「状況は全て嵯峨隊長の思惑通りと言うわけだ」 マリアは部下からカレーの皿を受け取りながらそう続けた。その表情が微笑んでいるように見えるのは彼女もまた戦場を駆けてきた猛者だと言う証なのかと誠は背筋が寒くなるのを感じた。 「この状態が隊長の望んだことなのですか?」 その意外なマリアの言葉におずおずと誠がため息を漏らす。それを見ながらマリアは言葉を続けた。 「私はあまり隠し事は上手くないほうだから言ってしまおう。隊長は以前から、それこそ遼南帝国皇帝の地位にあった時から、近藤資金に関する情報を手にしていたようだ。しかし、同盟の成立には胡州の安定が不可欠だった。また、遼州各国の政権の弱体化に繋がりかねないと言うことで情報収集以外の行動は取れなかった」 「なるほどねえ。結果、各種の非合法取引のルートが遮断されその主力ルートが遼南から東和経由となり、そのルートの持つ利潤をめぐりシンジケートや各国の非正規活動団体による抗争『東都戦争』が発生した。そんなことは当事者のアタシもすぐ気がついたよ」 要はそう言いながら胸のポケットからいったん取り出すも、カウラの責めるような視線に手を離さなければならなくなった。 「近藤中佐は胡州海軍の現役の将校だ。さらに彼の非公然組織のネットワークの過激な排外思想は特に陸軍の若手将校たちには大変受けがいい。『国家の秩序再建』と言う名目での軍部の政府からの独立、『旧領に関する強硬姿勢』と言う聞こえのいい拡大思考。どちらも国家主義的な嗜好を持つ軍や産業界、政界やマスコミなんかが喜びそうなスローガンだ」 マリアはそこまで言うと目の前に置かれた番茶を飲んだ。その話の大きさに戸惑っている誠を一瞥した後、彼女はさらに話を続けた。 「だがスローガンだけでは人は動かない。潤沢な資金はシンパを募る際には最大の武器になる。しかしそれが表に出れば大スキャンダルに発展するというリスクを負うことにもなる。同盟に加入して以降経済に変化が見られないと言うことで西園寺内閣の支持を拒み始めた国民も、対抗勢力が金で汚れているとなればすぐに態度を変えるだろう」 マリアの言うとおり誠もアステロイドベルトの領有権やベルルカンの内戦での弱腰姿勢を非難するデモが行われていると言う胡州の首都帝都の映像は見慣れていた。 「同盟政治機構も黙っていたわけじゃない。内偵は進めているものの口が堅い連中だ。同盟のこれまでの司法機関に垂れ込んだら利権に関わる政府や軍の高官に斬られるとくらい知っているからな」 「アタシも何度か近藤中佐立案の作戦に従事したが、明らかにお偉いさんの汚職の尻拭いと言うような仕事もあったからな。大物は近藤本人が捕まるまでだんまりを決め込むだろうし」 要はそう言うと誠の顔を見つめた。典型的縦社会の胡州を理解していない誠はただ呆然と二人の会話を聞くしかなかった。 「そしてその自称『高潔な愛国者』のネットワークが機能を始めると政治には無関心な本間司令の第六艦隊に出向を希望したわけか。中央を離れてほとぼりが冷めるまでのんびり構えるつもりだったんだろうな」 そう言うとカウラはコップの水を飲み干す。 「だが本間司令が思いのほか石頭で、自分の非公然活動を知るとすぐに呼びつけにかかるような人物だったとは……。完全に計算違いだったんじゃねえの?」 そう言うと要はいつもの下品な笑いを浮かべる。 「加盟国の出兵は内政干渉と捕らえられて作戦が成功してもリスクが大きすぎる。その為の司法機関直下の機動部隊か。じゃあこいつの経歴の嘘情報を吉田の馬鹿がリークしたのはなぜだ?少なくとも近藤の旦那の懐が暖まるようなもんじゃないと思うが」 あまりの言い草にただ誠は要の顔を見つめるしかなかった。 