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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作者:橋本 直

第19回   保安隊海へ行く 19
「遅いっすよー西園寺さん!」 
 バスの横の荷物入れの前に立っている島田が叫ぶ。そしてその目が誠に向くと明らかに何か含むような笑顔に変わった。
「済まねえ!あと一人は乗れるだろ?こいつ乗せてってくれ」 
 そう言うと要は後ろに続く茜を指差した。
「お嬢さんですか?まあ乗れますけど……さっきから思ってたんですけど……なんでここに?」 
 不思議そうな視線を送る島田をはじめとする一行。
「ちょっとしたご挨拶ですわ。要さん、誠さんが遅れてますけど、よろしいのですか?」 
「いいんだよ。あいつなら」 
 そう言ってバスに駆け込む要。カウラとアイシャがその後に続く。ようやく肩で息をしながら荷物を抱えて走る誠が現れる。
「何だってこんなに重いんだよ」 
 ようやくバスのところまでやってきてそのまま路上に腰を下ろした。誠の足元にあるバッグを広い、一瞬驚いた後誠を見つめる島田。
「これ西園寺さんの荷物か。この格好はサブマシンガンでも入ってるんじゃないのか?」 
 そう言いながら荷物を客席下の空間に詰めていく島田。誠はへたり込んだままじっとそんな島田を見上げていた。
 荷物を積み終えて扉を閉める島田の前で息を整えようと座りなおしている誠がいた。
「神前。なんか顔色悪いけど大丈夫か?」 
 心配そうに手を出した島田の助けを借りて立ち上がる誠。相変わらず流れる脂汗。要達の修羅場で流れるいつものそれとは明らかに違う。どっと襲う倦怠感。立ちくらみのようなものまでが視界をゆがめる。
「とりあえず、バスに乗るぞ」 
 その様子に少し真剣な顔をしながら、島田は誠を抱えるようにしてバスに乗り込んだ。
「なんだ?どこかおかしいのか?」 
 島田の肩を借りてようやく立っている様な有様の誠に運転席のキムが尋ねてくる。
「平気です、何とか……」 
 島田の手から離れて元気なところを見せようとする誠だが、その足元は誰が見てもおぼつかないものだった。
「要ちゃんに殴られたの?」 
「うるせえ、シャム!何でいつもアタシがぶったことになるんだ?」
 もうすでにバスに置いたままだったウォッカの小瓶を口にしている要が叫ぶ。 
「日ごろの行いだよ、この外道!」 
「小夏!テメエ表に出ろ!いいから……」 
 シャムと小夏のコンビが席から身を乗り出して後部座席にふんぞり返る要をにらみつけていた。
「静かに!」 
 リアナの一言で二人は落ち着いて椅子に腰を落ち着ける。騒ぐ要素が無くなった車内が静まり帰った。そうなると明らかに様子がおかしい誠に周りの目が集まる。
「神前君は具合が悪そうだから奥で寝かせてあげましょう」 
 リアナはそう言うと立ち上がって後ろを見た。一番後ろの席で菰田達ヒンヌー教徒から酒を押し付けられていた西と目が合った。
「さあ、神前曹長が大変ですよ!」 
 にこやかにそう言うと肩を貸していた島田は眼力で西を前の座席に移動させて誠を一番後ろの座席に連れて行く。
「大丈夫?誠ちゃん」 
 アイシャはそう言って誠の手を取る。横たわった誠が薄目を開けると夕日の赤に染められて紫色に輝くアイシャの長い髪が見える。
「平気だろ?前だって力を使ったときそのまま気絶したこともあったじゃねえか。たぶん同じ理屈なんじゃないか?まあヨハンに後で報告する必要は有るかも知れねえがな」 
 淡々とそう言うと要は菰田達をにらみつける。さすがに命が惜しいので菰田も席を立ち空いている前の席に移る。島田から誠を支えるのを引き継いだ要がゆっくりと青ざめた表情の誠を寝かせて彼の前の席に陣取る。
「法術発動の効率が悪いかも知れませんわね。わかりました。しばらくは私が訓練の相手をさせていただくわ」 
 いつの間にか要の隣にちょこんと座っていた茜に驚いた要とカウラ。
「嵯峨茜。貴様が訓練をするというのか?」 
 カウラの言葉に棘がある。誠は倒れたままそんなカウラと茜を見上げていた。
「しょうがないことではありませんの?現在法術特捜の構成員は三人ですわ。とてもこれから多発するであろう事件に対応するには手が足りない状況ですもの。誠さんのお力も借りなければなりませんから。当然お父様もそのおつもりですわよ」
 明らかに誠の占有を宣言した茜の態度に不愉快そうに再び酒瓶を握る要。 
「オメエ、基地に常駐でもするつもりか?」
 あざ笑うつもりで言った言葉に無言で頷く茜。そして彼女が冗談を言うような人間ではないことを知っている要はただ呆れたように口に咥えていた酒瓶を座席横に置いた。 
