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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作者:橋本 直

第9回   今日から僕は 8
 着替えが終わって、誠はロッカールームから出ると、そこには明石が立っていた。
「どうじゃ?練習初日は」 
 いかにも嬉しそうに、明石は誠の目を見つめてつぶやいた。
「野球の動きが戻ってないですね。肩壊してからこんなに投げ込んだのは初めてですから」 
「ほうか?そいじゃあワシの奢りで島田や菰田、キムあたりを誘ってあまさき屋で飲むか?」
 いつものサングラスに悪趣味な背広姿の明石の口元に笑顔が浮かぶ。
「本当っすか!途中で無しなんか……」 
 遅れて出てきた島田がそう叫ぶのをゆっくり頷きながら明石は聞いていた。
「島田の!じゃあワレが菰田とキム連れてこいや。ワシは誠と……」 
 笑顔だった明石の顔が一瞬凍りついた。
「当然、私達もいいんでしょ?」 
 その視線の先には着替えを終えた白いワンピース姿のアイシャがそう尋ねる。その後ろには全てを使い果たしたというような表情のサラとパーラがよたよたとついてきていた。
「うわあ、ワレは本当にタイミングよく来るもんじゃのう。ワシも男じゃ!一度口から吐いた言葉は呑まん!」 
 明らかに虚勢と判りながらも誠と島田はそう言い放つ明石に同情の視線を送る。
「へえー、タコ隊長の奢りかよ!どうするカウラ」 
 さらに現れた要がカウラにそう尋ねた。
 カウラは誠のほうにちょっと目を走らせた後、ゆっくりと頷いた。
「じゃあアタシも行くー!」 
 フライトジャケットにジーパン、手には皮手袋と言う変身ヒーローの登場人物をミニマムにしたようなシャムが駆け寄ってそう叫んだ。自分の安易な一言が招いた事態に明石の頬が少し引きつっている。
「分かった、分かった!とりあえずあまさき屋の前に集合じゃ!全てワシのおごりじゃ!」 
「やったね!」 
 シャムはいつものように廊下の窓の向こうから飛び込んできた吉田とハイタッチをしながらそう答えた。
「良いんですか?明石中佐」 
 誠はこんなはずではなかったというように立ち尽くしている明石に声をかけた。
「ワシのことなら気にするな。シャムや隊長みたいに金銭感覚が狂うとるわけやないけ」 
 そう言いながら、明石の顔が紅潮しているのが誠にも分かった。
『悪いことをしたな……』 
 誠はそう思いながら、駐車場へ向かう明石のあとをつけていった。駐車場にひときわ目立つ黒塗りの大型セダンの前で二人の足は止まった。
「ん?なんじゃい。ワシの車になんかついとるんか?」 
 明石はそういうと無造作にドアを開けた。スモークシート入りのドイツ車。本物のヤクザが喜んで乗りそうな車だ。
「鍵はあいとるぞ。さっさとのらんかい!」 
「はい!ただいま!」 
 誠はおっかなびっくり重い高級車のドアを開けると、身を助手席のシートに投げ出した。意外にも中は丁寧に掃除されており、豪放磊落な普段の明石の中に、こんな几帳面さがあるのかと感心させられた。
「それじゃあ、出るぞ」 
 明石はそう言うと車を走らせた。高級車らしく、エンジン音など車内では微塵も感じられない。
「しかし、コミケと言うんはずいぶんと命削ってやっとるんじゃのう。あの遼南レンジャーの教官資格持っとるシャムですらくたびれとったわ」
 そう言って明石はからからと笑った。誠は動きに切れが無く目が死んでいたシャムの顔を思い出す。 
「遼南レンジャーって、あのナイフ一本で三ヶ月生き延びる訓練やるって言うあれですか?」
