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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 2 作者:橋本 直

第15回   保安隊海へ行く 15
「平和だねえ」 
 先ほどまでの同じ司法局の公安部隊の動きを察知して会議のようなものをしていたリアナ達はもうすでに食事の準備の仕上げのために立ち去っていた。要は半身を起こしタバコをくわえながら、海水浴客の群がる海辺を眺めていた。その向こう側では島田達がようやく疲れたのか波打ち際に座って談笑している。
「こう言うのんびりした時間もたまにはいいですね」 
 誠もその様子を見ながら砂浜に腰掛けて呆然と海を眺めていた。
「アタシはさあ。どうもこういう状況にはいい思い出は無いんだ」 
 ささやくように海風に髪をなびかせながら要はそう言った。
「嫌いなんですか?」
 覗き込むようにサングラスをかけた要を見つめる誠。だがそこには穏やかな笑顔が浮かんでいるだけだった。 
「嫌いなわけ無いだろ?だけど、アタシの家ってのは……昨日の夕食でも見てわかるだろ?他人と会うときは格式ばって仮面をかぶらなきゃ気がすまねえ。今日だってホテルの支配人の奴、アタシのためだけにプライベートビーチを全部貸しきるとかぬかしやがる」 
 口元をゆがめて携帯灰皿に吸殻を押し付ける要。
「そんな暮らしにあこがれる人がいるのも事実ですし」 
「まあな。だけど、それが当たり前じゃないことはアタシの体が良く分かってるんだ」 
 そう言うと要は左腕を眺めた。人工皮膚の継ぎ目がはっきりと誠にも見える。テロで体の九割以上を生態部品に交換することを迫られた三歳の少女。その複雑な胸中を思うと誠の胸は締め付けられる。
 彼女の過去の写真を思い出した。小学校三年生に相当する胡州帝都女子修学院三年の修学旅行の集合写真という話だった。歳相応の子供達の後ろに今の要と寸分たがわぬ女性が立っている写真だった。彼女には子供時代が存在しない。時々誠にそう愚痴るのが理解できる写真だった。それを思い出して誠は覚悟を決めたように要を見つめた。
「それは、要さんのせいじゃないんでしょ」 
 そう声をかける誠。要は誠の方を一瞥したあと、天を仰いだ。
「オメエ、アホだけどいい奴だな」 
 まるで感情がこもっていない。こういう時の要の典型的な抑揚の無い言葉。誠はいつものようにわざとむきになったように語気を荒げる。
「アホはいりません」 
 誠のその言葉を聴くと、要は微笑みながら誠の方を見てサングラスを下ろした。
「よく見ると、うぶな割には男前だな、オメエ」 
「は?」 
 その反応はいつもとはまるで違った。誠は正直状況がつかめずにいた。前回の出動のときの言葉は要するに釣り橋効果だ、そんなことは分かっていた。要の励ましが力になったのは事実だし、それが励ましに過ぎないことも分かっていた。
 しかし、今こうして要に見つめられるのは、どこと無く恥ずかしい。女性にこんな目で見られるのは高校三年の卒業式で、二年生のマネージャーに学ランの第二ボタンを渡したとき以来だ。ちなみにその少女からその後、連絡が来たことは無かったが。
「まあいいか、こうして平和な空を見上げてるとなんかどうでもよくなって来るねえ」 
 その言葉に、誠はそんな昔のマネージャーを思い出して苦笑した。
「おい!神前!」 
 さすがに同じメンバーでの遊びにも飽きたのか波打ち際から引き上げてきた島田が、置いてあったバッグからスポーツ飲料のボトルを取り出した。
「ああ、すいませんね気が利かなくて」 
