「ない!」 いくら探しても見当たらない。 クローゼット 箪笥 キャビネット 引き出し すべてあけた。閉め忘れるほどあせっているため 部屋はまるで窃盗にでもあったようだ。
「確かにここにしまったのに!」
相模智良が探しているのは「婚約指輪」だったもの。 彼女のためを思って買った婚約指輪だが、いきなり彼女が婚約は取り消したいといってきた。 そんなことは冗談じゃない。 智良は啖呵を切ってしまった。
「お前のために買った婚約指輪だってあるんだ!それをいまさら解消なんて!」
まだ婚約指輪を渡していなかったのに。
「あらそう。仕方ないわね。然様なら。あなたにもう興味はないの。私のもの、片付けておいてね。」
半同棲をしていたためか、智良の部屋は半分ほど彼女のものだった。 性格がまじめな彼だから、言われたとおりに整理していた。 別れの最後の夜。 彼女は荷物をとりに来るついでに「別れ酒。」といって1本15万円ほどのワインを持ってきた。 最初はなんのことやら、と踏み込んでいた智良だったが、アルコールのせいで気分はよくなり、 完全に記憶を失ってしまうまで飲んでしまった。
目が覚めると午後の2時。 彼女と付き合っているころのように飲めたのは、気のせいか?夢か? 最後だから、と体を交えたのも嘘だったのか? 彼の頭は混乱するばかり。
それでも、彼女と別れたのが原因ならば、渡せていない指輪がしまってあるはず。 そう思い、しまったはずのキャビネットへ手を伸ばしだしてみると。
「ない!」
婚約指輪はきれいさっぱりに消えていたのである。
「ないないないないないないないない!!!!!」
途方に暮れているそのときだった。 体を交え、力尽きたままの情けない姿だったことに彼は気づく。 床に散らばった紙くずにまぎれているジーンズに手を伸ばしやっと気づく。
「やられた。」
そこにはメモ書き程度の手紙
「智良。婚約指輪だったの、もらってくから。」
彼女は智良を酔わせ、婚約指輪の場所を吐かせ、体を交え帰っていったのだ。 彼女にしてみれば、体を最後にくれることなど婚約指輪を売った金額を考えればなんてことないのだ。
「はぁ。」
脱力しきった智良は窓に寄りかかりメモを眺めた。 いろいろ思い出される過去。 それも今ではなくなった現実。 未来を手に入れるために買った指輪もなくなり…。
「ははははははははは―はぁ。」
笑うことしかできなくなった。
隣からは新婚さんの声が聞こえる。 そのうち二人そろって挨拶しにくるんだろうな。 なんて考えながら、もう一度布団にもぐる智良であった。
fin.
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