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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作者:橋本 直

第17回   保安隊海へ行く 17
「あの!アイシャさ……?」 
 声をかけようとして誠は要に足元の青い物体を見つけた。誠はよくよくそれを観察してみる。髪の毛のようなもの、それは首から下を埋められたアイシャだった。さらにその口には要のハンカチがねじ込まれて言葉も出ない状態でもがいている。
「あーあ!つまんねえな」 
 そう言いながらパラソルの下に寝そべる要。自分のバッグからまたタバコと灰皿を取り出す。
「そんなこと言わないでくださいよ」 
「なんだよ、オメエも埋めるぞ」 
 要の言葉を聞いて誠が下を見る。黙って見上げてくるアイシャ。掘り出そうかと思ったがまた何をするのかわからないのでとりあえず掘り出さないで置く。要は静かにタバコに火をつけた。
「あのー……」
 誠はそう言いながらそのまま要の手を取っている自分を見た。驚いた表情を浮かべる要。そして誠自身もそのことに驚いていた。
「少し散歩でもしましょうよ」 
 自分でも十分恥ずかしい台詞だと思いながら誠は立ち上がろうとする要に声をかけていた。
「散歩?散歩ねえ……まあ、オメエが言うなら仕方ねえな。付き合ってやるよ」 
 そう言うとしばらく誠を見つめる要。彼女はタバコをもみ消して携帯灰皿を荷物の隣に置いた。そしてその時ようやく誠の言い出したことに意味がわかったとでも言うようにうなだれてしまう。
「カウラさん!レベッカさん!すいません。ちょっと歩いてきます」 
 そう言うと誠は要の手を握った。
「え?」
 要はそう言うと引っ張る誠について歩き出す。少し不思議そうな、それでいて不愉快ではないと言うことをあらわすように微妙な笑みを浮かべる要。
「良い風ですね」 
 誠は相変わらず驚いた顔をしている要に話しかけた。
「まあな」 
 上の空と言った感じで要は視線を泳がせている。砂浜が途切れて下から並みに削られたようにのっぺりとした岩が現れる。はだしの誠にはその適度に熱せられた岩の表面の温度が心地よく感じられていた。
「あそこの岩場ですか?ナンバルゲニア中尉達がいるのは」 
「そうなんじゃねえの」 
 状況がわかってくると次第に機嫌の悪いいつもの要に戻る。とりあえず誠についていてやることがサービスのすべてだとでも言うように、誠の視線に決してその視線は交わらない。誠も変に刺激しないようにと、ただ海岸線を二人して歩く。
 海を臨めば、波は穏やかでその色は土用過ぎとは思えない青さである。要は誠が海を見れば山を、山を見れば海を見つめている。次第に磯が近くなり、海の中に飛び出す岩礁の上に白い波頭が見えた。
「オメエ。つまんねえだろ。カウラ達のところか、シャムのところへでも行ってこいよ」 
 そう吐き捨てるように言うと、要は砂浜から大きく飛び出した岩に腰を下ろした。
「別につまらなくは無いですよ。僕はここにいたいからここにいます」 
 そう言い切った誠に諦めきったような大きなため息をつく要。
「ったく、勝手にしろ」 
 そう言うと要はいつもの癖で普段の制服ならそこにあるはずのタバコを探すように右胸の辺りに手を泳がせた。
「何だよ」 
 要が誠をにらんでくる。
「別に何でもないですよ」 
「嘘つけ」 
 要は一度誠の視線から逃れるように下を向くと顔を上げた。作り笑いがそこにあった。時々要が見せるいきがって見せるようなはかない笑い。
