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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作者:橋本 直

第24回   今日から僕は 23
 朝食時。食堂は各部署の隊員が混ざり合い、混雑しているように見えた。事実、食券の自販機の前では整備班員達が談笑しながら順番を待っている。
「よう!誠」 
 声をかけてきたのは島田だった。この所、05式の調整にかかりっきりだった彼をしばらくぶりに見て、誠は少し安心した。
「島田先輩。それにしても混んでますね」 
「まあな。たぶん安心して飯が食える最後の時間になりそうだからな。最後の飯がレーションなんて言うのはいただけないんだろう」 
 そう言うと島田は特盛牛丼のボタンを押す。
「奢るけど、神前は何にする?」 
「いいんですか?それじゃあカツカレーで」 
 食券を受け取り、厨房の前のカウンターに向かう長蛇の列の後ろに付いた。
「しかし、ようやく様になってきたらしいじゃないか。模擬戦」 
 話を振る島田。その言葉に自然と誠の頬は緩む。
「許大佐から聞いたんですか?様になったと言ってもただ撃墜される時間が延びただけですよ」 
「謙遜するなって。どうせ近藤一派の機体は、旧式を馬鹿みたいに火力だけ上げた火龍だ。観測機でも上げてこない限り05(まるご)の敵じゃないよ」 
 列はいつになくゆっくりと進む。食堂で思い思いに談笑し、食事を頬張る隊員達もいつになくリラックスしている。
「でも、大したものですね保安隊は、戦闘宙域まで数時間と言う所でこんなにリラックスできるなんて」 
 誠のその言葉に島田は怪訝な顔をした。
「そうか?俺もここには設立以来と言っても二年前からだけど、いつもこんなもんだぜ。まあ、東和軍はここ二百年も戦争やってない軍隊だから緊張感とか無理に作らなきゃ出ないもんだがな。それとも幹部候補生は見る目が違うのかな」 
 皮肉めいた調子で島田は話す。島田は技術系の専門職の下士官で、東和軍でも比較的出世が遅いコースである。遼北の技術士官の出世頭、明華には比べるまでも無いが、ゲルパルトの技術系士官コースのヨハンより格下の曹長である。一応少尉扱いの誠を嫉妬するのも頷けた。
「幹部候補と言ってもそれは軍学校から本部詰めの後、地方を回る連中のことですよ。僕みたいにいきなり出向ってのは縁が無いですよ出世なんて」 
「確かに。お前が出世するとこは想像できないしな。でも実戦で手柄立てればいいんじゃないのか?東和軍ではせいぜい紛争地帯で白塗りの機体をバリケード代わりにして突っ立ってるくらいしか出番ないし」 
「どうですかね」 
 誠は思わず苦笑いを浮かべる。
「汁ダク、ねぎダクでお願い!」 
 カウンターに到着すると島田は炊事班にそう告げた。
「こっちは福神漬け倍で」 
 つい誠もいらない競争心を発揮する。
「はい特盛牛丼、汁ダク、ねぎダクにカツカレーお待ち!」 
 島田はドンブリを、誠はトレーにカレーの入った皿を載せて空席を探した。
「正人!こっちあいてるよ!誠ちゃんもこっち来なよ」 
 遠くで燃えるような赤い髪が目立つ、ショートヘアの女性士官が手を振っている。隣はピンク色のロングヘアの女性士官が突っ伏している紺色の髪の女性士官に何か話しているのが見える。
「サラ!サンクス!誠。ついて来い」 
 島田に導かれ、誠はまっすぐにサラ、パーラ、そしてどう見ても二日酔いのアイシャの待つテーブルへ向かった。
「マサトー!久しぶりね。どうなってるのかしら?整備班の方は」 
 甘えるような調子で赤い髪をかきあげるサラ。
「まあ殆ど仕切っていないとは言え、あのお人の部下だぜ俺は。機体は完璧に仕上がってるよ。まあどう使うかは実働部隊のお仕事だからな」 
 島田はあまりにも自然にサラの隣に腰をかけながら誠の方を見つめてくる。
「はい、がんばります。西園寺さんやカウラさんがフォローしてくれればどうにかなると思いますよ」 
「どうにかなるじゃ困るんだよなあ。一応、俺がお前さんの機体動作パターンを練り直して調整に調整を重ねた機体だぜ?少なくとも三機は落とせ」 
 口にくわえた割り箸を割りながら詰め寄る島田。
「無理ね……」 
 ふっと、紺色の髪をなびかせて起き上がるアイシャ。それだけ言うと目の前にあった梅茶漬けをかきこみ始める。
