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朝、起きて目覚めがひどくわるかった。もともと、朝が苦手な方だった。 頭の中はぼやけている。そのぼやけた頭の中で、ヨネは、昨夜、とても長くつまらない夢を見たことを思い出した。その夢の内容は、思い出せなかった。何かタイトルがある気がしたのだが。 しばらく経ってもスッキリしないので、枕元にあるオーディオを起動させ、CDをかけた。Arctic Monkeysの「Brianstorm」。とてもスピード感のある、重厚な曲だ。朝に聴くとますます速く駆けるようにギター音が身体を締め付ける。
ようやく視界がくっきりしてきて、ヨネは支度をはじめた。気分は良くない。 沸かしたコーヒーを口につけて、一息入れて、それから携帯を手に取る。 一通、メールがあった。またか。ヨネはげっそりしたが、そのメールを開封した。
『昨日はお疲れ様です。チラシの数が少なかったです。今日はミスのないように。』
アルバイト先の、先輩からだった。ヨネはため息をついた。 毎回だ。なんらか愚痴をつけては、今日のことを早くから急きたてる。彼を、緊張と虚無の中に陥れる。 その場で言ってもらえたらそれがいい。しかし、こうやって携帯を通しては半ば脅迫をするかのようだ。先輩なだけに、こちらからは何とも言えない。
ヨネは、一気に老けこんだような心持ちになる。携帯の画面を閉じて、歯磨きを、ほとんど絶望的な気持ちでしに行く。
大学の図書室は、しかし、素晴らしい場所だった。 近代的でない、といって、この場所を嫌う人がよくいる。ヨネには、そういう人たちは理解しがたかった。 赤レンガに囲まれた、中世のヨーロッパの風格を漂わせる、大きな建物。建物内の、しんと、そしてパリパリとした空気を漂わせている受付け。ほこりかぶった本棚の列。気が遠くなりそうな、地下回廊への道。すすけた書物。それらをめくっていくと、あの本に独特の、何とも言えない香りが漂う。 受付けを通って中へ入り、ヨネは一階の小さな机に荷物を置いた。横からは、こちらもようやく目覚めたところの朝日が、ブラインドを通して入ってくる。ここは、学校で一か二を争う聖域でもある。ヨネにとっての聖域。
―特に晴れている日なんかは、最高だ。
ちりが舞う様子を、日射しがすかさず捕まえる。こげ茶の、ちょっとしたいたずら書きが入り混じった図書室の木の机の上。本の匂い。樹の感触。 ヨネはあくびを一つして、それから地下回廊へ足を向けた。手に取りたい本は山ほどある。
講義は午後からだった。一コマで、西洋近代美術史の講義。とても面白い。 午前中は、図書室で、さんざんさまよったあげく選んだ、マルクスの「資本論」の原訳を読んだ。読んだと言っても、数十頁にしか至らない。しかしそれはそれとして、価値のあることであり、続ける意味がとてもある、とヨネは思った。「資本論」の原訳は借り出し禁止だったが、これを手にするのは今のところ自分一人であろう。机近くの本棚に適当にしまい、明日も同じ机に向かうことを誓い、しばしのお付き合いを決めた。ドイツ語は、ある意味、ロジスティックで読みやすいのだ。
講義を終えたヨネは、しかし、友達とも足早に別れ、一人になった。 水曜日。講義のコマ的に、早く大学の講義が終わる日。 水曜日は、早くアルバイト先に出向く日だった。ヨネはうんざりした。今朝のことを思い出した。それから、きつい先輩のことを思い、頭がもやもやした。ええい、こんなもの。
あと三十分したら、家に一旦戻って向かわねば。それまで、書店で時間をつぶすことにしよう。
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