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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作者:橋本 直

第12回   今日から僕は 11
 東和宇宙軍と海軍共用のの軍港、新港。入る前に要が守衛と一悶着を起こしたのを忘れたいと思いながら保安隊所有の汎用四輪車両を駐車場に止めた誠。
「はい、運転ご苦労!荷物はとりあえずお前が運べ」 
 要は無情にもそう言い残すと、まるで壁のように接岸している運用艦『高雄』の方へ走っていった。誠は初めて見るその巨大な汎用巡洋艦を感心した視線で見上げた。
 全長365メートル。そして水面から聳え立つその高さは優に十階建てのビルよりも高く聳え立っている。その運用をあの天然お姉さんのリアナ貴下の運行部の20名前後で行っていることが誠には信じられなかった。
「神前少尉。荷物なら私も手伝おうか?」 
 運転席から降りて数歩歩いたまま、ただ目の前の重巡洋艦の容貌に見入っている誠に、カウラはそう言ってバンの後ろの扉を開けようとした。
「いいです。これも仕事のうちですから」 
 彼女の言葉で気がついた誠は感謝の意味も込めてそう言った。心のうちではカウラの手伝う姿を想像しながら。
「そうか?そう言うのならよろしく頼む」 
 カウラは誠の心など読まず、そのまま艦の方に歩いていってしまった。思わず肩透かしを食ったように肩を落とす誠。
「ああ、これ一人で運ぶのかよ……」 
 バンの後ろに詰まれた荷物の山を見て呆れながら、誠はとりあえず荷物を降ろし始めた。そしてようやく自分の着替えなどが入ったバッグに手をかけたとき背後に電動モーター式の大型トラックが停車する音が聞こえた。
「精がでるな。おいイワノフ少尉!手の空いてるものと一緒に手伝ってやれ」 
 振り向くとトラックの助手席から降りたマリアがにこやかな顔で荷台から降りる部下に声をかける。見事な統制でマリアの前に並んだ警備部の数人が置いてある半分以上が要のものである荷物を手早く抱えて、船の方に小走りで向かった。
「シュバーキナ大尉、すみません」 
 誠は安堵の表情でそのギリシャ彫刻のように整って見えるマリアの顔色を伺った。
「別に遠慮することは無い。今回は私達の出番はなさそうだからな。それより短気な西園寺の機嫌のとり方でも考えておくといいだろう」 
 部下達が次々と荷物を艦に運ぶのを見ながらマリアはそう言った。
「シュバーキナ大尉、あの……」 
「なんだ?どうせ隊長の腹の内でも聞き出そうというのだろ?私もここに来て一年と少しだ。それほど分かるわけもない。それに君は子供の時から隊長に剣の稽古をつけてもらっていたそうじゃないか?たぶん君の方が隊長の考えそうなこと分かるんじゃないかな」 
 マリアはそう言うとやわらかい笑みを浮かべた。しかし目つきだけは鋭く、誠の方を見つめている。
「しかし警備部が乗艦するということは白兵戦の可能性があるということではないんですか?」
 誠は先日嵯峨に告白された今回の演習を装った襲撃作戦に彼女達警備部の出番があるのではないのかと思いながら恐る恐る尋ねてみた。 
「この仕事は常に最悪の事態を考えて行動することが重要なんだ。場所が場所だ。本当に演習に適しているのかどうかもはっきりしないからな。もしかすると本当に演習だけで終わるかもしれん。すべては隊長の腹にある」 
 マリアも若干だが嵯峨の腹のうちは読めているのかと思いながら誠は自分の荷物を手に取るとそのまま資材の搬入を行っている通路目指して歩く彼女について歩いた。
「ああ、噂をすれば影だ。あそこに居るの隊長じゃないのか?」 
 マリアが指差す所、武器の類が入っているような木箱の山の手前でタバコを燻らせながらこちらに向かって手を振っている嵯峨の姿があった。誠は招かれるままに、マリアと一緒に歩いていった。
「よう!良いところに来たじゃないか」
 嵯峨は木箱を叩きながらそう言った。
 木箱には『沖取り新鮭』と大書きされている。その後ろには野菜のダンボールが山積みされていた。
「何しているんですか?隊長」 
 マリアが素早くそう返した。その表情は彼女が半分以上嵯峨が運んできた荷物の中身を呆れていると言う事実を示しているような渋い笑顔だった。
