「海に行く事になったんで!」 澄んだ女性の声が部屋に響いた。 いつものように保安隊実働部隊の詰め所で、投球練習中にボールをぶつけた警邏用車両の修理費の請求書を書いていた神前誠曹長。声を発したのは紺色の長い髪と、ワイシャツに銀のラインが入った東和陸軍佐官用夏服の女性。保安隊一の自他とも認めるオタク、運用艦『高雄』の操舵長、アイシャ・クラウゼ少佐がドアを開けて立っていた。 「それよりアイシャ。お前、艦長研修終わったのか?」 そう突っ込んだのは誠の隣のデスクの主だった。保安隊実働部隊第二小隊、西園寺要大尉が肩の辺りの髪の毛を気にしながら呆れたようにつぶやく。半袖の夏季士官夏用勤務服から伸びている腕には、人工皮膚の結合部がはっきりと見えて、彼女がサイボーグであることを示していた。 何時もの事とは言え、突然のアイシャの発言。それを挑発する要の言葉は同じ第二小隊所属の下士官である誠をさらに混乱させるに十分だった。 「終わったわよ!そして先程、隊長室で『高雄』副長を拝命しました!」 そう言うと手にしていたバッグを開く。あまりのことに呆然としていた第二小隊の小隊長、カウラ・ベルガー大尉が緑のポニーテールを冷房の空気の中になびかせて立ち上がる。ニヤニヤ笑いながらそのそばまで行ったアイシャが取り出した辞令をカウラに見せつけた。 「ようやく空席が埋まったということか。アイシャの判断は的確だ。特に問題にはならないだろう」 カウラは喜んでいいのか呆れるべきなのか判断しかねたような困った表情でアイシャの得意顔を見つめる。しかしすぐさまアイシャがニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるのでカウラは少しばかり腰が引けていた。 「カウラちゃん!あなた『近藤事件』の時、誠ちゃんに『一緒に海に行って!』て言ってたそうじゃないの」 アイシャの一言は実働部隊の他の隊員の耳も刺激することになった。 「それは……」 カウラは口ごもる。誠は冷や汗をかきながら机に伏せた。 先月、配属になったばかりの誠はすぐに実戦を経験することになった。 遼州星系第四惑星を領有する国家、胡州帝国での国権派の首魁、近藤忠久中佐によるクーデター未遂事件。保安隊隊長、嵯峨惟基特務大佐の奇襲作戦において数に勝る決起軍を撃破したその戦いを思い出して、誠はカウラの呆然とアイシャを見つめている顔を眺めた。 そして気丈な性格、それでいてどこかはかなげで、目を離せばどこかへ消えてしまいそうな印象のある彼女との約束。思い出すと恥ずかしくてどこかに消えてしまいたいような気分になる。 自分の机の上でキャッチャーミットをいじっている保安隊副長、明石清海中佐はそのまま立ち上がった。システム統括の吉田俊平少佐はそれを見ると一緒に出来るだけ会話に参加しないように部屋の隅へと移動した。二人ともアイシャの妄想話を勝手に広められた被害者である。東和国防省の女性職員の間では明石はハードゲイ、吉田もスーパーサディストでロリコンと言う根も葉もない噂が広まっている。 実働部隊部隊長にして第一小隊隊長の肩書きも、精鋭保安隊第一小隊の電子戦のプロフェッショナルの技量も彼女の前では無意味だった。アイシャの『腐った』視線でこれ以上悪名をとどろかせたくないのが二人の本音なのは逃げてく二人を見ている誠にも痛いほど良くわかった。 「実はね、これは先週のコミケの慰労会も兼ねてるわけよ」 「ほんならワシは無関係なんとちゃうやろか?」 明石が小声でつぶやくが、アイシャの視線が自分に向いていることを感じるとすぐミットをなでているだけのように振舞う。 「じゃあ、実働部隊は全員参加でいいわね!」 そう言うとアイシャは部屋の隅に固まっている二人を見つめる。 「俺は行かんぞ!」 叫んだのは吉田だった。 悪戯好きで知られる彼がこんなにうろたえているのはなぜだろう。誠は不思議に思った。 「えー!俊平行かないの!」 アイシャの後ろから顔を出したのは、小柄を通り越して幼く見える第一小隊のナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。見かけは子供、言動は幼児な彼女だが、東和軍の教本にも名前が乗っているエースとして遼南内戦を戦い抜いたパイロットである。シミュレータを一回やればそのことが嫌でもわかる。