「仕方ないですわね。上層部は現在法術特捜に必要な人材を集めている最中。しばらくは比較的暇なお父様の部隊の応援で仕事をすることになりそうですわね。それにしても……ガサツな誰かさんと年中顔を合わせることを想像するとうんざりしますわね」 
 再び皮肉を炸裂させて切れ長の目で要を見つめる要。その余裕のある態度がさらに要をヒートアップさせた。
「何だと!コラ!」 
 思わず立ち上がり隣のカウラと誠に付き添っているアイシャに取り押さえられる要。
「静かにしないとだめよ!病人がいるんですから!」 
 再び前の席からリアナの叫び声が聞こえる。その言葉に間違いが無いので仕方ないと言うようにうなだれる要。一方一人余裕で手にした剣を握りなおしている茜。
「それにあなた達では神前君の本来の能力を開発することは出来ませんわ。その資格があるのはお父様か私だけ」 
 要はその言葉を聞くとうつむいてしまった。誠は二人のやり取りを黙って横になったまま見上げていた。そしてどちらかと言うと冷徹にも見える茜の言葉に一言言いたいと思いながらも自由に任せない自分の体を呪っていた。
「出ますよ!座ってくださいね!」 
 島田の声が響く。バスはゆっくりと動き出した。
「茜さん」 
 誠はようやく言葉を搾り出せる程度に回復していた。
「何かしら?」 
「これからもこんなことが続くんですか?」 
 誠のその言葉に一同は静まり返った。誠の法術の力を狙っての襲撃事件。二月で二回というのは明らかに多い頻度なのは全員が知っている。
「そうなるわね。私がお父様からいただいたシミュレータと実機の起動時に発生させた法力の展開に関するデータを見させていただいた限りでは、誠さんの潜在能力の高さは驚異的と言っても過言ではないレベルですわ。それこそ数千万人に一人いるかどうか」 
「僕が、ですか」 
 うなだれる誠。一月前にはただの射撃が下手な幹部候補生に過ぎなかった自分がそんな重要な存在になっていた事実に打ちのめされた。
「そして、その精神的弱さも矯正する必要がありますわね」 
 大きすぎる自分の力。それに振り回されているようで何も出来ない自分。無力感にさいなまれて目をつぶった。
「とりあえず寝ます。着いたら起こしてください」 
 そう言うと誠は目をつぶった。
 目をつぶる誠。彼を囲む要、茜、カウラ、アイシャが小声で話し合っているのが聞こえてくる。要が声を荒げようとするたびに、アイシャがそれを制し、カウラが強い調子で茜を詰問している。振動が適度な子守唄となり、リアナに電波演歌を歌わせないために交代でカラオケを歌い続けているサラとパーラの歌声が次第に誠の意識を奪っていった。

 激痛が額に走り、誠は目を覚ました。車外はすでに闇に包まれていた。
「よう、起きたか」 
 要の顔と握りこぶしが誠の顔の前にあった。だるさが消えていた誠はすぐに叫ぶ。
「いきなり殴らないでくださいよ」 
 額を押さえながら誠は起き上がる。心配そうに見つめているカウラと目が合ってうつむいてしまう。
「起きて大丈夫?」 
 アイシャはそう言うとポットに入れたコーヒーを紙コップに注ぐと誠に差し出した。
「どうにか……かなり楽になりました」 
「一人で歩けるか?」 
 心配そうなカウラ。誠はとりあえず立ち上がってみた。以前のような立ちくらみは無い。力が戻ったと言うように左手を握っては開く。
「顔色もよろしいんでなくって?」 
 そう言って四人を見守っている茜。彼女の声で改めて周りを見回す。すっかり日は暮れて深夜の様相。茜の前の席にはカラオケを続けて歌いつかれたサラとパーラが寝息を立てていた。
「すいません!荷物降ろすんで、降りてくれませんか!」 
 運転席の脇に立っていたキムが叫ぶ。前の席の整備班員やブリッジクルーが背中に疲れを見せながら立ち上がっているのが見える。
「とりあえず行きましょ」 
 そう言うとアイシャが通路を歩き出す。カウラと要が続き、アイシャはとりあえず誠が普通に歩くことが出来るのを確認すると彼の後に続いた。
 昨日出発した隊の駐車場に誠達は降り立った。ハンガーに明かりがともっているのはいつものこと。そしてこちらもいつものように電気がついていたのは嵯峨のいる部隊長室だった。
「西園寺さん。何が入っているんですか?このバッグ」 
 重そうに荷物を取り出す島田。頭を掻きながら要はそれを受け取った。
「ああ、それにはちょっと物騒な物が入っているからな」 
 やはり予想通り銃器でも入っていると言うようににんまりと笑う要を困ったように見上げる島田。
「止してくださいよ、警察の検問とかがあったら止められて説教されますよ」 
 島田を無視して自分のバッグとその後ろの誠のバッグを取り出した。