「なあに、遼南土産が届いてね。これでちゃんちゃん焼きでもやろうと思ってさ。明華にはちゃんとバーベキュー用具一式そろえるように頼んであるんだけど、どうせ今は搬入物資の点検に追われてそれどころじゃないと思うから……」 
 そう言いながら嵯峨は再びマリアのところに集まってきた後続の警備部員達に目を向ける。
「それで警備部でこれを運べと?」 
 マリアは明らかに呆れ返ったような表情を浮かべる。
「そんな顔するなよ。せっかくの美人が台無しだぜ?神前の、とりあえずそれ一つ持ってこい」
 嵯峨は鮭の入った木箱を叩くと艦の連絡橋の方に歩き始めた。慌てて誠は木箱を手にするが、持っていた荷物が地面に置き去りにされるのを見つめる。
「安心しろ。うちで運ぶから」 
 そう言ってマリアは誠を送り出した。木箱を持って誠は嵯峨の後ろにたどり着く。
「どうだい、うちの自慢の運用艦は」 
 嵯峨の得意げな言葉に誘われるように巨大な壁のような『高雄』を見上げる。
「大きいですね」 
 率直な感想を述べた誠だが、振り返った嵯峨の表情は明らかに期待はずれの答えを誠が出したと言うような顔をしていた。
「でかいって言うなら胡州の富嶽級とかにはまるで勝てないぞ……ってまあこいつの凄さは外から見てわかるもんじゃないからな」 
 そうして連絡橋にたどり着いた嵯峨は相変わらずのゆったりした足取りでミサイルの模擬弾頭を積んだトレーラーの後ろを歩いていく。
 連絡橋を渡り、艦の中に入った誠。東和軍の所有の軍艦なら何度か乗せられた経験もあるので特に気になるところの無い倉庫の中を嵯峨に導かれるようにして歩く。
「ここまでは普通」 
 嵯峨はそう言うとこの区画の端に設けられたエレベータの中に乗り込んで、誠が入ったのを確認して上昇のボタンを押した。ドアが閉まり沈黙が訪れる。誠は相変わらず読めない表情の嵯峨を見つめていた。
 そしてドアが開く。そこで初めて誠は嵯峨の言葉の意味を知った。生活区画の通路は誠が以前宇宙での各種戦闘技術の訓練のために乗った輸送艦の数倍の幅がある。
「巡洋艦って凄いんですね……」 
 誠の声に嵯峨は笑いながら振り向く。
「これは特別。うちに求められるのは長期戦闘に備えることじゃない。となれば交代要員や余計な物資の積載所を考える必要が無いわけだ。そうなれば生活区画に余裕が出来るだろ?だからこんなに広い」 
 そう言うと嵯峨周りを見回している誠を置いてエレベータに戻った。
「ああ、俺は用があるから。そこにお前を待っている人がいるみたいだからからな」 
 嵯峨はそう言うとそのままエレベータを閉める。誠が当惑して見回した先には腕組みをした要が立っていた。
「新入り遅えんだよ!」 
 誠に要が吐き捨てるようにそう言った。手にした鮭の木箱を見るとこめかみに指を置いて呆れたと言うようなポーズをとる。
「それか?じゃあ食堂に運んじまえ」
「食堂?」
 そう聞き返した誠の後ろに回ると要は力任せに押し始める。
「いいです!場所を教えてくれれば……」 
「このまままっすぐ!そのまま進め!」 
 要に押されて走るような勢いで誠が進む。そこには保安隊の制服を着ている割には見慣れない顔の面々が米の袋や油の箱を抱えて入っていく部屋があった。
「わかりました!わかりましたってば!」
 誠はそのまま要に押されて食堂に連れ込まれる。そしてテーブルの上の運んできた鮭の入った木箱を置くと、不安に思いながら振り向いた。要は別に機嫌を損ねているわけではなく珍しそうに誠が運んできた木箱に目をやった。
「また叔父貴がなんか持ち込んだんだろ?まったくあの不良中年が!今度は何をやろうって言うんだ?」 
「沖取り新鮭でちゃんちゃん焼きをやるとか……」 
 誠がそう口走ったのを見るや、要は今度は明らかに不機嫌な表情を見せる。
「あの馬鹿隊長が、今度はピクニックにでも出かけるつもりか?」 
「あの人にとってはそのくらいのものなのだろう。箱持とうか?」 
 要のうしろからカウラが顔をだす。そして誠が運んできた木箱を持ち上げるとそのまま厨房に向かい、炊事班の下士官に置く場所の指示を仰いでいた。
「どうせ今回の演習もなんかたくらんでるんだろうな。まあ退屈しないからいいけどよ」 
 カウラの態度でかまう相手が減ったのが気に入らないのか、要は淡々とそう言うと食堂の椅子に座ってタバコをつけようとした。
「ここ禁煙みたいですよ?」 
「うるせえな馬鹿野郎!分かっとるわ!そんなこと。ただくわえてるだけだよ!」 
