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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作者:橋本 直

第4回   今日から僕は 3
 歓迎会の第一回がある。そう言われて誠はカウラの赤いスポーツカーに乗せられて繁華街の駐車場まで連れて来られた。同乗することになった要は乗っている間、きつく締め上げられたサスペンションの調子に文句ばかりたれていた。
「……ったく何でアタシがカウラの車で来なきゃなんねえんだよ!」 
 要はそう言うとカウラの低い座席から降りた。誠は後部座席で身を縮めて周りを見渡した。地方都市の繁華街の中の駐車場。特に目立つような建物も無い。
「貴様が吉田少佐をけしかけてレースなどするからいけないんだ」
 運転席から降り立ったカウラは挑発するように要を見つめる。黒いタンクトップに半ズボンと言うスタイルの要はにらみ返して唾を飛ばしながらカウラに食って掛かる。 
「テメエもあんな口車で乗せられたらほいほい勝負受けるくせに……って新入り!いつまでそこで丸まってるんだ?」 
 誠は頭をかきながら二人を眺めていた。
「西園寺がシートを動かさなければ彼は降りられない。そんなことも分からないのか?」
 赤いキャミソール姿のカウラが噛んで含めるように要に言った。 
「すいません……」 
 誠は照れながら頭を下げる。その姿を見た要はめんどくさそうにシートを動かして誠の出るスペースを作ってやった。大柄な誠は体を大きくねじって車から降り立った。
 作り物のような笑顔でその姿を見つめるカウラ。そして、わざと誠から目を反らしてタバコに火をつける要。
「じゃあ、行くか?」 
 そう言いながら要は二人を連れて歩き出した。
「歓迎会って……なんかうれしいですね!ありがとうございます」 
 無表情に鍵を閉めるカウラにそう話しかける。ムッとするようなアスファルトにこもった熱が夏季勤務服姿の誠を熱してそのまま汗が全身から流れ出るのを感じた。
「それが隊長の意向だ。私はそれに従うだけだ」 
 そうは言うものの、カウラの口元には笑顔がある。それを見て誠も笑顔を作ってみた。
「何二人の世界に入ってるんだよ!これからみんなで楽しくやろうって言うのに!それとまあこれから行く店はうちの暇人たちが入り浸ることになるたまり場みたいな場所だ。とりあえず顔つなぎぐらいしといた方が良いぜ?カウラ!ったくのろいなオメエは!」 
 急ぎ足の要に対し、ゆっくりと歩いているカウラ。誠はその中間で黙って立ち止まった。
「貴様のその短気なところ……いつか仇になるぞ?」
 そう言うとカウラは見せ付けるように足を速めて要を追い抜いた。 
「う・る・せ・え・!」 
 要はそうそう言うと手を頭の後ろに組んで歩き始める。駐車場を出るとアーケードが続くひなびた繁華街がそこにあった。誠は目新しい町に目をやりながら一人で先を急ぐカウラとタバコをくわえながら渋々後に続く要の後を進んだ。
「あそこの店だって……。またあの糞餓鬼が待ってやがる……」 
 あまさき屋と書かれたお好み焼き屋の前に箒を持った女子中学生が一人で要を睨み付けていた。
「おい、外道!いつになったらこの前酔っ払ってぶち壊したカウンターの勘定済ませるつもり……?」 
 夕方の赤い光が白いTシャツ姿の少女を照らしている。誠は少女と視線が合った。
 少女はそれまで要に向けていた敵意で彩られた視線を切り替えて、歓迎モードで誠の顔を見つめる。そしてカウラを見つめて、さらに店内を見つめ。ようやく納得が言ったように箒を立てかけて誠を見つめた。
「この人が大師匠が言っていた新しく入る隊員さんですか、カウラの姐さん?」 
 少女は先ほどまでの要に対するのとはうって変わった丁寧な調子でカウラに話しかける。
「そうだ、彼が神前誠少尉候補生。小夏も東和軍から保安隊に入るのが夢なんだろ?後でいろいろと話を聞くといい」 
