いつからだろう、中学生のころだろうか?そうだ、中学二年生の頃、私は近所に住み大学生に恋をした。最初の頃は自分でもこの感情が何なのか解らなかった、それが恋だと確信に変わったのはその人が私の入試の為に家庭教師として私に勉学を教えてくれていた時。その時その人が見せる笑顔に心が躍った、その人が帰った後もその人のことが頭から離れず、その人が家に来る日が待ちどうしかった。唯一つ、私が人と違うと感じたこと意外は、この年頃になれば誰しも年上の人に憧れる人も多い筈だ。その人が私と同じ女性だったということを除いては。一年半の間、彼女に対して持っていた想いは結局、自分の感じた他人との違いの恐怖のため、彼女に伝えることが出来なかった。合格通知を持って彼女に報告しに言ったその日、彼女の家で見知らぬ男性に会った。私の合格を喜びなら、彼女は私に結婚することを教えてくれた。その日の会話は今でも思い出せない、それでもその日の情景ははっきりと思い出せる。彼女の見せるその男性に対する眩しすぎる笑顔、その男性が見せる彼女に見せる優しい笑顔。 廊下を走る。頭は真っ白で走りつく場所も決めずに走り出した為に行き着いた場所はいつもの駅だった、帰り道の途中、明日どうやって教室に顔を出そうかと悩んだ。明日どうやって由紀に会おうか。考えても考えても答えは纏まらず、家にたどり着いて自室のベッドに倒れこむ。両親は共働きで家にいない、普段は少しさびしいかと感じていたが今ばかりは助かった。色々と思考を巡らせて迷走させた疲れからか、私はいつの間にか眠りについていた。 携帯電話の着信音で目が覚める、一瞬何故自分が自室にいるのか解らなかったが、今朝からの出来事を思い出して我に帰る。時計を見ると、時刻はすでに五時を廻っていた。征服に少しついたシワを見ながら私はスカートの中の携帯電話を取り出す、ディスプレイに表示されている名前は由紀を告げていた。メールを開き内容を確認すると、簡単に一文。
「今茜の家の前にいます、会えますか?」
少しの迷いもあったが、どちらにしても明日会うことになるのだと腹を決めて玄関に向かう。それに、このまま会わずに帰してしまえば明日ますます会いづらくなるだけだ。玄関へと向かう途中、窓から寝る前に見えていた晴れ空は消え、いつの間にか空は灰色に変わっていた。天気予報では夕立の恐れは無いといっていた筈だ。自分の心情がこの天気の様に淀んでいるのを実感した、止めていた足を前に出すと同時に一つ自分に気合を入れ、目一杯の笑顔を作りながら扉を開けた。
「ゴメン!寝てた!」
少し面食らった由紀をみながら、言葉を続ける。
「まぁ、とりあえず入ってよ。何か雨も降ってきそうだし。」 「えぇ、ありがとう。」
少し戸惑う由紀を迎え入れる、自室へ先導し私は飲み物を用意する。さて、由紀は今間違うことなく今朝のことを気にして来てくれたのだ、自分から話すには勇気が要る、もし由紀が聞いて来たらしっかりと話そう。部屋の扉を開け中に入ると、由紀が脚を横に崩して座っていた。スカートから除く白い肌にドキリとする。お互い無言のまま飲み物を口にする、所々会話を振ってみるが普段のように会話することが出来ない。そうしながらどれだけ時間が過ぎたか、自分の体感する限りでは何時間も経ったようだった。
「今朝の事、だけど。」
来た。床を見ていた視線を動かすことなく、私は小さく返事をした。また一拍おいて由紀が続けた。
「あんな中傷気にしちゃ駄目よ、あんなこと書いた方が馬鹿なんだから。」 「うん。」
また私の小さな返事。
「本当、頭の悪い連中もいるわよね、貴女が謝る必要なんて無いから。」
