「島田!チェーンガン装填終わったか!終わったらすぐよこせ!」 要が指揮所の島田に向けて叫ぶ。島田が振り返り、部下が両手でバツを作って見せるのを確認する。 「すいません三分ください!」 「じゃあ三分だけだぞ!」 「そんなことよりいいか?」 新しく画面が開き巨大な顔面が出現する。今度はジャガイモにバターを大量に塗ったものを口に運ぶヨハンの姿だった。 「エンゲルバーグ!テメエには用はねえよ!」 「誰がエンゲルバーグだ!ヨハンだ!ヨハン・シュぺルター!」 「バーカ。知ってて言ってんに決まってるだろ?」 「ったく……」 ヨハンは肉厚の顔面をさらしながら頭をかく。 「ベルガー大尉、西園寺中尉。二人の機体のモニターの法力ゲージはどうなっていますか?」 「コミュニケーションウィンドウの下のゲージか?私のは緑のラインが限界値まで来てるぞ」「アタシのも同じみたいだねえ」 カウラと要は不思議そうにそう言った。 「じゃあ神前。何か二人に言いたいことを考えてみろ」 突然のヨハンの言葉に誠は戸惑った。 「考えろって……」 「誰がしゃべれと言った!考えろ!」 怒鳴られて仕方なく、カウラに向かって考えた。 『生きて帰ったら、海、付き合います』 画面の中のカウラが頬を赤らめて下を向いた。その様子が不思議なのか要は口をゆがませる。 『西園寺さん。僕は大丈夫です。生きて帰るつもりです』 「なんだ!頭ん中で声がするぞ!」 「西園寺中尉!そいつが思念通話です!乙式の法術ブースト機能によりあらゆるジャミング等の状況や距離によらない同時通信システムです」 「じゃあ感応通信機みたいなものか?」 「まあ今のところそんなもんだと思っていてください。お二人とも神前に言いたいことがあれば考えてください!」 『わかった、楽しみにしている』 カウラの澄んだ声が、誠の頭の中に響く。 『安心しろ、アタシが殺させやしねえよ』 画面の中の要の口元が微笑んでいた。 「通信データどうだ!」 ヨハンが振り返ったのを見て三人が唖然とする。 「おいエンゲルバーグ!今の会話傍受してたのか?」 「一応、通信記録をとる目的でええと西園寺中尉は……」 「糞野郎!プライバシーの侵害じゃねえか!読んだら殺すからな!」 激高する要。うつむいてじっとしているカウラ。 「シュぺルター中尉。内容までわかるんですか?」 「それじゃなきゃ意味無いだろ?」 淡々と答えるヨハンについ絶句した誠がいた。 「シュぺルター中尉……」 誠はおずおずと尋ねる。 「安心しろ、野暮なことは言わないから」 画面の中いっぱいの顔がほぐれる。誠は思い切りシートに体を預けた。 「第二小隊、良いですか?」 新たに画面が開き、サラの赤い髪が映し出される。 「オメエが艦長代行か?大丈夫なのか?」 要の悪態を無視してサラは続けた。 「作戦宙域到達まで後15分です。急いでください」 「アタシに言うな!技術屋に聞いてくれ!」 「チェーンガン装着準備よろし!」 「待ってました!」 巨大なアサルト・モジュール用チェーンガンがクレーンで持ち上げられ、要の機体に装備される。 「カタパルトデッキの状況は!」 カウラが叫んだ。 「いつでも行けます!」 島田が叫ぶ。 「西園寺、神前、私の順に出る。西園寺!チェーンガンの設定終了後、すぐに移動開始」 「人使いが荒いねえ。まあアタシは敵が食えりゃあどうでも良いんだけどな」 凶暴そうな笑みが口元からこぼれる要に心寒くなる誠。 『びびんなって、言ったろ?アタシが守るってな!』 要は思念通話にもう慣れたらしく誠に話しかける。 『了解しました』 『硬いねえ。それより胸無し隊長殿に何言ったんだ?』 『秘密です』 「まあいいか!」 「どうした西園寺?何か気になることでも?」 カウラが突然言葉を発した要に声をかける。 「いんや、何でもねえよ!それより時間だ。島田!第二小隊二番機、西園寺要、出んぞ!」 要はそう叫ぶと機体固定部分をパージしてカタパルトデッキへ機体を動かす。その振動で誠はこれがシミュレーションではなく実戦だと言うことを肌で感じていた。 「アタシについてきな!新兵さんよ!とりあえず戦争の作法って奴を教えてやるよ!」 そう言うと要は機をカタパルトデッキに固定させる。誠は続いて固定装置をパージして後に続く。 「おい!サラ!出撃命令まだか!」 要が叫ぶ。 「作戦開始地点に到着!各機発進よろし!」 