 その説明を聞くと、店の前にたどり着いた誠を憧れに満ちた瞳で眺めた後、小夏は敬礼をした。
「了解しました。神前少尉!あたしが家村小夏というけちな女郎(めろう)でございやす。お見知りおきを!ささっ!もう大師匠とかも来てますから入ってください!」
 掃除のことをすっかり忘れて、無駄にテンションを上げた小夏に引き連れられて、三人はあまさき屋の暖簾をくぐった。
 外のムッとする熱波に当てられていた誠には、店内のエアコンの冷気がたまらないご馳走に感じられた。
「来ましたねえ……」 
 アイシャの落ち着いた言葉に迎えられた三人。どこにでも有るようなお好み焼き屋の一階。アイシャ、パーラ、サラの三人娘がたこ焼きをつついていた。小夏に連れられて入ってきた三人、特に要を見つけるとアイシャとサラはにやけた様な顔をして、パーラは眼を伏せた。
「おい、テメエら。なんかつまんねえこと考えてんのか?」
 要はタバコを携帯灰皿に押し込みながら尋ねる。白いワンピースを着たアイシャがまずはじめに誠の視界に入った。彼女はすぐ目の前のTシャツ姿のサラを見つめてニヤニヤしながら要の方を向き直った。 
「要ちゃん、これなんだけど……」 
 アイシャが一枚の汎用端末用ディスクを掲げた。誠は何が起きたかわからなかったが、要の様子がおかしいことだけはわかった。見ていると要の目が一瞬点になった。そして次の瞬間、要はそれを奪おうと手を伸ばすがアイシャはすばやくそれをかわした。
「いやあ!渡辺大尉からいいものもらっちゃいましたよ……楓少佐が……実は……」
 誠とカウラは取り残されたように立ち尽くしている。要は何度と無くアイシャの手に握られたディスクを奪い取ろうとするが、アイシャは紙一重でそれをかわし続ける。 
「アイシャ……表に出ろ!いいから……表に出ろ!」 
 取り上げるのをあきらめたようにテーブルに両手をつくと低い声で要がそう言った。
「そんな口の利き方して良いのかしら?要ちゃん?これをシャムちゃんに渡して、そこから吉田少佐の手に渡ってそれで……」 
 アイシャは話を進める。サラはその隣で笑っている。作務衣のような薄い紫の上着を羽織ったパーラは呆れてたこ焼きを口に入れたが、熱かったようで慌ててビールを飲み始めた。
 カウラと小夏は話が読めないと言うように呆然と三人のやり取りを眺めていた。
「分かった!何が狙いだ?金か?それとも……」 
 明らかに焦っている要の様子を誠は不思議そうに見ていた。それを見て小夏は手を打って納得した。そして目の前の状況をただ眺めている誠の耳元で囁いた。
「旦那。あのど外道、実は大師匠の娘さんの楓さんに愛の告白をされてるんですよ。いわゆる百合って奴ですか?まあ、ど外道は確かに鬼畜だけどそんな趣味は無いってんで、ああいったやり取りになってるわけですよ」 
 耳を澄ましていたカウラが小夏の話を聞いて声を立てて笑い始めた。
「なるほど……」 
 誠が納得したように頷いて眼を開けるとそこには要の顔があった。誠は思わずのけぞっていた。そのまま近づいてくる要の顔に反り返っていく誠の上体。そして、要の豊かな胸が誠の胸板に触れようとした瞬間、要は口を開いた。
「おい神前。今度の夏コミでアイシャが原作を書く漫画はお前が絵を描け。上官命令だ拒否は認めん。分かったな?」 
 凄まじく真剣な表情の要のうしろでにこやかに手を振っているアイシャの姿があった。
「分かりましたから……そんなに顔近づけないでくださいよ。ちょっと怖いですし……」
 そして誠は隣のカウラの顔を見た。感情の起伏の少ないカウラだが、明らかに誠と要を怖そうな顔つきでにらみつけている。
 それを見つけると今度は要はカウラに向き直った。
「火の無いところに煙は立たないという言葉があるなあ」 
 わざと遠くを見つめているカウラの口からそんな言葉がこぼれた。それがツボに入ったようで、アイシャがけたたましい声で笑い出す。 
「お前までアタシをドSな百合娘だと思ってるのか?ったく……」 