 要は誠の言葉についいらだたしげにそう口走った。調理場から戻ってきたカウラがその様子を呆れながら見つめている。
「んだ?小隊長さんよう。まあただの演習であることを祈るねえ。前の隊長のシンの旦那より有能かどうか、安全な形でちゃんと白黒つくだろうからな」
 挑発するような様子で要がカウラを見上げる。カウラは腕組みしながらその言葉に微笑みで応えた。 
「それなら実戦の方が分かるんじゃないのか?」
 ここで要らしくタレ目でカウラを見上げながら言葉を続ける。 
「何言ってんだか!新米隊長に使えない新入りをつれて敵さんの所になんぞアタシは怖くてとてもとても……」 
 要とカウラお互いに自分が上だと言うように微笑みながらにらみ合う。
「あー!またあの二人喧嘩してるー!」 
「馬鹿!せっかくここからがいいところなのに叫ぶんじゃない!」 
 誠が振り返るとシャムと吉田が目を輝かせてこちらを見つめていた。要もカウラも野次馬の奇声に飲まれたようにお互い威嚇するように一瞥した後、目を逸らした。
「神前少尉!とりあえず部屋を教えておこう」 
 カウラはふくれっつらの要を置いて、誠をつれて食堂を出た。
「喧嘩はいけないんだよー!」 
 暇をもてあましているのか誠達の後ろを付いてくるシャムと吉田。
「馬鹿、喧嘩するほど仲がいいって言うじゃないか」 
「ああそうだね!じゃあカウラは要のこと好きなんだ!」 
 シャムの気軽に言ったその言葉に、カウラはキッとしてシャムをにらみ付ける。その剣幕に恐れをなして、シャムが悲しそうな顔を作った。
「アタシの方がお姉さんなんだぞ……年上の人をいじめちゃだめなんだぞ……」 
 シャムはそう言いながら吉田の後ろに隠れる。
「よしよし怖いねえ、でもその顔もミニマムでかわいいねえ!」 
 いつの間にか来ていたアイシャがシャムをぎゅっと抱きしめた。
「やめろー!アイシャー!」 
 抱きつかれてシャムはじたばたと手足を動かしている。
「アイシャ、ブリッジの方はいいのか?」 
 カウラがそう言ったのでアイシャはシャムから手を離すと、頭を撫でながらカウラに向き直った。
「ああ、私の仕事はしばらくなさそうだから」 
「おい吉田の!オメエこんな所でシャムと遊んでていいのか?」 
 相方がいなくなって退屈したように食堂から飛び出してきたらしい要が相変わらずタバコをくわえたまま話しかけた。
「ああオヤッサンなら茶室で許大佐と鈴木中佐、それにマリアとタコ中相手に作戦の説明してるとこだよ」 
 ガムを噛みながら呆けた調子で吉田はそう言った。
「それをシステムで外から監視してると。ホント性悪人形だな」 
「うるせえ!それよりお前等から今回の演習に関する質問が無いのがなんと言うか……正直、情けないな」 
 悠然と構えて吉田は要をにらみ返す。要は見事にその挑発に乗って残忍そうな笑みを浮かべた。
「んだと!この野郎!どうせ演習場でなんかやべえこと……」 
「だからそのやばいことがなんだか推測ぐらいつけてみろってことだよ」 
 噛んで含めるように吉田はそう言った。誠は先日の嵯峨からの言葉を思い出していた。
「じゃあ鈍い要でも分かるようにヒントをやるよ。まず、食堂に運ばれたキャベツの箱の製造元は?」 
「遼南中央高原夏キャベツだな」 
 要が忌々しげにそう漏らす。吉田はニヤリとして一つ間をおいた。
 その間がさらに要を苛立たせる。
「次のヒントだ。シャム!お前の山岳レンジャー教習の教え子から連絡届かなかったか?」
 今度は吉田はシャムに尋ねる。 
「ええとねえ。近衛騎士団の子から元気でやってるってメール着てたよ!」 
「吉田!何で遼南の青銅騎士団と……!」
 ようやく事態が飲み込めたと言うように頷く要。嵯峨が吉田には本当の目的を話していないと言うことを聞いていたので吉田なりに情報の糸を手繰ったのだろうと思っていた。 
「計ったな。隊長は」 
 要とカウラが目を合わせた。
 遼州最強と呼ばれるアサルト・モジュールで編成された精強部隊、近衛第一騎兵隊、通称『青銅騎士団(ブロンズナイツ)』。現在アステロイドベルトでの演習を行っているというのは新聞の記事にも出ていた。
「アタシ等の演習時にわざわざ遼南の大規模演習……近衛師団は囮か?じゃあ……どこが動く?」
 要の視線がアイシャに走る。
「そうねえ、私達がアステロイドベルトの本命と戦っている間に乱入してきてもらって困るところと言えば筆頭はアメリカ海兵隊ね。別働艦隊とはいえそれなりの勢力が配置されていたはずよね」 