 誠は名前だけならこれほど驚くことは無かったろう。本人は140cmと言うが吉田が正確には138cmと言う小さな体と、子供のような純真なシャムを知るようになってからそれが彼女の普段の姿だと思い込んでいた。しかしシャムは地獄の訓練で知られる遼南レンジャー教官でもあることを今更のように思い出す。
「まあな。あいつが銀河一過酷な訓練メニュー考えたんやで。まあ、あいつにはナイフ一本でジャングルを生き抜くのん普通のことやさかい、なんも考えんと企画書出したのが通ったちゅうとったがのう」 
 入り口の検問で警備班に挨拶を済ませながら、明石は淡々とそう答えた。
「しかし……ワレがオヤッサンの弟弟子だとは……。今度申し合いしたいもんじゃな」
 やはりこの話が出てくるかと明石の向ける視線に頭を描く誠。 
「そうですね。明石中佐は短槍ですか?短槍は相手にすると厄介なんですよ、それに……」
 話を膨らまそうとするが明石の方がそう言ったことは上手だった。 
「ワシが気になっとるのはそこやない。ワレの両親がオヤッサンに稽古つけとったという話じゃ。それにオヤッサン、ワレのお袋から一本とったことが無いて言うがそれは……」
 誠は初めて耳にする話に驚いた。そもそもここ数年、彼の母親が竹刀を持っている姿を見たことが無かった。父との稽古の時に母親の太刀筋と自分の太刀筋が似てると父に言われただけで、実際小学校高学年になってからは母親と剣を交えた記憶が無かった。確かに袴姿で早朝にランニングしている姿は良く見かけたが、その手には何も握られていることが無かった。
「おい聞いとんのか?まあええ。ワシは今日はホンマええ気分なんじゃ。ワレはワシが見込んだだけのことはある。自信持てや」 
 そう言うと明石はカラカラと笑った。明石は見た目は怖い。カッコウや車はヤクザのそれだ。しかし悪い人ではない。明石の人柄がわかってきて誠は少しばかり安心していた。
「もうすぐ着くで」 
 明石はそう言うと繁華街の裏道を進む。太陽はすっかり夕焼けに染まり、中途半端な高さのビルの陰が道に伸びている。
 車はそのまま対向車の来ない裏道を進んで、以前カウラの車が止まった駐車場に乗り入れていた。
「さあ行こか。どうせ他の連中はどっか寄り道しとるじゃろ」 
 明石はそう言うとあまさき屋のある大通りに向かって歩き出した。
「しかし、ワレも大変じゃのう。正月にやるんは冬コミとかいったか?そん時はワレに絵描かせるて、アイシャが力んどったぞ?」 
 誠は苦笑いを浮かべながら、疲れ果てたパーラとサラの顔を思い出していた。
「まあどうにかしますよ……と言うか勤務中に野球の練習ばかりしてていいんですか?」
 その言葉に振り向いた明石がにんまりと笑う。 
「オヤッサンはいつも通り見てみぬ振りじゃ……と言うか面白がっとるからのう。本部では会議では寝とる、遅刻が日課、面倒だからと隊長室に寝袋運び込んで暮らしとると言うあの人が文句言えるわけ無いやん」
 誠は予想はしていたがそのいい加減な嵯峨の姿を保安隊副長の口から直に聞くと、さらに呆れていた。 
「よくそれで問題になりませんね」
 その言葉に明石がまた振り向いた。 
「なあに、上のほうの連中はそんなこと折込済みでオヤッサンに保安隊預けとるんじゃ。それに、そうしておいてくれとった方が助かる連中もぎょうさん居るからのう」 
 そう言って明石はアーケードの下をそのままあまさき屋に向かって肩で風を切るようにして歩く。周りの買い物客はこの暑いのに黒の三つ揃えに紫のワイシャツ、それに赤いネクタイにサングラスと言う明石の風貌に恐れをなして、脇に避けているのが少しばかり誠には滑稽に見えた。
「じゃあ入るか。まだ誰も来とらんじゃろ」 
 まだ暖簾もかけていない店に明石が堂々と入っていく。6時前と言うこともありあまさき屋の中は客一人居らず、女将の春子と小夏が暖簾を持ってしゃべっているだけだった。
「若頭、それに兄弟子じゃないですか?ずいぶん早くからお越しで」 
