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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作者:橋本 直

第23回   保安隊海へ行く 23
「正人!カウラ!ご飯だよ!」 
 サラの声がフロアーに響く。掃除をしていた面々が一斉に立ち上がった。
「じゃあ行くぞ!」 
 そう言うと機嫌よく要は先頭に立って歩き出す。頭を押さえているパーラが食って掛かろうとするのをアイシャが両手でなだめている。そんな様を楽しそうにに茜が眺めていた。
 食堂には菰田達がすでに座って番茶をすすっていた。
「オメエ等、何してたんだ?」 
 要の剣幕に首をすくめながら、いかにも下品そうな笑いを浮かべる三人。
「どうせ二階でエロゲでも隠してたんじゃないの?」 
 アイシャは近くの湯飲みを取ると、ソンからやかんを取り上げて番茶を注いだ。
「なんだ、菰田達。いたのか」 
 そっけなく言ったカウラの言葉にヒンヌー教徒は身悶えんばかりの顔をした。
「あなた達ちょっとキモイわよ」 
 そう言うと隣のテーブルに座ったアイシャ。その隣に要が座り、その視線は誠に注がれている。選択の余地が無いというように誠は要の正面に座った。その隣に座ろうとするカウラをにらみつける要だが、カウラは気にせず誠のとなりに当然のように座った。
「お待たせしました!やっぱり今日みたいな日はそうめんでしょ!」 
 そう言うと春子と小夏の親子がそうめんを入れた土鍋を持ってくる。
「女将さん、それじゃあ鍋でもやるみたいじゃないですか?」 
「ちょうどいい大きさの器が無くって、ボールじゃあ味気ないし、すぐあったまっちゃうでしょ?」 
 要の言葉に春子は聞き分けの無い子供にでも言うような口調で語る。
「黙って食え!外道!」 
 小夏が叩きつけるようにめんつゆを要の前に置く。そしてそれに答えるように要も小夏をにらみつける。
「すいません!遅れました……ってそうめんですか!いいっすねえ」 
 機械油がしみこんだ手で額を拭いながら島田が現れる。続いてサラとパーラが大きなボトル入りのジュースを何本か抱えて入ってくる。
「じゃあこれは私達でいただきますね」 
 茜はそう言うと一番大きな鍋を持って島田とサラ、そしてパーラが着いたテーブルにそれを置いた。
「薬味はミョウガか。買ったのか?」
 カウラは感心したようにつゆにみょうがのかけらを入れる。 
「ああ、それなら裏にいくらでも生えてますから」 
 島田がつゆの入ったコップに多量のねりがらしを入れている。
「島田さんそれじゃあ入れすぎ……」 
 心配そうに見守る茜。
「大丈夫よ、正人は辛いの好き……」 
 そう言いかけてサラの島田を見ていた目の色が変わる。島田が突然身悶えながらのけぞった。
「馬鹿が、入れすぎだったんだろ?おい!麺つゆの瓶よこせよ」 
 その様子を見ながら要は静かにそうめんをすすった。要はそう言うと菰田につゆを取らせた。
「塩辛くならないか?」 
 そうめんの鍋に手を伸ばすカウラ。
「そんなだからいつも血圧高いのよ」 
 そう言ってそうめんをすするアイシャ。要は二人の言葉を無視して濃いめのつゆを作り終わると鍋の中のそうめんに手をつけた。
「いいねえ、夏ってかんじでさ」 
 鍋の中のそうめんを箸で器用につまむ要。誠は遠慮がちに箸を伸ばす。
「飲み物あるわよ」 
 パーラがそう言うとコーラのボトルを開けた。
「ラビロフ中尉!オレンジジュースお願いします!」 
「じゃあ俺はコーラで良いや」 
「ジンジャーエール!」 
 菰田、ヤコブ、ソンの三人が手を上げている。
「アタシは番茶でいいぜ。誠はどうするよ」 
「僕も番茶で」 
 要が一口でそうめんを飲み下すとまた鍋に手を伸ばす。誠はたっぷりとつゆをつけた後で静かにそうめんをすすった。
「私も番茶で良い。甘いものはそうめんには合わない」 
「そう?私コーラが欲しいんだけど」 
 ゆっくりとそうめんをかみ締めるカウラ。アイシャは手にしたコップをパーラに渡す。
「じゃあ俺はオレンジジュースをもらおうかな」 
