まだ夕食には早い。食堂はがらんとしていて、手が空いたばかりらしい整備員が三人、部屋の片隅で気まずそうに茶を啜っている。そしてその表情は暗く、落ち着きが見られない。 原因は要だった。 牛丼、親子丼、カツ丼。これを目の前に並べながら不機嫌そうに三ついっぺんに口にかきこんでいた。 「要ちゃん!一緒に食べない?」 リアナがそう呼びかけると要は箸を止め、一瞬リアナの方を見たが、また視線を落として牛丼からカツ丼にどんぶりを持つ手を変えただけだった。 「誠ちゃん!何がいいの?」 備品購入用のカードを持ちながら、リアナは後ろについてきた誠に語りかける。 「そうですね。じゃあ焼肉定食で」 「お姉さんの奢りだとずいぶん豪華なもの食べるじゃねえか」 要がワザと四人の耳に届くぐらいの声で独り言を言った。 「要ちゃん。そんなにすねなくてもいいじゃない!あなた直結操縦じゃなかったんだから、慣れていなかっただけじゃないの」 一言リアナがそう言うと、少しばかり要の表情が緩んだ。 「そうですねえ。まあ直結操縦だったら瞬殺だな」 ようやくドンブリを手放して要が誠達を眺めた。だがそこにアイシャがいることに気づいて、まるで子供のように頬を膨らませると、今度は親子丼を食べ始める。 「じゃあ誠ちゃんはこの食券ね。私は野菜炒め定食にしようかしら?それとアイシャちゃん!ちゃんと謝らなきゃだめよ!」 ワザと要が視界に入らないように後ろを向いているアイシャを諭すように、リアナが珍しくきつい調子でそう言った。 「さっきはお姫様のお気に入りの新人君といちゃついてすいませんでした!」 「んだとこら!誰が誰のお気に入りだ!」 「アイシャちゃん!」 リアナがテーブルを叩いた。その音で要とアイシャが正気に戻る。 「分かりました!お姉さんがそこまで言うのなら。でも先生はあげないけど」 「別にアタシは新入りの事で怒ったんじゃなくて……。そうだお姫様扱いは取り消せ!アタシはオヤジの話をされるのが嫌いだって知ってるだろ?」 「分かったわよ!要ちゃんは要ちゃんだと言うことで」 「それでいい。新入り!とりあえず席とってあるから、ここ座れ」 ようやく機嫌を直した要が、殆ど空席だらけだというのに左側の席を叩いてそう言った。 「本当に素直じゃないのね、要ちゃんてば」 ようやく和やかになった食堂の雰囲気に満足したように、リアナはそう言うとカウンターに向かった。誠もまた二人の上官がようやく落ち着いたのを見計らってリアナの後に続いてカウンターに向かう。焼肉定食を受け取ると、誠は腕組みをして待っていた要の隣に座った。 「やっぱ肉だよな!肉!」 要は先ほどの不機嫌はどこへ行ったのかと言う風に牛丼をかきこんだ。 「本当に要ちゃんは肉が好きよね。じゃあ今度お姉さんの奢りで焼肉でも行く?」 調子に乗ってリアナがそう言うと全ての時間が止まった。食堂の端にいた整備員達も湯飲みを置いて逃げ出す。炊事班の面々はワザとカウンターの裏に隠れた。 「それって終わったらカラオケ行くんですか?」 恐る恐る要がそう尋ねた。 「それは決まってるじゃない!今度はちゃんと練習してみんなに笑われないように歌うんだから!」 「まあそん時は呼んで下さい」 消え入るような声を要が返した。しかし、リアナはそんなことは聞いてはいない。もう既に意識はカラオケの選曲に向かっている。 「あーあ!やっぱり現役にはかないませんなあ!ああ、リアナもう来てたんだ。カウラ奢ってあげるから食べていかない?」 大声を上げながら明華が入ってきた。彼女は時々携帯通信端末を開き、ボタンを操作してハンガーの整備員に指示を送っていた。 「じゃあ私は……」 カウラは要の三つのドンブリの横に置かれた誠のトレーを見ると自然と口を開いた。 「焼肉定食で」 それまで無心にドンブリの底に残った汁ダクのご飯を口の中に流し込んでいた要が、その言葉を聞くと鋭い視線をカウラに投げた。 「要ちゃん!」 リアナが空気を読んで要を咎めた。要は敵わないと知って、またドンブリ飯に集中する。 「それよりリアナ。ついに要のお父さん腹くくったみたいよ」 通信端末を開いていた明華が口を開いた。要は視線は送りながらもどんぶりにがっつく振りをしている。 「やっぱり陸軍相の更迭?それとも戒厳令かしら?」 「両方。新しい陸軍相には醍醐大将が就任するらしいわね」 その言葉に要は箸を休めて頬杖を付いてしばらく考え込む。 「オヤジの奴、自分のシンパで軍を固める気だな。そうなると第六艦隊も動いたんじゃないのか?」 ゆっくりとドンブリを置きながら要が口を開く。 「相変わらず鋭いわね。先ほど最終勧告を手に第六艦隊付作戦部長が近藤中佐の所に行ったみたいよ」 明華は食券を選びながらそう言った。 「いまさら遅いねえ。どうせ到着したら軟禁されること確定じゃないか」 「要。どうしてそれが分かる」 焼肉定食のトレーを受け取ったカウラが要の正面に座り、割り箸を割りながらそう尋ねた。 「これで近藤の奴も完全に自分の退路を絶たれたことくらいわかるだろ?叔父貴の直参が動いていることがわかった今、もうあの御仁には選択肢なんて無いんだよ。救国の英雄になるか、それともただの犯罪者として吊るされるか。まあ音を上げて泣き付かないのは、一派閥の領袖としては評価してもいいんじゃないか?」 そう言うと最後まで残っていた親子丼のご飯を口の中にかきこんだ。 「つまりこれから向かう先の敵は死ぬ気で向かってくると?」 カウラはやかんに手を伸ばし湯飲みを差し出した要に茶を注いでやった。 「次の手を考えられるのは保安隊を手持ちの兵力で駆逐できた時だけだ。ただ叔父貴があいつ等に死に花咲かせてやるほど善人じゃないのも事実だからな。さてどう動くか?」 いかにも上機嫌に、要はそう言うと湯飲みの茶をゆっくりと啜った。
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