイシャ。その言葉にシャムとサラが興味深げに要の顔を見る。
「馬鹿言ってんじゃねえ!そんなことあるわけねえだろ!先輩としての気遣いから言ってやってるだけだ!島田!オメエがやれ!」 
「また俺ですか?人使いが荒いなあ」 
 愚痴りながら島田が万国旗の紐を持ち上げる。誠はビール瓶を持って嵯峨と吉田の隣に座った。
「まあ、一杯やろうや」 
 そう言うと後ろから栓抜きとコップを三つ取り出す嵯峨。
「お前もこれから大変だろうからな」 
 誠から瓶を受け取って、嵯峨の手の中のコップにビールを注ぐ吉田。
「なっちゃん!これ大丈夫なの?」 
 シャムがアイシャのバッグの中から取り出したクラッカーを取り出した。
「大丈夫ですよ。どこぞの馬鹿が拳銃ぶっ放すのとはわけが違いますから」 
「小夏。それはアタシか?アタシのことか?」 
 そう言うと紙の飾りを取り付けようとしていた要がそれを投げ捨てて小夏に歩み寄る。
「要!急に離したら!」 
 パーラのその声の後、誠が吉田に注いでいたビールの中に紙の飾りが落ちた。
「おい、西園寺……」 
「はあ?オメエ等、ビール運んできただけじゃねえか。それに糊の味が加わっておいしくなるかも知れねえぞ?」 
 さっきとは真逆なことをしゃあしゃあと言う要。
「はい、喧嘩はそこまで。とりあえずお疲れ」 
 そう言うと嵯峨は一息でビールを飲み干した。気を利かせてビールを飲み干した誠が立ち上がった。
「大丈夫よ誠ちゃん。もう終わるから」 
 アイシャは要が放り出した紙の飾りを画鋲で壁に貼り付けるとあたりを見渡した。
「こんなもので良いかしら?」 
「良いんじゃねえの?」 
 そう言いながら残っていたビールを自分のグラスに注ぐ。嵯峨は泡の少ないコップを何度か眺めた後、ビールを飲み干した。そしてそのコップがテーブルに置かれた時に宴会場にカウラ達が姿を現した。
 入ってきたのは複雑な表情を浮かべるカウラと菰田率いるヒンヌー教団。サラと島田が誠達が運んできたビールを各テーブルに配っている。
「そういえばキム達はまだなのか?」 
 二本目のビールを受け取った嵯峨が下座に陣取ったアイシャに声をかけた。
「もうそろそろ着くと思いますよ。それとマリアさんがお客さんを積んで本部を出たそうです」 
 アイシャの言葉に黙って頷く嵯峨。それを見てすぐさま誠の隣に陣取る要。そして向かいにはカウラが座った。
「なんか、ここ狭すぎるだろ。向こう行けよ、お前等が主役じゃないんだから」 
 嵯峨はそう言うとアイシャとパーラの座っている下座のテーブルを指差した。
「アタシ等の引越しは祝ってくれねえのか?」 
「そんなの知らねえよ、明日勝手に引越しそばでも食ってろ」 
 そんな言葉を浴びると、渋々要が立ち上がる。誠とカウラも顔を見合わせてそのまま階段沿いの席に腰を落ち着けた。誠が階段を覗き込むと、明石が顔を覗かせている。
「タコ。まだ見るんじゃねえ!」
 叫ぶ要。 
「なんじゃ、ワシ等はまだ蚊帳の外か」 
 そう言うと明石の大きなスキンヘッドがゆっくりと階段を下りていった。すれ違いで上がってきたのはキムとエダだった。そのままアイシャの前に立ったキムは、手にした書類ケースを彼女に渡した。
「一応こんだけ集めましたけど」 
 ちらちらと誠からも見えるのでそれが不動産屋の広告であることがわかる。
「ああ、ありがと。後でお返ししてあげるわね」 
「プラモやフィギュアは止めてくださいね」 
 キムはそう言うとサラと島田が占領しているテーブルについた。
「ちょっと隊長!いつまで待たせる気ですか!」 
 階段からの大声。そこには明石に肩を押さえられながら不満そうに叫ぶ明華がいた。
「早く来すぎたのはお前等だろ?それに急な話だったから新入りの歓迎も出来なかったし」 
 すまなそうな顔をしながら手を合わせる嵯峨。
「それなら連中が来たらもう一回乾杯すればいいじゃないの」 
「その手があったね」 
 そう言うと嵯峨は吉田とシャムに目配せをした。
「じゃあそこに場所とってあるからさ。さっさと始めちまうか」 
 嵯峨が上座のもう一つのテーブルを指差す。明華はいつも通り、明石はどこか遠慮がちに席に着いた。
「えー、それでは皆さん」 
 ビールを注ぎなおしたグラスを掲げる嵯峨。一同もビールやウーロン茶を掲げる。
「このたび、ようやく明石の奴が覚悟を決めて人生の墓場に転落することになりました」 
 そこまで言って嵯峨は隣のテーブルを見た。明華がきつい視線を嵯峨に送っている。