 島田は菰田に対するあてつけとでも言うようにパーラが菰田のために注いだばかりのオレンジジュースを取り上げた。むっとした菰田を無視してそれに口をつける島田。サラが気を利かせてすぐさまオレンジジュースをコップに注ぐと菰田達の下にジュースを運んだ。
「ここ数日は本当に夏らしいわねえ」 
 少なくなった鍋の中のそうめんをかき集めながらアイシャがしみじみとそう言った。その言葉でなんとなく黙り込んだ人々。夏らしい気分と先日の海の思い出。それぞれに反芻しているようにも見えた。
「そう言えば荷物とかは良いんですか?」 
 誠は食べ終わったというように番茶を飲んでいる要に尋ねた。
「まあ、アタシはベッドと布団くらいかな、持ってくるのは。それより、こいつはどうするんだ?」 
 要が指差した先、そうめんをすすっているアイシャがいた。
「まあ、一度には無理っぽいし、トランクルームとか借りるつもりだから。まあテレビがらみの一式と漫画くらいかなあ、とりあえず持ってこなきゃならないのは」 
「おい、あの量の漫画を運ぶ気か?床抜けるぞ」
 冷やかす要だがアイシャは表情を変えずに言葉を続ける。 
「私は漫画が無いと寝れないのよ。それに全部持ってくるつもりも無いし」 
 そう言うとアイシャはめんつゆを飲み干した。
「ご馳走様。ちょっとパーラ、コーラまだ?」 
 黙ってパーラがアイシャにコーラを渡す。アイシャは何も言わずに受け取ると、一息でコーラを飲み干し、空いたグラスをパーラに向ける。
「あのね、アイシャ。私まだ食べてないんだけど」 
 恨みがましい目でパーラはアイシャを見つめた。
「大丈夫よ、そうめんならまだあるから」 
 箸を置く春子の優雅な姿を見とれていた誠だったが、わき腹を要に小突かれて我に返った。
「俺はもう良いや。パーラさんもっと食べてくださいよ」 
 オレンジジュースを飲みながら島田も箸を置いた。
「そうね、あのアイシャの部屋を片付けに行くんだものね。それなりの覚悟と体力が必要だわ」 
 サラはそう言うとニコニコしながら急いで麺をすすっているパーラを眺める。
「なによその言い方。まるでアタシの部屋が汚いみたいじゃないの!」 
「汚いのは部屋じゃなくてオメエの頭の中だもんな」 
 濃い目のつゆを飲みながら要が言ったその言葉に、思わずアイシャが向き直った。
「あなたの部屋なんて、どうせ銃とか手榴弾が転がってるんでしょ?そっちの方がよっぽど問題なんじゃない?」 
 アイシャの言葉に要はまったく反応しない。そのまま口直しの番茶の入った湯のみを口元に運ぶ。
「それは無い。私が行った時には手書きのタイガースのスコアーブックが一面に散らかっていただけだ」 
 同じように番茶をすすっていたカウラの言葉にお茶を噴出す要。
「らしいわね。まるで女の子の部屋じゃ無いみたい」 
「そう言うアイシャの部屋の漫画もほとんど誠ちゃんの部屋のとかわらない……」 
 サラが言葉を呑んだのはアイシャの頬が震えているのを見つけたからだ。
「はい、皆さん食べ終わったみたいだから、片付け手伝って頂戴」 
 春子が気を利かせて立ち上がる。黙って聞き耳を立てていた菰田達もその言葉に素直に従って空いた鍋につゆを入れていたコップを放り込む。
「島田。何もしなかったんだからテーブルくらい拭けよ」 
 そう言うと菰田は鍋を持って厨房に消えた。
「どうせあいつも何もしてねえんじゃないのか?まあいいや、サラ。そこにある布巾とってくれるか?」
 サラから布巾を受け取った島田はサラと一緒にテーブルを拭き始める。
「おい、誠」
 要の言葉に振り向いた誠。そこには珍しくまじめな顔をした要がいた。
「ちょっと荷物まとめるの手伝ってくれよ」 
 そう言うとそのまま頬を染めてうつむく要の姿に、誠は違和感を感じていた。
「そう言うことなのね」 
 黙って様子を見ていた茜が口にした言葉に、要は顔を上げてみるものの、何も言わずにまたうつむいた。そしてすぐに思い出したようにテーブルを拭いている島田に声をかけた。
「そう言やキムとエダの二人はどうしたんだ?」 
「ごまかそうっていうの?あの二人なら私がトランクルーム借りる交渉に行ってくれてるのよ。もういくつか目星はつけてるんだけど、私のコレクションを収納するのにふさわしいところじゃなくっちゃね」 
「苦労するねえ、キムの野郎も」 