「そう言えば、あのおっぱいおばけはどうした?」 
 荷物を誠に押し付けると要はそう言った。
「その言い方酷いんじゃないですか?レベッカさんならさっさと降りて西の案内でハンガーに向かいましたよ」 
 その言葉を聴くと要は情けなさそうな顔をして誠を見つめた。
「何か言いたいんですか?」 
 誠の顔を見る要。その目はいつもと同じタレ目。
「別に。それじゃあ叔父貴の面でも拝みに行くか」 
 そう言うと要は荷物を持たせた誠をつれて歩き始めた。茜、カウラ、アイシャもその後に続いてハンガーを目指す。
 ハンガーに入って一番手前。誠の専用機の前に立っているレベッカと西を見つけて要は四人に静かにするように合図した。
「本当に萌え萌えなんですね」 
「そうですね、あのオタ曹長自らのデザインですから。それにしてもまあ有名になっちゃって大変ですよ。演習場に行く度にカメラ小僧を追っ払うのが一苦労で」 
「でもかわいいから仕方ないですね」 
 西はレベッカのその言葉に驚いたように視線を移した。彼等の死角を選んで進みそのままアサルト・モジュール移送用トレーラの影までリードする要。まったく自分達の存在を気づいてない二人を見て得意げな表情にカウラが大きくため息をついた。よく見ようとして頭を上げようとした誠を押さえつけて要は静かに西達を見つめている。
「そうですか?これは、一応兵器な訳で不謹慎ですよまったく。なんですか?これ一応税金で塗装とかしてるんですよ」
「でも保安隊の予算の七割は嵯峨隊長の資産でまかなわれているって……」 
「あの人は御領主様ですから。その資金の出所は私有しているコロニーの住人に対する代理納税の手数料ですよ。つまりそれも税金なわけです」
 西が胡州の平民の出ということを思い出して大きく頷いている要。
「結局全部隊長の趣味。まああの人が何を考えているかなんてわかりませんがね」 
「そりゃあアタシも同意見だ」 
 要の一言に驚いて振り向く西とレベッカ。西は要の隣に誠やカウラ、アイシャと茜まで居ることに気づいておびえたような笑みを浮かべている。
「聞いてました?」 
 まるでいたずらを見つかった子供のように腰を引いていつでも逃げ出せるように構える西。
「まあな。それにしてもこうして改めて見ると……」 
 見上げ眺め、時に中腰になり。要が誠の機体を見つめ続けている。誠達はそのまま要の方に近づいていく。
「おい」 
 振り向いた要がいかにも情けなさそうな視線を誠に送ってくる。
「そんな目で見ないでくださいよ」 
 誠は思わずそう言っていた。いつものこととは言えこう言う顔で要に見つめられると誠も情けなくなってきた。
「これが成人向けゲームのキャラクターなのですわよね?」 
 何か汚物でも見るような視線で茜が誠を見つめる。そしてじっと誠を見つめた後目を逸らしたのは茜の方だった。
「茜ちゃん。エロゲは文化よ!」 
 堂々と胸を張って答えるアイシャ。その前にいつの間にかレベッカが立っていた。彼女はアイシャの手を取り、まるで人生の師にでもあったように濡れた瞳でアイシャを見つめた。
「そうなんですよね!かわいいは正義です!」 
 その反応に一同は金縛りにかかった。
「おい、こいつも腐ってるのか?」 
「みたいだな」 
「いやらしいですわ」 
 要、カウラ、茜は黙って二人の邂逅を見つめていた。
「おい!帰ってきたのか、君達」 
 奥の事務所に続く階段を下りてくるロナルド、岡部、フェデロ。三人はアイシャとレベッカがじっと見詰め合っている様を見つけて思わず凍り付いていた。
「なんだありゃ?」 
 フェデロが思わずそうこぼした。
「同志が見つかったんじゃないですか?あのクラウゼ少佐の趣味は有名ですよ」 
 岡部はそう言うとハンガーを見回した。誠も真似をしてみて昨日まで予備部品の仮組みなどをしていた場所に機体の固定器具が設置されていることに気づいた。
「ちゃんと俺達の機体の収納場所は確保できそうですね」 
 岡部の言葉に大きく頷くロナルド。フェデロの目は相変わらず誠の派手な機体を見上げてニヤニヤと笑っていた。
「叔父貴に会ってたのか?」 
 要はロナルド達をにらみつけてそう言った。頷くロナルド。隣の岡部とフェデロは口を開きたくないと言うように周囲を眺めることに決めているように見えた。
「いやあ、僕もいろいろな上官と付き合ってきたが、あれは……」 
 金の縁のサングラスを外しながらロナルドはそう言った。誠でもその回答は予想できた。そしてそれでいてどうも腑に落ちないと言うロナルドの雰囲気もよく理解できるものだった。
「だろうな。ありゃあ軍人向きの性格じゃねえ」 
 要はそう言うとポケットからタバコを取り出す。ロナルドは明らかにその煙が気に入らないと言うように一歩要から離れた。