「どうせオメエも怖いからここまで付いてきただけだろ?アタシに近づく奴は大概そうだ。とりあえず敵にしたくないから一緒にいるだけ。まあそれも良いけどな。親父のことを考えて近づいてくる馬鹿野郎に比べればかなりマシさ」 
 そう言って皮肉めいた笑みを口元に浮かべた。いつもこう言う場面になると要は自分でそんな言葉を吐いて壁を作ってしまう。そこにあるのはどこと無くさびしげで人を寄せ付けない乾いた笑顔。
「そんなつもりはないですけど」 
 真剣な顔を作って誠は要を正面から見つめた。そうすると要はすぐに目を逸らしてしまう。
「自覚がないだけじゃねえの?アタシはカウラみたいに真っ直ぐじゃない。アイシャみたいに器用には生きられない。誰からも煙たがられて一人で生きるのが向いてるんだ」 
 そう言うと立ち上がって、吹っ切れたように岩場に打ち付ける穏やかな波に視線を移す要。誠は思わず彼女の両肩に手を置いた。驚いたように要が誠の顔を見つめる。
「確かに僕は西園寺さんのことわかりませんでした」 
 ほら見ろとでも言うようにほくそ笑んだ後再び目を逸らす要。
「そんな一月くらいでわかられてたまるかよ」 
 そのまま山の方でも見ようかというように安易に向けた視線だったが、誠のまじめな顔を見て要の浮ついた笑顔が消えた。
「そうですよね。わかりませんよね。でもいつかはわかろうと思っています」 
「そいつはご苦労なこった。何の得にもならねえけどな」 
 さすがに誠の真剣な態度に負けて誠を見つめている要。その表情は相変わらずふてくされたように見える。
「そうかもしれません、でもわかりたいんです」 
 そう言う誠の真剣な誠の視線。要にとってそんな目で彼女を見る人物というものは初めてだった。何か心の奥に塊が出来たような感覚が走り、自然と視線を落としていた。
「そうか……勝手にしろ」 
 搾り出すように要が言葉を吐き出す。自分の肩に置かれた誠の手を振り払うとそのまま海を眺めるように身を翻す。
「ええ、勝手にします」 
 誠はそう言うと要の座っていた岩に腰掛けた。
「ろくなことにはならねえぞ」 
「でも、僕はそうしたいんです」 
 風は穏やかに流れる。二人の目はいつの間にか同じように真っ直ぐに水平線を眺めていた。
「ラブラブ!!」 
 背後で聞きなれた甲高い声がして、二人は飛び上がって後ろを見た。手に袋を持ってシャムと小夏が突っ立っている。
「外道が神前の兄貴に色仕掛けを仕掛けていますよ!どうします、師匠」 
「アイシャちゃんとカウラちゃんに教えてあげなきゃ!」 
 二人が走り出そうとしたが、二人の頭を押さえつけた春子の手がそれを邪魔した。
「余計なことするんじゃないよ!」 
 いつもの女将さんといった風情からかつての極道の世界を生きてきた女の顔に変わっているように見える。シャムと小夏はその一にらみで静かに座り込んでいた。だがそれも一瞬のことで次の瞬間には女将の姿に戻っていた。
「私達は戻るけど、要さん達は……」 
 いつもの優しい春子の声。要はいつもの要に戻って右肩をぐるぐると回して気分を変える。
「戻るぞ、誠」 
 そう言ってずんずん一人で先に浜辺に向かう要。シャムと小夏は要にまとわりついては拳骨を食らいながら笑っている。
「邪魔しちゃったかしら」
 そう言いながら誠を見上げる春子。一時の母とは思えないプロポーションに誠は思わず頬を朱に染めている自分に気づいた。
「いえ……そんなに簡単にわかることが出来る人じゃないですから」 
 そう言うと誠も春子を置いて砂浜に向かう。
「みんな……本当に不器用で」 
 そう言いながらシャムが置いていったバケツを拾うと春子も誠の後に続いた。
 
「帰ってきたんだ。ちょうどよかったわ」 
 リアナが微笑んでいた。