「こいつが口が悪いのはいつものことだ。気にするな神前少尉。じゃあ西園寺。この状況下でなぜ地球の列強が直接行動に出ないと思う?」 マリアは何かスイッチが入ったとでも言うように、冷たく整った面差しの中に鋭利な刃物のような笑みを浮かべてそう言った。 「軍を動かす口実が無いからだろ?遼南内戦で無駄に自国民に死人が出てからはどの国も遼州での戦闘行動には慎重になってるからな」 「半分は正解だが、半分は不正解だな。口実や国内世論さえあれば叩けるというのなら、前の大戦で遼南はとうの昔に植民地になっているし、胡州も無事では済まなかったろう」 マリアは目の前に置かれたカレーを混ぜ始めた。 「地球勢力は直接的にこの星系に干渉することを恐れているように見えるな。まるで腫れ物に触れるのを恐れるように。地球外での唯一の原住知的生命体が居た星だ、判断が慎重になるのもわかるといえばわかる」 一口カレーを口に含むとマリアは少しばかり驚いたような顔をして、コップの水を一気に飲み干した。 沈黙が周りを支配する。マリアも要もカウラも口を開くつもりは無いとでも言うようだった。 「いつも気になっていたんですが、その近藤中佐が正体を見せるきっかけになった僕の力ってなんですか?それが気になってしょうがないんですが……」 思わず何も考えずに誠が口にした言葉に、マリアは笑顔で答えた。 「法術。先遼州文明の遺産。分かりやすく言えば超能力みたいなものだ」 要の視線が鋭くマリアの表情を殺した目を刺した。カウラは何かを思い出したように要と誠を見比べる。 「法術……ですか?魔法みたいなものですか?」 唐突にマリアが発した言葉に誠は面食らっていた。しかもその中心人物が自分だということに戸惑いを隠せなかった。 その時不意にカウラが立ち上がった。要もそれに遅れて立ち上がって要の肩をつかむ。 「行くぞ」 有無を言わせぬ勢いの要。誠は食事のトレーを片付けようとするがマリアがそのまま行けと言うように頷く。食堂を出て、そのままブリッジへ向かうエレベータに乗り込むカウラ達。 「なんですか?どこに行くんですか?」 無理やりエレベータに押し込まれた誠が二人を見つめる。どちらも唇をかみ締めて真面目な表情で扉を見つめていた。 ブリッジの真下でエレベータが止まる。そして二人は迷わずに廊下を突き進んでいく。誠はあわててついていくが、しばらくして通信施設の隣のコンピュータルームの一つの前で立ち止まる。待っていたかのように扉が開いた。 「来ると思ったよ」 部屋からはハンガーの様子が見える。その部屋の主ヨハン・シュぺルター中尉は待ち構えていたように笑顔を振りまく。彼はその巨体を預けるにはいささか心許ない椅子に座って、ポテトチップスをつまみながら端末に入力を続けていた。 「出所は明石中佐かシュバーキナ大尉だろう?まあ隊長もそこらへん汲んでたから、話せることは話すつもりだよ」 誠、要、カウラ。三人とも明らかに成人病予備軍と言った感じのヨハンの背中を見ながら話を切り出すタイミングをうかがっていた。 「シュぺルター中尉。まず事実なのか?シュバーキナ大尉の言ったことは?」 静かにカウラがそう言った。 「俺はその場にいたわけじゃないから分からないけど、まあ自分の能力があるからな。当然知る権利があると言うことで教えておいたんだ。まああの人が法術適正者であることは俺も知ってるよ。彼女がロシア軍に出向していた時に受けていたその手の訓練のデータも見てる。まあシャムやオヤッサンの力と比べたら無いも同然程度の力だがな」 そう言うとヨハンは大きく深呼吸をする。