「嵯峨惟基。世の中では優れた軍政家。そう評するのが常識になってはいますが、あくまで得意とするのは小規模での奇襲作戦と言う変わった人物」
 そう呟いたロナルドに静かに頷いて同意するように見える要。
「確かに主に奇襲作戦を本分とする司法機関特殊機動部隊の隊長として同盟上層部がここにあの人物を置いたのは正解かもしれませんがね」 
 要はタバコの煙を吐き出す。それを見て再びロナルドは煙を避けるように下がる。
「なるほど、的確な分析をしてるんだな、米軍は。一撃、ただそこに複雑な利害関係を絡めて敵を交渉のテーブルに着ける。それがあのおっさんの戦争だ」 
 要はタバコの煙の行く手をのんびりと眺めていた。
「そうすると我々がどういう任務に付くかも見えてきますね」 
 それまで奥の黒い四式、嵯峨の専用機を見つめていた岡部が口を開いた。
「岡部中尉さんですね。どう読まれます?」 
 軽く笑みを浮かべている茜がそうたずねた。物腰の柔らかく、それでいて凛としたところもある茜にそうたずねられて、頭をかきながら岡部は言葉を続けた。
「遼州同盟は成立したものの、ベルルカン大陸はその多くの諸国は参加の結論を出していないでいますね。地球の大国、ロシア、ドイツ、フランス、インド。各国は軍事顧問や援助の名目で部隊を派遣し、利権の対立により紛争が絶えず続いています。そして他の植民星への建前もあり、アメリカ軍は既存の基地の防衛任務の為と言う以上の規模の部隊を派遣することが出来ない……」 
 誠の機体を眺めていたアイシャとレベッカもこの言葉に耳を傾けていた。
「しかし、我々が同盟司法機構として治安管理や選挙管理などの名目で出動することになれば話は変わってきますね。我々はあくまで同盟の看板を掲げている以上、隣国の安定化ということで現地入りする口実があります。そしてその任務に我々が国籍章を掲げて歩き回ればそれを攻撃することは合衆国を敵に回すことを宣言することに等しいわけです」 
 誠も伊達に幹部候補生養成課程を出たわけではない。民間のカメラマンや医師団を拉致した武装勢力に対する彼等の出身地の地球の大国が強硬手段に出たことは少なくないことくらいは知っていた。そして数年前にもベルルカンで起きたイギリス人医療スタッフの拉致事件では遼州同盟の協力すら仰いでの大規模な捜索作戦が展開されたことも思い出していた。
「これは俺達は相当忙しい身になりそうだな」 
 ロナルドは要の吐く煙から逃げながらそう結論を出した。
「じゃあ俺等はろくに休みも取れなくなるって話ですか?」 
 そう言って頭を抱えるフェデロ。その滑稽で大げさな身振り。それを見て誠は会うのは二度目だと言うのに彼の底抜けに明るい性格をなんとなく予想出来た。
「おそらく第三小隊の結成まではきつい勤務体制になるでしょうね」 
 岡部の言葉にフェデロは天を仰いで両手で顔を覆う。思わずアイシャがそれを見て噴出す。
「そいつはご愁傷様だな。せいぜいお仕事がんばってくれや」 
 そう言うと要はハンガーの奥へと歩き出した。
「西園寺さん。どこに行かれるんですか?」 
「決まってるだろ。今日の茜を使った茶番をどうやって用意したのか叔父貴に聞きにいく」 
 誠、茜、アイシャ、カウラ。そしてレベッカもその後に続いて事務所に入る階段を上り始めた。
 誰もいないと思っていた管理部の部屋に明かりが灯っていた。中を覗けば頭を下げ続けている菰田と、私服姿で書類を手にしながらそれを叱責している管理部部長、アブドゥール・シャー・シンの姿があった。
「すっかり事務屋が板についてきたな、シンの旦那」 
 横目で絞られている菰田を見てにやけた顔をしながら要がこぼす。実働部隊控え室には明かりは無い、そのまま真っ直ぐ歩く要。隊長室の扉は半開きで、そこからきついタバコの香りが漂う。
「……例の件ですか?そりゃあ俺んとこ持ってこられても困りますよ。うちは探偵事務所じゃないんですから、公安の方に……って断られたんでしょうね、その調子じゃあ」 
「おい!叔父貴!」 
 ノックもせずに要が怒鳴り込んだ。電話中の嵯峨は口に手を当てて静かにするように促す。カウラ、茜、アイシャ、誠。それぞれ遠慮もせずに部屋に入る。レベッカは少し躊躇していたが、誠達のほとんど自分の部屋に入るようにためらいの無い様を見て続けて部屋に入りソファーに腰をかけようとするが、見ただけでわかる金属の粉末を見てそれを止める。
「……そんな予算があればうちだって苦労しませんよ。わかります?それじゃあ」 
 嵯峨は受話器を置いた。めんどくさい。嵯峨の顔はそういう内容だったと言うことを露骨に語っているように見えた。
「東和の内務省の誰かってとこだろ?」 
 部屋の隅の折りたたみ机の上に並んでいる拳銃のスライドを手に取りながら要が口を出した。