「ほら、誠の分だ」 
 スイカのかけらを渡すカウラ。不恰好なスイカのかけらを受け取って誠は苦笑いを浮かべた。
「アタシのは!」 
「中尉のはこっちにありますよ」 
 島田が割れたスイカを解体している。シャムはすぐに大きな塊に手を伸ばす。その手を叩き落として自分のスイカを確保する菰田。
「アタシはアイシャの割れた脳みそが……」
 先ほどまで埋められていたと言うのにやたらと元気にスイカを食べているアイシャ。それを見上げての要の一言。 
「要。私を食べようって言うの?やっぱり百合の気が……」
 そう言って顔を近づけてくるアイシャの額を指ではじく要。 
「うるせえ」 
 そう言うと要はアイシャからスイカのかけらを奪い取って口に放り込む。それでも懲りないと言うようにアイシャは顔を要に近づける。
「うぜえ!離れろ!馬鹿野郎!」 
 アイシャの額を叩く要だが、本気ではないのでアイシャは懲りずに続ける。
「ちゃんとビニールシートの砂は落とせよ!西!ちゃんと引っ張れ!」 
 後片付けの指示を飛ばすキム。
「なんかホッとしませんか?」 
 スイカの種をとりながら誠が声をかける。食べ終えたスイカの皮をアイシャの顔面に押し付けて黙らせて、ようやく一心地ついた要に誠が声をかける。
「そうか?……そうかもしれないな」 
 再びアイシャがキープしていた不恰好に割れたスイカにかぶりつきながら、要はそうつぶやいた。誠は要を見る。見返す要の頬に笑みが浮かんでいた。
「何かあったのか?」 
 不思議そうに見つめるカウラ。
「何でもねえ!何でもねえよ!」 
 そう言うと要は再び大きくスイカの塊に食いついた。
「さてと、連絡、着てるかな」 
 要にスイカの皮を押し付けられてべとべとになった顔をタオルで拭ったアイシャはわざとらしくそう言うと、自分のバッグから端末を取り出す。
「何するの?アイシャちゃん」 
 そう言ってシャムがアイシャの横に座る。自然とサラ、パーラ、島田、キム、エダ、リアナ達が群がっていた。
「ある筋の情報によると、今日は明華お姐さんとタコ中は同時に有給を取っているらしいのよ」 
 もったいぶったように端末の操作キーを一つ一つ押しているアイシャ。
「ある筋も何も吉田だろ?それで情報をハッキングして行き先を調べたのか。趣味が悪りいな」 
 そう言いながらも要はきっちりアイシャの隣の一番端末の画面が見やすい場所に座っていた。
「いいんですかねえ」
 そう言いながらもつい聞き入ってしまう誠だった。
「さてと訪問先は……げ、崎浜だって!タコ中、やるわね」 
 アイシャがその場にいないことを良いことに保安隊副隊長、明石清海(あかし きよみ)中佐のことをそう呼んでいた。それがおしゃれな街として知られる崎浜市にいる。あのどんなに暑い日でもど派手な背広を着こんで肩で風を切って歩くサングラスにはげ頭の大男を思い出してあんぐりと口を開けた誠。
「あの面でか?それこそヤクザと間違えられて職務質問でもされるんじゃねえのか?」 
 これも実に失礼なことを言っている要だが、誠もその二メートルを超える頑丈な巨体の持ち主を思い出した。実家が胡州きっての名刹と言うこともあり頭をツルツルに剃り上げている。紫と赤と言ったような派手なワイシャツとネクタイをして出勤している彼が明らかに緊張した表情で明華を連れて歩いている姿を想像すると自然と笑いがこみ上げてきた。
「きっと今頃は洒落たランチも終わって港が見える喫茶店とかにいるんじゃないの?」 
 すっかり観衆と化したリアナが画面を見ながらそう言った。
「お姉さんちょっと待ってくださいよ」 
 そう言うとアイシャは端末を操作して二人の現在の位置を確認する。