 そう言うと要は立ち上がった。
「茜。車で来てるだろ?ちょっと乗せてくれよ、こいつと一緒に」 
 そう言って要は親指で誠を指差した。当惑したように留袖に汚れがついていないか確認した後、茜が顔を上げた。
「いいですけど、午後からお父様に呼び出されているので帰りは送っていけませんけど」 
「良いって。誠、餓鬼じゃねえんだから一人で帰れるよな?」 
 特に深い意味の無いその言葉を口にする要。テーブルを拭いている島田とサラから哀れむような視線が誠に注がれた。
「まあ良いですよ。女将さん!手伝わなくて大丈夫ですか?」 
「ありがとう、神前君。こっちはどうにかなりそうだから、……引越し組みは出かけていいわよ」 
 鍋を洗う春子の後ろで小夏がアカンベーをしているのが見える。
「じゃあ先に行くぜ、茜。車をまわしといてくれ」 
 そう言うと要は食堂を出る。茜と誠はその後に続いた。
「でもまあ、狭い部屋だねえ。まあ仕方ないか、なんたって八千円だもんな」 
 そう言いながら歩いていると菓子パンを抱えた西が歩いてきた。
「お前いたのか?」 
「ちょっと島田准尉に頼まれてエアコンのガス買いに行ってたんで」 
 要と茜に見つめられて頬を染める西。
「ああ、食堂に近づかねえ方がいいぞ。アイシャ達が待ち構えているからな」 
 西は顔色を変えるとそのまま階段を駆け上がっていく。
「元気があるねえ、美しい十代って奴か?」 
 上機嫌に歩き出す要。そのままスリッパを脱ぐと下駄箱を漁り始める。
「その靴って、もしかしてバイクでいらしたの、要さん」 
 膝下まである皮製のバイク用ブーツを手にした要は玄関に座ってブーツに足を入れた。
「おお、それがどうした?オメエなんか下駄で車の運転か?危ねえぞ」 
「ちゃんと車では運動靴に履き替えます。それよりバイクはどうなさるおつもり?」 
 誠もようやくそのことに気がついた。要のバイクは東和製の高級スポーツタイプ。雨ざらしにするにはもったいないような値段の代物だった。
「どうせ明後日はこっから出勤するんだ。別に置きっぱでも問題ねえだろ」 
「そうじゃなくて明日はどうなさるのってことですわ。私は明日は出勤ですわよ」 
 確かにこのことは誠も知りたいところだった。平然と『迎えに来い』などと言いかねない要のことである、心配そうに誠は要の顔色を伺った。
「ああ、明日?あれだ、カウラとアタシはトラック借りてそれに荷物積んで来るから問題ねえよ。だから置いていく。それでいいか?」 
 そんな要の言葉に胸をなでおろす誠。要はブーツを履き終えるといつも通り誠達を待たずに寮を出て行く。そんな要を見ながら下駄を履いた茜がスニーカーの紐を結んでいる誠の耳元でささやく。
「そんなにあからさまに安心したような顔をしていらっしゃると付け入られますわよ。要さんに」 
 そのまま道に出ると要がバイクを押して隣の寮に付属している駐車場に向かっているところだった。いつ来ても、保安隊男子下士官寮の駐車場は酷い有様だと誠も認めざるを得ない。雑草は島田の指揮の下、草を見つけるたびに動員をかけるので問題は無い。入り口近くの車が、明らかな改造車なのは所管警察の暴走族撲滅活動に助っ人を頼まれることもある保安隊に籍を置いている以上、豊川市近辺ではありふれた光景である。朱に交われば赤くなると言うところだろう。誠はそう思っていた。
 しかし、一番奥の二区画の屋根がある二輪車駐車場に置かれたおびただしいバイクの部品の山が入った誰もの目を引き付けることになる。島田准尉のバイク狂いは隊でも知らないものはいない。ガソリンエンジンの大型バイクとなると、エネルギーのガソリン依存率が高い遼州星系とは言え、そうはお目にかからない。
 そのバイクのエンジンが二つも雨ざらしにされて置いてある。盗む人間が現れないのは、その周りに島田が仕掛けた銀行並みのセキュリティーシステムのおかげ以外の何者でもない。エタノールエンジンの大型バイクを愛用している要が、呆れたように肩をすくめる。
「鍵、開けましたわよ」 
 自分のバイクを島田のバイクの隣に置いたまま部品の山を見ていた要が茜の言葉に振り返ると、そのまま助手席のドアを開けて乗り込んだ。誠は茜の乗るセダンの高級車に少しばかり遠慮がち乗り込み、慣れない雰囲気に流されるようにして後部座席に座った。茜は運転席で何か足を動かしているように見えた。