「まあそんなとこか。さっさと帰れよ。疲れてんだろ?」
 そう言って座っていた部隊長の椅子の背もたれに体を投げる嵯峨。そのやる気の無い態度に要が机を叩いた。眉を寄せる嵯峨。鉄粉でむせる誠を親指で指差して要が叔父である嵯峨をにらみつけた。 
「じゃあ、こいつが疲れてる理由はどうするんだ?」 
 始まった。そう言う表情でアイシャはため息をついている。
「俺のせい?」 
 そう言って頭をかく嵯峨。アイシャ、カウラ、そして茜も黙ったまま嵯峨を見つめている。
「どう言えば納得するわけ?」 
「今日襲ってきた馬鹿の身元でもわかればとっとと帰るつもりだよ」 
 机に乗っていた拳銃のスライドを手に取る。そして何度も傾けては手で撫でている要。嵯峨は頭を掻きながら話し始めた。
「たしかにオメエさんの言うことはわかるよ。誰が糸を引いているのかわからない敵に襲われて疑問を感じないほうがどうかしてる。しかも明らかにこれまで神前を狙ってきた馬鹿とは違うやり口だ」 
「そうだよ。今度のは誠の馬鹿や叔父貴と同じ法術使いだ。しかもご大層に『遼州の屈辱を晴らす』とかお題目並べての登場だ。ただの愉快犯やおつむの具合の悪い通り魔なんぞじゃねえ」 
 要はそう言いながら拳銃のバレルを取り上げリコイルスプリングをはめ込み、スライドに装着する。
「予想してなかった訳じゃねえよ。遼州の平均所得は例外の東和を除けば地球の半分前後だ、不穏分子が出てこないほうが不思議な話と言えるくらいだからな」
 そう言うと伸びをして大きなあくびをするのがいかにも嵯峨らしく見えた。 
「そう言うこと聞いてんじゃねえよ。明らかに法術に関する訓練を受けたと思われる組織がこちらの情報を把握した上で敵対行動を取った。そこが問題なんだ」 
 いくつか机の上に置かれた拳銃のフレームから、手にしたスライドにあうものを見つけると要はそれを組み上げた。
「つまりだ。アタシ等も知らない法術に関する知識を豊富に持ち、さらに適正所有者を育成・訓練するだけの組織力を持った団体が敵対的意図を持って行動を開始しているって事実が、何でアタシ等の耳に入らなかったかと言うことが聞きたくてここに来たんだよ!」 
 要は拳銃を組み上げてそのままテーブルに置いた。要の手が嵯峨の机を再び叩いて大量の鉄粉を巻き上げることにならなかったことに安堵する誠。
 嵯峨は困ったような顔をしていた。誠はこんな表情の嵯峨を見たことが無かった。常に逃げ道を用意してから言葉を発するところのある保安隊隊長。のらりくらりと言い訳めいた言動を繰り返して相手を煙に撒くのが彼の十八番だ。だが、要の質問を前に明らかに答えに窮している。
「どうなんだ?心当たりあるんじゃねえのか?」 
 要がさらに念を押す。隊長室にいる誰もが嵯峨の出方を伺っていた。誠を襲った刺客。前回は嵯峨が吉田に命じて行った誠の情報のリークがきっかけだった。そんな前回の事情があるだけに全員が嵯峨をにらみつけていた。
「それがねえ……」 
 頭をかきながら隊長用の机の引き出しを漁る嵯峨。一つのファイルをそこから取り出した。
「遼南帝国、特務機関一覧」 
 カウラが古びたファイルの見出しを読み上げる。
「この字は隊長の字ですね。それにしてもずいぶん古いじゃないですか」 
 うっすらと金属粉末が積もっているファイルに目を向けながらアイシャがそう言った。
「まあな。俺が胡州帝国東和大使館第二武官だった時に作ったファイルだ」
 誠も目の前にいるのが陸軍大学校を主席で卒業したエリート士官の顔もある男であることを思い出した。配属先が東和大使館だったと言うことは嵯峨が当時は軍上層部から目の敵にされていた西園寺家の身内だった為、中央から遠ざけられたと言う噂も耳にしていた。 
「そんな昔の話聞くためにここに来たんじゃねえよ」 
 要はそう言うとくみ上げた拳銃をまた分解し始めた。
「まあそう焦るなって。俺が吉田の仕組んだクーデターで遼南の全権を掌握した時、当然そこにある特務機関の再編成をやろうとしたんだが……カウラ125ページを開いてみろや」 
 そう言われてファイルを取り上げたカウラが言われるままにファイルの125ページを開く。要以外の面々がそのページを覗き込んだ。
「法術武装隊」 
 その項目の題名をカウラが読み上げた。
「俺や茜、誠の力をとりあえず『法術』と呼称している元ネタは遼南帝国の特殊部隊の名称から引っ張ってきてるんだ」
 いかにもどうでもいいことというように嵯峨が吐き捨てるように呟く。 
「そんな力の名前がどうこうした話を聞きに来たわけじゃねえ」 
 要はさすがに勿体つけた嵯峨の態度に怒りを表して手にしていた拳銃を机に叩き付けた。