「出ましたよ、やっぱりだ。東海亭だって!」 
「似合わねえー!絶対それは無しだろ!」 
 要が叫ぶまでも無く、オタク知識は満載でも世事に疎い誠ですら知っている喫茶店の名前が出てきてそれを想像してしまった。
「ガンバだよ!タコ中!」 
 聞こえるはずも無いのに端末に向かって応援するシャム。
「明石の旦那。それ定番過ぎますよ」 
 少しあきれ気味に画面を見つめる小夏。
「おい、ちょっと」 
 そんな一同の盛り上がりについていけないとでも言うように、要が席を抜けて誠の肩を叩いた。立ち上がった誠を見ると、要はバッグからビーチサンダルを取り出し、シャツを着た。
「趣味の悪い連中とはおさらばしようぜ」 
 要の言葉に頷くと誠は何もわからないまま言われるままに立ち上がって彼女の手からビーチサンダルを受け取った。今度は先ほど向かった岩場とは反対側に歩く。観光客は東都に帰る時間なのだろう、一部がすでに片付けの準備をしていた。
「あいつ等、野暮なことするなって叔父貴に言われてるってのに」 
 要の口元に笑みが浮かぶ。誠もそのサングラスの下にある目を想像して微笑んだ。要はそのまま浜辺から離れた道へ向かう。
「もう風が変わってきましたね」 
 松の並木が現れ、その間を海に飽きたというようなカップルと何度もすれ違った。
「そうだな」 
 会話をするのが少しもったいないように感じた。なぜか先ほどの時と違って黙って並んで歩いているだけで心地よい。そんな感じを味わうように誠は要と海辺の公園と言った風情の道を歩いた。
 しかし遊歩道に入ったところで要は不意に立ち止まると小声でささやいた。
「誠、気づいてるか?」 
 不安に襲われる誠。要の目が鋭く光っていた。タレ目で迫力はあまり無いが、彼女の性格を知っている誠を驚かすには十分だった。
「気づくって……つけられているんですか?」 
 先月の近藤事件の発端も、自分が誘拐されたところから始まっただけあって、誠は辺りの気配を探った。見る限りにはそれらしい人影は無い。しかし、以前、菱川重工の生協で感じた時と同じような緊張感が流れていた。
「素人じゃねえ、かなりのスキルだ。こっちが気づいたら不意に気配が消えやがった。どうする?」 
 要がサングラス越しに誠を見つめる。その口元が笑っているのは、いつものことだと諦めた。
「でも丸腰じゃないですか?」 
「そうでもないぜ」 
 要が先ほど羽織ったシャツの背中を見せる。要の愛銃、スプリングフィールドXD40のシルエットが見えた。
「しかし、こんなところでやるわけには行かないんじゃ……」
 周りには少ないながらも観光客の姿が見える。要も同感のようで静かに頷いた。 
「偶然かもしれないからな。もう少し引っ張ろう。あそこに見える岬まで行けば邪魔は入らないだろうからな」 
 そう言うと要は誠の手を取って早足で歩き始めた。午後を過ぎて風が出始めた海べりの道を進む。さすがにこれほど人通りが少ないとなると、赤いアロハシャツを着た男が後を付いてくるのが嫌でもわかった。
 こちらにばれることはすでに想定済みといった風についてくる男。要はすでに銃を抜いている。とりあえず人のいない所で決着をつけることは後ろの男も同意見のようで、一定の距離を保ったまま付いてくる。
 岬に着いたところで、要は男に向き直った。
「見ねえ面だな。おや?ただのチンピラにしちゃあ動きが良いし、兵隊にしちゃあ間が抜けてるな」 
 銃口を男に向ける要。今の要ならすぐにでも発砲するかもしれないと思っていた誠だが、要の引き金にかけられた指に力が入ることは無かった。
「これは辛らつな意見ですね。確かに軍事教練など受けたことが無いもので」 