「まじめだねえ、やっぱり履き替えるんだ」 
「司法に身を置く人間としては当然のことではなくて?」 
 そう言うと茜はキーを入れる。高級車らしい落ち着いたエンジンの振動が始まる。緩やかに車はバックして、そのまま空きの多い下士官寮の駐車場から滑り出した。
「要さん。お話があるでしょ?」 
 目の前を見つめながらハンドルを操る茜の手を軽く見やった後、要は頭の後ろに両手を持ってきて天井を見上げた。
「まあな……」 
 強力に吹き上げるエアコン。室温は次第に快適な温度へと近づいていく。
「オメエが腰を上げたってことはだ、それなりにやばい連中が動き出したと考えていいんだな」 
「ずいぶんと要さんにしては遠まわしな聞き方ね。それに昨日から同じような質問ばかり。少しはご自分で動いてみたらいかが?その義体の通信機能を使いこなせれば私よりも新鮮な情報が手に入りますわよ」 
 茜は大通りに出るべくウィンカーを右に点灯させた。宅配便のトラックが通りすぎたのを確認して、左右に人影が無いのを確認するとそのまま車を右折させた。
「何度だって確認したくなるさ、昨日みたいな法術適正者、それもかなりの手ダレがアタシ等の周りをうろちょろしてる状況なのはわかりきっているんだから」
「法術犯罪専門の同盟機構直属の捜査機関の設立理由としてはそれだけで十分ではなくって?」 
 口元に浮かぶ笑み。それを見て誠は彼女もまた胡州の上流貴族の長女であると言う事実を思い出した。
「そうとばかりは言えないぜ。確率論的に法術適正のある人間なんてそうはいない。それなりの組織としてもあれほどの法術使いをそう大量に抱えているとは思えない。そうなるとそうちょくちょく襲撃するのはリスクが大きすぎることくらい連中も知ってるはずだ。それにこちらもアタシ等が護衛につく。昨日のギャンブルじみた襲撃があったとしてもこちらは本部に連絡するくらいの対応は出来るんだ」 
「そうなると?」 
 前の車の減速にあわせてブレーキを踏む茜は決して後ろを振り向こうとしない。それにいらだっているように語気を荒げながら要は言葉を続ける。
「叔父貴が動き出せば奴等にとってはやぶ蛇のはずだ。あの化け物の相手が勤まる奴はそうは居ねえ」  
 そう言うと要は今度は手をダッシュボードの上に移す。
「そうおっしゃるけど、法術の存在が公になってしまった今ではどのような事態が起きたとしても……」 
「それにしちゃあ、ずいぶん控えめな対策じゃねえか。確かに東和警察でも法術犯罪捜査部隊が一都三県で発足した。胡州の公安憲兵隊も法術対策室を立ち上げて人員の選定をすすめている」 
「そうね、東和の反応は迅速だわ。どうせお父様が事前に幹部連に情報をリークしていたんでしょうけど」 
 茜はまったく動じない。ただ前を見てハンドルを切る。
「大麗、遼南、遼北、西モスレム、ゲルパルト。どこもそれなりに国家警察レベルではそれなりの対応をしている」 
 ここで要は言葉を飲み込んだ。茜のポーカーフェイスがいつまで続くか試している。誠はそんな印象を受けた。
「でもよう、その親玉であるはずの同盟司法局の専任捜査員の数が二桁行かないってのはどういうことだ?中途半端に過ぎるだろ。各国の国益優先の人材配置が行われているのは百も承知だ。現状を作り出したのが叔父貴の独断専行なのもわかってる。だけどそんな中途半端な専従捜査員、そしてテメエみたいな弁護士上がりが指揮を執る。そんな部隊を作ったところでなんになるよ」 
 要は抱えていた疑問を吐きつくしたとでも言うようにポケットからガムを取り出して噛み始めた。
「確かに人材の配置転換が始まって法術適正者の選抜が行われているけどどの同盟加盟国でも軍、警察、その他各省庁の実働部隊までしか適性検査を行えない段階よ。それだけの数の分母で適正者がそうたくさん出てくると考えるのがおかしいんではなくって?それにあくまで彼らはそれぞれの国や地方自治体の内部での犯罪捜査や事件対応が優先事項ですわよ。その枠を超えての捜査となれば必ず調整役が必要になる」 