 そう言ってカウラを威嚇すると、要は再び鬼の形相でアイシャへ向き直った。
「おいアイシャ!いつか額でタバコ吸えるようにしてやるから覚えてろよ!」
 誠が思わず引くほどの剣幕だが、アイシャは全く動じるところが無い。平然とたこ焼きを口に放り込むと悠然と要の顔を見つめた。 
「いつまでそんな口が利けるのかしらー」 
 アイシャはまたディスクをひらひらと翻らせる。
「神前少尉。馬鹿は放っておいて行くぞ」
 さすがに呆れてきたのか、カウラは立ち尽くしている誠の手を引くと店の奥の二階へと続く階段を上り始めた。
「カウラちゃん・要ちゃん・誠ちゃんの三角関係……悪くないわね……いっそのこと……」 
「うん!いっそさんぴ……」 
 アイシャとサラは二人で盛り上がる。当然ネタにされている要は階段から実を乗り出してさらに語気を荒げて叫んだ。
「テメエ等勝手なこと抜かしてんじゃねえ!後で覚えてろよ!」 
 アイシャとサラが小声で話し合うのを怒鳴りつけると要は二人の後を追って二階へ続く階段へ走った。
「私は関係ないから!」 
 一人パーラが去っていこうとする要に声をかけた。その右手が要にアピールするように上げられている。
「一緒にいるだけで同罪なんだよ!」 
 要の叫び声にパーラは力なく上げた手を下ろした。
「おう、来たのか」 
 二階の座敷では、すでに上座の鉄板を占拠している嵯峨が、猪口を片手に三人を迎えた。半袖のワイシャツ姿の彼の隣には30代半ばと思われる妖艶な紺色の江戸小紋の留袖を着た女性が徳利を持って座っていた。地方都市のお好み焼き屋の女将というより、東都の目抜き通りのクラブのママとでも言うようなあでやかな雰囲気に誠は正直戸惑っていた。
「お春さん。この野郎がさっき言ってたうちの新戦力ってわけ。まあいろいろと未知数だから期待してるんだけど……」
 嵯峨は満足げに女将さんらしい女性が注いだ酒を飲み干す。黒い髪を頭の後ろで纏め上げた和服の女性は誠の方をにっこりと笑いながら見つめている。 
「嵯峨さんみたいな上司を持つなんて……大変ねえ」 
 穏やかなやさしい声に誠は少しばかり心臓が高鳴るのを感じていた。そんな誠を見ていた要が不機嫌そうにカウラを引っ張って座敷に入り込む。
「そりゃあないんじゃないの?お春さん」
 お春さんと呼ばれた女性が笑いかけるので誠は赤くなって眼を伏せた。そんな誠を見たカウラは、要に引っ張られた手を離して誠の手を引くと嵯峨の座っている鉄板の隣に引っ張っていった。
「とりあえず今日はお前が主賓だ。後の連中が来るまで勺でもしていろ」
 要はどっかりと腰を下ろすと所在無げについてきて彼女の正面に座った誠に向かってそう言った。仕方がないというように入り口のケースからビールを取り出すとカウラは誠に握らせた。 
「おいカウラ。野郎の勺なんてつまらねえし、酒が不味くなるぜ。お前と……女好きな要。お前等もこっちに座れや。お前等の小隊の新入りなんだからさあ、少しは客扱いしてやろうよ」
 嵯峨の口元がにんまりと笑っている。要の表情がその言葉を受けて素早く曇った。彼女は立ち上がって嵯峨が叩いている隣の、鉄板の仕込まれたお好み焼き屋らしいテーブルに移動する。誠はカウラにつれられて気恥ずかしく感じながらも上座の席に腰を下ろした。 
「叔父貴……今なんて言った?……今なんて言った……」 
 座ってそのままうつむいていた要。そのまま怒りに震えるようにして要が声を絞り出す。嵯峨は懐からアイシャ達が持っていたのと同じカードを取り出してかざして見せた。
「一応我が娘の性癖と言うか……まあちょっとシャムの奴を絞ったらこいつを差し出してきてね。まあそのなんだ……もう大人だから。特に言うことはないけど……これはねえ……実の娘が縛られるのが好きだったとは……正直親としてはショックだし」
 嵯峨は衝撃を受けているそぶりをしていたが、それよりも目の前の姪、要の表情の変化を楽しんでいるように手の中のカードを振っている。 
「あたしはそっちのけはねえんだよ!それにしばかれて喜ぶ変態と付き合う趣味はねえ!」