 起き上がろうとした誠ににやけた笑みを浮かべながらそのまま座っていろと手で合図する島田。
「こちらこそ、二人の大切な時間を邪魔するようで悪いねえ」 
 誠と要を見比べる島田。要は相手にするのもわずらわしいと言うようにサングラスをかけなおして空を見上げている。 
「ずるいんだ!アイシャちゃん達が働いてるときに二人でべったりなんて!」 
 そう言ってサラが誠をにらみつける。 
「じゃあお前等、荷物番変わってもらおうか?」 
 そう言うと要は立ち上がった。
「じゃあ神前。お姉さん達の邪魔でもしにいくか」 
 要はそのまま当然と言うように誠を立たせるとバーベキュー場の方に歩き出す。
「ああ、サラ。そこのアホと一緒にちゃんと荷物を見張ってろよ。問題があったら後でぼこぼこにするからな」
 ちゃんと捨て台詞を忘れない要。誠も要に付いて歩く。
『正人が余計なこと言うから!』 
『島田君のせいじゃないわよ。余分なこと言ったのはサラじゃないの!』 
 サラとパーラの声が背中で響く。
「良いんですか?西園寺さん」 
「良いんじゃねえの?島田の奴は楽しそうだし」 
 そう言うと要はサングラスを額に載せて歩き出した。
「要ちゃん達!到着!」 
 スクール水着姿のシャムが叫ぶ。誠は何度見ても彼女が小学生低学年ではないことが不思議に思えて仕方なかった。
「肉あるか?肉!」 
 いつも通りの姿に戻った要は、すばやくテーブルから箸をつかんで、すぐにアイシャが焼いている牛肉に向かって突進する。 
「みっともないわよ、要。誠ちゃん!お姉さんのところの焼きそば出来てるから……食べたら?」 
 アイシャにそう言われてテーブルの上の紙皿を取ると奥の鉄板の上で焦げないように脇にそばを移しているリアナの隣に立った。
「じゃんじゃん食べてね。まだ材料は一杯あるから」 
 いつものほんわかした笑みを浮かべながら誠の皿に焼きそばを盛り分ける。
「お姉さん、ピーマンは避けてやってください」 
 串焼きの肉にタレを塗りながら遠火であぶっているカウラがそう言った。
「神前君もピーマン苦手なの?」 
「ピーマン好きな奴にろくな奴はいねえからな!」 
 要の冗談がカウラを刺激する。
「西園寺。それは私へのあてつけか?」 
 カウラのその言葉に、要がいつもの挑発的な視線を飛ばす。
「誠ちゃん!お肉持ってきたわよ。食べる?」 
「はあ、どうも」 
 山盛りの肉を持ってきたアイシャ。誠はさっと目配りをする。その様子を要が当然のようににらみつけている。カウラは寒々とした視線を投げてくる。 
「そう言えば島田君達はどうしたの?」 
 そんな状況を変えてくれたリアナの一言に心の奥で感謝する誠。
「ああ、あいつ等なら荷物番してるぜ」 
 アイシャから皿を奪い取った要が肉を食べながらそう言った。
「もう食べごろなのに。誰か代わってあげられないの?もう用意できてるんだから」 
 春子がそう言うと、きれいにトレーの上に食材を並べた物を人数分作っていた。
「じゃあシャムが代わりに番してるよ!」 
「師匠!私も!」 
 シャムと小夏が元気に駆けていく。
「気楽だねえ、あいつは」 
 要はビールの缶を開けた。
「それがシャムちゃんの凄いところよ、ああこれおいしいわ」 
 つまみ食いをしながらリアナがそう言った。
「カウラ、その肉の塊よこせ!」 
 突然の要の言葉にめんどくさそうに振り向くカウラ。
「つまらないことを考えたんだろ?」 
 要の口元の下品な笑みを見てタレをつけながら焼いている肉の塊を遠ざけるカウラ。
「呼ばれました!」 
「アイシャ!ごめんねー。ちょっといろいろあって」 
 島田とサラが一番に飛び込んでくる。
「島田さん達、こっちにとってあるわよ」