「じゃあ率直に言おうか?他の特殊部隊、秘密警察の類は関係者と接触を取ることができた。必要な部隊は再編成し、必要ない部隊は廃止した。だが、法術武装隊の構成員は一人として発見できながった」 
「調べ方が甘かったんじゃねえの?」 
 嵯峨の言葉にすぐさまそう応えて挑戦的な笑みを浮かべる要。隊長の椅子に深く座った嵯峨は大きく伸びをした。
「それだったらよかったんだけどねえ」 
 そう言うと今度は机の上に乱雑に置かれた書類の山から一冊のノートを取り出して要に投げた。
「日記?」 
 そう言うとアイシャがページをめくる。
「違うな。帳簿だろ?手書きってことはどこかの裏帳簿だな」 
 アイシャから古びたノートを奪った要はぺらぺらとそのページをめくる。
「分かるわけないか。入金元、振込先。全部符号を使って書いてある。叔父貴、こいつはどこで手に入れた?」 
 嵯峨はノートの数字を眺めている要達を見ながらタバコに火をつけた。
「近藤資金を手繰っていった先、東モスレム解放戦線の公然組織とだけ言っておくか」 
 東モスレム。その言葉を聴いて要の目が鋭く光るさまを誠は見ていた。遼南西部の西モスレムと昆西山脈を隔てた広大な乾燥地帯は東モスレムと呼ばれていた。イスラム教徒の多く住むその地域は西モスレムへの編入を求めるイスラム教徒と遼南の自治区になることを求める仏教徒と遼州古代精霊を信仰する人々との間での衝突が耐えない地域だった。
 同盟設立後は西モスレム、遼南の両軍が軍を派遣し、表向きの平静は保たれていたが、過激な武力闘争路線を堅持している東モスレム解放戦線によるテロが週に一度は全遼州のテレビを占拠する仕組みになっていた。
「だったら早いじゃねえか。安城の姐さんにでも頼んで片っ端からメンバーしょっ引いて吐かせりゃ終わりだろ?」 
 そう言って笑う要を嵯峨は感情のない目で見つめていた。
「それが出来ればやってるよ。なんでこいつが俺の手元にあるかわかるか?」 
 物分りの悪い子供をなだめすかすように嵯峨は姪を見つめる。見つめられた要はこちらも明らかにいつでも目の前の叔父を殴りつけることができるのだと言うように拳を握り締めていた。
「もったいぶるなよ」 
 そう言うかな目の前で煙を吐く嵯峨。タバコの煙が次第に部屋に充満し、アイシャが眉をひそめる。
「まあお前等が知らないのは当然だな。報道管制が十分に機能している証拠だ。4時間前、その組織は壊滅した」 
「どういう事だ?じゃあ何でその帳簿が叔父貴の手元にあるんだ?」 
 机を叩きつける要の右手。嵯峨の机の上の金属粉が一斉に舞い上がり、カウラと茜がそれを吸い込まないように口を手で押さえる。
「安城さん達の助っ人でね。そこのビルに行ったわけだが、酷いもんだったよ。生存者なし。ああ言うのをブラッドバスって言うのかね」 
 要からノートを取り上げた茜がそれに目を通す。
「この帳簿の符牒の解読を吉田少佐に依頼するためにここに運ばれて来た訳ですね」
 アイシャは自分が知りたかった情報はすべて理解したと言うように頷いている。要やカウラはただ眉をひそめて嵯峨を見つめる。誠は黙り込んで次の嵯峨の言葉を待った。 
「まあ、こいつと誠に首っ丈の遼州民族主義者達のつながりがあるかどうかは俺もわからん。だが、その手の組織が存在すると言うのは同盟首脳会議でも何度か話題には出てる。資金的裏づけが近藤資金と言うことならとりあえず金の流れ、そして今、連中が動き出したと言う理由もわかる」 
 そう言うと嵯峨は口元まで火が入ったタバコを慌てて灰皿に押し付けた。
「近藤資金が途切れ、活動に支障をきたし始めた彼等が新たな資金源獲得と組織の拡充を行うために動き出した」 
 カウラがそう言うと誠の顔を見た。
「そう考えれば帳尻が合う。気持ち悪いぐらいにな」 
 そう言うと嵯峨は椅子から立ち上がり、ロッカーを開けた。紫色の布で覆われた一メートル前後の長い物を取り出すと誠に差し出した。
「まあ後は吉田や安城さん達に任せてだ」 
 嵯峨は取り出した紫色の袋の紐を解いた。抜き出されたのは朱塗りの鞘の日本刀だった。
「刀ですか」 
「そう、刀」 
 そう言うと嵯峨はその剣を鞘からゆっくりと抜いた。厚みのある刀身が光に照らされて光る。明らかに美術刀や江戸時代の華奢な作りの刀ではなく明らかに人を斬るために作られたとわかる光を浮かべた刀だった。
「お父様。それ忠正じゃないですか?」 
 茜がその刃を見ながら言った。
「備前忠正。幕末の人斬り、岡田以蔵の使った業物」 
 そう言うと嵯峨は電灯の光にそれをかざして見せた。
「一応、神前一刀流の跡取りだ。こいつがあれば心強いだろ?」 
 そう言うと嵯峨は剣を鞘に収めた。そのまま袋に収め、紐を縛ると誠に差し出す。