 そこまで言って要は誠の顔を見てはっとした表情を浮かべた。 
「シバク……シバク……」 
 誠はおずおずと眼を伏せた。自然と緊縛されて鞭打たれてむせび泣く美女を見下ろして笑いながら鞭を振るう要の姿が妄想される。顔が赤くなっていくのが分かった。
「おい神前!テメエつまらねえこと考えてんじゃねえだろうな!アタシにゃあそんな趣味はないし、第一女同士で……」 
「胡州じゃあ上級貴族の家名存続のために女性同士の結婚が最高司法院で認められたという判例もあるんだが……まあ、俺は個人の問題だから結婚したいって言うんなら反対しないぜ」
 嵯峨は戸惑っているお春さんの注いだ酒を再び飲み干した。嵯峨の言葉が終わるのを聞くとお春さんは要の方に目を向ける。 
「反対しろ!頼むから反対してくれ……」 
 要が泣きそうな調子で嵯峨に縋り付く。嵯峨は猪口に残った酒をぐいと飲み干してお春が酒を注ぐのを見ていた。カウラは黙ってそんな様子を表情も変えずに見つめている。誠は妄想で一杯になりながらおずおずと要の顔を覗き込んだ。
 さすがの嵯峨もお春の視線がきつくなっているのを感じて黙って注がれた酒を飲み干すことにした。
「嵯峨さん。あんまり要さんを苛めると後でどうなっても知りませんよ」 
 そう言いながらお春は嵯峨の猪口に酒を注ぐ。
「そうですか。これは参考になる意見ですねえ」 
 嵯峨はそう言うと目の前の突き出しの松前漬けに箸を伸ばした。
「要さん。吉田さんとクラウゼさんにはきつく言っておくから安心して頂戴ね」 
 お春の言葉にほっとしたように要は顔を上げた。誠は自分を見つめる要の目元に少しばかり光るものが見えて鼓動が高鳴るのを感じた。
「ヤッホー!みんな元気かな?ってなんで要ちゃん泣いてるの?」 
 そんなところにまったく空気を読まずにシャムが乱入してくる。その後ろではアイシャとサラが小声で何かを話しながら部屋を覗き込んでいた。要はさっと立ち上がると一直線にシャムの元へかけて行き胸倉をつかんで持ち上げた。
「テメエディスクをどこで……」 
 怒髪天を突く形相の要をよそに、シャムは別に慌てる様子でもなく笑みを浮かべながら後ろでニヤニヤしているアイシャを指差した。
「アイシャ!テメエ、さっきの台詞は全部嘘かよ!それとシャム、前にも同じようなことやった時に次はねえって言ったよな……」
 さすがにサイボーグの力で白いフリルのついたワンピースの襟元を締め付けられるのは苦しいようで、シャムは浮き上がっている足をばたばたさせて抵抗し始めた。 
「だめじゃない!要ちゃん!シャムちゃん虐めちゃ!」 
 シャムのばたばたさせる足が目に付いたと言うように、階段の下から淡い藤色の和服姿に白い髪をなびかせるリアナが現れた。彼女の登場は要には予想外のことだったようで、思わず手を緩めたところをシャムは上手くすり抜けた。そしてそのままリアナの膝元にまとわり着いて嘘泣きを始める。
「よしよし、いい子だから泣いちゃだめよ……そうだ!私が一曲……」
 そう言って部屋に踏み出そうと言うリアナの袖を引くものがいた。 
「はい歌わなくて良いからねーって、いつもこんな役回りばかりで疲れるわ。カウラ。もう少し隊長として自覚もって行動してもらわないと……それと隊長。つまらないディスク配ってまわって面白がる趣味は感心しませんよ」 
 続いて入ってきた淡い水色のワイシャツに紺のタイトスカート姿の明華が嵯峨をにらみつける。嵯峨は悪びれる様子もなく、にぎやかな彼の部下達の豊かな表情に満足そうに笑顔を浮かべるお春が注ぐ酒に淡々と杯を重ねていた。明華はそれを見るとあきらめた調子で後ろについてきた明石と一緒に嵯峨の隣の鉄板をさもそれが当然であるかのように占拠した。
 明石は天井に届きそうな頭をゆっくりと下げながら部屋に入り込んだ。全員がその原色系の紫のスーツに黒いワイシャツ、そして赤いネクタイと言う趣味の悪い姿に呆れながら、嵯峨のテーブルに着いた明華の隣に座る姿を見つめていた。