 小夏がそう語りかけてくる。
「じゃあ暖簾出しといて。明石さん、今日は早いですね」 
 女将はそう言うと静かに着物の襟をそろえた。
「ああ、今日は新生保安隊野球部の門出の日ですけ。上の宴会場はあいとりますか?」
 その明石の明るい口調に春子も笑顔を浮かべる。 
「それはおめでたいですわね。予約はありませんからどうぞ」 
 女将はそれだけ言うと厨房のほうに向かって消えていった。明石は慣れた調子で二階への階段を上り始めた。
「神前の。少しは飲む時ブチ切れんよう注意して飲みや。これ以上アイシャにネタやる必要はないけ」 
 やはり釘を刺された。明石の言葉に誠は照れ笑いを浮かべる。
「分かりました」 
 もう保安隊では脱ぎキャラとして確立してしまったと誠は改めて思った。
 鉄板の並んだ店の奥。先日、嵯峨が座っていた所にどっかと明石は腰を下ろした。
「そんじゃあとりあえず枝豆とビールで奴等の到着まで潰すか」
 一緒に上がってきて、お絞りとお通しを二人に配る小夏。 
「そうですね。とりあえず生中くらいなら」 
 誠は頭をお絞りで拭う明石を見つめていた。
「とりあえず枝豆と生中二つ」 
 誠はそう言うと自分もお絞りで手を拭いた。
「はい!」 
 返事は良いが、小夏の表情に何か汚いものを見るようなものを誠は何の苦労も必要なかった。
「ワレは完全に呆れられとるのう」 
 明石はそう言うと再びからからと笑う。そんな二人を置いて小夏はそのまま静かに階下へと消えていった。
「しかし、暑いのう。今年はなんか異常気象じゃ言うとったから、ことさら暑さが身にしみるわ」 
 のんびりと明石がそういうのを聞きながら、誠はその隣でお絞りで軽く手を拭った。冷たい感触が心地よく、そのまま頬を撫でていた。
「まあ気にすんなや。ウチの飲み方覚えたら裸踊りも収まるじゃろ……まあ、要やアイシャが自分等が楽しむ為にそう仕組む……かも知れへんな」 
 明石はニヤつきながらすっと立ち上がってハンガーに脱いだ背広を引っ掛けた。
「ビールお待ちです!それと枝豆です」 
 小夏が元気に入ってくる。明石の誠への言葉を聞いていたようで、先ほどまでの攻撃的な視線を誠に投げることはやめてくれていた。
「すまんのう、小夏の。下に誰か来とったか?」
 ビールのジョッキを並べる小夏にそれとなく明石が尋ねる。 
「そう言えば師匠がウチのお母さんとなんか話してたけど……」
 その言葉にすぐさま明石は反応した。 
「神前!窓を覗けや!」 
 明石のその言葉を聞くと誠は立ち上がって窓から身を乗り出した。
 やはりいた。吉田が窓から入り込むべく、階下で靴を脱いでいるところだった。
「吉田少佐……何がしたいんですか?」 
 あきらめたようにつぶやく誠と目が合って頭を掻く吉田。
「何がって?タコの奢りの飲み会に来たんだよ?」 
「だからなんで窓から入ろうとするんですか?」 
 その問いにしばらく考えるような振りをしたが、すぐに吉田は答えた。
「だって二階でやるって言うから……」 
 吉田は悪びれる様子も無く、靴をバッグに仕舞うとそのまま塀を登り始めた。
「アホの相手すんな。まあ奴はああ言う性分じゃけ。そんなこと気にしとったら寿命がいくらあってもたらんわ。それより小夏の。追加で生中二つ頼めるか?」 
 小夏はその言葉を聞くと普通に階段のほうに駆けていき、上ってきたシャムに挨拶をした。
「俊平。大丈夫?」 
 ようやく窓枠に手をかけて部屋に入り込もうとしている吉田にシャムが声をかける。
「すまんがワシ等はさきにやらしてもらっとるぞ」
 明石はジョッキを傾ける。 
「せっかく暑い中、来たって言うのに冷たい奴だねえ」 
 吉田は悪びれもせずにそう言うと隣の鉄板をシャムと一緒に占拠した。
「あのう、ナンバルゲニア中尉。今日はおとなしめな……」 