「しかし、東和軍の規則では儀礼用以外での帯剣は認められていないはずですよ」
 自分が射撃で信用されていないことは知っていたがこんなものを渡されるとは思っていなかった誠はとりあえず言い訳をしてみた。 
「ああ、悪りいがお前の軍籍、胡州海軍に移しといたわ」 
 あっさりと言う嵯峨。確かに胡州海軍は士官の帯剣は認められている。誠の階級は曹長だが、幹部候補教育を受けていると言うことで強引に押し切ることくらい嵯峨という人物ならやりかねない。
「そんなもんで大丈夫なんか?」 
「無いよりましと言うところか?それにあちらさんの要望は誠の勧誘だ。それほど酷いことはしないんじゃねえの?」 
 嵯峨はそう言って再び机の端に積み上げてあったタバコの箱に手をやった。
「でもこれ持って歩き回れって言うんですか?」 
 誠は受け取った刀をかざして見せる。
「まあ普段着でそれ持って歩き回っていたら間違いなく所轄の警官が署まで来いって言うだろうな」 
「隊長、それでは意味が無いじゃないですか!」 
 突っ込んだのはカウラだった。誠もうなづきながらそれに従う。
「そうなんだよなあ。任務中ならどうにかなるが、任務外では護衛でもつけるしかねえかな……」 
 そう言いながら嵯峨の視線が茜の方に向く。
「叔父貴!下士官寮に空き部屋あったろ!」 
 急に頭を突き出してくる要。それに思わず嵯峨はのけぞった。
「いきなりでかい声出すなよ!ああ、あるにはあるがどうしたんだ?」 
 タバコに火をつけようとしたところに大声を出された嵯峨がおっかなびっくり声の主である要の顔を伺っている。
「アタシが護衛に付く」 
 全員の目が点になった。
「護衛?」 
 カウラとアイシャが顔を見合わせる。
「護衛……護衛?」 
 誠はまだ状況を把握できないでいた。
「隊長、それなら私も護衛につきます!」 
 言い出したのはアイシャだった。宣言した後、要をにらみつけるアイシャ。
「私も護衛に付く」 
 カウラの言葉に要とアイシャの動きが止まった。
「その手があったか」 
 嵯峨はそう言うと手を叩いた。しかしその表情はむしろしてやったりといった感じに誠には見えた。
「隊長!」 
 誠の声に泣き声が混じる。寮長の島田は大歓迎するだろう。その他の島田派の面々は有給とってでも引越しの手伝いに走り回るのはわかっている。
 問題になるのはヒンヌー教徒である。保安隊の人員でもっとも多くのものが所属しているのが技術部。その神として敬われている女帝、許明華大佐の一言で保安隊の方針が決まることすら珍しくない。ほとんど一人でピザやソーセージを食べながら法術関連の作業を続けているヨハン・シュペルター中尉は部内での人望は0に等しく、整備全般を担当する島田正人准尉が事実上の技術部の最高実力者と呼ばれている。
 一方、保安隊第二の勢力と言える管理部だが、こちらは規律第一の「虎」の二つ名を持つ猛将、アブドゥール・シャー・シン大尉が部長をしている。管理部部長と言う職務の関係上、同盟本部での予算関連の会議のため留守にすることが多いことから主計曹長菰田邦弘がまとめ役についている。
 ノリで生きている島田と思い込みで動く菰田。数で勝る島田派だが、菰田派はカウラを女神としてあがめ奉る宗教団体『ヒンヌー教』を興し、その厳格な教義の元、結束の強い信者と島田に個人的な恨みに燃える一部技術部員を巻き込み、勢力は拮抗していた。
 寮に三人が入るとなれば、必然的に寮長である島田の株が上がることになる。さらに風呂場の使用時間などの全権を握っている島田が暴走を始めればヒンヌー教徒の妨害工作が行われることは間違いない。
「どうしたの?もっとうれしい顔したらどう?」 
 アイシャがそう言って誠に絡み付こうとして要に肩を押さえつけられる。寮での島田派、菰田派の確執はここにいる士官達の知ることではない。
「じゃあとりあえずそう言うことで」 
 そう言うと嵯峨は出て行けとでも言うように電話の受話器を上げた。
「そうですわね。私も引越しの準備がありますのでこれで」 
 そう言うとさっさと茜は部屋を出た。
「置いてくぞ!誠」 
 要、カウラ、アイシャ、そしてなぜかいるレベッカ。
「たぶん島田がまだいるだろうから挨拶して行くか?」 
「そうだな。一応、奴が寮長だからな」 
「確かに、レベッカさん、M10の搬入はいつになるの?」 
「とりあえず検査が今度の月曜にあるのでそれ以降の予定です」 
 心配する誠を置いて歩き出す女性陣。頭を抱えながら誠はその後に続いた。
 管理部ではまだシンの菰田への説教が続いていた。飛び火を恐れて皆で静かに階段を降りてハンガー。話題の人、島田准尉は当番の整備員達を並ばせて説教をしているところだった。
「おう、島田。サラはどうしたんだ」 
 要の声に振り向いた島田。