腹の脂肪が空気を必要としている。誠にはそんな風に見えた。 「他にも知りたいか?あとはシン大尉は間違いなくパイロキネシストだよ。東ムスリム紛争の折に何度かその力を使用した事実は確認されていて、記録もちゃんと残ってる。まあそれだけだけどな」 一方的にそこまで話すと満足したようにモニターに向き直る。そしてそれ以上は全然説明をする気はないとでも言うように、ヨハンはのんびりした動きで背中を掻いている。 「ヨハン!テメエやる気ねえだろ!」 そんな態度に切れかける要。それを制して誠は話し始めた。 「僕はそんな力があるなんて自覚も無いですし、訓練も受けてないですよ。なのにいきなり実戦でそれを使えと言われてできるわけが無いじゃないですか」 「まあ言い分は分かる。神前の今の状況はかわいそうだなあと俺は思うよ。だけどまあ、お偉いさんと一部の研究機関の他は情報公開する気がまるっきり無いだけじゃなく、積極的に隠蔽工作を続けてきたのがこれまでの法術というものの歴史さ。今こうして話したことだって隊長には内緒の話なんだぜ」 ヨハンはそう言うとコンソールパネルの上に重ねられたデータディスクの山を漁って、一枚のディスクを手に取った。 「ベルガー大尉。一応小隊長権限ならこのディスクは見れるようになってるよ。どうしても不安ならこいつを見な」 むくんでいるように見えるヨハンの手からディスクを受け取るカウラ。 「つまりアタシと新入りは見るなって事か?」 「しょうがねえだろ?この手の話は上の方でもかなりデリケートな対応が要求されているんだ、今のところは。俺も自分の身がかわいいからな」 「今の所はと言ったな。シュぺルター中尉」 カウラはディスクのラベルを確認するとそう言った。 「そう。『今の所』だな」 自分の言葉をかみ締めるようにしてヨハンはそう繰り返した。 「それより面白い話があるんだが知ってるか?」 ようやく回転椅子を軋ませながらヨハンが振り返る。 「面白い話?」 「とうとう出たよ、近藤中佐に同調して外部との連絡を絶って篭城した部隊」 聞き入るカウラと要。それに対してペースを変えずにポテトチップスを食べ続けるヨハン。 「どこの部隊だ」 きつい口調で要が詰問する。 「胡州陸軍西部軍管区下河内特機連隊」 その言葉に要は表情を変えた。そしてカウラは叫んでいた。 「下河内特機連隊だと!馬鹿言うな!あそこの連隊長の油田(あぶらだ)中佐は……」 「それ以前に下河内連隊の初代連隊長が叔父貴だって事を忘れるなよ。ヨハン!対応に当たった部隊はどこだ?」 激高するカウラの肩を押さえつけ、要が冷静な調子で切り出した。 「出動したのは海軍第三艦隊教導戦闘隊。つまり、オヤッサンのとこの妹君だ」 ヨハンの緊張感の無い声が低く響く。 「なるほどねえ。で、油田の旦那。なにか声明でもだしたか?」 「声明等はまるで無し。ただ通用門に完全武装の警備員を配置。最新の飛燕改42型三機を起動させて警戒しているそうだ」 「声明は無しか。同調する部隊はあるのか?」 「今の所は胡州の衛星軌道コロニーの警備部隊の一部が動いてるらしい。ただ軍団司令クラスは全て憲兵隊が眼を光らせている。動きたくても動けないってのが現状なんじゃないのか」 ヨハンはようやく振り向いて要の顔を見上げた。笑みが浮かんだ所から始まり、要は大声で笑い始めた。 「何がおかしい!」 カウラがそう尋ねても要は腹を抱えて笑い続けていた。 「西園寺さん?」 ようやく一息ついたところを見計らって誠がそう声をかけた。 「叔父貴の野郎!仕掛けやがった!まったく……近藤の旦那もご愁傷様だ。これであの旦那は退路を絶たれたわけだからな」 「どう言う事だ!