 誠が話しかけようとするが、シャムのベルトの腹の辺りの異物を発見して口ごもった。
「それってもしかして……」 
 誠の視線がベルトに注がれているのにシャムも気付いた。
「そうだよ!変身ベルト!」 
 あっけらかんとシャムが答える。誠はやはりこの人はだめだと結論をつけてため息をついた。
「生中二つです!若頭と兄弟子!次、何にしますか?」 
 呆れたついでに喉の渇きをビールで癒した誠に、きゃぴきゃぴした声で小夏がそうたずねてくる。先ほどまでの汚いものを見るような瞳はそこには無かった。誠はさすが飲み屋の娘と感心しながら彼女を見つめる。
 元気そうなショートカットの髪に気が強そうな瞳。要を目の仇にするのは、もしかして近親憎悪なのかもしれない。そう思うと少しにやけた笑みが自然とできる。
「あと誠と吉田。出来るだけ……な」 
 さすがにどっしりと腰を下ろしているとはいえ払いは明石である、彼の意向には逆らえないと言う風に誠は明石のほうを見た。すでに明石と誠のジョッキは空。小夏は注文が来るものだと言うように待ち構えている。
「ほいじゃあワシはポン酒や!神前は生中でええなあ?」
 野球部設立に反対する理論派のシンを情熱で押し切った熱血漢らしいどら声が、誠の耳にも届く。 
「じゃあ生酒二合に、生中で……つまみは……?」
 明石が吉田の顔を眺める。 
「じゃあエイひれもらおうかな……シャム!どうする?食うか?」
 そう明石から声をかけられるとシャムは満面の笑みをその子供のような顔に浮かべた。
『うん!豚玉三つ!』 
 吉田とシャムがそう答えた。
「ナンバルゲニア中尉!豚玉三つは多くないですか?」
 さすがに誠も明石の持ち出しと言うこともあって遠慮がちにシャムに声をかけた。 
「気にすんなや。奴にしてはこれでも抑え気味なんやで」 
 誠の心配をよそにカラカラと明石は笑った。その時どたどたと階段を上がる足音が響いた。
「ちーす!」 
 島田、菰田、キムの三人組が階段を上がってきた。
「ご苦労さん。他の連中はどうした?」 
 笑顔で三人に頭を下げる小夏を見ながら明石が声をかける。
「アイシャ達はまた漫画でも買いに行ったんじゃないすか?それとベルガー大尉達はなんか揉めてましたから」 
 菰田はそう言うと下座の鉄板に居を固めた。
「まったく、あの連中はどうしようもないのう」 
 ジョッキの底の泡を飲み尽くして、明石はそう言った。
「いい加減、俺と要の免停止めたほうが良いんじゃないのか?」
 吉田が突き出しのひじきをくわえている。 
「お前はすぐそうやって……罰は罰じゃ、ちゃんと免停中は運転せずに……」 
 明石が眉をひそめる。そこに仕込み担当の源さんと呼ばれている白髪の料理人がお盆に豚玉を持って現れた。まだ注文を伝えていないはずの料理の登場に、小夏が首をかしげて苦笑いを浮かべていた。
『春子さんだな。ナンバルゲニア中尉はいつも豚玉三個がノルマだし……』
 誠はそんなことを考えながら源さんからお盆を受け取っている小夏を見つめていた。
「はいはい!小夏ちゃん!こっちだよ!」
「師匠!豚玉お待たせしました!」
 小夏から豚玉を受け取り喜ぶシャム。だが、まだ鉄板が温まっていないと言うように隣の吉田が鉄板に豚玉を乗せようとするシャムを手でさえぎった。 
「旦那達はどうしますか?」
 小夏はキムに尋ねた。
「じゃあ俺は海老玉とポン酒。島田はどうする?」 
「じゃあ俺はたこ焼きに生中で、菰田は?」 
「自分はレモンサワーに同じくたこ焼き」 
 キム、島田、菰田の三人はそれぞれ注文をした。小夏はすぐさま身を翻そうとしたが、そこに立っていた要に素早くガンを飛ばした。
「んだよ、ガキ!アタシが居ちゃあ迷惑だって言うのか?」 
 要は小夏に向けてまたガンを飛ばす。