誠もそんなことを味わった口だった。 「シャム、お前な。去年お前らが俺に何をしたか覚えているのか?」 珍しく真剣な眼差しの吉田。好奇心に駆られて誠は彼を見つめる。 「なんだ。ただ簀巻きにしてクルーザーで引き回しただけでしょ?」 「まああれだ、オメエの体は軍用義体だからな。ちゃんと酸素吸入用のポンプもつけてやったじゃねえか」 アイシャは誠も驚くようなことを言い、要は明らかに時々見せるサディスティックな表情を浮かべている。保安隊は常識が通用しないところだ。そのことは誠も配属されて一ヶ月と少し居るだけだがよくわかっていた。 先週はアイシャが仕切っている『遼州保安隊アニメーション研究会』の活動の一環として、コミケに行ってきたばかりだった。彼も中学時代からイラストを書いたりフィギュアを作ったりしている関係上毎年行っている。 だがテンションが上がって暴走するシャムと、責任者の癖に自分のコレクションのため行方不明になるアイシャに手を焼いた大変なイベントだった。しかも扱っているのはアイシャがシナリオを書いた18禁のボーイズラブストーリーである。さすがに男が主人公の漫画は書きたくないと土下座をして、今度映画化になる魔法少女アニメの二次創作で許してもらった誠だが、売り子役はきっちり押し付けられたのを思い出す。 「クラウゼ少佐。技術部と警備部と管理部。参加希望者決まりましたけど」 メモ帳を片手に入ってくるのは技術部整備班長、島田正人技術准尉だった。アイシャは彼の手からすぐにその手帳をひったくる。 「ふうん、姐御達は行かないのね。つまんないの。お姉さんは行くのになあ」 ページをめくりながらアイシャが本当につまらなそうな顔をしていた。 姐御達とは技術部部長許明華大佐と警備部部長マリア・シュバーキナ少佐のことである。そしてお姉さんとは運用艦『高雄』艦長、鈴木リアナ中佐のことだ。隊員すべてがこの微妙な分類をしている理由も今の誠にはよくわかっていた。 シャムと同じく遼南内戦ではパイロットと整備班主任を兼ねて参加した明華。常に上から視線で誠を見てくる彼女は苦手と言うわけではないが怖い存在だった。外惑星の政治的混乱状況の中、非正規部隊の指揮官として死地を越えてきたマリア。二人とも纏う空気は『姐御』と言う言葉にぴったりだった。 一方、誠が子供の頃の大戦の末期に製造された人造兵士の初期生産型として戦争に投入されて生き残った過去を持つリアナ。そんな非情な過去をもつ身だと言うのに、まるでそんな雰囲気も無くひたすら演歌を愛してやまないおっとりしたリアナはまさに『お姉さん』だった。 『ああ、やっぱりリアナさんは来るんだなあ』 誠はぼんやりとリアナの音程の外れた演歌を思い出しながら天井を見上げた。 「私は健一君と一緒に行くわよ。ちゃんと席、用意しといてね!」 突然のリアナの声、誠がアイシャに目をやるとその後ろには笑顔のリアナが立って居た。ほんわかしたその表情。一応、同じ人造兵士であるカウラを見て、もう一度リアナを見ると不思議な気分になる誠だった。そしてアイシャが仕切る小旅行がどれほど破天荒な展開を迎えることになるのかと思いをめぐらしたが、すぐにそれが無駄だと悟った。 とりあえず流されろ。あとはどうにかなる。誠の中で悟りきった声が聞こえた。 「それより隊長は?」 リアナが不安そうに幹事を勝手に引き受けているアイシャに聞いた。 「ああ、隊長は留守番するって話です。何でも新しい部隊設立の打ち合わせで手が離せないとか」 アイシャの言葉に少しばかり残念と言う表情になるリアナ。 「それじゃあ……シャムちゃんは小夏ちゃんに連絡した?」 「うん!ちゃんと予定空けてもらってるよ!」 小学生が軍服着ているようにしか見えないシャムは元気良くそう答えた。シャムとリアナのやり取りはいつ見ても小学校の先生と生徒のそれだ。そう思いながら誠は頬の筋肉が緩んでいくのを感じていた。 「それで先生。相談なんだけど……」 アイシャが誠が座っている椅子に向かって歩いてくる。いつものように黙っていれば保安隊屈指の美貌の持ち主である彼女に迫られて誠は動揺していた。 「あのー、アイシャさん。僕の事『先生』て呼ぶの止めてくれませんか?」 誠のと言えば部隊内での評価は野球部のピッチャーであり漫画を描けると言うことにある。