西園寺!」 突然の要の言葉に戸惑いつつカウラが口を開く。要は未だ笑いが止まらないとでも言うようにしてゆっくりと語った。 「分かっちまったよ。油田中佐は叔父貴の直参だ。先の大戦を叔父貴の指揮の下生き残った下河内連隊の生え抜き。叔父貴が動けと言わなければ絶対動かん。つまりだ……」 「隊長がそう指示したと?」 「他にどう説明する?それに対応部隊は楓が隊長をしている。事後のことを考えれば決起は部隊内の近藤シンパがやったとかいい加減なこと抜かしてうやむやにできる条件は揃っている。しかもこのところの幹部の逮捕や天誅組騒ぎ。近藤一派で今、冷静に対応できる連中がどれだけいるか……本部詰め上がりの馬鹿タレにゃあそれを求めるのは無理ってもんだ」 「それじゃあ、何のために嵯峨大佐はこんなことを?」 思わず誠はそう口走っていた。要はようやく落ち着いたとでも言うように誠を見つめた。 これまでに無いような残忍な瞳が誠の意識を貫いた。 「あのオッサンはな、見せるつもりなんだよ。これまで公然の秘密とされていたこと。押し隠され、誰もが口にすることをはばかっていた力の存在を」 誠はそこで気づいた。 「現在、遼州星系近辺に展開中の地球の大国や他の植民星系の独立軍を証人としてその力の保有を宣言すること。衆人環視の下での法術兵器の使用のデモンストレーション。それが叔父貴の狙いだ。あの人格破綻者め、天地をひっくり返すつもりだぜ……」 その言葉はゆっくりと誠の心の中を滞留した。対する言葉を一つとして持たないまま。そしてその中心に自分という存在があることを。 「いい推理だな!それでこそ俺の姪っ子と言うものだ!正解!正解!大正解っと」 急に扉が開き、嵯峨が入り込んできた。 「隊長。一応この部屋禁煙なんですが……」 ヨハンは胸のポケットに手をやろうとした嵯峨に向けてそう言った。 「そうかい。で、オメエ達は俺が何しようとしてるか知りたいわけだろ?」 別に誰に話しかけると言うわけでもなく中空に言葉を発しながら、嵯峨は手近な所にあった端末を操作している。 「まあねえ、俺もこんな派手なデモンストレーションはしたくなかったんだがな。臭いものには蓋をした上で縄で縛って海に沈めるのが俺の性分だが……これで隊長権限のパスワードを入力してっと」 全員の視線がモニターに注がれた。まず東和の現行の軍組織図と警察組織図が映し出される。 「叔父貴。何が言いてえんだ?」 要がわざわざそんな図面を引っ張ってきた嵯峨に噛み付いた。 「焦りなさんな、物事には順序ってのがあるんだぜ?これが現行の東和の実力執行部隊の組織図って事は、まあこの業界にいる人間には周知のことだ。それが今回の騒動が終わるとこうなる」 嵯峨がキーを弾くと図面が瞬時に入れ替わり軍の機動部隊が一挙に減り、警察部隊に飲み込まれた。そして同盟直属の遊撃部隊の欄が新たに書き加えられている。 「おい、叔父貴。なんだってこうなるって言えるんだ?」 「俺は一応一国の皇帝やってたことがあるんだぜ?反対勢力の切り崩し方なんざ朝飯前だ。ちょっとした魔法を使えば簡単に……」 「叔父貴。またあれか?スキャンダルでもつかんで脅しでもかけたのか?」 「人聞きの悪いこと言うなよ。ちょっとした世間話をしたら分かってくれただけだ。まあ今回の件ではあっちこっちにかなり借りが多くなっちまったがな」 平然と政府関係者に脅しをかけたことを認める嵯峨の目が実に生き生きとしているので、誠は半分呆れながら話を聞いていた。 「まあこの組織図は全部俺がお偉いさんに出した仮の奴だからこうなるとは限らんがな。まあこの体勢の実現に向けて一つ段階を踏まにゃあならん」 「地球諸国に対しての法術の軍事使用の一方的停止宣言。