「さっきから気になってたんですけど……」 
 誠は初めて自分が話を出来るタイミングを見つけて口を開いた。
「何でシャム中尉はネコ耳をつけてるんですか?」 
 シャムが不思議そうに誠を見ている。そう言われて自分の頭のネコミミを触ってにっこりと笑うシャム。しかし、誰一人その事に突っ込む事は無い。
「それが仕様だ」 
 誠は突然、窓の方から声が聞こえたのでびっくりしてそちらを見ると、開いた窓から吉田が入り込もうとしていた。特に誠以外は彼に突っ込みを入れる事も無く、あたかもそれが普通のことだと言うように目を反らしている。吉田はまるで当然と言うようにそのまま靴を部屋の中に置いて入り込んだ。
「おまえなあ、ちゃんと入り口があるんだからたまにはそちらを使えよ」
 窓枠をきしませている吉田に嵯峨があきれたようにそう言った。吉田は誠が初めて会った時のドレッドヘアーでは無く、短い髪の毛を整髪料で立たせた髪型に、だぼだぼの黄色と黒のタンクトップにジーンズと言う姿でそのまま部屋に入り込む。
「やはり新入りに慣れてもらうためにもここはいつも通りのやり方をですねえ」
 嵯峨の言葉に返すのはとぼけた調子の言葉だった。
「あのなあワレのいつも通りはおかしいってことじゃ」 
 明華の隣に座って手ぬぐいで顔を拭いていた明石が、呆れたように吉田に目を向けた。吉田は靴をシャムに手渡すと下座の鉄板の前に座った。シャムは靴を手にどたばたとにぎやかに駆け下りていく。
「お前だってガチホモとして変態であるところをだな……」 
 にんまりと笑う吉田。明石は階段から座敷を覗いているアイシャとサラの視線を見つけると、振り返って殺気のこもった視線を吉田に投げた。
「ワシはホモじゃない!」
 明石の言葉に何も答えず頷く吉田。その真似をしてネコミミモードのシャムも頷いている。
「漫才はそれくらいにして、カウラさん以外はビールで良いかしら?」 
 お春さんは嵯峨のお酌を止めて立ち上がると、淡々と客をさばく女将の姿に変わっていた。
「女将さんアタシはキープしたボトルで!」 
 誠の前の席で手を上げた要がそう叫ぶ。そんな要を誠の隣に座ったカウラは特に気にするわけでもなく鉄板の上に手を翳しては、時折誠の顔を覗き込んでいた。
「はい、はい。小夏!ちょっと手伝って頂戴」 
 そう言うとお春は階段を駆け上って吉田の隣に座った後、ネコミミを直しているシャムの後ろを抜けて階段のほうに歩みを進めた。
「そういえばシンの旦那はどうしたい?また残業か?」 
 嵯峨がそれとなく明華に尋ねる。明華は几帳面に手を拭いたお絞りを半分に折りながら顔をあげる。
「05式納入の書類が溜まってるんですって。先にはじめてて下さいって言ってましたよ。ただ三十分くらいで終わるから、そのころにはコーヒーとアンキモを用意してくれって……」
 誠は耳を疑った。コーヒーとアンコウの肝と言う組み合わせがどう考えても理解できなくてそのまま隣の要を見た。 
「あの旦那の舌、絶対狂ってるぜ?コーヒー飲みながらアンキモ突くんだからなあ……」
 ようやく彼女の話題が途切れたことに安心している要が、そう言って誠の視線にこたえる。誠はそのタレ目ながらも鋭い目線で見つめられて思わず視線を落とした。
「おい新入り!いきなりめを背けるなよ。まさかお前までアタシのことガチレズだと思ってるんじゃないだろうな?」
 おどおどとした誠の態度に苛立った要の声が誠の耳に響く。誠は一瞬カウラに助けを求めようかと思いながらも、それではさらに事態を悪化させると要の目を見つめて言った。 
「いえ!そんなつもりじゃあ……」 
「よせ要。今日は歓迎会のはずだ。お前が暴れていい日じゃない」 
 カウラは静かに要をたしなめる。カウラと要の間に流れた緊張をほぐすように、タイミングよくお春と小夏の親子が飲み物と箸、そしてお通しを運んできた。誠はほっとしたように小夏から受け取ったお通しのきんぴらごぼうに箸を伸ばした。
「お待たせしました、はい要ちゃんはラム。くれぐれも飲みすぎて店を破壊しないようにしてね」
