20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Untitled-名も無き日々- 作者:景時

第1回   ブランケット
秋独特のオレンジ色の光が差し込んでくる。
外は肌寒いが、中は暖かい。

越してきたばかりで、まだ何も無い部屋。
結婚を控え、先に同棲を始めることになった。
隣ではタオルケットに包まって、寝息を立てる友里恵の姿。
起こさないように布団を抜け出し、秋の日差し差し込むベランダへ向かう。
小さな椅子に腰掛け、ここまでのことを思い返してみる。

出逢ったのは5年前。
幼馴染だった友里恵が、偶然居酒屋にいたことが始まりだった。
「え?あの…篠崎友里恵さんですか?」
「はい・・・そうですけど…どちらさまですか?」
友里恵は変わっていた。中学生の時はバスケ部一筋でショートカットで、所謂女子にモテそうなタイプだった。
それが今ではセミロングのヘアースタイルに、チャコールグレーの上品なスーツを纏っていたからだ。
「あの・・・中学でクラスが一緒だった青井裕介と申します。」
「…ああ!あの青井くん?すっかり変わっちゃってわかんなかったよー!」
なんていってくる友里恵の姿にすっかり魅了されてしまったのだ。話もそこそこに、連絡先を交換した。
それから何回かのやり取りで、デートをすることになった。
デートを重ねるうちに、意気投合していくことがわかった。
12回目のデートのとき、気持ちを伝えた。
「好きなんだけど…付き合ってくれませんか?」
「うん。裕介ならいいよ。」
と人懐っこい笑顔で承諾してくれたのは、2年前。

それから月日は流れ、喧嘩もしたり、別れ話もでたりした。それでも別れなかった。結婚も踏み切った。それには理由があったからだ


丁度半年ほど前。
いつもはあまり語らない友里恵が、俺の家のベランダでしんみりと言って来たことがある。

「あんまり口にはしないんだけどね。」
と切り出した。
「伝えたい気持ちはたくさんある。けどね。好き、とか、愛してるとか。嫌いとか、言葉じゃ表せない事ばっかりなんだ。
口下手っていうのもあるし。いざ言うとなると恥ずかしいし。でもね、逢えない夜は切ないんだ。
何気なく・・・伝えることもできるんだけど。どうしても強がったりしちゃってさ。
・・・裕介しかいないのにね、ちゃんと伝えられてない。ごめんね」
少し涙目になりながら、人懐っこい笑顔を作って振りむいた。
月明かりに光る涙がきれいで。胸が一杯になった。
たしかに友里恵はずっと体育会系だったせいか、どこか男勝りな部分があって。感情表現が苦手な部分がある。
俺はそんなことを気にしたことなくて、そのままの友里恵がいてくれればよかったのだけど。
友里恵本人は凄く気にしていたようで、涙まで流して本心を語ってくれた事が本当に嬉しかったのだ。
それを伝えるには、言葉よりも先に、抱き締めていた。
「友里恵…ありがとう」
「うん。」
「うん。」
「裕介。こうされてると、言葉とかいらない。包まれてるだけで安心する。だからずっと、こうしていて。」
「じゃぁ、俺は一生友里恵のブランケットになろう」
「なにそれ、プロポーズみたい。」
「・・・じゃぁそういうことで。ずっと友里恵の側にいさせてください。」






こうした年月を経て、今があるわけだ。
「裕介ー。あ、そこにいた」
「ああ。おはよう。」
「うん。おはよう。」
そういって、何も言わずに近くへきて、包まっている。
これが日常なのだ。




fin.



次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 848