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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作者:橋本 直

第16回   保安隊海へ行く 16
「そう言えば西園寺さん。こんなことしてていいんですかね」 
 照れるのをごまかすために引き出した誠の話題がそれだった。
「なんだよ。蒸し返すんじゃねえよ」 
 めんどくさそうに要が起き上がる。額に乗せていたサングラスをかけ、眉間にしわを寄せて誠を見つめる。
「さっきの東方開発公社の件か?あれは公安と所轄の連中の仕事だ。それで飯を食ってる奴がいるんだから、アタシ等が手を出すのはお門違いだよ」 
 そう言うと再びタバコに火をつけた。
「でもまあ東方か、ずいぶんと世話になったんだがな」 
 タバコの煙を吐き出すと、サングラス越しに沖を行く貨物船を見ながら要がつぶやいた。
「やはり胡州陸軍と繋がってるんでしょうか?」 
 要は胡州帝国陸軍非正規作戦部隊の出身であることは保安隊では知られた話だ。
 五年ほど前、東都港を窓口とする非合法物資のもたらす利権をめぐり、マフィアから大国の特殊部隊までもが絡んで、約二年にわたって繰り広げられた抗争劇。その渦中に要の姿があったことは公然の事実だった。そんなことを思い出している誠を知ってか知らずか、遠くを行く貨物船を見ながら悠然とタバコをくゆらす要。
「アタシ等の作戦に関する、物資や拠点の提供、ターゲットの情報、現在の司直の捜査状況の把握。いろいろとまあ世話になったよ。昔からあそこはそう言うことも業務の一つでやってたみたいだからな」
 まるで当たり前のように口にする要の言葉の危険性に誠は冷や汗をかくが、そのまま話を続けた。 
「そんな危ない会社ならなんですぐに捜索をしなかったんですか?この一ヶ月、僕等がもたもたしていたせいで一番利益を得た人間達が東方開発公社を使って資金洗浄をして免罪符を手に入れたのかもしれないんですよ」 
 誠は正直悔しくなっていた。一応、自分も保安隊隊員である。司法実力行使部隊として、自分が出動し、一つの捜査の方向性をつけたと言える近藤事件が骨抜きにされた状態で解決されようとするのが悔しかった。
「お前、なんか勘違いしてるだろ」 
 サングラスを外した要が真剣な目で誠を見つめてくる。
「アタシ等の仕事は真実を見つけるってことじゃねえんだ。そんなことは裁判官にでも任して置け。アタシ等がしなければならないことは、利権に目が血走ったり、自分の正義で頭がいかれちまったり、名誉に目がくらんだりした戦争ジャンキーの剣を元の鞘に戻してやることだ。そいつが抜かれれば何万、いや何億の血が流れるかもしれない。それを防ぐ。かっこいい仕事じゃねえの」 
 冗談のようにそう言うと一人で笑う要。
「でも、今回の件でもうまいこと甘い汁だけ吸って逃げ延びた連中だって……」 
「いいこと教えてやるよ。遼南王朝がラスバ大后の時代、あれほど急激に勢力を拡大できた背景にはある組織の存在があった。血のネットワークを広げるその組織は、あらゆる場所に潜伏し、ひたすら時を待ち、遼南の利権に絡んだときのみ、その利益のために動き出す闇の組織だった」 
 突然要が話す言葉の意味がわからず呆然とした誠。要は無理もないというように誠の顔を見て笑顔を浮かべる。
「そんな組織があるんですか?」 
「アタシも詳しいことは知らねえ。だが、あのおっさんが持ってる尋常じゃないネットワークは、まるでそんな都市伝説が本当のことに感じるくらいなものだ。どれほどのものかは知らないが、少なくとも今回の東方開発公社の一件で免罪符を手にしたつもりの連中の寝首をかくぐらいのことは楽にしでかすのが叔父貴だ」 
 そう言うと要は再び沖を行く船を見た。船の後ろには釣竿が並べられている。それを見て誠は去年この海で人間トローリングされたと言う吉田の話を思い出した。
「やっぱりアタシのクルーザー回せばよかったかなあ」 
「西園寺さん、船も持ってるんですか?」 
 そんな誠の言葉に、珍しく裏も無くうれしそうな顔で要が向き直る。