 そう言いながらグラスと瓶を要に手渡した。嬉しそうに要は瓶のふたを取ると、琥珀色のラム酒を手の中のグラスに注いでいく。
「お母さん、そのど外道に何を言っても無駄だって。どうせなら塩水入れて持ってくればよかったのに……」 
 吉田のテーブルにお通しを並べながら小夏がつぶやく。
「何か言ったか?小夏坊!」 
 要はそう言いながらテーブルにグラスを叩きつける。
「はいはい怖い怖い……。師匠!今日はネコ耳ですか!着ぐるみは着ないんですか?」 
 小夏は要の態度を馬鹿にしておどける様なしぐさをすると、シャムにそう話しかける。
「うん。俊平が新人の前で本性を現すのはまだ早いって言うから。俊平!本性って何?」
 小夏から受け取ったお通しの小鉢を持ち上げて眺めながら吉田はシャムの問いに答えた。 
「あのなあ。お前の普段着を見たら新人さんが絶望して辞めちゃうだろ?それにどうしても着たいって言うなら止めなかったぜ。着ぐるみきてタクシーに乗る度胸があればの話だがな」 
 吉田はいつの間にか階段のところまでビールのケースを運んできていたアイシャからビール瓶を受け取ると立ち上がって明石の席まで行って、明華の差し出すコップにビールを注いだ。シャムもそれを見ると次々とビール瓶を並べていくアイシャから瓶を受け取って立ち上がると、そのままリアナの前にあるコップにビールを注いだ。
「それじゃあ誠君には私が注いで上げるわね」 
 そう言うとアイシャはそのまま誠の隣に膝をついてビールを注ぎ始める。カウラと要が迷惑そうな顔をしているが、アイシャはまるで関心が無いと言うようにそのまま誠のグラスを満たすと、自分あまっているシンのグラスを取り上げて自分の分のビールを注ぎ始めた。
「クラウゼ、それにラビロフにグリファン!ドサクサ紛れの接待か?ご苦労なこった」 
 嵯峨に声をかけられて階段から座敷を覗いていたサラとパーラが頭をかきながら入ってくる。小夏は二人の分のコップを出すとそのままビールを注いだ。
「嵯峨さんは日本酒ですよね?」 
 そう言うとお春は嵯峨の手にあるお猪口に酒を注ぐ。
「じゃあ春子さんも飲みましょうよ、めでたい席なんだから」 
 そう言って嵯峨が明石が持ってきた新しいグラスを春子に手渡して、そのままビールを注いだ。隣では小夏に烏龍茶を告いでもらったカウラがお返しをしていた。
「じゃあ、注ぎ終わったみたいだし。ここでつまらねえ訓示をしても仕方ないや。とりあえず初の実働部隊新入隊員の前途を祝して乾杯!」 
 嵯峨はここは隊長らしく日本酒の猪口をかかげた。その場の者はそれぞれにコップを差し上げ誠と乾杯するが、一人要は一息にラム酒を飲み干すと手酌で注ぎ始めた。
「西園寺!ペース速すぎだぞ!」 
 カウラがそれとなく促す。
「へいへい悪うござんしたねえ。どうせアタシは空気が読めませんよーだ!」 
 要はそう言うとまた一息でコップのラム酒を空にした。
「はいお待たせしました。小春!シャムちゃんの豚玉は3倍盛のだからね」 
 駆け上がってきた小夏のお盆の上。彼女はお好み焼きの具とたこ焼きを乗せた大きな盆を持ったまま器用に隊員達の間をすり抜けて歩いていく。誠はそれにどことない色気を感じて眼を伏せた。そんな誠に微笑を浮かべてお春は誠の隣に座った。
「あら、ビール空いているのね」 
 そう言うとお春はビールの瓶を持つ。照れながら誠がコップを持つと彼女はゆっくりとビールを注いだ。
「神前君でいいのよね。うちは本当に新さんにお世話になりっぱなしで……」 
 微笑んだ目元に泣きぼくろが見える。
「そう言えば何で隊長は新さん何ですか?」 
 誠が言葉をかけるとお春は楽しげに嵯峨の方に視線を飛ばした。
「昔ね、世話になった時に椎名新三郎って名前で自己紹介したのよ。どうもその時のことが忘れられなくて……。ああ、そう言えば私達の紹介もまだだったわね。私が家村春子、この店私のお店。それであの子が小夏。中学二年生だったわよね?」 
 そんな春子の言葉に小夏は口を尖らせた。