 角刈り、やつれているように見える細面。アロハシャツから出ている両腕は、どう見ても軍人のものには見えなかった。鍛えた後も無くただぶら下がっている赤く日焼けした両腕。
「金目当てだったらアタシが銃を持っていることをわかった時点で逃げてるはずだ。非公然組織なら仲間を呼ぶとかしているしな。何者だ?テメエは」 
 まるで幽霊みたいだ。誠は男の顔に浮かんだ版で押したように無個性な笑みを見つけて背筋が寒くなるのを感じた。
「元胡州帝国陸軍、非正規戦闘集団所属、西園寺要大尉。そして東和宇宙軍から保安隊に出向中である神前誠曹長」 
 男はそう言いながらゆらりと体を起こした。その動きに反応して要は銃口を向ける。
「知らないんですか?西園寺大尉とあろうお方が。高レベル法術適格者にはそんなものは役に立ちませんよ」 
 男はゆらゆらと風に揺れながら右足を踏み出した。
「試してみるのも悪くないんじゃねえか?とりあえずテメエの腹辺りで」 
 そう言い終ると、要は二発、男の腹めがけて発砲した。銀色の壁が男の前に広がり、弾丸はその中に吸収された。
「さすが胡州の山犬ですね、正確な射撃だ。でも現状では理性的に私の正体でも聞き出そうとするのが優先事項じゃないですか?まあ私も話すつもりはありませんが」 
 また一歩男は左足を踏み出す。銃が効かないとわかりいつでも動けるように両足に力をこめる要。だがそれをあざ笑うかのように男は言葉を続ける。
「神前君。君の力を我々は高く買っているんだよ。地球人にこの星が蹂躙されて二百年。我々は待った、そして時が来た。君のような逸材が地球人の側にいると言うことは……」 
「うるせえ!化け物!」 
 要は今度は頭と右足、そして左肩に向けてそれぞれ弾丸を撃ち込んだ。再び銀色の壁に吸い込まれる弾丸。
「力のあるものが、力の無いものを支配する。それは宇宙の摂理だ。そうは思わないかね、神前曹長」 
 再び男の右足が踏み出される。誠は金縛りにでもあったように、脂汗を流しながら男を見つめていた。
 誠は精神を集中した。
「どうする気だ!誠!」 
 要の叫ぶ先に銀色の空間が現れる。
「そのくらいのことは出来て当然と言うことですか。確かに私の力ではそれを突破することは難しいでしょう。ただ……」 
 男はそう言うと自らが生成した銀色の空間に飛び込んだ。銀色の空間もまた消える。
「どこ行った!」 
 銃を手に全方位を警戒する要。
「ここですよ」 
「何!」 
 要の足元の岩が銀色に光りだす。思わず飛びのいて銃を向ける要。誠は一度、銀色の干渉空間を解いた。相手はどこからでも空間を拡げる事が出来る。ヨハンに聞いた限りでは、その空間に他者が侵入すれば要が撃った弾丸同様蒸発することになると言う。
 完全に手詰まりだった。
「逃げましょう!西園寺さん」 
 銃を手に周りを軽快する要。戦場と似た緊張した空気がそうさせるのか要の顔には引きつったような笑顔があった。
「馬鹿言うな!逃げれる相手なら最初から逃げてる!銃声で誰かが来れば……」 
 要は自分の後ろに銀色の空間が生成されようとしたことに気づいて発砲する、スライドがロックされ弾切れを示す。
「弾が無いのですか」 
 また再び地上に銀色の空間が現れ、その中から赤いアロハシャツの男が現れる。
「これでわかったでしょう」 
 男の顔に勝利を確信した笑みが浮かんだ。
「この糞野郎!きっちり勝負しろ!」 
「胡州四大公爵家のお姫様がそんな口をきいてはいけませんねえ」 
 男は今度は確実に一歩一歩、二人に近づいてきた。
「あなたは何者ですか」 
 ようやく誠が搾り出せた言葉は、自分でも遅きに失している言葉だった。