 春子が鉄板の端にある肉と野菜の山を島田達に勧める。 
「女将さんすいません。ジュン君とエダ、これだって」 
 パーラがキムとエダにトレーを渡す。
「また焼きそば、入るわよ」 
「とうもろこし、焼けたよ」 
 対抗するようにリアナが焼きそばの具を炒め始め、健一はタレのたっぷり付いたとうもろこしを差し出す。
「アタシがもらう」 
 要は悠然と皿を抱えたままもう一方の手でとうもろこしを一本確保する。
「カウラ、代わろうか?」 
 とりあえずこの中では一番空気の読める隊員、パーラが肉の塊にかかりっきりのカウラに声をかけた。
「すまない。頼む」 
 そう言うとカウラはいつの間にか隣に立っていた菰田からビールを受け取った。
「菰田君、ちょっと健一君と代わってあげてよ」 
 カウラを見守るだけで何もしない菰田にリアナが声をかける。
「すいません!気がつかなくて」 
 菰田がとうもろこし担当になると、男性隊員がその周りを囲み、次々と焼けたとうもろこしをさらっていった。
「おい!キム!またタバスコか?」 
 肉に色が変わるほどタバスコをかけているキムを見て島田が突っ込む。
「良いだろ?俺が食うんだから」 
 そう言うと肉を口に放り込むキム。
「いい風ですね」 
 そんな隊員たちを見ながら誠はゆっくりと要の隣で焼きそばを食べていた。
「まあ年に一度のお祭りだな」 
「海に来るのは年に一度だが、お祭りは年中やってる気がするが」 
 リアナから渡された焼きそばの皿を手に、カウラが誠の隣に座った。
「まあな。どうせあれだろ?帰ったらあいつ等の歓迎会とかやるんだろうし」 
 網やまな板を洗っているレベッカを指差して要はそう言う。
「だろうな、シンプソン中尉!片付けは菰田達にやらせるから食べてくれ!」 
 明らかに作業に邪魔な胸を揺らしているレベッカを見ることに飽きたカウラはそう叫んだ。
「西園寺、せっかく仲間になるんだ。もう少し大人の対応は出来ないのか?」 
 レベッカの前をうろちょろしている要はカウラのその言葉を聴きながして、とうもろこしをかじっていた。
「そうだよねえ。要ったらずっとレベッカちゃんにつんつんして、あんなに怯えてるじゃない」 
 近くに立っていた誠の陰に隠れて様子を伺っているレベッカ。今にも泣き出しそうな表情でちらちらと要を覗き見ている。
「なんだよ、ありゃ。この商売舐められたら終わりだぜ。よくあんなのが勤まるもんだな」 
 レベッカの怯えた様子に逆に満足げにとうもろこしを食べ続ける要。
「要ちゃん!」 
 急にリアナの大きな声がしたので一同が焼きそばの鉄板に視線を移した。
「みんな人それぞれ、いいところもあれば悪いところもあるのよ!そんな胸くらいのことで新しく来てくれた人を差別しちゃだめでしょ!」 
 その言葉に、とうもろこしから口を離す要。リアナの『胸』と言うところでカウラが一瞬自分のことかと言うようにリアナを見つめる光景を見つけたアイシャは噴出しそうになるのを必死にこらえていた。
「お姉さんが言うことだ。済まなかったな」 
 素直に頭をたれる要に少し戸惑いながら誠の後ろからおずおずと顔を出すレベッカ。
「すいません、アタシなんかのために」 
 金髪の長い髪をなびかせながらあわせて頭を下げるレベッカ。
「でもさあ、なんかアメリカ人ぽく無いわよね、レベッカちゃん」 
 アイシャが焼きそばをすすりながらそう言った。
「私、戸籍はテキサスなんですが、生まれも育ちも長崎なのでよくそう言われます」 
 ぽつりぽつりと過去を語るレベッカ。誠はその時彼女の瞳に光るものを見つけた。
「良いじゃないですか。リアナ中佐。焼きそば取ってあげましょうよ」 
