「しかし、叔父貴の奴。珍しく焦ってるな」 保安隊基地の隣に隣接している巨大な菱川重工豊川工場の敷地。夜も休むことなく走っているコンテナーを載せたトラックに続いて動き出したカウラのスポーツカーの後部座席。不機嫌そうにひざの上の荷物を叩きながら要がつぶやく。 「そうは見えませんでしたけど」 助手席の誠がそう言うと、要が大きなため息をついた。 「わかってねえなあ」 「まあしょうがないわよ。私だってあの不良中年の考えてることが少しわかったような気がしたの最近だもの」 そう言って自分で買ってきた缶コーヒーを口にするアイシャ。 「どうしてわかるんですか?」 「部隊長は確定情報じゃないことを真剣な顔をして口にすることは無い。それが隊長の特徴だ」 ギアを一段あげてカウラがそう言った。こういう時は嘘がつけないカウラの言葉はあてになる。確かに誠が見てもあのように本音と明らかにわかる言葉を吐く嵯峨を見たことが無かった。 「法術武装隊に知り合いがいねえだ?ふざけるなっての。東都戦争で叔父貴の手先で動いてた嵯峨直参隊の連中の身元洗って突きつけてやろうか?」 要はそう言うとこぶしを握り締めた。 「たぶん隊長の手元に着く前に吉田少佐にデータ改ざんされるわよ」 そのアイシャの言葉に右手のこぶしを左手に叩きつける要。 「暴れるのは止めてくれ」 いつもどおり淡々とハンドルを操るカウラ。 「西園寺さんでもすぐわかる嘘をついたわけですか。じゃあどうしてそんなことを……」 「決まってるじゃない、あの人なりに誠君のこと気にしているのよ。さすがに茜お嬢さんを部隊に引き込むなんて私はかなり驚いたけど」 飲み終わったコーヒーの缶を両手で握り締めているアイシャの姿がバックミラーを通して誠の視線に入ってくる。 「どう読むよ、第二小隊隊長さん」 要の声。普段こういうときには皮肉が語尾に残るものだが、そこには場を凍らせる真剣さが乗っていた。 「法術適正所有者のデータを知ることが出来てその訓練に必要な場所と人材を所有する組織。しかも、それなりの資金力があるところとなると私は一つしか知らない」 その言葉に頷きながら要が言葉を引き継ぐ。 「遼南青銅騎士団」 カウラの言葉をついで出てきたその言葉に誠は驚愕した。 「そんな!嵯峨隊長のお膝元じゃないですか!それに形だけとはいえあそこの団長ってシャムさんで、副長が吉田少佐ですよ!」 誠が声を張り上げるのを見て、要が宥めるようにその肩を押さえた。 車内は重苦しい雰囲気に包まれる。 「誠。確かに青銅騎士団は遼南帝国皇帝直属の精鋭部隊だ。だけどなどんな組織だって、なりがでかくなれば目は届かなくなる。ましてや五年前の政権を南城軍閥の頭目、アンリ・ブルゴーニュに譲渡してからどうなったか、そんなところまで叔父貴は責任もたんだろ?」 そう言うと要はタバコを取り出してくわえる。 「要。この車は禁煙だ」 「わあってるよ!くわえてるだけだっつうの」 カウラの言葉に口元をゆがめる要。 「私のところにも結構流れてくるわよ。青銅騎士団ってシャムちゃんが団長していた時とはかなりメンバーが入れ替わっているわね。団長代理の御子神隆志中佐位じゃないの?生え抜きは」 工場の出口の守衛室を眺めているアイシャ。信号が変わり再び車列が動き出す。 「叔父貴と言う重石が取れた今。その一部が暴走することは十分考えられるわな。ようやく平和が訪れたとはいえ、30年近く戦争状態が続いた遼南だ。地方間の格差や宗教問題で、いつ火が入ってもおかしいことはねえな」 バックミラー越しに見える要の口元は笑っていた。 「西園寺は相変わらず趣味が悪いな。まるで火がついて欲しいみたいな顔をしているぞ」 そう言うと中央分離帯のある国道に車を乗り入れるカウラ。 「ちょうど退屈していたところだ。多少スリルがあった方が人生楽しめるもんだぜ?」 「スリルで済めばね」 そう言うとアイシャは狭い後部座席で足を伸ばそうとした。 「テメエ!