「お母さん。『だったわよね』じゃ無いでしょ?」 
 小夏にそう言われると春子も右手で軽く自分の額を叩いた。
「ごめんね、小夏」 
 そう言いながら今度は烏龍茶を手に春子をにらみつけていたカウラに向かう。
 カウラは戸惑いながらもコップを差し出した。
「おい新入り!おめえロリコンだけじゃなくて年上好みなのか?」
 要の冷やかす声が飛んだ。ビールを持って明華達のテーブルに向かう春子の背中を見ながら誠は少し冷や汗をかく。 
「聞こえてるぞ!外道。じゃあ外道には烏賊玉で……」
 小夏が嬉しそうにお好み焼きの入ったお椀を要の前に置いた。 
「やめろ!アタシは軟体動物が苦手なんだ!」
 そう言うと要はそのお椀を誠の前に置きなおす。 
「そうだよ。要ちゃんたらこの前せっかくたこさんの着ぐるみ作ってあげたのに全然着てくれないんだから……」 
 シャムは豚玉を鉄板に乗せながらそう言った。
「シャム……お前、やっぱ病院行って来い!蛸じゃなくてもアタシは着ぐるみなんて着ないんだ!」 
 その二人の光景を見るためか、それとも春子に近づく為か、嵯峨は不意に立ち上がると小夏の隣に置かれたお好み焼きの具の入ったお椀を乗せた盆を要の前に置いた。
「要坊。先輩にそんな口の利きかたないだろ?さあ誠。ウチの隊じゃあ遠慮は厳禁だ。豚玉、烏賊玉、ミックス、野菜玉、好きなの選べや」 
 嵯峨がテーブルに置いた盆の上のお好み焼きの具を誠に見せて勧める。誠は特に嫌いなものは無いので、手前にあった豚玉を取る。たっぷりの具に満足するとそのままこね回した。カウラは烏賊玉、要は誠の豚玉をモノ欲しそうに一瞥した後、野菜玉を手にした。
「神前少尉。ここのお好み焼きは関西風だが、特にタレが秀逸なんだ。春子さんの手作りだからな」 
 ようやく話題をつかめたというように、カウラは豚玉を鉄板に拡げるのに熱中している誠に話しかける。
「そうなんですか。それは楽しみですね」 
 誠はカウラが自慢げに鉄板の隣に置いてあるタレの中につけてある刷毛を取り上げて見せた。誠はそれを見ながら具材を満遍なく鉄板の上に拡げ終わると春子が注いでくれたビールを飲み干す。
「そういやカウラ。テメエなんでいつも烏龍茶なんだ?付き合い悪いよなあ……この女は」
 要が絡み酒でそう言ってくるのを無視してカウラは烏賊玉をひっくり返した。そのタイミングを見計らったようにコテを持ったシャムがひょいと現れ、ぽんぽんとその表面を叩いた。カウラは鋭い目つきでシャムを睨み付ける。
「こうやって叩くと美味しくなるんだよ!知らなかった?」 
 あっけらかんとした調子でシャムは今度は要の野菜玉を叩き始めた。
「テメエ!お好み焼きを叩いたら歯ざわりが悪くなるじゃねえか!お前のはこうしてやる!」
 怒り出した要が立ち上がるとシャムと吉田の座っているテーブルまで出かけて、自分のこてで力任せにシャムの巨大な豚玉を叩いた。シャムの豚玉がちぎれて吉田の烏賊玉にくっついた。その瞬間吉田はコテを器用に使って自分の烏賊玉と一緒にした。
「あー!俊平!それアタシのだよ!」 
 自分の席に急いで駆けつけたシャムが何事も無かったように烏賊玉を焼いている吉田に詰め寄った。
「要を怒らせたお前が悪い。自業自得だ」
 そう言うと吉田はこてで焼き加減を確かめると自分の烏賊玉と豚玉の集合体に軽く刷毛でタレを塗った後、鰹節を振りかけて完全に占有した。悲しそうな眼でシャムがその様子を眺めている。そんなシャムを見かねたのかリアナが出来上がった自分の豚玉をひとかけらさらに乗せてやってきた。
「かわいそうにねえ。これあげるから泣かないでね?」 
 袖に手を回した落ち着いた手つきでシャムの巨大な豚玉にタレを塗りながらリアナがやさしく声をかける。シャムはそんなリアナのやさしさに嗚咽しそうになるのをやめて満面の笑みを浮かべると、海苔も鰹節もかけずにもらった豚玉を一口で平らげた。
 シャムは嬉しそうにリアナからもらった一口を食べるとそのままビールを飲み始めた。