「止めてくださいよ、西園寺さん。俺にも面子ってもんがあるんですから」 
 そう言って頭を掻く。整列されていた島田の部下達の顔にうっすらと笑みが浮かんでいるのが見える。島田は苦々しげに彼らに向き直った。もうすでに島田には威厳のかけらも無い。
「とりあえず報告は常に手短にな!それじゃあ解散!」 
 整備員達は敬礼しながら、一階奥にある宿直室に走っていく。
「サラ達なら帰りましたよ。もしかするとお姉さん達とあまさき屋で飲んでるかも知れませんが……」 
 そう言って足元の荷物を取ろうとした島田にアイシャが走り寄って手を握り締めた。
「島田君ね。良いニュースがあるのよ」 
 アイシャの良いニュースが島田にとって良いニュースであったことは、誠が知る限りほとんど無い。いつものように面倒を押し付けられると思った島田が苦い顔をしながらアイシャを見つめている。
「ああ、アタシ等オメエのところに世話になることになったから」 
「よろしく頼む」 
 島田はまず要の顔を見た。何度と無くだまされたことがあるのだろう。島田は表情を変えない。次に島田はカウラの顔を見た。カウラは必要なことしか言わないことは島田も知っている。そこで表情が変わり、目を輝かせて島田を見ているアイシャを見た。
「それって寮に来るってことですか?」 
「そうに決まってるじゃない!」 
 島田はもう一度要を見る。その視線がきつくなっているのを感じてすぐにカウラに目を移す。
「よろしく……頼む」 
 照れながら頭を下げるカウラ。
「ちょっと、どういうことですか……神前。説明しろ」 
「それは……」
 とても考えが及ばない事態に喜べばいいのか悲しめばいいのかわからず慌てている島田に誠はどういう言葉をかけるべきか迷う。 
「あのね島田君。私達は今度、誠君と結婚することにしたの!それで……」 
 アイシャの軽口にぽかんと口を開ける島田。
「ふざけんな!馬鹿!」 
 要のチョップがアイシャを撃つ。頭を抱えてしゃがみこむアイシャ。
「冗談に決まってるじゃないの……」 
 頭をさする。本気に近かったのだろう、アイシャの目からは涙が流れていた。
「お前ではだめだ。誠!説明しろ」 
 そう言うカウラの顔を見てアイシャは仕方なく引き下がる。 
「三人は僕の護衛のために寮に引っ越してきてくれるんですよ」 
 島田は全員の顔を見た。そして首をひねる。もう一度全員の顔を見回した後、ようやく口を開いた。
「隊長の許可は?」 
「叔父貴はOKだと」 
 また島田が全員の顔を眺める。
「まだわからねえのか?」 
「つまり、三人が寮に入るってことですよね?」 
「さっきからそう言っているだろ!」 
 さすがに同じことを繰り返している島田にカウラが切れた。そこでようやく島田も状況を理解したようだった。
「でも、まとまって空いてるのは三階の西側だけだったと思いますよ。良いんすか?」 
 携帯電話を取り出しながら島田が確認する。
「こいつの安全のためだ、仕方ねえだろ?」 
 要がそう言ってうつむく。
「何よ、照れてるの?」 
「アイシャ、グーでぶたれたいか?」 
 向き直ってアイシャにこぶしを見せる要。その有様を見つめながらメールを打ち始める島田。
「明日は掃除で、次の日に荷物搬入ってな日程で良いですよね?」 
「私は良いがアイシャが……」 
 カウラはそう言うと要にヘッドロックされているアイシャを見る。
「無理よ!荷物だって結構あるんだから」 
「あのなあ、お前のコレクション全部運べってわけじゃねえんだよ」 
 そう言って脇に挟んだアイシャの頭をねじり続ける要。
「送信っと」 
 島田は二人の様子を確認しながら携帯電話の画面を見つめている。
「あのー」 
 全員が忘れていた声の主に気づいて振り向いた。レベッカが携帯を持って立っている。
「なんだよ、オメエ」 
 アイシャがギブアップを示すために自分のわき腹を叩いているのを無視しながら要が怒鳴る。怯えながら、ようやく決心が付いたと言うようにレベッカが口を開いた。
「神前さんの機体の写真、撮って良いですか?」 
「好きなだけ撮れよ!」 
 そう言うと要はようやくアイシャを解放した。不安そうな顔から笑顔に変わったレベッカは、早速誠の機体の周りを歩きながら構図を考えているように見えた。
「じゃあ、アタシ等帰るわ」 
 要はそう言うと誠の手をつかんだ。
「カウラ、車を回せ!」 
「わかった」 
「じゃあ私はジュース買ってくるわ」 
「カウラはメロンソーダだぞ!」 
「知ってるわよ!」 
 誠はこうなったら何を言っても無駄だとあきらめることをこの一月で学んでいた。


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