 アイシャはそのままカウラの表情を伺う。
「遼南に思うところがあるのは同盟内部でも多いぞ。特に西モスレムは未だ東モスレムの遼南への併合に国内世論は納得がいっている様子は無い。先の大戦で胡州のコロニーが有ったポイントに宇宙艦隊を待機させているはずだ」
 立ち止まり沈黙する誠達。沈黙の後、顔を最初に上げたのは要だった。
「どれもアタシ等の相手にするにはでかすぎるな。すると、今回の狙いは国権派の首領、近藤忠久中佐……か」 
 誠は急にこれまで見たことの無い要の無表情に寒気を覚えた。現在の義体製作技術は殆ど生身の人間と区別のつかない表情を使用者に与える。しかし、今の要には表情がまるで無かった。暗い眼差しからはよどんだ殺気がもれている。
「演習区域のすぐそばにいるアメリカ海兵隊の連中をひきつけるために因縁のある宙域での演習か。考えたな叔父貴も……」 
 誠は一瞬だけ残忍そうな笑みを浮かべる要に恐怖を覚えた。
「これは情報源は伏せとくけどな、第六艦隊司令の本間少将と近藤中佐が犬猿の仲だって噂もある……いや西園寺なら知ってるんじゃないか?近藤中佐の略歴ぐらい」 
 吉田がけしかけるようにして、要の顔を見つめた。
 明らかに不機嫌そうに要は語りはじめた。
「胡州海軍統合作戦本部付のいけ好かないエリート士官だよ、あのおっさんは。アタシも海軍特務隊の助っ人で何度かあのおっさんの立てた作戦指示で行動したが、ひでえもんだよ。現場の兵隊も軍人である前に人間だ。それなのに奴はまるであたし等が機械か何かみたいに、タイトで残忍な作戦立てやがる」 
「しかもその多くが表ざたに出来ないような作戦ばかりだからな」 
 ふざけた調子でそう言った吉田を要が殺意を込めた視線でにらみつける。
「おいおい!事実をそのままに言っただけだろうが。東都コネクション。神前少尉も知ってるだろ?」 
「はい、遼南及びベルルカンの不安定国家で密造される麻薬とそこに流入する武器のルート。六年前、遼南のルートが皇帝を務める師範代、じゃ無かった隊長の政策により摘発されて商品の供給が止まると同時にベルルカンからの密輸ルートをめぐり、シンジケートや各国の非正規特殊部隊がかち合う抗争に発展したってとこですね、通称『東都戦争』」 
 吉田が少し感心したように誠を見つめながら言葉を続ける。
「まあそんな所だ。結局、表的には根絶されたと言う発表だがあれはでたらめ。結局は各国各シンジケートがそれぞれの取り分を確保して手打ちにしただけだ。そこで一番太いルートを築いたのが、胡州。そしてその利益で政界や軍有力者を動かしている非公然組織のリーダーが近藤忠久ってわけだ」 
 吉田はそう言いながら要の顔を見つめた。明らかにうんざりしたような顔をしている要がそこに居た。
「おととい胡州下院で親父の民党に閣外協力していた愛国者党が離脱を宣言したのも、枢密院の改革が原因ではなく近藤資金が原因か?」 
「何だ知ってるじゃないか西園寺!」 
 いたずらっ子のような楽しげな表情を浮かべながらしゃべる吉田。要は口にくわえたタバコをぷらぷらさせながら吉田を眺めている。
「今回の愛国者党の行動は胡州軍部による倒閣運動に発展する可能性も有る。陸軍の近藤シンパの青年将校の一部には既に決起を募る回状まで回ってるのも事実だ。同盟設立に貢献した西園寺内閣が倒れれば……」
 もったいぶったようにそう言う吉田は今度はカウラに目を向けた。
「最悪の場合には、胡州の同盟からの離脱」
「そんなことになったら今のこの遼州系を支えているミリタリーバランスはめちゃくちゃじゃないの!」 
 ことの重大性にアイシャは思わず叫んでいた。誠はその言葉を聞いた後、沈黙している回りを見回した。
 カウラは淡々と話に聞き入っている。
 シャムはかなり思いつめた表情で吉田を見上げている。
 いつもならオチャラケたことを言ってもおかしくないはずのアイシャもこの時ばかりはまじめだ。
「終わったらしいねえ、お茶会は。まあ俺がこんなこと言ったなんてオヤッサンやタコ中には言うなよな、めんどいから。シャム!荷物の整理するんだろ。行くぞ」 
 吉田とシャムはそそくさと居住区へ向かった。
「ずいぶん深刻な状況なんですねえ」 
 誠は吉田と要の話を頭の中で要約しながら感想を搾り出す。