「なるほど、こういう時は自分から名乗るのが筋ですね。もっとも私個人の名前などあなた達の関心ではないでしょうが。私は遼州人の権利と自由を守るために活動している団体の構成員の一人です。屈辱の二百年の歴史にピリオドを打つべく立ち上がりました」 
「アタシ等も遼州人なんだけどねえ」 
 もはや言葉で時間を稼ぐしかない、そう判断した要が皮肉めいた笑みを浮かべながらアロハシャツの男に声をかけた。
「確かにあなたの母上、西園寺康子様は本来、遼南南朝王弟家の出。要様、あなたにも我々と志を同じくする資格があると言うことですが……いかがいたしましょうか?」 
 男はまた一歩踏み込んできた。
「くだらねえなあ!アタシは貴族とかつまんねえ肩書きが嫌で陸軍に入ったんだ」 
「ほう、それもまたよし。私達は王党派とも組しません。ただ遼州人全体の幸福を……」 
「それで何が起きるんですか?」 
 誠は男の言葉をさえぎった。ゆっくりとうろたえることも無く、誠は男に近づいていった。
「今の遼州には多くの人が生きています。地球人、遼州人、そして先の大戦で作られた人工人間。でもあなたは遼州人のための世界を作ると言いましたね」 
 思いもかけずに誠が自分に近づいてくる。驚いたような表情を浮かべていた男もそれが誠の本心だとわかってゆっくりとわかりやすいようにと心がけるように話を続けた。
「仕方ないでしょう。我々は力を持っている。そして他の人々は持っていない。力のあるものが生き延びるのは宇宙の摂理で……」 
 再び遼州人の力を誇示するような言葉を口にした男に顔を上げて強くにらみつけた。男は誠の表情の変化に少しばかり動揺したように見えたがすぐさまポーカーフェイスに戻る。
「つまり交渉決裂と言うわけですか」 
『そうみたいですわね』 
 三人の頭の中に言葉が響く。男は周りを見回している。
「この声……茜(あかね)?」 
 要がつぶやくその視線の前に金色の干渉空間が拡がる。
 そこから現れたのは黒い髪。それは肩にかからない程度に切りそろえられなびいている。まとっているのは軍服か警察の制服か、凛々しい顔立ちの女性が金色の干渉空間から現れようとしていた。
 アロハの男は突然表情を変えて走り始めた。逃げている、誠達が男の状況を把握したとき、要に茜と呼ばれた女性はそのまま腰に下げていた軍刀を抜いた。そのまま彼女は大地をすべるように滑空して男に迫る。
 男が銀色の干渉空間を形成し、茜の剣を凌いだ。
「違法法術使用の現行犯で逮捕させていただきますわ!」 
 そう叫んだ茜が再び剣を振り上げたとき、男の後ろに干渉空間が展開され、その中に引き込まれるようにして男は消えた。
「逃げましたわね」
 その場に立ち止まった茜は剣を収める。誠は突然の出来事と極度の緊張でその場にへたり込んだ。
「茜さん?もしかして、師範代の娘さんの……」 
 近づいてくる東都警察の制服を着た女性を見上げる誠。
「お久しぶりですわね、誠君。それと要お姉さま」 
「気持ちわりいから要と呼べ!」 
 頭をかきながら要がそう言った。
「それよりその制服は?」 
 誠の言葉に茜は自分の着ている制服を見回す。
「ああ、これですね。要さん、私一応、司法局法術特捜の筆頭捜査官を拝命させていただきましたの」 
 誠と要はその言葉に思わず顔を見合わせた。
「マジで?」 
 明らかにあきれているように要がつぶやく。
「嘘をついても得になりませんわ。まあお父様が推薦したとか聞きましたけど」 
 淡々と答える茜に、要は天を見上げた。
「最悪だぜ……」
 要の叫びがむなしく傾いた日差しが照らす岬の公園に響いた。


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