「まあな、それほどたいしたことはねえけどさ」 
 沖を行く釣り船を見ながら自信たっぷりに要が言った。
「要ちゃん!神前君!」 
 リアナののんびりした声に振り返る誠。突然の彼女の高い声に少しばかり驚いていた。
「どうしたんですお姉さん。それに……」
 隣にはアイシャの姿がある。 
「なに?アタシがいるとおかしいの?」 
「そうだな、テメエがいるとろくなことにならねえ」
 要がそう言うと急にアイシャがしなを作る。 
「怖いわ!誠ちゃん。このゴリラ女が!」 
 そのまま誠に抱きついてくるアイシャ。
「アイシャ、やっぱお前死ねよ」 
 逃げる誠に抱きつこうとするアイシャを要が片腕で払いのける。 
「貴様等、本当に楽しそうだな」 
 付いてきたカウラ。その表情は要の態度に呆れたような感じに見える。
「そうねえ。仲良しさんなのね」
 満足げに笑うのはリアナだが、アイシャは思い切り首を横に振った。 
「カウラいたのか、それとお姉さん変に勘ぐらないでくださいよ」 
 要はいつの間にかやってきていたカウラとリアナになき付く。要は砂球を作るとアイシャに投げつけた。
「誠君、見て。要ったらアタシの顔を砂に投げつけたりするのよ」 
「なんだ?今度はシャムとは反対に頭だけ砂に埋もれてみるか?」 
「仲良くしましょうよ、ね?お願いしますから」 
 割って入った誠。さすがにこれ以上暴れられたらたまらない。そして周りを見ると他に誰も知った顔はいなかった。
「健一さんや島田先輩達はどうしたんですか?」
 三人しかいない状況を不思議に思って誠はリアナに尋ねる。 
「健ちゃんと島田君達はお片づけしてくれるって。それとシャムちゃんと春子さん、それに小夏ちゃんは岩場のほうで遊んでくるって言ってたわ」 
「小夏め、やっぱりあいつは餓鬼だなあ」 
 鼻で笑う要。
「要ちゃん。中学生と張り合ってるってあなたも餓鬼なんじゃないの?」 
 砂で団子を作ろうとしながらアイシャが呟いた。
「んだと!」 
 要はアイシャを見上げて伸び上がる。いつでもこぶしを打ち込めるように力をこめた肩の動きが誠の目に入る。
「落ち着いてくださいよ、二人とも!」 
 誠の言葉でようやく落ち着く要とアイシャ。
「要ちゃんは泳げないのは知ってるけど、神前君はどうなの?泳ぎは」 
 リアナが肩にかけていたタオルをパラソルの下の荷物の上に置きながら言った。誠の額に油の汗が浮かぶ。
「まあ……どうなんでしょうねえ……」 
 誠の顔が引きつる。アイシャ、カウラがその煮え切らない語尾に惹かれるようにして誠を見つめる。
「泳げないのね」 
「情けない」 
 アイシャとカウラの言葉。二人がつぶやく言葉に、頭をたれる誠。
「気が合うじゃないか、誠。ピーマンが嫌いで泳げない。やっぱり時代はかなづちだな」 
「自慢になることか?任務では海上からの侵攻という作戦が展開……」
 説教を始めようとするカウラをなんとか押しとどめるリアナ。 
「カウラちゃんそのくらいにして、じゃあみんなで教えてあげましょうよ」 
 リアナはいいことを思いついたとでも言うように手を叩いた。 
「お姉さん。アタシはそもそも水に浮かないんだけど……」 
「じゃあアイシャちゃんが要ちゃんに教えてあげて、カウラちゃんと私で神前君を……」 
「人の話聞いてくださいよ!」 
 涙目で要がリアナに話しかけるが、自分の世界に入り込んだリアナの聞くところでは無かった。
「あのー私はどうすれば?」 
 急に声がしたので驚いて振り向く要と誠。その視線の先には申し訳なさそうに立っているレベッカがいた。
「そうだ!レベッカさん、アメリカ海軍出身ってことは泳げるわよね?じゃあカウラちゃんとレベッカさんで誠ちゃんに教えてあげて、私とアイシャちゃんで要ちゃんに教えましょう」 
「あのー、お姉さん。アタシは教えるとかそう言う問題じゃ無くって……」
 まったく人の話を聞かないリアナに業を煮やして叫ぶ要だが、声の大きさとリアナが人の話を聞くかは別の問題だった。 
「要ちゃん、いい物があるのよ」 
 そう言うとアイシャはシャムが残していった浮き輪を要にかぶせる。要の額から湯気でも出そうな雰囲気。誠はすぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。