「馬鹿か?テメエは?ウチの正式名称が遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関実働部隊機動第一課ってこと分かってるだろ?要するに近藤の旦那はその網にかかった国家転覆を図る犯罪者と言うわけだ。そしてそれに対応可能なのはうちしかない。犯罪者の逮捕および関係者の摘発はうちの仕事だ」 
 要は淡々とそう言うとカウラ、アイシャ、そして誠を置いて歩き始めた。
「何処行く気だ?」 
 ゆっくりと先に歩き出した要にカウラが声をかける。
「とりあえず部屋の荷物片付けるわ」 
 要はそのまま歩いていく。まるで何事も無かったかのように。
「カウラちゃんと誠ちゃんはどうする気?」 
「とりあえず私は荷物の整理が終わっている。とりあえずハンガーに行くつもりだ。今回の作戦はそれなりに覚悟してかかる必要がありそうだからな」 
 カウラはそういい残すとハンガーに向けて歩き出した。
「じゃあ誠ちゃんは?」 
「自分はとりあえず荷物の整理をします」 
「手伝うわよ。それに何処が居住区か分からないでしょ?」 
 アイシャの顔にいたずらっ子のような笑みが浮かんだ。誠は断っても無駄だろうことを悟って歩き始めたアイシャに付き従った。汎用戦闘艦は幹部候補研修で何度か乗ったことがあるが、『高雄』の艦内は明らかにそれまで乗った船とは違っていた。嵯峨があれほど得意げだったのもこの艦の居住区画を50メートル歩けば理解できることだった。
 第一、通路が非常に広く明るい。対消滅式エンジンの膨大な出力があるからといって、明らかにそれは実用以上の明るさに感じた。
 それに食堂の隣が道場、そしてその隣にフリースペースとも言える卓球台と自動麻雀卓を置いた娯楽室のようなものまである。
「やっぱり変でしょ?この船の内装。全部隊長が自腹で改修資金出した施設だから。おかげで定員が1200名から360名に減っちゃったけど」 
「それってまずいんじゃないですか?」
 技術下士官達が出航までの待ち時間を潰しているのかドアを開けたままの部屋が多い下士官用と思われる区画。さすがにどの部屋は狭苦しく感じる。ちらちら覗き込んでいる誠に配慮したように歩みを緩めたアイシャは言葉を続けた。 
「うちの持ち味は少数精鋭なのよ。実際、艦内のシステム管理要員は吉田少佐だけで十分だし、マリアのお姐さんの警備部が白兵戦闘時には威力を発揮するから別にそんなに人間は要らないの。じゃあこのエレベーターで……」 
 アイシャに続いて誠はエレベーターに乗り込む。
「しかし長期待機任務の時はどうするんですか?吉田少佐一人じゃあ」 
「部隊編成自体、長期間の戦闘を予測してないのよ。第一、二個小隊しか抱えていない保安隊に大規模戦闘時に何かできるわけ無いでしょ?それに保安隊は軍隊じゃなくあくまで司法機関の機動部隊という名目なんだから、そんなことまで考える必要なんてないわね。着いたわよ」
 アイシャは開いた扉からパイロット用の個室のある区画に向かって歩き出した。誠は居住区の一番奥の室に通された。個室である、そして広い。正直、彼の下士官用寮の部屋より明らかに広い。そこには誠の着替えなどの荷物を入れたバッグがベッドの上に乗せられていた。
「ずいぶん少ないわね。せっかくいろいろとグッズ見せてもらおうと思ったのに……。これは……ふーん。画材なんだ」 
 アイシャはそう言うと警備隊員が運んでおいてくれたダンボールを一つを覗き込んだ。誠はベッドの上の着替えなどをバッグから取り出しロッカーに詰め込んだ。それほど物はない。手間がかかるわけでもない。
 画材などは後で片付けよう。そうすると特にすることも無かった。
「誠ちゃん!居るー?」 
 部屋のドアの所にリアナが立っていた。隣にはきつい目つきの明華が居る。誠は思わず二人の佐官に敬礼をする。
「別にそんなに硬くなんなくてもいいわよ。それよりちょっとシミュレーションルームまで来てもらえるかしら?アイシャちゃんもお願いね!」 
「はい?」 
 どこか間抜けなリアナの言葉に誠は脱力感を感じながら作業を中断して部屋を出た。
「お姉さんどうしたんですか?アタシも連れて行くなんて」 
 画材のダンボールを弄っていたアイシャが不思議そうにリアナに語りかける。
「アイシャちゃんも一応パイロット経験者だしね。聞いたでしょ?吉田君から今回の作戦の目的」 
「一応、聞きましたけど……。予備機を出すんですか?」 
 アイシャが戸惑いながら尋ねる。だと言うのにリアナの言葉は今にもスキップを始めるんじゃないかと言うくらい明るい。