「ったく卑怯者め。いざとなったらお姉さんを頼りやがって……そうだ、新入り!注いでやったからこれ飲めよ」 
 要がいつの間にか掠め取っていた誠のグラスにビールを注いだものを差し出した。
「すみません。気がつかなくて……」
 頭を下げながら焼けた豚玉にタレを塗り青海苔と鰹節を散らす。
 要はそんな誠を見つめながら満面の笑みで誠を見つめていた。 
「良いってことよ!今日はお前が主賓なんだから……ほらぐっとやれ!ぐっと!」 
 誠の酔った舌ではその液体の異変は気づくことも出来ず、ビールらしきものは誠の胃袋の中に納まった。
 そこへ遅れてきたシンが書類ケースを抱えたまま座敷に入ってきた。シンは手前のテーブルでアイシャに愚痴を言いながら泣きはじめているパーラに絡まれないように、部屋の端を歩きながら嵯峨や誠のいる上座までやってきた。
「相変わらず修羅場ですねえ。そうだ隊長!印鑑持ってますか?いくつか決済が必要な書類があるもので……」 
 そう言うとシンは書類ケースの開けて書類の束を取り出した。
「今じゃなきゃだめなの?」 
 春子の笑いを取っていた嵯峨がめんどくさそうにシンを見つめる。
「昔の人も言ってますよ。今日できることは明日にのばすなと。持ってるんなら三枚ほど書類に印鑑押してもらいたいんで……シャム!邪魔だからちょっとどいてくれ」
 先ほどの豚玉のお礼にとリアナにビールを次に来ていたシャムに声をかける。
「シン君は本当にまじめね。でもせっかくのこう言う機会に仕事の話は無しにしましょうよ」
 そう言いながらリアナは仕事の話を始めた二人に呆れたような視線を送るが、まじめなシンはそれを無視してそれぞれの書類を纏めて印を押す場所を指差した。
「はいこれでおいしくなるよ!」
 シャムはそう言いながら今度はリアナのお好み焼きを叩き始めた。 
「シャムどいとけよ。主計大尉殿を怒らせると次のボーナスどうなるかわらんぞ?」
 吉田が茶々を入れたのを合図にシャムはそのまま名残惜しそうにリアナを見つめると、彼女からもらったたこ焼きを持って自分の席に戻った。
「それと隊長ちょっと良いですか……」 
 書類を渡しながらシンはそういうと一言二言耳打ちをした。
 誠はそんな様子を見ながら、次第に周りの世界が回りはじめるのを感じていた。ゆがんだ誠の視界の中でも時折シンから目を反らして嵯峨が複雑な表情を浮かべながら自分を見ているのが分かった。そして二口目を喉に注いで要から受け取ったビールのようなものを飲み干すと、はじかれたように誠は立ち上がった。
 回る世界。焼けるような喉。誠の意識はまったく朦朧として、自分でも何をしているのか、なぜここにいるのかわからなくなる。
 そして心の中で何かがはじけた。
「一番!神前誠!脱ぎます!」 
 手を上げて宣言する誠を座敷にいる全員が注目した。
「脱げー!早く脱げー!」 
 下座で様子を伺っていたアイシャが叫んだ。
 要も待っていましたとばかりに口笛を吹いてあおってみせる。
「西園寺!貴様、さっきのビールに何か細工したな?」
 カウラは誠を座らせようと立ち上がりながら要をにらんだ。 
「そんなこともあったっけなあー。それより新入りが脱ぐって言ってるんだ。上司として関心あるんじゃないの?」 
 ラム酒を口に含みながら満足げに要はカウラを振りほどこうとする誠を眺めていた。
「何を馬鹿なことを。やめろ!シン大尉。あなたからも言ってください!」 
 カウラは懇願するように淡々と書類を確認しているシンに向って言った。
「馬鹿だなあ、こういう時は……」 
 そう言うとシンは立ち上がって誠のそばまで行った。そして誠が何かを言おうとするまもなく鳩尾に一撃をかました。ズボンに手をかけようとしていた誠はそのまま意識を失っていく。目の前が暗くなるのが自分でも分かった。
 そんな中、カウラとアイシャの叫び声が彼の消え行く意識の中に響いていた。


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