「まあいいや、とにかくめでたいので乾杯!」 
 一同がグラスを合わせる。シャムはクラッカーを鳴らし、どこから持ってきたのか島田が太鼓を叩いている。
「ごめんね!遅くなっちゃったわね」 
 そう言いながら入ってきたのはリアナだった。
「本当におめでとう!明華!」 
 サラが慌てて注いだビールのグラスを明華に向かって掲げるリアナ。
「リアナ。あなた健一さんの実家にいたんじゃなかったの?」 
「馬鹿ねえ!そんなこと気にしなくていいわよ。二人の仲じゃないの!」
 不思議そうな視線を投げる明華に笑顔で答えるリアナ。
「さあ、めでたい席ですからね。たくさんお食べになってください」 
 そう言いながらもつとキャベツが乗った皿を運ぶ春子と小夏。その様子を見ると要はすばやくテーブル中央の鉄板に火を入れる。
「明華、飲んでね」 
 グラスにまだ半分以上ビールが残っていると言うのに、リアナは瓶を持ったまま待機している。
「鈴木さん。ワシ等もうかなりできあがっとるんで……」 
「大丈夫よ!大きいんだから。明石さんが飲めばいいじゃない」 
 そう言うとリアナは空になっていた明石のグラスにビールを注ぎ始めた。
「そう言えば姐御にはお世話になってるからな」
 するすると明華に近づいてビール瓶を差し出す要。 
「おい、西園寺。なにかたくらんでいるな」 
 明華はそう言いながらもグラスを要に差し出す。
「止めとけばいいのに。誠ちゃんもう空けたの?じゃあ私が注いであげる」 
 要を見ながらそう言うとアイシャが誠にビールを注いでやった。
「加減しておけよ。また誠が暴走したら私は知らないからな」 
 そう言いながらカウラは手をかざして鉄板の具合を見ている。
「なんだ、まだ始めて無いのか?仕方ねえなあ」 
 戻ってきた要は、すぐさまもつとキャベツを鉄板の上に広げる。他のテーブルの鉄板でも同じようにタレをつけられたもつが焼かれ、肉の焼ける香ばしい香が部屋に満ちてくる。
「おい、小夏!アタシのボトル持って来いや!」 
 叫ぶ先の小夏はあからさまに嫌そうな顔をしながら階段を下っていく。 
「貴様また小細工して誠を潰す気か?」 
「なに怖い顔してるんだよ。姐御の門出にそんなことしたらどうなるかアタシでも判るよ」 
 要が残っていたビールを飲み干す。その隣ではアイシャがニヤニヤしながら要を見つめていた。
「気持ち悪いな。アイシャ、先に言っとくがコイツはアタシの部屋じゃなんにもしてねえからな」 
「何か言ったかしら?私」 
 アイシャはグラスを持って一口飲む。そして、すぐさま誠のコップが空だとわかると手近なビール瓶を持って誠に差し出した。
「調子に乗るなよ、アイシャ」 
 カウラは叱るような調子でアイシャをにらむ。だが、誠にはアイシャの酒を拒む勇気はなかった。黙ってその有様を見つめながらパーラは一人で鉄板の上を切り盛りしていた。
「おい、外道!持って来たぞ」 
 小夏がぞんざいに要の前にウィスキーとラム、それにテキーラのボトルを並べた。
「いいねえ、こう言うささやかな幸せっていう奴を大事にしたいもんだ」 
 そう言いながらビールが少し残っていると言うのにテキーラを注ぐ要。
「出来ましたよー!」 
 パーラが声を上げると同時にアイシャがキャベツをモツのタレに絡ませて手元の皿に集めた。
「キャベツ取り過ぎだろ!アイシャ!」 
「え?そう?いつもは野菜はいいから肉食わせろって騒ぐ癖に」 
「じゃあ私はこれをもらうか」 
 大き目のもつの塊を箸でつかむカウラ。手元のもつを見つけると、誠も箸を伸ばす。
「誠。お前も飲め!」 
 コップに半分以上注いでいたテキーラを飲み干し、ウィスキーに手を伸ばした要が、そのまま誠のコップを奪い取るとそのまま注ぎ始めた。
「だからそれを止めろと言うんだ!」 
「だって注いじまったからな!ささ、ぐっとやれ!」 
 勢いだった。誠は言われるままに喉にしみるウィスキーを一息で飲み干した。
 喉を焼くウィスキーのアルコールに顔をしかめる誠。カウラは心配そうに見つめている。
「飲みましたよ!」 
「おお、いいじゃねえの!さあ次だ」 
 そう言うと誠の手からコップを奪い取り、今度はラムを注ぎ始めた。
「貴様等、いい加減にしろ……」 
「こうなったらもう駄目でしょ。ああ、やっぱり鉄板で焼いたキャベツはおいしいわ」 
 手を出そうとするカウラと無視を決め込むアイシャ。
「次、行くわよ」 