大学時代にも野球部でエースを務める傍ら、東都理科大の漫画サークルでそれなりに知られていたことはいい思い出だ。しかし同人誌の買い手にアイシャ本人が居た事は部隊配属まで知らなかった。こちらは下士官、アイシャは佐官。さすがに『先生』呼ばわりは気が引けた。 「それじゃあ誠ちゃん。お願いがあるんだけど」 誠ちゃん。そう呼んだ時に要とカウラが気に障ったとでも言う様な視線を投げる。アイシャはそれを無視すると、誠の手を握りしめた。 「あ、え、その。なんでしょうか?」 針のムシロ。明石、吉田、島田の男性陣は明らかにざまあみろというような顔をしている。 「実はね……いい水着が無いのよ。お願いだから……一緒に買うの付き合ってくれる?」 突然のアイシャの言葉に誠はただ呆然と彼女の切れる様な鋭い視線に戸惑うだけだった。 「おいおい。オメエ去年はシャムとお揃いの着てなかったか?」 タレ目の要がそう突っ込みを入れる。隣でカウラが頷いている。どちらもアイシャの態度にあからさまな敵意を見ることが出来た。誠は動揺も隠すことが出来なくなってつい、汗が流れているわけでもないのに左手で額を拭っていた。 「シャムさんと同じって……?」 誠はシャムのほうを見る。そして彼女の笑顔を見るとすぐにその答えが予想できた。 「やっぱりスクール水着にキャップは欠かせないでしょう!」 予想通りのシャムの反応。確かに身長138cmに幼児体型のシャムには似合うだろう。だが恥ずかしそうに視線を落とすアイシャ。均整の取れた女性らしいアイシャが着るのは少し無理があるように誠でも思ってしまう。 「オメエ等、一緒に地元の餓鬼と砂の城でも作ってろ。アタシは……」 誠を眺めていた要がカウラの方を向いた。そして満足げな笑みを浮かべながらその平らな胸を見つめる。カウラはその視線に気づいて慌てて自分のコンプレックスの源である胸を隠した。 「なんだ、西園寺。私は何も言っていないぞ……」 そう静かに言ってはいるが、カウラのこめかみが動いている。いつもはクールなカウラが動揺する姿に目が行きそうになる誠だが、さすがに上司のコンプレックスを刺激する趣味は無かった。そして同時に部屋の空気がいつものだれた調子に落ち込んでいくのを感じていた。 誠が部隊に配属されてから一月強、ここがかなり変わった部隊である事は分かっていた。保安隊は同盟司法局直系の機動部隊である。司法執行機関として大規模テロ対策、紛争阻止、治安出動を目的とする実力部隊。それに見合う技術を求められる部隊である以上、遼州星系同盟所属の各国からの選りすぐりが呼ばれているという名目にはなっている。 しかし、それほどの人物なら加盟国の軍や警察が簡単に手放すわけも無い。同盟司法局と言う新参の、役割自体が謎だった部隊に優秀な人材を提供するほどお人よしの組織などありえない。 結果個性のある人物ばかりが群がって奇妙な組織が出来上がった。それが遼州保安隊だった。まったくその人選には明らかに『当世一の奇人』と呼ばれる保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐の威光が反映しているとしか誠には思えなかった。 そんな事を誠が考えている間にも、要とアイシャの漫才は続いていた。 「それじゃああなたも来ればいいんじゃない?」 「おお!上等じゃねえか!神前!終わったら付き合え」 ヒートアップして売り言葉に買い言葉、おそらくいつも通りアイシャの挑発に乗った要が後先考えずに受けて立ったのだろう。 「西園寺の。勝手に決めんな。野球部の練習は……」 「黙れ!タコ!」 くちばしを挟んだ明石をあっさり蹴散らす要。剃りあげられた頭と無骨なサングラス。そして2メートルを優に超える巨漢の明石の迫力にも要が屈しないのはいつもの光景だった。 「じゃあパーラの車で行きましょ!いいわねパーラ?」 8人乗りの四駆に乗っているパーラはこういう時はいつでも貧乏くじである。『不幸といえばパーラさん』。これは保安隊の隊員誰もが静かに口伝えている言葉である。 「じゃあ私も行こう」 要の挑発的な視線を胸に何度も喰らっていたカウラが立ち上がった。 「おい、洗濯板に何つける気だ?シャムとお揃いのスク水でも着てる方が似合ってるぞ」 豊かな胸を見せ付けて笑い飛ばす要。睨み返すカウラ。どうやら水着を買いに行くかどうかで揉めていたらしいとわかると、誠は呆れた顔で要達を見ている自分に気づいた。