「そんなこと無いんじゃないの?確かに荒削りだけど、反応速度や索敵能力は05のパイロット向きだと思うわよ。後は細かい状況判断能力だけど、これは実戦で経験を積むしかないわね」 
 いつものシミュレーションの時と同じく、比較的評価の甘いパーラは誠を励ます。
「一応、最終調整だけど、誠向けに比較的ピーキーにセッティングしてあるから、かなり抑え気味に乗ってくれると結果は出せそうだな」 
 島田は牛丼をかき混ぜつつそう言った。
「そうですか」 
 カレーを口に運びながらも明らかにブルーなアイシャの様子が気になる。
「正人。そんなにぐちゃぐちゃにしたら不味そうじゃない!」 
「別に俺が食うんだからいいんだよ!それと神前。最後に乗ったシミュレーターの操縦感覚、覚えてるか?」 
 サラの注意をさえぎるように、そこまで言ってからようやく牛丼を口に運ぶ。
「これまでより遊びが少なかったですね。でもまああれくらいの方が僕は操縦しやすいです」
「さすがウチの大将の指示は的確だね。神前は理系の癖に勘や感覚で機体を運用するタイプって言ってたが、まさにそんな感じだな」 
「凄いのね、神前君て。アイシャも何度か落とされたんでしょ?」 
 サラが青い顔をしたアイシャに話を振る。ようやく梅茶漬けを食べ終わった彼女は、何をするわけでもなく目の前の空間に視線を走らせていた。
「お茶漬けってさ」 
 突然話し出すアイシャ。
「整備班の酔っ払い連が食べるものだと思ってたけど、こうして二日酔いの状態で食べると……美味しいのねえ」 
「はあ?」 
 そう話しかけられても誠は対処に困った。
「あのー、大丈夫ですか」 
「何とかねえ。梅干美味しいわ」 
 アイシャは残った大き目の梅干を頬張る。
「本当に大丈夫?昨日、要が連れてきた時は本当にびっくりしたけど。結構疲れてたからかしら」 
 パーラが心配そうにアイシャを諭す。確かに昨日はアイシャは二杯程度しか飲んでいなかった割にはきつそうにしていた。
「まあいいわ。お姉さんがご飯食べられないから……私先行くわ」 
 そう言うとアイシャはよろよろと立ち上がって茶碗を洗い場に持って行った。
「変なの」 
 サラは食べ終わった自分の鮭定食を片付けながらそう言った。
「アイシャが変なのはいつもの事でしょ。島田君もそう思うわよねえ」 
「まあ、そうっすねえ。でも昨日は神前と飲んでたんでしょ?おい、誠!なんか覚えてる事ないのか?まずいこと言ったとか……ってお前にゃあそんな度胸は無いか。じゃああれだ西園寺中尉が……」 
「アタシがどうかしたのか?」 
 冷や汗をかきながら島田が振り返る。その真後ろに要が立っていた。
「いや、その……クラウゼ大尉の調子が変だったもので」 
「なんであの腐ったのが変なのはアタシのせいなんだ?ちゃんと説明してもらおうじゃねえか。なあ?島田曹長」 
 島田の助けを求める視線がサラに向かう。すると要はサラのほうを見つめる。
「要ちゃん。誤解だよ」 
「ふうん。まあいいや。それより島田。カード忘れてきたから奢れや」 
「またですか?仕方ないですねえ」 
 渋々ポケットからカードを取り出すが、反面、島田は安心しているのが誠にも分かった。
「天ぷら定食にでもしようかねえ」 
「それはないっすよ、西園寺さん。俺だって今月結構やばいんですから!」 
 一転して焦っている島田。天ぷら定食は食堂でも一番高いメニューだった。それ以前に要がカードを返すかどうかさえ怪しい。
「いいじゃねえか。後先考えずにバイクの部品ばっか買ってるからそうなるんだよ」 
 そう言うと要は島田のカードをひったくって食券を買いに行く。
「要ちゃんは元気だね」 
「あの人が元気な時はろくな事ねえからなあ。神前、もしここでカード返してもらえ無い時は回収頼むわ。何故かお前の前では素直だからな。あの犬っころも」 
「聞こえてんぜ!島田!誰が犬っころだ!なんなら3人前くらい頼んでやろうか!」 
「中尉!やめてくださいよ!」 
 島田の悲鳴が食堂にこだまする。列を作っていた警備部の隊員が笑いを漏らす。
「正人。本当にお金ないなら貸そうか?」 
「サラ。甘やかしちゃだめよ。自分の収入と支出のバランスも取れないなんて社会人失格なんだから」 
「パーラさんきついですよそれ」 
 半分なきながら島田は牛丼を口の中にかきこんだ。
「島田曹長!」 