サラがやけ気味に叫んだ。 「んじゃ行くぞ!西園寺要!05甲式!出んぞ!」 リニアカタパルトが起動し、爆炎とともに要の機体が誠の視線から消えた。誠はオートマチック操作でカタパルトデッキに機体を固定させる。 『大丈夫だ。お前ならやれる』 『ちゃっちゃとついて来いよ。待ってんぜ』 カウラと要。二人の思いが誠に直接働きかける。 「神前誠!05乙!出ます!」 カタパルトが作動するが、重力制御システムの効いたコックピットは、視野が急激に変わるだけで何の手ごたえも感じなかった。ただ周りの風景だけが移り変わる。 『宇宙だ』 誠は射出され、慣性移動からパルス波動エンジンの加速を加えながら目の前に広がる闇の深さに感じ入っていた。 『何、悦にいってるんだ?ちゃっちゃと移動だ。すぐ盆地胸も出てくるぞ!』 目の前に光る点。要の思念通話が頭の中に響く。 『カウラ=ベルガー!05甲式!出る!』 カウラの機体も『高雄』を発艦した。 「まだ『那珂』からの発艦は確認されていません!速やかに目的地点の制圧を完了してください!」 赤い髪をなびかせてサラが叫ぶ。 「なんだ。近藤の馬鹿野郎、こんくらいのことも読めねえとはお先が知れるな」 「戦力差を考えろ!」 「わかったよ!隊長さん。ちゃんと指揮頼むぜ」 要は口元を緩めながら目的地点へと機体を向ける。 「敵戦力出撃!数22!作戦地点に向け速度200にて進行中!」 サラからの伝言。カウラは表情を曇らせる。 「火龍22機か。アタシ一人でで潰せると思うが、ボス。どう読む?」 「西園寺。保安隊の出撃規約も見ていないようだな。現出動政令では敵の発砲がない限りこちらから仕掛けることはできない。防衛予定地点の制圧を最優先として展開」 「はいはい分かりましたよ!距離1200……ってなんだか観測無人機が山ほどあるぞ。どうする?」 要のその声にカウラは少し悩んだ。 「観測機は外で待ってる諸外国の艦隊のものだ。無視しろ」 「ギャラリーは大切にしろってことか。分かった。とりあえず制圧を最優先に進行する!」 要はそう言うと、ようやく後ろにへばりつこうとしていた誠の機体を振り切って加速をかけた。 「敵機確認!なんだ?幼稚園の遠足か?隊長さんよ、今なら食おうと思えば全部食えるぜ」 要が不敵に笑う。 「何度も同じこと言わせるな!速やかに目標宙域を占拠!敵の動きの観測は続けろ!」 冷静に、冷静に。誠はそればかり考えていた。左腰部に結構な質量のサーベルを吊り下げているというのに、バランスも崩さず進む誠の機体。 「敵艦からさらに14機発進!」 サラからの通達。誠は自然と手に汗をかいていた。 「あと二十秒で目標宙域!ここまで撃ってこないってことは見えてねえのか?」 「火龍のセンサー類は一世代前の物だ。こちらは最新のステルス機。そう簡単に見つかるようでは開発した菱川の技術部も泣くだろ?」 「言えてるな。おい新入り!初めての出撃の感想はどうだ?」 要もカウラも軽口を続ける。誠は話そうとするが、口の中が乾いて声が出ない。 「そう緊張することねえだろ?それに今のうちだぜ、死んだらしゃべれなくなるからな!」 サイボーグ用の口元だけが見えるヘルメットの下でニヤついている要。 『まあこんなもんさ、初陣なんざ。落ち着いてカウラのご機嫌とってるうちに終わってるよ』 思念通話で慰める要だが、誠はまだ手の先の感覚が無くなっていくように感じていた。 「目標地点確保!これ以上の増援は無い模様!」 要がすばやく機を回転させ、向かってくる敵部隊に照準をあわせる。 「3番機、作戦宙域到着!指示を!」 「中央の艦船の残骸の陰に回れ、西園寺!敵との距離は!」 「距離二千!速度変わらず!」 『おい!新入り。度胸試しやるか』 カウラに報告しながら要の考えが、誠の頭に流れ込んだ。 『度胸試しって……』 『胡州軍の伝統で火龍の250mm磁力砲は銃身が暖まらないと照準がずれるようになってる。あのフォーメーションの組み方はど素人が乗ってる証拠だ。馬鹿正直にオートでロックオンしておお外れやるのは間違いない。そこでだ。』 『僕に突っ込めってことですか?』 要はヘルメットの下に笑みを作った。 『別にこりゃ命令じゃないし、お前の根性次第ってところで』 『分かりました!行きますよ!』 「三番機!吶喊(とっかん)します!」 そう叫ぶと誠はサーベルを抜いて敵中へと機体を進ませた。 