「予備機はあくまで予備よ。一応、積んではあるけど可動状態に持ち込むのには少し時間がかかるわね。しかもそんな予算も無いし」 
 淡々と明華が答える。隊長と並ぶ大佐と言う肩書きだけあり、その一言に誠もアイシャも答える言葉が無かった。
「じゃあ行きましょう」 
 リアナを先頭に誠は来た道を引き返すことになった。再びエレベーターでブリッジ下の階まで行き、食堂の前を通過して無人のトレーニングルームの隣の部屋に連れ込まれる。
 シミュレーションルーム。中に入ると仕事を終えた整備員達が遊びでアサルト・モジュールのシミュレーションシステムを使っているところだった。
「ちょっと何してるの!島田曹長!シミュレーターは玩具じゃないんだから!とっとと隣に行って食堂でお茶でもすすってなさい!それともトレーニングルームで基礎体力訓練でもする?」 
 明華がそう大声を張り上げると、島田、キムの両曹長をはじめとする整備員達は、一度直立不動の姿勢で敬礼をすると、蜘蛛の子を散らすように全力疾走でエレベーターの方へ消えた。
「ああ!我が部下ながらウチの隊には規律と言うものが無いのかしら?まあ隊長があの駄目人間一号だからしょうがないけど」 
「明華ちゃん。それは言い過ぎなんじゃ……」 
 高飛車に隊長を切り捨てる明華にリアナがフォローを入れる。
「神前少尉。とりあえず東和軍のパイロット候補がどの程度の腕か確かめさせてもらうわよ」
 そう言うと明華は6台あるシミュレーターの一つに乗り込んだ。
「ごめんね、誠ちゃん。明華ちゃんは言い出したら聞かないから。一応、私が僚機でやってあげるから。アイシャちゃんも、お手柔らかにね!」 
 リアナもシミュレーターに乗り込む。
「あのー、僕は……」 
「いいんじゃないの?とりあえず気楽に行きましょ!」 
 アイシャがウィンクしながらシミュレーターに乗り込む。誠も置いてけぼりを食わないようにシミュレーターに乗り込んだ。
 シミュレーターの中。ハッチを閉めると自動的にマシンは起動し、コンソールが光り始める。
「05式と配置は同じか。場所は宇宙空間。自機の状況は……!」 
 誠は残弾を示すゲージを見つめて固まった。
「どうしたの?なにか不思議なことでもあったの?」 
 通信ウィンドウが開き、リアナが声をかけてくる。
「あのー、残弾がゼロなんですけど、これって間違いですよね?」 
「ああそれね!要とカウラが『あいつには飛び道具は使わせないでくれ!』って言うから神前少尉の機体はレールガンやミサイルの装備は無いのよ」 
 リアナの言葉に白くなる誠の視界。
「手ぶらで何しろって言うんですか!」 
 無情に答える明華に向かい、思わず誠は叫んでいた。
「ちゃんと格闘用のサーベルがあるでしょ?それに一応この中では撃墜スコアーの多いリアナがついていてくれるんだから。ハンデよ!ハンデ」 
 誠はどうにも釈然としなかった。これから向かう宙域はかなりの危険度を伴っているはずだ。
「サーベル一丁で何をしろって言うんですか?」 
「まあいいじゃない。実戦でも要ちゃんとカウラちゃんが守ってくれるわよ!」 
 能天気にリアナがそう言ってくれる。誠はあきらめて他の計器を確認する作業に入った。
 素手にサーベルのみだが、それ以外の障害は何も無い。
「ルールは簡単よ。相手を全滅させた方の勝ち。それでいいわね?リアナ」 
「ええいいわよ。じゃあ誠ちゃん、お願いね」 
 青いリアナの味方機と、赤い明華とアイシャの機体を確認すると誠は操縦桿を握り締めた。
「誠ちゃん」 
 リアナが味方機向けの秘匿回線を開いてきた。
「明華ちゃんのことだからたぶん私から先に倒す作戦で来るわね。だから囮になってくれないかしら?」 
「囮ですか?」 
 確かにリアナが落とされてサーベル一丁しか装備していない自分が残されれば、袋叩きにされるのは実戦経験が無くても分かる。それにリアナは上官である。気の弱い誠が逆らえるわけも無い。
「分かりました。鈴木中佐はどう動くんですか?」 
「鈴木中佐なんて……お姉さんでいいわよ、みんなみたいに呼んでね」 
 明るく元気なリアナ。彼女はベテランパイロットらしく周辺の海図を拡大してじっと見つめている。
「とりあえずここのデブリの多い宙域での戦闘が有利ね。誠ちゃんに相手を引きつけてもらってる間に迂回して後方を突く作戦で行きましょう。ああ見えて明華さんは慎重だから」