「お客にゃあ丁寧なんだよアタシは。まあ、外道を客に入れるかどうかは……」
 小夏もまけずに要をにらみ返す。一歩も引かない二人に全員の視線が釘付けになった。 
「客だろうがアタシは!さっさとアタシのボトルとカウラに出す烏龍茶もってこい」 
 小夏がそう言うと明石と誠が座っている上座の鉄板に腰を下ろした。
「へいへい」 
 そう言うと小夏は、上がってきたカウラを避けながら階下へと駆け下りていった。
「意外と早かったじゃん」 
 吉田は豚玉を鉄板の上に広げながらそう言った。おまけのように隣に座っているシャムはすでに豚玉に夢中である。
 要とカウラは明石と誠の座る鉄板に居を定めた。誠は泣きそうな目の菰田と目が合うが、すぐさま視線を攻撃モードに変えてにらみつけて来る菰田から目を逸らした。
「吉田の。オヤッサンが何考えてるか知っとるか?今日は同盟機構の軍事関連の実務者会議で東都訪問中の胡州海軍軍令部長の馬加(まくわり)准将と一席設けてるって聞いとるんやけど……それに今度の宇宙での訓練も、わざわざ胡州の第三演習宙域を借りたっちゅう話やし」 
 明石は小夏が持ってきた冷酒を受け取ると、小さめのガラスのお猪口を手にする。
「気がきかねえなあ、うちの隊長は」
 要はそう言うとカウラの前に無理に体をねじ込んで明石に勺をした。カウラは別に気にする様子も無く要の行為を不思議そうに見つめている。 
「知らねえよ。あそこが訓練に向いてるからって事しか聞いてないし。それ以前にあのおっさんの考えてることなんて読めるわけ無いじゃないか」 
 そう言うと吉田はつきだしに箸を伸ばす。
「ほうか。なんかお前をあてにしたワシが間抜けみたいやのう。神前の、気にせずジャンジャンやれや」 
 誘拐事件に不自然な演習区域。あまり気分のいい出来事は起きないものだと思いながら誠はたこ焼きを口に運んだ。
 熱い。そのまま勢いで口にビールを流し込んで冷やす誠。
「じゃんじゃじゃーん!ブリッジ三人娘到着です!」 
 そう叫ぶアイシャが死んだ鯖の目のパーラとサラをつれて二階に上がってきた。その後ろから春子が注文の品を運んでくる。
「またややこしいのが」 
 明石は下を向いてため息をつく。
「要とカウラは相変わらずねえ。まあ別にいいけと……先生!夏コミの売り子、頼んじゃって良いかな?どうやらアタシは今度の演習後に艦長育成プログラムが入っていて出れそうにないのよ」 
 そう言うと空いていた明石の隣の上座に席を決めてアイシャは座り込んだ。
「えー!アイシャ居ないの?」 
 シャムが思わず声を上げる。
「しょうがないじゃないの!仕事なんだから。その代わりパーラとサラとエダ。それに他のブリッジクルーも手配するから。他には……」 
 指を数えて動員する面子を考えているアイシャ。
「ワレラは何やっとるんじゃ?」 
 明石はそう言うと手酌で日本酒をガラスの猪口に注いだ。しかし急にアイシャ達とシャムから射るような視線を浴びて、さすがの明石も目を伏せた。
「中佐殿が売り子?いいんじゃないの。別にフリーの時まで拘束しなくても。それに隊長はこういう馬鹿なこと好きじゃん?」 
 吉田は別に気にする様子でもなくジョッキを傾けた。
「そうね、もし良かったら小夏もつれてってくれる?あの子はシャムちゃんと同じでお祭り大好きだから」
 春子の言葉にアイシャが嬉しそうに小夏を見上げた。
「へえ、姐御の頼みなら……」 
 少し遠慮がちにつぶやく小夏に飛び起きたアイシャが抱きついた。
「おお!心の友よ!」 
 その大げさなアクションに、死んだ目をしていたパーラとサラは呆れたように目の前に置かれたビールのジョッキを息を合わせたように傾けた。春子が置いたたこ焼きをつつく明石の視線がアイシャに向かった。
「つまり次の演習が終わったら部隊を留守にするいうことやな?」 
