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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作者:橋本 直

第6回   今日から僕は 5
「あっちは片がついたみたいだねえ」 
 東都。経済で遼州の大国となったこの国の首都らしく次々と着飾った人々が行きかう中心街。その大通りに面した人目で一等地とわかる場所にある贅を尽くした建物。そこの一階にはイタリア系ブランドの宝石店が居を構えていた。
 嵯峨はダンビラを肩に乗せたまま、じっとその前で立ち続けていた。周りの買い物客はその姿に怯えたように遠巻きにその姿を眺めている。
 通報した人物がいるようだが、警官は嵯峨が身にまとっている東和軍の陸軍の制服の袖につけられた笹に竜胆の部隊章を見て、その場で近づかないように野次馬の規制を始めた。
「リアナ。俺が抜刀したら空気読んで入ってきてよ。まあ、抜くかどうかは気分次第だな」 
『了解しました』 
 嵯峨はリアナのその言葉を合図に口にしていたタバコを投げ捨てると、軍服姿には場違いな高級感のある店の中に入っていった。
 店員達は瞬時に彼の姿に警戒感をあらわにする。外から覗き込んでいる警官が彼を制止しなかった所を見ていたのか、とりあえず係わり合いにならないようにと自然体を装いながら嵯峨から遠ざかった。
 店の中にいた客は嵯峨の手にある日本刀に驚いたような顔をしているが、すぐに店員が彼女達に耳打ちをして嵯峨から離れた場所に移動した。
 嵯峨は慣れた調子でショーケースの間をすり抜けながら、ただなんとなく店を見回してでもいるような感じで店の中を歩き回った。一人の若い女性店員が意を決したように店内を落ち着いた調子で眺めている嵯峨に声をかけた。
「お客様。保安隊の方ですよね?他のお客様が……」 
「ここで暴れるつもりはねえよ。ここのオーナー出しな。名目上のじゃねえよ。モノホンの方だ……て、あんたに言っても分からんか……そこのアンちゃん!」 
 懐に手を入れたままで、じっと嵯峨の方を見つめていた一人の店員に声をかけた。店員は瞬時にその手を抜くと、何事も無かったかのように嵯峨の方を笑顔で見つめた。その頬に緊張の色があることを、嵯峨は決して見落とさなかった。
「アンちゃんよう!俺みたいに怪しい人物が来たら案内する方のオーナー、今日来てんだろ?そいつのとこまでつれてってくんねえか?」 
 嵯峨は満面の笑みを浮かべながらそう言った。
 アンちゃんと呼ばれた店員は初老の店長らしき人物に目配せをする。静かに頷いたロマンスグレーの髪を見ると店員は嵯峨の前へと歩み寄ってきた。
「お客様、店内であまり大声を出されても……。こちらになりますので」 
「ああ、知っててやってんだ。気にせんでくれ」 
 嫌味たっぷりにそう言うと、業務用通路へ向かうアンちゃんの後ろについて嵯峨は歩いていった。彼に従って従業員で入り口からビルの奥へと進む。そしてそのまま人気の無いエレベータルームにたどり着いた。
「お勤めご苦労」 
 二人きりになると嵯峨はアンちゃんと呼ばれていた男にそう言った。男は周りを見回した後、急にへりくだった調子で語り始めた。
「お上。カルヴィーノは今朝、私室に入ったまま動く様子はありません。見込みどおりあの男が中国の外務省のエージェントと接触しているのは私も……」
 嵯峨は手を上げて若い男の言葉を制した。 
「そいつはダミーだよ。何しろ今回の一件はこっちから仕掛けてるんだ。パレルモの旦那衆も馬鹿じゃねえよ。神前ちゃんの売り手はいくらでもあることくらい、ちょっと頭の回る人間ならすぐわかることさ。値段がつりあがるまで待って、そこで引き渡すってのが商道ってもんだろ?吉田の馬鹿が漁っただけでも、アメちゃんはその倍の値段を出してたぜ」 
 老舗のビルの業務用らしい粗末なエレベータに二人して乗り込む。
「じゃあマフィアに火をつけたのは……」
 若い男は再び背広の中に手を入れて小型拳銃を取り出した。 
「それが分かればねえ、俺だって苦労しねえよ。ただ保安隊の隊長としては一つのけじめって奴をつけなきゃなんねえ。安心しな、オメエさんの家族は俺の直参が嵯峨家の直轄コロニーへご同道している最中だ。まあこの一件の片がつくまで家族水入らずで過ごすのも悪かねえだろ?」 
 エレベータは時代遅れな速度でようやく目的の階に到着した。
「まあちょっとだけ付き合ってくれや。始末はウチでつけるからな」 