「おい、アイシャ。やっぱ埋める!」 
 逃げ出すアイシャに立ち上がろうとした要だが、砂に足を取られてそのまま顔面から砂浜に突っ込む。
「あら?砂にも潜っちゃうのかしら?」 
「このアマ!」 
 アイシャを追って走り出す要。
「あいつは放っておこう。行くぞ誠」 
 そういつもの通り淡々と言うと、カウラはレベッカと誠を連れて海に向かった。
「神前曹長は泳げないんですか?」 
 まるで不思議な生き物でも見るようなレベッカの瞳に見られて、誠は思わず目を逸らしてしまった。
「泳げないと言うわけじゃなくて……息つぎが出来ないだけ……」 
「それを泳げないと言うんだ」 
 波打ち際で中腰になって波を体に浴びせながらカウラが言う。
「とりあえず浅瀬でバタ足から行くぞ」 
 レベッカに手を取られて誠はそのままカウラの導くまま海の中に入る。
「大丈夫ですか?急に深くなったりしてないですよね」 
 誠は水の中で次第に恐怖が広がっていくのを感じていた。
「安心しろ、これだけ人がいればおぼれていても誰かが見つけてくれる」 
 誠の前を浮き輪をつけた小学生の女の子が父親に引かれて泳いでいる。とりあえず腰より少し深いくらいのところまで来ると、カウラは向き直った。その視線がレベッカに引っ張られている誠の左手に向いたとき、少しきつくなったのを感じて思わず手を離す誠。
「それでは一度泳いでみろ」 
「手を引いてくれるとか……」 
「甘えるな!」 
 レベッカの胸と誠の顔を往復するカウラの視線。それを感じて仕方なく誠は水の中に頭から入った。
 とりあえず海水に頭から入り、足をばたばたさせる誠。次第にその体は浮力に打ち勝って体が沈み始める。息が苦しくなった誠はとりあえず立ち上がった。起き上がった誠の前にあきれているカウラの顔があった。それは完全に呆れると言うところを通り過ぎて表情が死んでいた。
「そんな顔されても仕方が無いじゃないですか。人には向き不向きがあるわけで……」 
「神前……君。もう少し体の力を抜いてとにかく浮くことからはじめましょう」 
 突然、心を決めたとでも言うように強い口調で話し始めたレベッカを見て驚く二人。
「そうだな、誠。とりあえず浮くだけでいい。やってみろ」 
 カウラはレベッカのあとをついで誠に指示する。
「浮くだけですか、バタ足とかは……」 
「しなくて良い、浮くだけだ」 
 カウラのその言葉でとりあえず誠はまた海に入った。
 動くなと言われても水に入ること自体を不自然に感じている誠の体に力が入る。力を抜けば浮くとは何度も言われてきたことだが、そう簡単に出来るものでもなく、次第に体が沈み始めたところで息が切れてまた立ち上がった。
「少し良くなりましたよ。それじゃあ私が手を引きますから今度は進んでみましょう」 
 レベッカが手を差し伸べてくる。これまでのシャイなレベッカを見慣れていたカウラはただ呆然と見つめていた。
「じゃあお願いします」 
 誠はただ流されるままにレベッカの手を握りまた水に入る。手で支えてもらっていると言うこともあり、力はそれほど入っていなかったようで、先ほどのように沈むことも無くそのまま息が続かなくなるまで水上を移動し続ける誠。
「良いじゃないですか、神前君。その息が切れたところで頭を水の上に出すんですよ」 
「そうですか、本当に力が入るかどうかで浮くかどうかも決まるんですね」 
 これまで怯えたような、恥ずかしがるような顔しか見せなかったレベッカが笑っている。誠はつられて微笑んでいた。
「よう!楽しそうじゃねえか!」 
 背中の方でする声に思わず顔が凍りつく誠。
「西園寺さん……」 
 振り返ると浮き輪を持った要がこめかみを引きつらせて立っている。
「西園寺さん、神前君少しは浮くようになったんですよ」 
 レベッカのその言葉にさらに要の表情は曇る。
「ああ、オメエ等好きにしてな。アタシはどうせ泳げはしないんだから」 
 そう言うと要は浮き輪を誠に投げつけて浜辺へと向かった。


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