 パーラは残ったもつを自分の皿に移すと、またモツとキャベツを鉄板に拡げる。誠は景色が回り始めるのを感じていた。
「本当に大丈夫なのか?」 
 声をかけるカウラの声に少しばかりためらいが感じられるのは、誠の顔の色が変わってきているからだろう。要に渡されたコップを一度テーブルに置くと、誠はパーラが盛り付けてくれたモツに取り掛かった。
「遅くなりました」 
 マリアの声が響く。続くのはロナルド、岡部、フェデロ。そして遠慮がちに入ってくるのはレベッカだった。
「おい!眼鏡っ子!」 
 周りを気にしながら一人部屋に入るのを躊躇しているレベッカに要が声をかけた。
「私ですか?」 
「他に誰がいるんだよ。ここ座れ!」 
 要はそう言うと自分の隣の座布団を叩く。
「でも……」 
「でもじゃねえ!一応アタシが上官だ!上官命令って奴だ」 
 元々たれ目の要がさらに目じりを下げながら叫ぶ。
「じゃあ、すみません」 
 そう言いながらレベッカはパーラの後ろをすり抜けて要の隣の座布団に腰をかけた。
「畳の暮らしにゃ慣れてねえか?」 
「いえ、大丈夫です」 
 恐る恐る要を見つめるレベッカ。上機嫌にテキーラを煽る要。
「まずどれで行く?」 
 そう言うと要は三本の酒瓶をレベッカの前に並べて見せた。
「どれがいい?」 
 さらにそう言いながらにじり寄る要に眉をひそめるレベッカ。
「私は……ビールでいいです」 
「遠慮するなよ」 
 要の手がレベッカの肩をつかんだ。怯えるように低く声を上げるレベッカ。
「ビールで良いんだな?パーラ、一本取ってくれ。それにコップも!」 
 そう頼みながら今度は顔を近づける要。レベッカは怯えたようにあたりを見回す。
「西園寺さん。止めた方が良いですよ」 
「誠!一体何を止めるんだ?こう言う事か?」 
 要の右手がレベッカの胸に伸びる。
「あ!」 
 思わずアイシャが吹いた。カウラの烏龍茶の入ったコップを握る手に力が入る。
「だからそれを止めろと……」 
「だってぷにぷにして気持ち良いぜ!」 
 要の大声が部屋に響く。他のテーブルの隊員の表情は明らかに一つの言葉で説明がついた。
『またか』 
 そう思った彼等はそのまま誠の座るテーブルから視線をそらした。
「いいだろ?カウラ。おい、アタシの胸も触って良いぞ」 
 そう言ってレベッカの手を握ると自分の胸に当てる。
「要!」 
 いつの間にか要の隣まで歩いてきた明華がレベッカから要を引き剥がす。
「これ没収!」 
 そう言って要の前のボトルを次々と取り上げる。
「姐御!勘弁!マジで!」 
 少しろれつが回っていない要を見下ろしている明華。さすがに悪乗りが過ぎたと言うように要はレベッカから手を放した。
「ごめんねレベッカ。コイツ変態だから」 
「姐御酷いですよ!」 
 そう言いながらコップに残ったラムを飲み干す要。それを聞いていた誠の視界が急激に狭まってくる。
「そう言えばもう一人の問題児が……、大丈夫?」 
 明華の声が耳の奥で響く。轟音が誠の頭を襲っていた。
「いつもこんな感じなんですか?」 
 恐る恐るずれた眼鏡を直しながら、レベッカが尋ねた。
「まあそうね。こんなもんじゃないの?ねえ、アイシャ」 
「まあそうですね。いつもこんなものじゃないですか?」 
「確かにこういうものだ」 
 ゆっくりと烏龍茶を飲みながら、モツをつつくカウラ。
 レベッカは笑いを浮かべようとしていたが、引きつった頬は不器用な笑顔しか作れなかった。キャベツをつつく誠。彼がテキーラが入ったコップに手を伸ばすと、そのコップを明華が奪った。
「あんたも懲りないわね。もうぐだぐだじゃないの!」 
「大丈夫ですよ。平気ですから」 
 そう言いながら首がくらくらと回っているのは誠自身もよくわかっていた。
「どこが大丈夫なの?じゃあ、ビールにしましょう」 
 そう言うと明華はレベッカの前に置かれた瓶を手に取った。
「ビールなら、大丈夫です」 
 誠はすばやく明華から瓶を奪うと、そのままラッパ飲みをはじめた。
「何するのよ!神前!」 
 慌てる明華だが、遅かった。
「おっと!ここで誠の新歓一気か!」 
 はしゃぎだすのは要。その言葉を聴いて島田とサラが立ち上がって騒ぎ出す。顔をしかめる明華をよそにビールを飲み終えた誠はふらふらと瓶を小脇に抱えた。そして彼は自分の意識が閉じて行くのを味わっていた。


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