そこでとりあえずいつもと同じようにゆっくりと立ち上がって二人の間に立つ。 「分かりましたから、喧嘩は止めてくださいよ」 どうせ何を言っても要とカウラとアイシャである。誠の意見が通るわけも無い。だがとっとと収拾しろと言うような目で吉田ににらまれ続けるのに耐えるほど誠の神経は太くは無かった。そしてなんとなく場が落ち着いてきたところで思いついた疑問を一番聞きやすいリアナに聞いてみることにした。 「こんなに一斉に休んで大丈夫なんですか?」 白い髪と青い目。普通に生まれた人間とは区別をつけるために遺伝子を操作された存在。だと言うのに穏やかな人間らしい表情で、後輩達のやり取りをほほえましく感じて見守っている。そんなリアナが誠に目を向けた。 「知ってるでしょ?『近藤事件』での独断専行が同盟会議で問題になってるのよ。まあ結果として東都ルートと呼ばれる武器と麻薬の密輸ルートを潰す事ができて、なおかつ胡州の同盟支持政権が安定したのは良かったんだけど……。やっぱり隊長流の強引な手口が問題になったわけ。まあいつものことなんだけどねえ」 「そうだったんですか」 誠が簡単に納得したのを要が睨みつける。 「どっかの馬鹿が法術使って大暴れしたせいなんだがなあ!」 「助けられた人間の言う台詞じゃないな」 カウラの一言にまたもや要とカウラのにらみ合いが始まる。リアナは見守ってはいるがいつも通り止める様子は無い。 「喧嘩はいけないの!」 シャムの甲高い叫びがむなしく響いた。 「明石と吉田はいるかー」 間の抜けた声の男。とろんとした寝不足のような目が誠の視界に入ってくる。保安隊隊長である嵯峨惟基特務大佐が入り口に突っ立っていた。 「俺等をセットで呼ぶなんて珍しいですね」 吉田はようやくこの部屋から解放されるきっかけが出来たと喜んで立ち上がる。 「まあな。用事はそれぞれあるし……まず吉田は同盟司法会議にリンクされるシステムのチェックの依頼が来てるぞ」 嵯峨の言葉に吉田の表情が不機嫌なものに変わった。嵯峨もそうなると予想していたようで頭を掻きながら手を目の前にかざして誤るようなポーズをした。 「あれかよ。使えないシステム作りやがったから俺が自力で要件定義からやり直したんすよ!まあ局長クラスからの指示でしょ?分かりました。じゃあ……」 吉田がアイシャを見つめる。珍しい吉田の真剣な表情に噴出すのを抑えながら見守る誠。 「俺は絶対行かないからな!」 そう言うと早足で入り口で立ち尽くしている嵯峨を残して吉田が消えた。 「明石は俺の用事だ。ちょっと顔貸してくれねえかな。同盟司法局の本部で面接試験だとさ」 重要なことをあっけらかんと言う嵯峨らしいその態度に一同は顔を見合わせる。 「面接……ですか?」 豆鉄砲を食らったようにつぶやく明石。 「ああ、増設予定の実働部隊の隊員候補を選ばにゃならんだろ?元々部隊活動規模は四個小隊を基本に据えてあるんだから」 明石の顔を見て困ったような表情で嵯峨がそう言った。そしてようやく上司の意図がわかったのか、明石の表情が明るくなる。サングラス越しだというのに反応がわかりやすい明石に誠はまた噴出しそうになってこらえるのに必死だった。 「ようやく同盟も重い腰あげよったわけですか」 うれしそうに立ち上がる明石。その視線はカウラに向けられた。 「大丈夫ですよこの場はなんとか収めますから」 「そうか」 カウラのしっかりした声に明石が大きく頷く。そんな二人を不満そうに見つめている要に思わずうつむいてしまう誠。 「そんじゃあ海、楽しんできてよ」 嵯峨は軽く手を振りながら明石をつれて出て行った。 「なんだか腰折られたな」 喧嘩のタイミングを失った要がぼんやりと天井を見つめている。一回、誠がその髪型を『変形おかっぱ』と呼んで張り倒された、耳元の髪が襟元まで届くのに後ろは少し刈り上げているスタイルの黒い髪がなびく。 「それにしても、誠のお袋。若かったよなあ……本当にオメエのお袋か?姉ちゃんじゃねえのか?」 先週、コミケの前線基地として誠の家の剣道場が使用された。職場の上司が来ると言う事で神前家は上へ下への大騒ぎだった。こう言ったお祭り騒ぎを仕切る事に慣れている誠の母、神前薫は上機嫌でアイシャや要を受け入れた。炊き出しや道場で仮眠を取るブリッジクルーの為の布団運びを笑顔で引き受けて動き回ったのを思い出して恥ずかしくなる誠。 