 凛と通る女性の声が四人を引きつける。そこにはマリアが立っていた。
「とりあえず西園寺から取り上げたからカードは返すぞ」 
 島田の前にカードを置くと、マリアは食券を買うための列に戻っていく。
「助かった」 
 どんぶりを置き、マリアに敬礼した後、島田はそのまま机にどっと伏せた。
「良かったですね先輩」 
 安心しきっている島田に声をかける誠。
「良かった。明後日、給料日だろ?これでフロントサスの予約取り消さずに済む」 
「やっぱりお金貸そうか?」 
「だからサラ!甘やかしちゃだめ!」 
 サラとパーラの滑稽なやり取りに思わず誠は声を出して笑った。要の方を見ながら島田は顔をわざと緊張させて話し始めた。
「まあ見た目はああだし、言動は神前の見たとおりだけど意外と慎重派なんだぜ西園寺中尉は。初の実戦にしては今回の出動は危険すぎると言う中尉の気持ちもわからないわけじゃないけどな。どう転んでも近藤の旦那の部隊とかち合うことになるのはもうどうしようもないし」 
 島田がしんみりとした口調で話す。
「結局、第六艦隊の本間提督の出頭を督促した小型艇は拿捕されたらしいしね」 
「通信士はよく知ってるのね。サラ、他に何か情報無いの?」 
 青い目を光らせてパーラがたずねる。
「旗艦の『那珂』はしきりと外惑星軌道上に展開している艦隊に通信送ってるわよ。たぶん吉田少佐なら暗号電文解析して内容もつかんでると思うけど。誠ちゃん、ちょっと湯のみお願い」 
 新入りらしくあごで使われる誠。四人とも現状の話になると顔色は暗くなる。
「この状況を利用しようと考えてる国があるってことよね。そうなると乱戦になって……」 
 パーラの判断に全員の顔が暗くなる。
「隊長のこれまでの戦闘記録は調べたけど。あのオッサン、ああ見えて結構無茶やってるからな。今回も平然としてられるのは正直すごいと思うよ。神前!一つじゃなくて人数分もってこいよ!気の利かない奴だねえ」 
 島田にそう言われて、誠は慌てて部屋の片隅に置かれた湯のみの山から四つの湯のみを取ろうとした。
「神前!五つ持って来い!」 
 そう言うと天ぷら定食を持った要が誠の席の隣に陣取った。
「近藤中佐か。あのオッサンの人脈があるのは、ゲルパルトのネオナチ絡みだから。ブラジルとアルゼンチン、チリあたりの南米諸国が危ねえだろうな。それとシリア、リビア、アルジェリア、パキスタン。アラブ連盟の非主流派の諸国も動くかもしれねえ。場合によってはこれにフランスの一線級艦隊がお出ましになるってとこか?」 
 誠から湯のみを受け取りながら、要はまるで他人事のようにそう言った。
「それじゃあ勝ち目無いじゃない!第三艦隊は不測の事態に備えて胡州の帝都から動けないのよ。それに第一、第四、第五艦隊は今はちょうど遼州太陽の裏で警戒任務中。第二艦隊は大半の艦はドック入り。第七艦隊は遼南艦隊と合同演習中よ。とてもじゃないけど間に合わないわ!」 
 叫ぶパーラ。周りの整備員や警備部の隊員が思わず彼女の言葉に聞き入り、それぞれに不安げに耳打ちをしている。
「びびったのか?そう言う状況だから今の状況が起きたんだ。だが近藤一派も後が無いのには変わりがねえ。地球の反主流派の連中も馬鹿じゃないさ。パーラが思っているような状況が起こりうるにはアタシ等が近藤直下の連中にボコにされてこの艦が沈んだ時だけだ。それまではどの国も事を起こすほど迂闊じゃない。誰だって火中の栗は拾いたくないわな」 
 一切表情を変えず、要は淡々と天汁に薬味を入れてかき回した。
「場合によっては『高雄』をぶつけての白兵戦だ。そのために姐さんがいるんだろ?」 
 隣まで来たマリアに要は向かいに座るように合図する。
「シュバー……いえマリアさん。本当ですか?」 
 マリアは親子丼をパーラの隣の席に置くとゆっくりと箸を割り、ささくれをとり始めた。
「別に私がいるからといって白兵戦闘に持ち込むかどうかは隊長の胸三寸だな。我々は与えられたミッションをこなし、そして最大の戦果を得る。それだけだ」 
 マリアはそう言うとゆっくりとどんぶりを口に持っていく。
「予定では三時間後に予定宙域に到達する。その頃にはすべてがわかるだろう」 
 三時間。誠は息を呑みながら福神漬けを口に放り込んだ。


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