半分超えて足出すな!」 「ごめんなさい。私、足が長いから」 「そう言う足は切っとくか?」 「冗談よ!冗談!」 後部座席でどたばたとじゃれあう二人を見て、誠は宵闇に沈む豊川の街を見ていた。東都のベッドタウンである豊川。ここでの暮らしも一月を越えていた。職場のぶっ飛んだ面々だけでなく、寮の近くに広がる商店街にも知り合いが出来てそれなりに楽しく過ごしている。遼州人、地球人。元をたどればどちらかにつながるであろう街の人々の顔を思い出して、今日、彼を襲った傲慢な法術使いの言葉に許しがたい怒りの感情が生まれてきた。 誠は遼州人であるが、地球人との違いを感じたことなど無かった。先月の自分の法術の発現が大々的にすべてのメディアを席巻した事件から、目には見えないが二つの人類に溝が出来ていたのかもしれない。 そんなことを考えながら流れていく豊川の町の景色を眺めていた。 「おい、カウラ」 ふざけていた要の目が急に光を失ってにごったような表情を浮かべた。 「わかっている。後ろのセダン」 信号につかまって、止まった車。誠が振り向けばその運転席と助手席にサングラスをした男の姿が映っていた。 「どこかしらね」 アイシャは小突かれた頭をさすっている。 「捲くか?」 「いや、どうせ行き先はご存知だろうからな。アイシャはこれを使え」 そう言うと要は自分のバッグからコンパクトなサブマシンガンを取り出した。 「あきれた。こんなの持ち歩いてたわけ?」 アイシャは受け取ったサブマシンガンにマガジンを差込んで眺めている。 「ケダールサブマシンガン。とりあえず持ち歩くには結構便利なんだぜ」 「私はこう言うのは持ち歩かないの」 そう言いながらもアイシャはボルトを引いて初弾を装填する。 「誠、ダッシュボードを開けてくれ」 運転中のカウラの指示に従って、ダッシュボードに入っているカウラの愛用のSIGザウエル226ピストルを取り出す。 「西園寺、どこで仕掛けるつもりだ」 「次のコンビニのある交差点を左だ。ウィンカーは直前で出せよ。捲こうとする振りだけしとけ」 要はそう言いながら、昼間弾を撃ちきった愛銃XD40のマガジンに一発、また一発とS&W40弾を装填している。 カウラは急にウィンカーを出し、すばやくハンドルを切る。後ろのセダンは振り切られまいと、タイヤで悲鳴を上げながらそれに続く。 細い建売住宅の並ぶ小道。カウラはこの道には似合わない速度で車を走らせる。後ろのセダンは振り切られまいと速度を上げるが、カウラはすばやくさらに細い小道に入り込む。 一瞬タイミングをずらされて行き過ぎたセダン。その間にもスポーツカーはくねり始めた時にねぎ畑の見える道を爆走する。 「この道だと行き止まりますよ!」 誠が叫んだ。しかし、三人はそれぞれ手にした銃を眺めながら、まるでこれから起きることがわかっているかのように正面を見つめている。 東都都立豊川商業高校が見える路地でカウラは車を止めた。そして誠はカウラのハンドサインで動き出した。 サングラスの二人の男は車を降りた。目の前のスポーツカーには人の気配が無い。 「とりあえず確認だ」 助手席から降りた男は、そう言うとそのままスポーツカーのシートを確認するべく駆け寄った。エンジンは切られてすぐらしく、熱気を帯びた風が頬を撫でる。二人は辺りを見渡す。明かりの消えた高校の裏門、ムッとするコンクリートの焼ける匂いが二人を包んでいた。 とりあえず確認を終えた二人が車に戻ろうとした時だった。 「動くな」 女の声に振り向こうとする助手席の男の背中に硬いものが当たる。相棒はもう一人の女に手を取られてもがいている。 「そのまま手を車につけろ」 指示されるままに男はスポーツカーに手をつく。 「おい、どこのお使いだ?」 右腕をねじり上げられた運転手が悲鳴を上げる。 「要ちゃんさあ。二、三発腿にでも撃ち込んであげれば、べらべらしゃべりだすんじゃないの?」 サブマシンガンを肩に乗せた闇の色の髪の女性が、体格に似合わず気の弱そうな表情を浮かべる若者を連れてきた。 