暫く走った後、パーキングで休憩してクルマに戻った僕を待ち受けていたのは、またしても僕を驚かすに充分な彼女の言葉だった。 少し睡眠を取ったからか、その顔からは疲れが抜けて昔の生気が蘇っている。
「キーを貸してくれる。私が運転するわ。」
「えっ。でも今まで一度も自分で運転するなんて言ったこと無かったのに。」
「何事にも最初はあるのよ。さっさと渡しなさい。」
そう言って、僕から強引にキーを取り上げ、運転席に乗り込んだ彼女は豪快にエンジンをかけて僕に言い放った。
「さっさと乗らないと置いていくわよ。」
慌てて助手席に乗り込んだ僕がシートベルトを締め切らない内に、彼女は走り出す。
暫くクルマの感触を確かめるかのようにあれこれ試してからは、滑らかに運転をしてゆく。 どうやら、三年のうちに運転のイロハを取得したらしい。 確かに、アメリカではクルマの運転は必須だろう。それにしても運転が上手だ。右ハンドルのクルマは久しぶりの筈なのに、巧みに大型車の間をかわしてゆく。 このクルマがこんなに滑らかに走るなんて思いもよらなかった。
小一時間も走った頃だろうか。それまで無言で運転していた彼女が口を開いた。
「さっきはけなしたけどこのクルマ凄いわ。助手席に座ってる間は分からなかったけど、運転してみたらよく分かる。」
そう言った彼女は何か感慨深げにハンドルを握り、アクセルを吹かしながら再び無言になってしまった。
確かに僕も驚いていた。スピードを出すほど乗り心地も気にならなくなるし、むしろ良くなるようだ。 がたがたしていた乗り心地が、今ではしなやかにショックをいなしている。 僕は、かおりの機嫌が悪くならないように、何時もそっと運転していたから、こんなに飛ばした事はなかったのだ。いつしか、一人の時もそんな風にそっと運転する癖が付いていたようだ。 それにしてもこんなに変わるなんて。
いったい先輩はこのクルマにどんな魔法をかけていたのだろう。
何時の間にか、僕たちはかおりの実家を通り過ぎ、どこか分からない町まで来ていた。 清水で高速を降りてからは僕にも判らない。 カーナビなんてしゃれたものはもちろん付いていないこのクルマでは、現在位置すら調べる事が出来なかったのだ。 僕たちは、なんとなくたどり着いた海岸の突堤にクルマを止めて、沈む夕日を眺めていた。
「ねえ。私あなたに謝らないといけない事があるわ。」
「なに。そんな事何ひとつ無い筈だけど。」
「あるわ。突然あなたの前を去ったこと。今までこのクルマを散々けなしたこと。さっきから運転していて気が付いたの、なにもかも見かけ通りではないことに。あなたもそう。一見頼りなさそうだけど、その裏には決して曲がらない強い意志がある。」
「ははっ・・・・・。」
思わず僕は吹き出してしまった。
「何よ。何がおかしいの。人が真剣に話してるのに。」
「だって今まで君が僕を褒めたり謝ったりした事なんて一度も無かったから・・・。」
うっかり口を滑らした僕は、思わず身構えた。きっと殴られる。
「何よその格好。まるでいじめられっ子みたい。」
呆れたように彼女が言う。 なんだか僕は、情けない気持ちになってしまった。
そんな僕の顔を見て、今度は彼女が突然笑い出した。 久しぶりに見る彼女の屈託のない笑いだ。 暫くして彼女が言った。
「馬鹿ね。」
その言葉にちょっと気分を害した僕は、返事もせずに窓の外を眺めていた。
暫くすると彼女が呟いた。
「隆。」
「ん?なに。」
「・・・・・・・・ごめんね。」
そんなはじめて聞くしおらしい言葉に驚いて振り向いた僕は、声をかけることが出来なかった。
彼女の唇が僕の口を塞いだからだ。
どのくらい時間がたったのだろうか。
もう時間の感覚はなくなっていた。
気が付くと、彼女の瞳からは涙が溢れていた。
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