 その言葉に安心したとでも言うように、アンちゃんと呼ばれた男は嵯峨を頑丈そうな扉で閉ざされた部屋へと導いた。あの階下の豪勢な雰囲気はそこには無かった。有るのは奇妙な殺気だけ。それが嵯峨には心地よく感じられるようでにんまりと笑いながら扉を開く。
「邪魔するぜ」 
 嵯峨に続いてアンちゃんもその後に続く。
 中では派手なラメの入った黒い背広を着た、どう見ても堅気とは見えない男が二人、夏だと言うのに気障な紺色の三つ揃えに黒いネクタイの男からの指示を仰いでいる最中だった。
 嵯峨は素早く抜刀した。ダンビラが宙に舞った次の瞬間には、二人の男の胴体は首を失って倒れこんでいた。鮮血が部屋に飛び散り首から噴き上げる血が壁や机に飛び散った。
 気障なネクタイの男は、さすがに鉄火場を踏んで来たらしく、すぐさま拳銃を抜いて嵯峨に狙いを定めようとしたが、その手を嵯峨を導いてきた若い男の手に握られた拳銃の弾が貫通した。気障なネクタイの男の手の拳銃は床に転がり、思わず傷を押さえたまま地に伏せてじっと嵯峨のほうを見上げる。
 嵯峨の制服と部隊章がその男の目の中に入ってきた。それを確認するとあきらめたように一度床に視線を落とした後、ようやく合点がいったかのように作り笑いを浮かべる。
「これは遼南上皇ラスコー陛下……。泉州公、嵯峨惟基特務大佐殿とお呼びした方がいいですかね?今日はどんな用事ですか?血を見るにはずいぶんと早い時間のご訪問じゃないですか」
 男はそう言うと刀の刃先を確認している嵯峨を見上げた。そこに覚悟の色のようなものを見つけた嵯峨は、安心したように左手に持った刀を担ぐとそのまま机にしがみついて痛みに耐えている男の前に立った。 
「さすがだ。『皆殺しのカルヴィーノ』と呼ばれただけの事は有るねえ。地獄の超特急に乗るのが決まったと言うのに、俺をにらみつけるとはその度胸はたいしたもんだ。なにか用かって……。分かってんだろ?オメエさんの飼い犬がウチの馬鹿を一匹拉致った件に決まってるじゃねえか」 
 カルヴィーノは悪党らしくニヤリと笑った。そしてそのままよたよたと立ち上がると血が流れている右手で乱れたネクタイを締めなおした。
「何を根拠にそんな……」 
 その言葉に嵯峨はカルヴィーノの座っていた机を蹴飛ばした。
「舐めんじゃねえぞ糞餓鬼!テメエの所の台所は東都警察が下部組織を四つ潰して、火の車だってことは分かってるんだ。どうせこのまま行ったら次の旦那衆の会合次第で、そこに飾ってある家族ともども地中海で魚の餌になることくらいお見通しなんだよ!」
 カルヴィーノの肩が震えていた。そして静かに乱れた金色の前髪を血にぬれた手で撫で付けている。それを見ると冷たい笑みを浮かべた嵯峨が言葉を続けた。
「そこで博打に出たわけだが……相手が悪かったな」 
 嵯峨はそう言い終わると懐からタバコを取り出した。
「この部屋は禁煙ですよ。大佐殿」 
 青ざめた顔をしながらも、東都のイタリアンマフィアを統べるボスとしてのプライドから、カルヴィーノは引きつった笑みを浮かべながらそう言った。。
「オメエもタバコやらねえんだったよな。まったくこの業界で禁煙主義なんてつまんねえ人生送ったな?」 
 嵯峨はカルヴィーノの言葉を無視してタバコに火をつける。カルヴィーノは肩を落として嵯峨の姿をただ見つめていた。
「どうせ何も話すつもりは無いんだろ?その忠誠心はいつも感心させられるよ」 
 そんな嵯峨の皮肉にピクリとカルヴィーノはこめかみを動かした。
「それはそうと何か言い残すことはねえか?」 
 嵯峨は低い声でそう言った。カルヴィーノは特に取り乱した風でもなくもう一度ネクタイの緩みを直すと軽く首を振った。そして両手を挙げて静かに目を閉じる。
「それじゃあ、先に地獄で待っててくれや」 
 嵯峨の剣の切っ先が、カルヴィーノの喉下に突き刺さった。鮮血がタラタラ嵯峨の手にある兼光の刃をを伝って滴り落ちる。カルヴィーノは安心したような笑みを浮かべると膝から崩れ落ちて嵯峨の剣に吊り下げられるように床に膝を突いた。
 それを確認するようにして、嵯峨はカルヴィーノの喉から剣を抜いた。力を失ったカルヴィーノの上体がそのまま床に倒れこむ。
「ったく。どいつもこいつも俺に無駄な仕事させやがるな……」 
 じっとカルヴィーノの死体を眺めながら嵯峨はそう呟いた。嵯峨は兼光に付いたカルヴィーノ達の血を右の袖で拭った。嵯峨の後ろにいた男は静かに手を合わせてカルヴィーノを弔う姿を見せた。


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