犯人呆れながら、私にいつもの優しい笑顔を見せる。きっと、いや必ず、今からこの笑顔が凍りつくのだろう。恐怖を感じながら、話を続けている由紀に割ってはいる。私は視線をそらす。彼女の顔を直視して言う勇気が無かった。
「由紀」
彼女の名前を呼ぶ、少し首を傾げ私に小さく返事をする。私は次の言葉を詰まらせながらも、何とか外へと押し出す。
「あれね、半分は間違ってないから。」
由紀は眉間にシワを寄せ、また小さく首を傾げた。
「私はね、女の人が好きなの。」
目線は彼女に会わせていない、会わせる事が出来ない。ただ怖くて。私は言葉を続ける、きっとこの機会を逃せば、私は彼女への想いを届けることはもう無いだろう。
私は由紀が好き
初恋を経験して、失恋した。そしてまた人を好きになった。初めての高校生としての教室で、私は彼女を目にした。各自の自己紹介で立ち上がった彼女に目を奪われた、白く透き通るような肌、腰まで伸びた艶やかな黒い髪、優しげな目尻、同級生とは思えないほど落ち着いた物腰。私とはまったく対照的な女性。その日から今日まで彼女と共に過ごし、親友と呼べる仲になった。私は今、それを自分自身で壊そうとしている。
「私は由紀が好き。」
由紀の顔を見ることが出来ない、ただじっと私は床を見つめていた。今の自分の言葉にしたことを後悔する、きっと言葉にしなくても後悔したろうに。そう考えていると突然、涙が溢れ出した。
「ごめんね、今日はもう帰って。」
彼女の返事を聞く前に、私は由紀に言った。これ以上彼女といることが怖かった。
「でも」 「お願い、帰って。」
彼女の言葉を押さえ込み、私は由紀を返した。最後まで、彼女に視線を向けぬまま。
次の日から私は由紀から離れた、いや、逃げた。彼女とは話すこともなく、顔も見ずに過ごした。そのうちに三日ほどの時間が過ぎ、その三日が妙に長く感じた。そして四日目の帰り道、今日も晴れぬ気持ちのまま一人で帰路に着いていた。
「茜!」
突然じぶんの名前を呼ばれた、驚いて体がハネ上がった。聞きなれた声、聞きたかった声。また目頭が熱くなる。涙を堪えて後ろを振り返ると、そこにいたのはやはり由紀だった。走って追いかけてきたのだろう、額には汗が滲み、息を切らせ肩で息をしている。彼女が笑う、歩み寄って私の前に立った。
「一緒に帰ろう。」 「…うん」
彼女は以前共に過ごした彼女のままだった、隣で微笑み、笑い私に話かけるその姿は何も変わっていなかった。しかし、当の私はただ曖昧に返事をする事が精一杯だった。そんな私に呆れたのか、由紀は小さくため息をついた。
「茜?今日暇?」
由紀に手を引かれ、その日の夕方はとても慌しかった。映画館でスクリーンに映し出される二人の男女、私の性格を考慮してくれたのか、由紀が選んでくれた映画はアクション物のようで。ずいぶんと男前の俳優と、それに負けず劣らずの女優がカーチェイスを繰り広げている。 軽快な音と共にピンが跳ねる、天井から吊るされたディスプレイにはStrikeの文字。由紀がはしゃぎながらこちらへ小走りで向かってくる、振りかざされた両手を自分の手で受け止めて喜ぶ。 まだ少し硬さが抜けないものの、通りで見つけたファーストフードのチェーン店に入り夕食をとる。何の無い会話、今日見た映画や、先ほどのボーリングのことを以前の様に話す。私はその時ふと気がついた。きっと由紀は私の告白を無かったことにしてくれているのでは無いのだろうかと、そして以前の友人としてまた私に会ってくれているのではと。そう考えると少しの悲しさを感じるも、また友人としていれるなら、全てを失うよりはマシだと自分に言い聞かせた。
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