 熱かったのか明石は冷酒を口の中に流し込む。
「そうですね。まあ、東都の国防省の会議室で座学をするだけだから顔くらいは出せると思うけど。まあ日程が空いたらコミケにも顔くらい出すつもりだし」 
 アイシャはあっけらかんとそう答える。そこには『部隊に顔を出す』と言う明石が期待していた言葉は無かった。
「演習ですか?」 
 島田、キム、菰田の視線が明石に集まる。
「今日、ヨハンが来れんのも搬入があるからやで。今頃は許大佐が仕切って特機全部ばらして新港まで運ぶ段取りしとるはずじゃ。……そう言や島田の、お前仕事はどうした?」 
 たこ焼きを突いている島田に明石がそう尋ねた。
「たまにはヨハン・シュペルター中尉殿にもお仕事してもらわねえと不味いっしょ?それと姐御に野球部の飲み会があるって言ったら行って来いって言われたもんすから」
 そう言う島田に要が流し目を送る。 
「あれじゃね?明華の姐御はタコ中に気があるから……」 
 口にした日本酒を噴出しそうになりながらお絞りで口の周りを拭く明石。
「西園寺。誰がタコ中や!」 
 そう言うと証は落ち着いたようにカウラと要を見た。
「そや、神前が明後日からの演習の話し知らんと言うとったが、カウラに西園寺。お前等、話しとかんかったのか?」 
 顔を見合わせる要とカウラ。
「そういやあ言ってなかったなあ、カウラは?」 
「入隊した時の書面一式の中に演習の予定に関する書類も入れてあったはずだ。場所は変更になったが……見ていなかったのか?」 
 カウラが鋭い視線を誠に向けてくる。
「すいません。いろいろあったので」
 頭を掻く誠を見ながらカウラは枝豆を口に運んだ。 
「まったく。ちゃんと渡された書類くらい目を通しておけ」 
 そしてカウラは烏龍茶をすする。
「まあそう責めるなや。初めての配属部署じゃ、少しくらい緊張するのも当たり前なんちゃうか?神前の。まあ気にするな」 
 機嫌のいい明石はそう言って神前を慰めた。
「仕事の話はおしまい!先生!裸踊りはまだですか?」 
 少し出来上がっていたアイシャが誠にまとわりついてくる。それほど飲んでいなかった誠は、怒る以前に当たってくる胸のふくらみを感じて視線を落とした。
「こら!テメエ何をするんだよ!」
 誠にくっついて離れないアイシャを要は引き剥がした。 
「なに?要ちゃん。あなたがいつも先生のコップに細工してべろべろに酔わせてたの知ってるのよ。さあ本心では一体何を期待して……」
 要の顔にアイシャが迫る。 
「馬鹿言うんじゃねえ!アタシは単純に好奇心で……」
 言い訳をするように要は視線を落とした。だが、アイシャはあきらめようとはしない。 
「そうかしら?ねえ?ホントにそれだけ?」 
「うるせえ!酔っ払いは黙って寝てろ!」 
 要にもまとわり着こうとするアイシャに、要はそのまま自分の席に移ろうとする。それで勝機を感じたのか、アイシャはさらにべったりと誠に絡み付いてきた。
『離れろ!アイシャ!』 
 思わずカウラと要が二人で叫んだ。アイシャは要の反応は予想していたが、カウラからそんな言葉を聞くとは思っていないとでも言うように、名残惜しそうに誠から手を離した。
「へえー。カウラもようやく自分の気持ちに素直になれるようになったのね!嬉しい」 
 アイシャはワザと大げさにそう言った。カウラはその言葉で、自分が何を言ったのか理解したとでも言うように誠の視線から目を逸らした。
「そのー、あれだ。私の部下なのだから、それなりに……」
 小声で恥ずかしそうに下を向くカウラ。
「もう!ピュアなんだから!」 
 そう言ってけたたましい声で笑うとアイシャは誠の飲みかけのジョッキを取り上げて煽った。 
「じゃああれを何とかしろ!アイシャ!」 