また彼女は色々と要やアイシャ、なぜかついてきたカウラなどを喜んで世話していた。本来は家族の話は地雷である要から、そんな話が出てきたと言う事で少し不思議に思いながら、その場の全員が要の方を見やった。 「そう言えばそうよね。お化粧とかしないって言ってたけどホント?」 アイシャが誠に話を振る。誠はしばらく意味がわからないと言う表情を浮かべた後、昔からの母の姿を思い返してみる。 「そうですかね。特に気にした事は無いですけど」 誠は肉親の話題を取り上げられてただ照れたように無意識のうちにテーブルを左手の人差し指で突いていた。 「確かにどちらかと言うと、お母さんと言うよりお姉さんよね。色々お世話になったから今度挨拶に行かないと」 高校時代から誠の実家に遊びに来る同級生達と同じ台詞である。確かに父の誠一と比べて、母親の面差しが物心付いた頃から変わらないのは気になっていた。しかし深くその事について考えた事は今まで無かった。 「自慢じゃないが、アタシは三歳からこの身体だぞ!」 突然の要のその言葉。彼女の境遇を語ることがタブーとなっているので自分でそれをひけらかす彼女に誠は凍りついた。だがどこにでも空気を読まない人間はいる。 「そりゃ、要ちゃんのは義体だからでしょ?」 アイシャ。彼女は得意げにそう言うと切れ長の目に紺色の瞳を光らせる。 「オメエ等だって遺伝子操作されてるじゃねえか……。髪の色。なんだその色?」 そう言いながら少し不機嫌になったように見える要。呆れたように大きくため息をついたカウラを見て要は我に返る。そして自分が切り出した話題があまり歓迎されていないことを知って気分を切り替える為にアイシャをにらみつけている目を誠に向けた。 「水着の買い物に行くのはアタシとカウラ、サラとパーラ。それに誠でいいんだな?」 「要ちゃん、わざと私をハブったでしょ」 アイシャがしなだれかかるように要に寄りかかる。めんどくさそうにそれを振り払って腕組みをする要。 「何のことかなあ?」 「正人も来る?」 赤い髪のサラが島田に声をかける。 「まあ俺が行くしかないだろうな。神前の趣味だとまた『痛い』って話になるだろうから」 苦笑いを浮かべている島田。誠の機体のマーキング。その塗装の画像が一部マニアに大うけしているのは事実だった。ライトグレーのステルス塗装の上に派手に書かれたアニメのヒロインキャラ達。実際デザインした誠もその案が通るとは思っていなかったほどインパクトのある機体のデザインは全銀河の失笑を浴びていた。 「それじゃあ……」 「シャムは?アタシは仲間に入れてくれないの!」 仲間はずれにされたシャムが叫んだ。 「お前はトランクの中でも入るか?」 冷ややかにそう言って笑う要。それを見ると今にも泣きそうな表情のシャムが出来上がる。 「要、乗れるわよ、まだ」 世話好きなパーラの一言に安心するシャム。うれしそうにパーラの手を取ると上下に振って喜んで見せるのがシャム流の喜びの表現だった。そんな光景を見ていると誠達もなんとなく心が温かくなる。 だが、そんな状況が許せない。自分が中心にいないと気がすまない隊員もいる。 「まあ、今回の買い物はアタシが主役だからな!アタシが!」 そう言うと要は立ち上がって、モデルの真似事を始めた。確かにスタイルは保安隊でもマリアとそのトップを競うほどである。誠と島田の視線が要に注がれるのもいつものことだった。当然島田は隣のサラにわき腹をつつかれ、誠はカウラににらみつけられる。 「それじゃあとりあえず終業後、駐車場に集合ってことで」 要はそう言うと颯爽と部屋を出て行く。いつもこういう時はと理由をつけてタバコを吸いに行く要を見て、カウラは諦めたように自分の席に戻った。 「失敗したかなあ」 アイシャは少しばかり展開を読み違えたかと言うように誠に笑顔を向けた後、島田から受け取ったメモ帳を丸めてそれで手を叩きながら実働部隊の詰め所を後にした。 「煽ったのは自分なのに……ねえ」 そう言い残すと島田について出て行く赤毛のサラ。パーラも疲れた表情でそれに続く。 「仕事が絡まないと元気なんだな」 カウラはつい誠が提出した書類から目を離してポツリとそうつぶやいていた。
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