 誠の前のモニターにもリアナが提示した空域の海図が映っている。ベテランの判断に異議を挟むほど誠には経験も自信もなかった。 
「了解しました!じゃあデブリ帯の奥に下がり……」 
「あんまり中に入ったらおとりの意味が無いわ。とりあえずデブリの際でチョコチョコ動き回って相手をひきつけるのよ」 
 誠は実戦経験者であるリアナの指示に従うべく頷いた。
「リアナ!そっちの作戦は決まった?」 
 通信ウィンドウが開き、明華の甲高い声が響く。
「いいわよ、じゃあ……始め!」 
 リアナの一声で模擬戦が始まった。 
 誠は各種センサーの動きを見ながら、とりあえずデブリの濃い宙域の入り口で機体を安定させた。
 センサーに反応は無い。
「どうせ囮だ。見つかるのは覚悟のうえで……」 
 パッシブセンサーの出力を上げる。
 しかしデブリの中である。05式のステルス性能は今の所、主要国で主力機として配備されているアサルト・モジュールでも屈指だ。
「見つかるわけが……」 
 センサーに一瞬、高速で移動する影がうつった。
「来たな!」 
 05式の腰に下げられたサーベルを抜き、全周囲型モニターでセンサーに影がうつったあたりを目視する。
 ちらり、ちらり。
 確かに何かが接近してきているように感じた。弾切れのランプが点滅しているミサイルの発射ボタンが恨めしく感じられる。
『アイシャさんのメイン装備は120mmレールガン。そして、許大佐のメイン装備は250mm重力波ライフル。おそらく前衛はアイシャさん!懐まで飛びこめなければ勝ち目は無い』
 操縦桿を握る手が、ぬるりとすべるほど汗ばんでいる。
 こめかみの辺りが痛い。
 意識しなくても心音が聞こえる。
 学生野球の試合、東方大学との3部入れ替え戦、一点を勝ち越した直後の九回の裏二死満塁の場面を思い出した。
「あの時はインコースに投げたカーブがすっぽ抜けて押し出しの死球だったんだな」 
 なぜそんなネガティブなことばかり思い出すのだろう。
 誠は自分にもっとプラスになるような暗示をかけようとするが、そうすればするほど呼吸が荒くなっていくのが分かる。
 その時、警戒していた宙域に明らかに何か動くものを見つけた。
「来るか?」 
 操縦桿を握る手が重い。
 まるで他人の手だ。
 誠はいったん操縦桿から手を離し、ゆっくりと深呼吸をした。
 もう一度操縦桿を握る。
 少しは腕も動くようになった。誠は頭部の望遠モニターで影がちらついている宙域を拡大する。
 予想通りだ。
 アイシャはリアナの重力波ライフルでの狙撃に備えて、波動パルスエンジンの特性を生かしたジグザグの線を描きながらこちらに向かってきている。
 周りにはいくつかの大き目のデブリ。
 おそらくはそのどれかの裏で、長いライフルの銃身を固定し索敵している明華の機体があるだろう。
 試しに少しだけ機体を前進させる。
 撃ってこない。
 だがこちらが確認されていないという保障は無い。
 まだ前衛に当たるアイシャが到着していないためにこちらの位置が把握済みでも自重している可能性がある。
 さらにデブリの中を移動しているリアナ機のことを考えれば、自分を確実に倒せる状況であり、なおかつ何処から飛び出るか分からないリアナに備えることが出来る状況を待っていると考えた方が自然だ。
 考えがまとまると、誠はまた少し機体を後退させた。
 突然アラームが鳴り、ロックオンされたことを示す表示がモニターに示される。
「何処だ!」 
 操縦桿を握る手に力を込め、デブリの中で自機をランダムに振り回す。
 前衛のアイシャ機がデブリの中を掃射する。多くはデブリを打ち抜くが、何発かが誠の機体をかすめた。デブリの外れで機体を立て直すと、ようやくアラームが切れた。
 しかし、そこで誠は自分が致命的なミスをしていることを悟った。
 デブリの散らばっている範囲が狭いのだ。
 ここから出ればほぼ確実に明華の狙撃に逢う。
 かと言ってそう広くない範囲を動き回っていれば、ほぼ特定された場所の周りを飛んでいるアイシャの襲撃にあう。
『とりあえず、囮なんだ。時間さえ、時間さえ稼げれば!』 
 そう言いきかせるものの、体は次第に緊張のあまり硬直を始める。
 とりあえずアイシャ機が突入をしてこない所から見て、まだこちらの正確な位置は確認されてはいないのが唯一の救いだった。
『リアナさん!早くしてください!これじゃあ支えきれません!』 
