私「岸 茜」には他人に話すことの出来ない秘密を持っている。無論誰にでも多かれ少なかれ、それが他者に害を与えるにしろ与えないにしろ、皆秘密と言う物を抱えているはず。私には親友と呼べる人物が一人だけ存在する、私の親友として共に同じ高校を通った友人「今井 由紀」。彼女にもまた、他人に話す事の出来ない秘密がある。 私達はお互いを良く知っている、それこそお互いの親すら知らない二人の秘密。他人に脅かされながらも、私達はお互いを守りあい生きてきた。そしてこれからも、この事だけは変わることがないと確信している、お互いを知っているからこそ生まれた確かな信頼。
穏やかな秋空、落ち葉がカサカサと音を立てて歩道を横切る。いつも彼女が待ってくれている喫茶店の入り口を通り、いつものテーブルを前に椅子へ腰掛本を読む由紀が目に入る。少し入り組んだ位置に存在する待ち合わせのテーブルは、ガラスで張られた入り口付近からは一切除き見ることが出来ない。彼女に声をかける。そして彼女が振り向くと同時に、彼女の唇に自分の唇を軽く重ねる。
「お待たせ」
と彼女に笑顔を贈ると、彼女は少し頬を赤めながら私に笑顔を返してくれる。
目を覚ますとそこに見えるのは安らかな寝顔、小さな寝息と共にベッドの横に置いた目覚まし時計の秒針が進む。ベッドの上から半身を起こし、自身の固まった体を伸ばす。隣で寝ている恋人の顔を見ると、ついつい抱きしめたくなる衝動に駆られるが、何とか気持ちを抑えてベッドから出る。熱いシャワーをくぐり、服を着替えると私は朝食の支度を済ます。すると絶妙なタイミングで彼女が起きてきた。
「おはよー」
なんとも間の抜けた第一声にクスリと笑ってしまいそうになる、目を覚ますまでの彼女は普段以上に愛らしい。普段はしっかり者の彼女も朝だけは弱いようだ、だから、こんな彼女の姿を見られるのは私だけである。
「おはよ。寝癖凄いぞ、シャワー浴びてきな」 「んー」
うなり声のような返事と共に、彼女は脱衣所へと向かって行った。彼女が出てくる頃合を見計らってコーヒーを入れる、今はすっかり目を覚ましたのか、寝癖は消えていつもの美しい黒髪のロングヘア―姿の彼女が現れた。
「わー、美味しそう!もうお腹減っちゃって。」
簡単な朝食ですら、彼女は毎度喜びの声を出してくれる。私は共に朝食を食べようと椅子に座ろうとした時
「では、改めまして」
と彼女が近づき私の腰周りに腕を回してきた。そして軽い、キス。
「おはよう、茜」
彼女の優しい笑顔につられ、こちらの頬まで緩む。
「おはよう、由紀」
私も彼女へ笑顔を返しながら返事をする。
朝食も早々に済ませ、お互いに登校の時間までに余裕があった事もあり、二人で二杯目のコーヒーを楽しんでいると
「ねぇ、茜?今日は何時まで講義?」 「えっと、二時半には終わるけど。」
そう答えると彼女は少し考えて
「じゃぁ、今日はデートしようか?待ち合わせはいつもの喫茶店。」
私達の関係は今もなお少数で、日本ではまだ「異常」と見られる事が多い。私はその人達の視線が気になっていた、いや、恐怖していたと言っても過言ではない。だから彼女との時間は基本的にここ「私のアパート」で共有していた。それでも月に二〜三度こうして彼女の方からデートの提案がある。私はいつもこの提案を喜ぶ一方、少し不安にも感じてしまう。私達の関係が由紀の友人に知られたら、私自身の友人に知られたら?彼女にどれほどの迷惑をかけるのか、私自身が周りの好奇の視線に耐えられるのか?それはあの頃の比ではない。その事を考えてくれたのか、彼女との初デートから待ち合わせの場所としているいつもの喫茶店は、お互いの大学から離れた場所に位置した。それでも完全に不安が無いわけではない
「嫌かな?」
私が返事に戸惑っていると、由紀が残念そうに私の顔を覗き込み機嫌を伺っているのが目に見えた。普段から彼女には助けられているのだ、彼女の求めることに少しでも答えなければ。
「ううん、そう言えば最近二人で出かけてなかったね。いいよ、じゃぁ大学終わったら直ぐに行くね。」
そう答えると彼女の表情がパッと明るくなる、やはりこの笑顔には勝てそうにない。
|
|