「まあ……国際的テロリストを相手にするときに法術師やその知識を十分に持っている調整機構が指揮監督するのは賢いやり方だとはわかってるよ。それにより多くの訓練や人材発掘のノウハウを獲得するには各国で行われている適性検査や訓練の情報を統括する組織があったほうがいいのは百も承知だ」
「なら問題は無いんじゃないですの?」 
 父親とよく似た舐めたような表情の茜。その態度に要の言葉はさらに強い調子になる。
「本家の遼南。あそこにオメエのコネはあるのか?親父以外に。あそこの青銅騎士団や山岳レンジャー辺りなら教官が務まる人材もいるんだろ?そいつの予定を抑える仕事をした方がこんな片田舎でつまらねえ事件を追うより生産的だろ?」 
 バイパス建設の看板が並び、中央分離帯には巨大な工作機械が並んでいる。車は止まる。渋滞につかまったようで、茜は留袖を整えると再びハンドルを握った。
「遼南首相ブルゴーニュ侯はお父様とは犬猿の仲なのはご存知でしょ?シャムさんの出向にしてもかなりお父様は無理をなさっておられるわ。遼南が人材の出し惜しみをしているのは事実なのよ。正直なところ内戦中の敵対関係を未だに清算できないでいるブルゴーニュ侯の意趣返しですわね」 
 前の砂利を積んだトラックが動き出す。茜は静かにアクセルを踏む。
「つまらねえことを政局に使いやがって!叔父貴も叔父貴だ、司法局が舐められてるのは発足以来のことだって納得しているのかね。まあそれはいいや」 
 要はタバコに手を伸ばそうとしたが、鋭い茜の視線にその右手は宙を舞った。
「それにしちゃカネミツが豊川に運ばれたって言う噂は解せねえな。あれは遼南のフラッグ・アサルト・モジュールだ。カネミツが動くと言うことは遼南が動くってことだろ?国防はあの国では政府の専権事項だろ?ブルゴーニュ候がなんでそっちの許可を出したんだ?」 
『カネミツ』という言葉で誠は思わずシートにもたれていた背筋を伸ばした。アサルト・モジュールの起源とも言える古代遼州文明の兵器。その失われた技術を使っての最終決戦兵器として胡州が開発を進めた機体。
 その再生のために胡州帝国陸軍は専門の実験機関を設立して挑んだ。そして特選三号試作戦機計画により製作された唯一の稼動機体である24号機は適合パイロットである嵯峨惟基の愛刀の名から『カネミツ』と呼称された。05式の50倍と言う強大な出力の対消滅エンジンを搭載し、それに対応可能なアクチュエーターを装備している。そして思考追従式オペレーションシステムを搭載し驚異的な機動性能を実現した最強のアサルト・モジュールとさえ言われている。
 先月の法術兵器にかけられていた情報統制が解禁されてから流れた情報では、保安隊の運用艦『高雄』の重力波砲と比べても最低に見積もって500倍の出力を誇る広域空間変性砲を装備していることが公表された。
「その噂。裏は取れているのかしら?」 
 茜は表情も変えずに渋滞を抜けようと左折して裏道に入り込んだ。
「なに、ただの与太話だ。だが、アタシの情報網でも弾幕の雨の中でも正気を保てる程度の連中が目の色変えて裏を取ろうと必死になってるって話だ叔父貴の腹心の吉田でさえ一生懸命遼南からの大型輸送艦の荷物のデータを集めているくらいだ」 
 郊外の住宅街と言う豊川市の典型的な眺めが外に広がっている。要はそんな風景と変わらない茜の表情を見比べていた。
 茜は無言だった。要は何度か茜の表情の変化を読み取ろうとしているように見えたが、しばらくしてそれもあきらめた。要は頭を掻きながら根負けしたように口を開いた。
「つまり、間違いなく言えることはしばらくは法術特捜に手を貸せってことだけか」
 諦めた要。現状として司法局の方針が法術特捜には人員を割くつもりが無い以上、彼女もその指示に従わざるを得なかった。 
「そうしていただけると助かりますわ。噂は噂。今は目の前にある現実を受け止めて頂かないと」 
 陸稲の畑の中を走る旧道が見えたところで、茜は車を右折させた。
「ったく人使いが荒いねえ。叔父貴は」 
「それは今に始まったことではないでしょ」 
 そう言って茜は笑う。要は耐え切れずにタバコを取り出した。
「禁煙ですわよ」 
「バーカ。くわえてるだけだよ!」 
 そう言うと要は静かに目をつぶった。


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