「西園寺!煽ったな!」 「アタシも出るぜ!新米に死なれちゃあ気分悪いしな!」 デブリから出て誠機の後に続く要。また渋々その後に続くカウラ。 「撃ってきました!」 誠が叫ぶ。 「下がれ!新入り!」 逆噴射で飛びのく誠機の手前まで要が突撃を行う。 「自殺志願者め!地獄の片道切符だ!受け取んな!」 要はそう叫ぶとチェーンガンを発砲した。円形に並べられた九本の銃身が回転し、厚い弾幕を形成する。その高初速の弾丸は4機の火龍の装甲をダンボール同然に貫き、爆散させる。 「たった四機か」 「西園寺!発砲許可は出していないぞ!弾幕でセンサーが利かない!各機現状で待機!」 「馬鹿!止まったら食われるぞ!」 「馬鹿は貴様だ!センサー感度最大!やられた!6機が迂回して目標地点に向かっている!」 「僕がやります!」 暴走する要を押さえきれないカウラを見て、誠は急加速して目標地点到達を目指す敵機を追う。 「死ぬんじゃねえぞ!ってこっちも手一杯か!」 「誰のせいだ!」 「誰のせいとか言ってる場合か?とりあえずこいつは用済みだな!」 要はそう言うとチェーンガンを捨てて、背中に装着されたライフルを構える。 「敵は、6機。編隊がちゃんとできてる!」 誠は追っている敵機を観察した。 「神前少尉!貴様が追っているのが敵の本命だ!やれるか?」 「カウラ!テメエが援護しろ!ここはアタシが支える!」 その言葉にカウラは誠機を追って進んだ。 『接近しないと!接近しないと!』 誠はひたすらに敵編隊に直進する。すると三機が方向を変え、誠機に向き直った。 「干渉空間形成!」 そう叫ぶと同時に敵が磁力砲を連射し始めた。誠機の前に銀色の切削空間が形成され、火龍のリニアレールガンの徹甲弾はすべてがその中に吸い込まれる。 「行ける!」 誠はそう言うと再び敵機を追い始めた。 「神前少尉!ここから狙撃する。照準補助頼む!」 カウラはそう言うと主火器、ロングレンジ重力派砲を構える。 「分かりました!足はこっちの方が速いですから!」 そう言うと誠はさらに機体を急加速させる。 『間に合え!間に合え!』 火力重視の設計の火龍との距離は次第に詰まる。自動送信機能により敵機のデータは瞬時にカウラ機の下に届いた。 「右から落とす!」 カウラはそう言うと発砲した。最右翼の敵機の腰部に着弾。瞬時にエンジンが爆発し、その隣の機も巻き込まれる。 「次!」 カウラは今度は左翼の機体に照準をあわせる。 「追いつきます!」 「馬鹿!やれるものか!」 「やって見せます!」 距離を詰め、サーベルの範囲に敵機を捕らえた誠は火龍の胴体に思い切りそれを突きたてた。白く光を放つサーベルは、まっすぐに敵機の胸部を貫き、さらに頭部を切り裂いた。 『うわー!!』 一瞬だが、誠の脳内に敵兵の断末魔の声が響いた。 誠の体が硬直した。 死に行く敵兵の恐怖。それが誠の頭の中をかき回していく。 『止まるな!死ぬぞ!』 カウラのその思念通話が無ければ、誠の方が最期を迎えていたかもしれない。先頭を行っていた三機編隊の一機が引き返して誠機に有線誘導型ミサイルを発射した。 『干渉空間展開!』 ミサイルは誠の手前に展開された、銀色の空間に飲まれた。 「ぼさっとするな!後、三機だ!」 カウラの怒号がヘルメットにこだまする。 「了解!」 自らを奮い立てるために大声で叫ぶ誠。急加速をかける誠機に、慌てふためく敵。 『左の機体を叩く!残りは頼んだぞ!』 思念通話を閉じたカウラがライフルを構える。 「一気に潰す!」 誠は自分に言い聞かせるようにして、真ん中に立つ背を向けた敵機に襲い掛かった。 『さっきの感覚。死んでいく敵兵の意識が逆流した?』 誠は肩で息をしながらそう考えた。すべての敵の放ったミサイルが干渉空間に接触して爆発を始める。 「照準補助!敵機の位置は!」 叫び声、カウラのものだ。誠は自分を取り戻そうとヘルメットの上から顔面を叩く。 「行きます!」 ようやく搾り出したその言葉。誠は機を干渉空間を避けるようにして、敵の牽制射撃の中、突撃する。 「主力火器で関節なんかを撃たれなければ!」 「やめろ!誠!」 カウラの言葉が誠の意識に到達した時、誠は既にサーベルを振り上げていた。 「落ちろ!」 誠は全神経をサーベルに集中した。サーベルは鈍い青色に染まり、誠の機体にレールガンを放とうとする敵隊長機を切り裂いていく。 