「それより誠。せっかく叔父貴からダンビラ受け取ったんだ。試し斬りってのもおつじゃないのか?」 「わかった、話す!」 スポーツカーに両手をついていた男が、背中に銃を突きつける緑のポニーテールの女性に言った。 「我々は胡州帝国海軍情報部のものだ!」 「海軍ねえ、それにしちゃあずいぶんまずい尾行だな。もう少しましな嘘をつけよ」 さらに男の右腕を強くねじり上げる要。男は左手でもれそうになる悲鳴を押さえ込んでいる。 「本当だ!何なら大使館に確認してもらってもかまわない。それに尾行ではない!護衛だ」 両手をついている男が、相棒に視線を移す。 「それならなおのこともっとうまくやんな。護衛する相手に気づかれるようじゃ転職を考えた方がいいぜ」 そう言うと要は右腕をねじり上げていた男を突き放す。カウラは銃を収め、不服そうに眺めているアイシャを見た。 「上は親父か?」 「いえ、大河内海軍大臣の指示です。西園寺要様、神前誠曹長の安全を確保せよとの指示をうけて……」 安心したようにタバコに火をともす要。 「紛らわしいことすんじゃねえよ。そう言うことするならアタシに一声かけろっつうの!」 「要ちゃんなら怒鳴りつけて断るんじゃないの?」 アイシャはサブマシンガンのマガジンを抜いて、薬室の中の残弾を取り出す。 「そんなことねえよ」 小声でつぶやいた要の言葉にカウラとアイシャは思わず目を合わせた。 「まあこの程度の腕の護衛なら私だって断るわねえ」 取り出したサブマシンガンの弾をマガジンに入れるアイシャ。 「それじゃあもうちょっと揉んでやろうか?」 こぶしを握り締める要を見て、後ろに引く二人。 「それくらいにしておけ。しかし、この程度では確かに護衛にはならんな」 「そうよねえ。第三艦隊第一教導連隊の連隊長くらい強くなくちゃあ……」 軽口を叩くアイシャを要がにらみつけた。 「つまり、楓を連れて来いってことか?」 要はタバコに手を伸ばす。 「わかってるじゃない!いとしの嵯峨楓少佐殿にお姫様だっこしてもらってー……」 またアイシャの妄想が始まる。呆れ果てたように目が死んでいる要。 「アイシャ、灰皿がいるんだ。ちょっと手を貸せ!」 要はタバコに火をつけるとそのままアイシャの右手を引っ張って押し付けようとする。 「冗談だって!冗談!」 要の剣幕に笑いながら逃げようとするアイシャ。 「冗談になってないなそれは」 「カウラ良いこと言うじゃねえか!そうだ、何だってあの……」 あきれている二人の男達に見守られながらカウラの顔を見る要だったが、そのまじめそうな表情に思わず肩を押さえていたアイシャに逃げられる。 「それに楓さんのうちへの配属は時間の問題みたいだからね」 アイシャは笑っている。 「……マジかよ」 「今頃気づいたのか?今日来た米軍からの出向人員は『第四小隊』の要員として保安隊に来たわけだ。現在保安隊の実働部隊は第二小隊までしか存在しない。つまり、すでに書類上は第三小隊が存在していることになる」 カウラの言葉にくわえていたタバコを落とす要。 「ちょっと待て!だからと言って……あの揉み魔がうちに来るっていう証拠にはならねえだろ?」 今度はアイシャを見つめる要。要は絶望していた。その先には貴腐人と呼ばれるアイシャにふさわしい笑みがあった。 「うれしそうだな、オメエ」 「別に……、それじゃあねえ君達は帰ってもいいわよ!あとは私とベルガー大尉が引き継ぐから」 要達の会話にあきれていた海軍士官達は、アイシャの声を聞いてようやく解放されたとでも言うようにすごすごと車に乗り込むと路地から出て行った。 「それじゃあ行きましょう!」 「ちゃんと話せ!ごまかすんじゃねえ!」 要の叫び声を無視して車に乗り込むカウラとアイシャ。仕方なくその後ろに誠は続いた。
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