 要が指差した所にサラと島田がこちらの喧騒をよそに、仲良く烏賊玉を突いていた。一斉に誠達の視線が集中する。注目を浴びて戸惑う島田。そしてそれを無視して烏賊玉を食べているサラ。
「島田!テメエ!」 
「男の仁義を知らんのか!」 
 菰田とキムがそう叫ぶ。ようやく全員が何故自分を見ているかわかった島田はおずおずと手を引くが、サラがいかにもおいしそうに島田が焼いた烏賊玉を食べていた。
「サラ!あんたって人は!」 
 アイシャが立ち上がろうとするところを、明石が重い腰を上げて止めた。
「なあクラウゼの。ここは押さえてくれや。せっかく楽しくやっとるんじゃ。野暮は関心せんぞ。まあ一杯やれや」 
 明石はそう言ってアイシャの開いたグラスに日本酒を注いだ。アイシャはもうかなり出来上がっているらしく、気にせずそれを一息で飲むとひっくり返った。
「タコ中。潰れちゃったぜ」 
 要はもうすでに寝息を立てているアイシャを指してそう言った。
「奴も飲めない方だからな。戦うためだけに作られたから、こんな席には向いちゃいないんやろな。カウラ後で送って行ってやれや」 
「分かりました。パーラと同じマンションだったな?」 
 カウラはそう言うと烏龍茶を飲んだ。
「そうね。とりあえず放り込んでおけばなんとかするでしょ」 
 パーラはそう言うと一口ビールを飲んだ。
「確かにあの部屋は凄いからな、誰かさんの部屋みたいに」
 カウラが楽しげに語る。そんな彼女の言葉に誠は寝ているアイシャを見つめた。
「僕の部屋ってそんな凄かったですか?」 
 その誠の言葉にカウラとパーラが凍りついた。
「まあな、オメエの部屋……アニメとゲーム関係のものだらけだったじゃねえか」 
 要は呆れながらそう言うと、胸のポケットからタバコを取り出した。
「隊長がいない時は禁煙だよ!ここは!」 
 吉田に豚玉を焼かせながらじっとこの騒ぎを見ていたシャムがそう突っ込みを入れた。
「叔父貴がいるときだけ喫煙可って……くわえてるだけだっての!ったくお子ちゃまはこれだから……」 
 目を細めてタバコをしまう要。
「お子ちゃまじゃないもん!中尉さんだい!」 
 シャムは頬を膨らまして抗議する。誠は展開についていけず黙ってたこ焼きを突いていた。
「しかし、良く食べますねシャムさん」 
 誠はもう二玉、豚玉を食べ終わり、三つ目が焼けるまでのつなぎで、たこ焼きを食べているシャムを見て、心の底からの声を発した。
「ただでさえチビなのに、これ以上食ったら太るぞ?」 
 要はグラスを傾けながらそう言ってみせる。
「大丈夫だよ!シャムは元気に動いてるから!」 
 シャムは気にする様子も無く、たこ焼きを頬張った。
「え?育ってないって?」 
 いったん潰れたと見えたアイシャがのそりと起き上がった。
「あ。復活した」
 サラがそう言うと烏賊玉を口に運ぶ。 
「余計なことするんじゃない」 
 要とカウラは復活したアイシャを見て思わず口を滑らす。
「いいもんね、どうせアタシなんか……!」 
 脈絡も無くアイシャはシャムのところまで匍匐前進していく。
「何する気だ?」 
 要は面白そうにその有様を見ている。
「ミニマム!」 
 そう叫ぶとアイシャは今度はシャムに抱きついた。
「邪魔だよアイシャちゃん!食べられないよ!」 
「ご飯はもういいから!一緒に飲もうよ!ねえ!」 
 アイシャはシャムに抱きつきながら吉田のグラスをかっぱらうと、一気に飲み干してまた倒れこんだ。
「明石中佐。妙に落ち着いてますけど、もしかして……」 
 誠は恐る恐るにこやかに笑いながら酒をすすっている明石にそれとなく聞いてみた。
「まあいつもワレは潰れとったから知らんじゃろが、いつもウチの飲み会なんてこんなもんや。どや?驚いたか?」 
 我関せずといった調子で、明石は杯を進める。ふと吉田の方を見た誠だが、こちらもニヤニヤしながらシャムとアイシャを横目で見て酒を飲んでいるだけで、手を出すつもりなど無いようだった。