『なんだ!これは!』 驚愕する敵指揮官の断末魔。もはや誠は意識を手放しかけていた。 一機が誠の機体の後方に回り込み、照準を定める。サーベルを振り切った状態の誠機は完全に後ろを取られた形になった。 『死ぬのか?僕は』 誠は思わず目を瞑っていた。しかし敵機が発砲をすることは無かった。 カウラの狙撃の直撃をエンジン部分に受け、火を吹く敵機。 「後、一機だ!」 「判りました!突っ込みます!」 うろたえる敵。誠は一挙に距離をつめ、サーベルを敵機のコックピットに突きたてた。 『死にたくない!死にたく……』 再び頭の中を駆け抜ける敵兵の意識。誠は額ににじむ汗を感じながらカウラの指示を待った。 「よくやった。だが西園寺が包囲されている。私はそちらに向かう。お前は帰等しろ」 「奥の手ならあるぜ」 急に開いたウィンドウに巨大なヨハンの顔が映し出される 「神前!すぐに干渉空間を形成しろ!」 ヨハンの言葉が響く。 「それで?」 カウラが怪訝な顔をしてたずねる。 「説明は後だ!神前、意識を西園寺の居る方向に飛ばせ!そのまま干渉空間を切り裂いて飛び込め!」 「何がどうなってる!シュぺルター!」 「僕!やります!」 『無事で居てください!西園寺さん』 そう意識を集中する。敵機と近接戦闘を行っている西園寺の感情が誠の中に流れ込んできた。 「じゃあ行きます!」 目の前に展開された干渉空間をサーベルで切り裂いて、誠はその中へと機体を突っ込ませた。
「数だけは一丁前かよ」 要は撃ちつくしたライフルを捨てて、格闘戦用のダガーを抜いた。相手にした10機の火龍。うち6機は落としていたが、残弾はもう無かった。駆逐アサルト・モジュールらしく距離をとったままじりじりと迫る敵。 「終わる時はずいぶんとあっけないもんだな」 思わずもれる強がりの笑み。そして浮かぶ誠の顔。 「こんな時に浮かぶ顔があいつとは。アタシも焼きが回ったな」 ダガーを抜いた状態で機体を振り回してロックオンされた領域から逃げる要。捕捉されれば全方向から中距離での集中砲火を浴びるのは間違いなく、頑強な05式の装甲も持たないことはわかっていた。 『新入り!先に逝くぜ』 覚悟が決まり敵中へ突撃をかけようとしたとき、奇妙な空間が要の目の前に広がった。 「なんだ?」 死の縁を歩くのに慣れた要の頭の中は瞬時に現状の把握に向かった。白銀に輝く壁のようなものが要の前に展開している。 敵はこちらが動いたと勘違いしたのか、壁に向かって集中砲火を浴びせるが、すべての敵弾はその鏡のようなものの中に消えていった。敵が驚いて統率の取れない射撃を始めたということから、少なくとも敵ではないことを要は理解した。 『僕が囮になります!今のうちに後退を!』 要の頭に直接話しかけてくる声。誠のその声に何故かほっとして肩の力が抜ける要。 「おいおい、誰に話してるつもりだ?オムツをつけた新入りに指図されるほど落ちぶれちゃいねえよ。敵さん二機は確認した。後はオメエが勝手に食え!」 そう言うと要は誠機に着弾した敵弾のデータを解析したもののうち、手前の二機、固まっている火龍に向け突撃をかけた。 火龍のセンサーは自分で撒いたチャフによって機能していないのは明らかだった。 「馬鹿が!いい気になるんじゃねえ!」 目視確認できる距離まで詰める。ようやく気づいた二機の火龍だが、近接戦闘を予定していない駆逐アサルト・モジュールにはダガーを構え切り込んでくるエースクラスの腕前の要を相手にするには遅すぎた。 「死に損ないが!とっととくたばんな!」 すばやく手前の機体のコックピットにダガーが突き立つ。もう一機は友軍機の陰に隠れる要の機体の動きについていけないでいる。 「悪く思うなよ!恨むなら馬鹿な大将を恨みな!」 機能停止した火龍を投げつけながら、その影に潜んで一気に距離を詰めると、要は二機目の火龍のエンジン部分をダガーでえぐった。 『誠!生きてるか!』 要がそう思った時、急に青い光がさしたのでそちらを拡大投影した。誠の機体から青い光が伸び、すばやく切り払われた。三機の火龍がその光を浴びて吹き飛ばされていた。 そしてその中央で青い光の筋に照らされながらふり返る灰色の神前機。 「マジかよ」 息を呑みながら要はその有様を見ていた。
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