そういうことですか?」 黙っていたカウラがそう切り出した。それまでニヤついていた嵯峨の口元が一瞬で引き締まる。 「鋭いねえベルガー大尉殿は」 薄ら笑いを返しながら、嵯峨はそう口にした。 「何やかや言いながら政治の世界じゃ力と金が全てだ。まあ俺はどちらも好きじゃねえがな」 また胸のポケットに手をやろうとする嵯峨だが、ヨハンが見ているので手を出せずにまた端末を動かして、今度は条文のようなものの映る画面に切り替えた。 「声明文の試案か?用意がいいねえ」 要が皮肉たっぷりにそう言って笑う。 「俺はサービス精神の塊だからな。ついでに祝いの酒樽でも贈ろうか?って兄貴に言ったらどやされたよ」 「当たり前だ!」 今度は要がポケットのタバコを手に取ろうとしてヨハンに睨まれた。 「力があることを示しつつ、その力の行使の放棄を宣言する。有利なうちに相手を交渉のテーブルに着かせる。外交での駆け引きの基本だ」 「別にそりゃ外交だけじゃないだろ。一応、やり手と評判の叔父貴のことだ。ぶう垂れてくる連中の弱みを使ってゆする。いつか刺されるぜ」 要の皮肉も嵯峨が相手では通用しない。 「一応はな。今頃、ホットライン上での同盟最高会議が行われていて、俺の提出した案件に関して審議しているとこだが、まあ西モスレムがごねるだろうが通るだろうね。それでももめるようならこのカードを切る」 さらに端末を操作して英語で表記された文書を表示させた。 明らかにアメリカの公文書であることが分かるようなその文書に全員の視線が釘付けになった。 「それってアメリカ陸軍の秘密文書じゃないですか?しかも最高機密クラスの」 誠でもそう分かる文書。要の視線は題字に引き付けられていた。 「第、423、実験、魔法大隊?」 「名前聞くと、なんだかなあと言う気分になるねえ。お前等ほうきで空でも飛ぶんかいと突っ込んじゃったよ俺は」 ヨハンが眼を逸らした隙に素早くタバコに火をつけながら嵯峨はそう漏らした。 「アメちゃんの実験部隊か。所在地はネバダの砂漠っと。そう言えば叔父貴が捕虜になってたのもネバタの砂漠かなんかだったろ?」 要は思い出したようにそう言った。 「察しがわるいぜ要坊。まあ拡大して文章読んでみりゃすぐ分かるがこいつは俺のデータを基に作られた人工的法術師養成部隊だぜ。まあアメちゃん風に言うなら魔法学校か?」 薄ら笑いを浮かべながらそう口にする嵯峨の姿が、誠には少しばかり自虐的に見えた。 「つまりその部隊の実戦投入阻止の為に今回の事件をでっち上げたと言うわけですか?」 カウラは真剣だった。誠は身を寄せてくるカウラを背中に感じていた。 『ほんとにペッタンコなんだな』 誠は話題についていけず、口にすれば張り倒されるような言葉が浮かんできて苦笑いを浮かべたが、すぐ要が鋭い視線を投げてくるので無意味に口をパクパクさせてごまかす。 「だったら叔父貴よ。何でこの事件をぶつけたんだ?南部諸島や外惑星系にゃあもっと破裂寸前の爆弾が埋まってるだろ?デモンストレーションとしてはそちらの方が効果的なんじゃないのか?」 そんな問いに下卑た笑いを浮かべて嵯峨は答えた。 「天秤はな。計るものを置いた位置によってバランスが狂うもんだ。確かに他にも遼州星系には火種なんざ店を広げるくらいあるわな。だが、今回は火種そのものが問題じゃない。俺の顔が使えて、法術に関心がある列強が顔をそろえた舞台での作戦実行と言うことになると近藤資金は一番だったと言うことだ」 この人はこんな笑いしか出来なかったのか?嵯峨の浮かべる笑顔が妙に誠の心に引っかかった。 