「そうね、レベッカちゃんは一番働いてたから、お肉大盛りにしてあげる」 
 リアナはそう言うと皿一杯に焼きそばを盛り付けてレベッカに渡した。
「ありがとうございます。麺類は大好きなんです」 
 そう言うとレベッカは慣れた調子で箸を使って焼きそばを食べ始めた。
「まあいいや。お姉さん、アタシにも頂戴」 
「ちょっと待っててね、要ちゃんにはたっぷり食べてもらうから」 
 そう言うと先に作っておいた野菜炒めに麺を乗せてかき混ぜるリアナ。
「そう言えば神前曹長の機体のカラーリング。有名ですよ、合衆国でも」 
 そのレベッカの言葉に一同が凍りつく。明らかに予想していたと言うように要のタレ目がじっと誠に向けて固定された。
「本当ですか?それは良かった」
 とりあえずの返事。そう割り切って誠は照れながらそう答えた。 
「良い訳ねえだろ!馬鹿野郎!テメエの痛い機体が笑われてるだけだろうが!」 
 そんな誠の後頭部を軽く小突く要。誠は頭をさすりながらレベッカの輝く青い瞳に戸惑っていた。
「誠君大人気じゃないの。レベッカさん、ああ言うの好き?」 
「かわいい絵ですよね。漫画とか結構読んでたので好きですよ」 
 その言葉を聴いた瞬間に目の色が変わるアイシャ。
「じゃあアニ研新入部員に決定ね」 
 アイシャはそう言うと端末に手を伸ばした。
「レベッカ、悪いことは言わねえ、その腐った女から離れた方がいいぞ」 
「失礼ねえ、同好の士を迎えて歓迎しているだけよ。どこかのアル中みたいに力任せにぶん殴るしかとりえが無いわけじゃないのよ」 
「簀巻きにして魚の餌になりてえみたいだな」 
 要はにらみつけ、アイシャは口元に笑みを浮かべる。鉄板を叩きつける音が響いた。全員が振り返るとこてを焼きそばを載せた鉄板に叩きつけたリアナの姿があった。要達はさすがにこれ以上リアナの機嫌を損ねないようにと、少し離れてビールを飲み始めた。誠は缶ビールを飲みながら焼きそばを食べ終え、健一からとうもろこしをもらって食べ始める。
「菰田、串焼きはどうなってる?」 
「もう大丈夫でしょう。西園寺さん、食べます?」 
 さすがに暑いのか、菰田が汗を拭いながらひたすら串を回転させている。
「いや、これはシャムが好きそうだなって。誠、シャム達と代わってやろうぜ」 
 誠の肩をつかむと、要はそのまま歩き始めた。
「おい、西園寺!」 
「カウラちゃん良いじゃないの。それに今回の旅行では要ちゃんには結構無理言った事もあるし」 
 アイシャは悠然とビールを飲んでいた。
「あの串焼き。ナンバルゲニア中尉用ですか?」 
 手を引いて先頭を歩く要に尋ねる誠。
「分かってきたじゃねえか。あのチビ、ちっこい癖に食い意地は人一倍だからな」 
 要はそう言うと手を振るスクール水着の少女と少女らしきものに手を振った。
「要ちゃん!遅いよ!」 
 相変わらずシャムは黄色いスイムキャップを被りなおして。何度見ても誠には小学生に見えた。
「交代だ。とっとと食って来い!」 
「了解!」 
 シャムと小夏はすばやく立ち上がって敬礼すると、そのままリアナ達の下へと急いだ。
「さて、腹は膨らんだし、海でも見ながらのんびりするか」 
 そう言うと要はまたパラソルの下で横になった。誠はその横に座った。海からの風は心地よく頬を通り過ぎていく。要の横顔。サングラス越しだが、満足げに海を見つめていた。
「じろじろ見るなよ、恥ずかしい」 
 らしくも無い言葉をつぶやいてうつむく要。誠は仕方なく目をそらすと目の前の浜辺ではしゃぐ別のグループの姿を見ていた。


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