 誠は心の中でそんなことを思いながらデブリ帯の中心で機体を安定させる。
 呼吸はかなり乱れている。心拍数が上がる。額からの汗もかなりの量だ。
 再びロックオンされたことを示す警報が鳴る。
 機体を振り回しにかかった時、あることに気がついた。
 東和軍本部で05式のシュミレーターをやったときに比べて、明らかに機体の動きがいいのだ。
 実際ここまで狭い範囲に追い詰められたら白旗を揚げるところだが、機体をランダムに動かしているだけでロックオンされても脱出できた。
『この機体……。いけるかもしれない!』 
 誠はそう思うとデブリの入り口でワザとゆっくりと機体を前進させてみた。
 アイシャは乗ってきた。
 警報が鳴るが、誠にはかわせる自信があった。
 レールガンの連射速度はそれほど速くない。
 デブリに機体を沈めるだけで、すぐにアイシャの射界から脱出できる。
 消えた誠機を探すべく、アイシャが機体の速度を緩めた。
『今なら!』 
 誠がデブリから飛び出したとたん、アイシャとは別の方向からロックオンされた警報が鳴った。
「許大佐か!」 
 誠が一瞬自分の未熟さを後悔するが、回避行動に移りかけた瞬間にアイシャ機が背中からの狙撃を受けて撃墜された。 
「リアナさんが間に合ったのか!」 
 誠はすぐさま明華の待機地点と思われる戦艦の残骸の後ろからやってくる友軍機を見つけた。
『今ならいける!』
 別に何も根拠は無かったが、誠は最大出力で先ほど当たりをつけたデブリ帯に突撃をかけた。
「牽制するから一気に距離を詰めて!」 
 通信ウィンドウが開き、リアナの声が響く。
 一発、明華機の重力波ライフルが掠めるが、リアナ機と挟まれているだけあって照準は正確さを欠いており、楽にかわしてさらに距離を詰める。
「いける!」 
 長い重力波ライフルの銃身が予想をつけたデブリの端から見える。
 誠は読みが当たったこともあり、先ほどまで自分を縛っていた縄が解けたような感じで思ったように機体が動いているのが分かる。
「悪いけど私がもらうわ!」 
 リアナの声が響き、明華機が身を翻して射界からの脱出を図っているのが見える。
 誠の機体に飛び道具が無いことを知っている分、誠側からの攻撃が遅いと知っての行動だろう。
 しかし、ほとんどリアナ機に神経を集中している明華の機体が大きく見え始めるにつれ、誠は口元に笑みが浮かんでくるのを抑え切れなかった。
 その時、シミュレーターの画面いっぱいに、パーラの顔が映った。
「お姉さん!隊長から出港命令が出ました」
 誠の体から不意に力が抜ける。
 それまで止まっていた汗が、再び滲み始める。
 しかし、リアナは少し息を漏らしただけで、特に残念がる様子も見えなかった。 
「じゃあおしまいね。明華!とりあえずブリッジに上がらなきゃいけないから」 
 シミュレーターの電源が落ちる。
 ハッチが開き、誠は明華とリアナがこちらの方を見つめているのを感じた。
「明華ちゃん。言ったとおりでしょ?誠君は結構やれるって」 
「そうね、まあこっちとしてはアイシャが誤算だったけど」 
「酷いですよ!大佐!あそこまで粘られたら打つ手無いじゃないですか!」 
 明華に責められてアイシャは頬を膨らます。
「じゃあブリッジ上がるから!後、ヨロシクね!」 
 そう言うとリアナとアイシャは早足で部屋を出て行く。誠はぴりぴりした感じの印象しかない明華と二人きりにされた。
「神前君。正直、見直したわ。冷静に状況を判断できるのはパイロットとしては重要なことよ。特にカウラと要は二人とも頭に血が上りやすい性質だから、結構いいチームになれるかもね」 
 誠はなんとなく未だ威圧感は受けるものの、表情の明るい明華に笑い返した。
「でも、今すぐ出港ってことは、隊長の描いたプランの最悪の展開になりそうだって言うことになるわね」 
 そんな言葉を吐いた瞬間にはもう明華の顔には笑顔は消えていた。
「最悪のシナリオって……?」 
 誠は暗い視線で天井を仰ぎ見ている明華にそうたずねた。
「胡州軍部が近藤中佐に決起の口実を与えるようなことをしちゃったということよ」 
 明華が言葉を選びながら話す。誠は頭の中でその言葉を何回か繰り返しているうちに、事態の重要さをじわじわと感じてきて、自然と額の汗が冷たくなっていくような感覚に襲われた。


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