その時突然内線が鳴った。 「神前の。隊長居るか?」 礼服姿の明石の姿がモニターに浮かんだ。 「タコか。すまんねいつもこんな仕事ばかり頼んで」 嵯峨はタバコをふかす、横でにらんでいるカウラとヨハン。しかし、不敵な笑みを浮かべる嵯峨はまるで気にする様子は無い。 「気にせんでください、オヤッサン。ワシはこのためにいるんですから」 「じゃあ忠さんにヨロシク」 モニターが消え、再びアメリカの機密文書に切り替わる。 「隊長!忠さんて……」 「そんなことも知らんのか?新入りはこれだから……」 大きくため息をつく要。仕方なく誠は苦笑いで応える。 「仕方が無いだろ要。神前少尉、胡州第三艦隊提督、赤松忠満(あかまつただみつ)中将のことだ。隊長とは……」 「胡州の西園寺家に養子に入った時からの幼馴染でね。高等予科の同期の桜だ。まあ忠さんに言わせりゃあ腐れ縁だって答えるかも知れんがな」 これまで見たことの無い緊張感がありながら穏やかとでも言うべき表情を浮かべた嵯峨の姿がそこにあった。 「しかし、明石中佐が動くことは……」 「まああれだ。一応タコの奴は胡州海軍関連の人脈が使えるからな。今回は、火はつけました、が風向き変わって丸焼けになりました、と言うわけにもいかんし」 そう言いながらタバコをふかす嵯峨。 「そんな怖い顔で見るなよ。俺は気が小さいんだから」 準備良く携帯用の灰皿も取り出してタバコを収めた。 「そうだ神前の。ちゃんと特訓してもらってるか?」 嵯峨は再びつけたタバコの火を見つめながら一息つくとそう切り出してきた。 「まあなんとかやってますが、剣一本じゃ何も出来ませんよ」 「まあ普通の戦い方してたら勝ち目がないのは分かっちゃいたけどね」 「分かっていたなら教えてくれてもいいじゃないですか!」 タバコの煙が室内に充満してきた。さすがに耐えられなくなったのか、要もポケットからタバコを取り出して火をつける。 「法術兵器はまだ実験段階だからな。あのダンビラだって菱川重工からの借りもんだ。そっち系のマニュアルは確かシミュレーターに積んであるって吉田から聞いたんだが……」 「吉田少佐とは殆ど会っていないんですが……」 「まああれだ。戦闘行動ってものがどういうものかってのが分かっただけで良しってことで」 「叔父貴……そりゃちょっと酷くないか?これからアタシとカウラがこいつに付き合うからな」 「西園寺さん……」 手を伸ばして感謝を示そうとする誠の手を振りほどくと、要は頬を赤らめながらそっぽを向く。 「別に……アタシはお前の事なんかどうでもいいんだが、目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いかだけで……」 「西園寺。貴様の気持ちなどどうでもいいことだ。それでは隊長!私達はシミュレーションルームへ行きますので!」 カウラが素早く敬礼をして歩いていく。それにつられて誠も敬礼の後その後に続く。 「ったくカウラの奴が。ゆっくりタバコも吸えねえや!」 要はそう言うと嵯峨の手にある携帯用灰皿に吸いガラをねじ込んだ後、不愉快そうに頭をかきながら出て行った。 「良いんですか?隊長。神前君は未だ法術系システム起動までのエネルギー調整が出来ないみたいですが……」 ヨハンが心配そうにタバコを燻らせている嵯峨を見つめる。 「なあに。俺は自分の勘には自信があってね。それに今回のミッションはあの二人がついててくれれば誠も死ぬことはないだろ」 そう言うと肺の中にたまっていた煙を大きく噴出した。
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