フランス遼州艦隊旗艦『マルセイユ』は貴下の艦船を楯にして、じっとアステロイドベルト外の宙域を進行していた。ブリッジに並ぶ艦隊首脳部のピケ帽はただ目の前に広がるデブリを見つめていた。 「カルビン提督」 自動ドアが開き、諜報担当士官が入ってきた。カルビン提督と呼ばれたひときわ長身の老提督は、静かに入ってきた若者に視線を送った。 「現在、この宙域には……」 「君。年はいくつかね?」 長身の老人。カルビン提督は静かにそう言った。驚いたような顔をした後将校は口を開いた。 「はあ、26になります!」 「そうか。それでは君が手にしている情報を当ててみようか?現在この宙域には我々共和国の艦隊ばかりでなく星条旗の田舎者以外の殆どの宇宙艦隊を所有する国々の艦隊で埋まっていると言う事だろ?」 「はい!その通りであります!」 青年士官はカルビンの言葉に思わず最敬礼をしていた。 「それだけ知らせてくれれば君の任務は終わりだ。下がって休みたまえ」 「ありがとうございます!」 情報将校はもう一度最敬礼をすると颯爽とブリッジを出て行った。 「遼南の山猿とアメリカは茶番に夢中でこちらには関心は無しか……現状を見る限り、動く必要がないと言う事だろうな」 静かに老提督ジャン・カルビンはそう口にしていた。 「しかしユニオンジャックが来ていると言う事は、アメリカの魔法研究の情報についてはまったく水漏れが無いというところですか?」 艦隊付参謀長が切り出した。 「私も資料に目を通したが、直接この目に見るまでは信用するつもりは無いよ。アメリカが来ないのは見るまでも無く、彼らが『魔法』と呼ぶ遼州人の力のその被害にあったことがあるんだろうね。これはあくまで私の私見だがね」 「それでは諜報部からの19年前のネバタ州の実験施設の事故と言うのは?」 カルビンは静かにずれたピケ帽を直しながら言葉を発する。 「まず間違いなく我々がこれから目にするであろう事実と関係がある。その事だけは確かだろう。遼南の友人から私的に送ってもらったメモにも、驚天動地の大スペクタクルの末に胡州のファシストが最期を迎えることが予告されてはいたがね」 静かにデブリの中に戦艦の巨体が吸い込まれていく。 「艦長。無人偵察機の用意は出来ているかね?」 カルビンは少し離れた所で海図を見ていたマルセイユの艦長にそう尋ねた。 「全て問題有りません!保安隊の実力と言うものの全てを知る事ができるでしょう」 にこやかに答える艦長の言葉に表情をこわばらせるカルビン。 「嵯峨惟基。そう簡単に手札を晒す人物ではない。私の聞いてる限り、そう言う男だ。ただし確実にいえることは、我々は彼が仕組んだ一つの歴史的事実を目の当たりにする事になると言う事だ。不本意では有るが、我々はもう既に彼の手の内にある。そして彼は我々が何手後に投了するかまで読みきった上でこの事件を仕組んだ。私はそう考えているよ」 明らかに不機嫌な提督の反応に、艦長は息を飲んだ。 「原子力爆弾の投下が時代を変えたように、超空間航行が人類の生活空間の拡大を引き起こしたように、明らかにこれから我々の目にする事で時代が変わる。確実にいえることはそれだけだ」 そうはき捨てるように言うとカルビン提督は静かに眼を閉じた。
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