「一服しようかね」 嵯峨は刀に付いた血を左腕の袖で拭うと、再びタバコをつけた。胴を離れた近藤と呼ばれていた男の頭部。それが転がって目を見開いた状態で自分を見つめている。嵯峨にとってそれはあまりに見慣れた光景だった。 マリアと彼女の部下達がブリッジに現れたのはその時だった。 「艦の制圧、完了しました」 「そうかい」 それだけ言うとゆったりとした足取りで通信担当将校の席の前に立つ。 「吉田の!聞こえるか?」 「すべて準備OKですよ!」 吉田の声と同時にモニターの全機能が回復する。マリアが倒れている二つの死体を指差すと部下達は広げ始めた携帯用のシートを二つの死体にかぶせる。 「マイク、生きてるよね」 当たり前のことを言い出す嵯峨に呆れるマリア。その今にも食いつきそうな表情に肩をすぼめながら、嵯峨は話を続けた。 「保安隊各員に告げる。近藤中佐は自決した。状況を終了する。繰り返す!状況を終了する」 嵯峨はそう言うと静かにそこの椅子に座った。そして再び胸のポケットからタバコを取り出して火をつける。 「現状は保存しておいたほうが……」 そう言い掛けたマリアだが、うつろな嵯峨の表情を見て言葉を飲み込む。彼女が確認しただけで16体の斬殺死体が確認されている。戦闘中の高揚感が去った今では嵯峨の姿は恐怖の対象にも見えた。そんな彼女を照らすように『高雄』からの映像がモニターに映る。動きを止めた近藤派のアサルト・モジュールが静かに漂っている様が見えた。 「残存アサルト・モジュールはどうしたい?」 「投降を希望しているようです」 「一応お客さんだ。こっちつれてきな!」 そう言うと嵯峨はゆっくりと咥えていたタバコの煙を吸い込んだ。 「そう言えばシュバーキナ!うちの損害は?」 「三名負傷ですが、全員軽傷です。シャムが上手く動いてくれたおかげで人質も迅速に解放できました」 「そりゃあよかった。ベルガー!そっちはどうだ?」 「損害無し。現状では機体に異常は見られません。第二小隊は直ちに撤収を開始します!」 モニターの隅に浮かんだカウラと要の表情が目に入る。隊長のカウラはヘルメットを脱いで大きくため息をついていた。彼女のエメラルドグリーンの髪が無重力に漂っているのが見える。 誠はモニターを眺めながら身体全体の力が抜けていくのを感じていた 「カウラさん。生きてますよ、僕」 「そうだな」 カウラは笑っていた。感情がある。自分にも感情があると言うことに少し戸惑いながら、シートに身を投げている誠の姿を眺めていた。 「海、行けますね」 そこまで言うと誠は崩れ落ちるように倒れ、意識を手放した。 「新入り!どうした!新入り!」 サイボーグ用のモニター付きヘルメットを脱ぎ捨てた要が、今にも泣き出しそうな調子で叫んだ。 「安心しろ。法術の本格使用は初めてなんだ。ただ寝てるだけだ」 サラミソーセージを咥えたヨハンの巨大な顔がモニターに映る。 「なら安心ね。私が救援に向かいましょうか?」 アイシャは淡々とそう言った。 「オメエは来るな。カウラ!手を貸せ」 それだけ言うと、要は漂っている誠機にカウラと共に寄り添う。 「それよりカウラちゃん。海って何の話?」 あっけらかんとたずねるアイシャ。急に顔を赤らめ俯くカウラ。 「海だ?カウラ!いつそんな約束したんだ!」 噛み付く要。さらに『那珂』の制御室からのシャムの映像が届いた。 「カウラちゃん!海行くの?ずっこいなー」 「誠の奴も命知らずだねえ。本当に菰田のアホに殺されんぞ」 整備班控え室からの通信に島田の声が響く。 「妬いてるの?要ちゃん?」 妙に余裕のある態度のアイシャ。その猫なで声が肩を震わせながら怒りを抑えている要と言う火に油を注いだ。 「うるせえ!誰がこんな役立たず!」 「助けてもらってそれはないんじゃない?それに今回の出動で彼もエースよ。しかもはじめての実戦でこの戦果は役立たずとは言えないんじゃないの?」 当然のことを言っているに過ぎないのだが、要には無性に腹が立つ言葉に聞こえた。大きく深呼吸を三回ほどして落ち着くと、とりあえずアイシャの言葉は無視することに決めた。 「去年も行ったとこ行こうよ!」 能天気なシャムが口を開く。 「良いですねえ。吉田少佐はどうします?」 不必要に軽い調子で島田が吉田に尋ねた。 「俺は、絶・対・行かない!」 「またルアー代わりに簀巻きにして海を引き回されると思ってるんですか?」 パーラが突っ込む。 「島田とシャムと西園寺が行かないってのなら考えてやっても良いが?」 ようやくシステムの完全制圧が終わり吉田の顔が画面に映った。 「ひどいよ!俊平!一緒に行ってくれなきゃ嫌だよ!」 シャムが慌てて叫ぶ。 「誰がなんと言おうと行かないからな!それとシャムのスクール水着と一緒に歩くのは俺のプライドが許さん」 「言うねえ。まあ安心しな、今回の件の事後処理で夏一杯は吉田には休暇の許可は出すつもりねえから」 部下達のじゃれ合うさまを見ながら、嵯峨は満足げにタバコを取り出した。 「この船は禁煙のようですが」 そんな嵯峨の行動を制するマリアが居た。
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