 しかし、誠にとってそれ以上に引っかかるのは菰田の舐めるような視線だった。明らかに敵意をむき出しにして、こちらのほうを見ている。先任下士官である菰田ににらまれて、誠はおずおずとビールをすするよりほかにすることも無かった。
「菰田先輩……?」 
 誠は鬼の目に変わった菰田に向けてそう言った。
「何でお前ばっかり!何でだ!この受けキャラが!」
 菰田の叫びが座敷に響く。誠の視線の中でパーラはできるだけ離れようと壁に張り付いている。 
「受けキャラと聞いたら黙ってませんよ!」 
 菰田のその言葉に反応して泥酔状態のアイシャが起き上がった。完全に出来上がった視線で誠に向き直るアイシャに誠は冷や汗が流れるのを感じていた。
「めんどくさいから、オメエは寝てろ!」 
 要が誠をかばうように立つとアイシャは懇願するような瞳をして両手を合わせて要に向き直った。
「要ちゃん!人には戦場と言うものがあるのよ!」 
 そのアルコールで赤く染め上げられた頬を見て要はアイシャを捕まえる。
「わけわかんねえよ!」 
 そう叫ぶ要の手を振りほどいてアイシャは起き上がった。
「ヒンヌー教徒が立ち上がった今!カウラちゃんフラグは消えたも同然!今こそ私とのフラグが!」 
 立ち上がって演説を始めるアイシャ。誠は事態の収拾を期待して明石を見る。そこではできるだけ話の輪から遠ざかろうと下を向いてたこ焼きを分解している明石の姿があった。
「だから分かるように言えよ!」 
 もう一度要は叫びながらアイシャを組み伏せようとする。その動きを読んでかわしたアイシャはそのまま誠に熱い視線を送る。誠はアイシャの濡れた視線に戸惑いながらじりじりと後ろに後退した。
「フラグ?何だそれは?」
 誠をかばうように間に入ってきたカウラが誠に尋ねる。 
「何なんでしょうねえ……」
 そう言って誠はアイシャの顔を見た。彼女は舌なめずりをしながらじりじりと誠に近づいてくる。そんな誠達のやり取りを菰田は手を震わせながらそれに聞き入っている。
「やれー!もっと修羅場になれー!」 
 気の無いように吉田がそう叫んだ。島田とサラは騒動を無視して二人だけの世界に旅立っている。キムを見れば野菜玉を焼き上げることに集中している振りをして、係わり合いになることを拒絶しているようにも誠からは見えた。
 頼れるものは自分ひとり。酒を飲むのを躊躇していた誠は隣になみなみと注がれていた要の酒を奪い取ると一気に飲み干した。
「おい!何しやがる!」 
 要が慌てて誠に声をかけた。
「やられた!間接キッスフラグとは!」
 その場に崩れるようにして頭に手をやるアイシャ。 
「だからわけわかんねえよ!」 
 要の突っ込みをアイシャは軽くかわす。誠は40度のアルコールにしたたか頭の中を回転させながらそれを聞いていた。
「分かりました!」 
 誠はそう言っていた。
「大丈夫か?」 
 カウラは振り向いて誠をその澄んだエメラルドグリーンの瞳で見つめる。
「馬鹿が」 
 そう言うと要は誠からグラスを奪い取った。しかし、もう誠の意識はここには無かった。
「神前誠!脱ぎます!」 
 全員がやっぱりかと言う視線を誠に送る中、誠はTシャツを脱ぎ始めた。
「馬鹿が!ワンパターンだな」 
 要はそう言うとあきらめたと言うように先ほど誠が口をつけたグラスにラム酒を注ぎ始めた。何も言えずにカウラは立ち尽くす。Tシャツを壁際に投げ捨てた誠は今度はズボンを脱ぎ始めた。
「止めろや!キム!酒が不味くなる」 
 そんな明石の一言が届く間もなく、再び要のグラスを奪い取って飲み干した誠はそのまま仰向けにひっくり返り、意識を失っていた。


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