@摩耶大学キャンパス 並んで歩く天根と平松 平松 実にユニークかつ先進的な研究ですわね、天根博士 天根 そうですか、ありがとうございます 平松 よくお考えになられたと感心いたしますわ 天根 考えるのが学者の仕事ですから 平松 ここまで研究されるまでにはさぞご苦労なさったのでしょうね 天根 苦労だと思ったことはありません 平松 素晴らしい 天根は平松の美辞麗句を苦々しく聞いている 平松 ところで、ひとつふたつお尋ねしてもいいでしょうか 天根 何でしょう 平松 エスが転移したとき、エスがなくなった肉体が死なずにいるのは‥‥ええと‥‥ 天根 延髄が生命維持機能を果たすからです。その状態を、助手の下地くんは、ゾンビ状態と名づけました 平松 ゾンビ? 天根 ホラー映画の、あのおどろおどろしいやつではありません。生と死の狭間にいるという意味です 平松 延髄機能が働いて、生きるでも死ぬでもないということは、何となく理解できました。ただですね、転移されたほうは、ひとりの人間の中にエスがふたつ存在して、おかしなことになるんじゃないかしら? 天根 おっしゃる通りです。(中庭の池の近くまで歩を進める)この池を脳全体だと仮定してください 天根が小石を拾い、池の中心に投げこむ 水面に波紋が広がる 天根 脳は常に活動しています。この波紋のようなものです 天根が別の少し大きい小石を拾い、池の中央に投げる 新たな波紋が広がる 天根 転移したエスは今投げた小石のように新たな波紋を広げます。従来の波紋を打ち消して、自分の波紋を描く 平松 まぁ。まるでパソコンの上書きのよう、ですわね 天根 簡単に言えば、そういうことです 平松 では従来のエスはどうなってしまうのでしょう? 消えてなくなるの? 天根 いいえ、なくなるわけではありません。電位パターンを奪われるわけですから、休眠状態である、と言えます。ただ問題は若年層の場合です。発育過程にあるプルキンエ細胞は電位パターンが一定していない。トランシングが定着しない場合、現象として、境界性人格障害に似た症状が出てしまう可能性がある 平松 それは問題ですね 天根 ですから、実験の対象者はおおむね五十歳以上と決めています‥‥ 平松 そうですか。それを聞いて安心しました 説明しながら、表情の冴えない天根
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