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作品名:こてつ物語5 作者:yuki

第8回   8
8.意地
香は関口に追い立てられるようにして、車から降りた。目の前の建物は、去年まで営業していただけあって、外観はそれほど大きく変化したようには見えなかったが、正面の扉には鎖がかけられ、鍵がかけられている。
何より大きな建物に人気がないと、それだけでもいやな雰囲気が漂ってくる。まして郊外で、周りを囲んだ駐車スペースに車が止まっていなければ、その一帯ががらんとした空虚な虚無感に包まれてしまう。
関口はその正面の入口には目もくれずに、香を裏の従業員が使っていたであろう入口へと引っ張っていった。
扉を開くと一気に生活感にあふれた部屋が目に飛び込んできた。
おそらくは元は事務室だったのだろう。事務机が三つとそれぞれにイス。他にソファーが置かれていて、毛布やまくらと言った、人の寝起きしている気配がありありと見て取れる。
机の上にも物を食べ散らかした跡が残り、関口は「根城」と呼んでいたが、香の印象は「ねぐら」と言った方が正しい気がした。もう一人の男が、事務用の物ではない、パイプいすをもってくると、香を連れて行き
「そこに座れ」と命令する。香はおとなしく従った。男は部屋を出ていき、香は関口と向き合っていた。

「ハルオさんを呼び出すつもり?」香は関口に聞いて見た。
「勿論そうだが、今じゃない。お前の仲間に来るなと言ったが、そう言われておとなしくしている連中じゃない事は俺だって分かっている。こっちだってあたま数をそろえる。まあ、それまではゆっくり待っているさ」
ゆっくり待つ。その言葉の意味はおそらく私が弱るのを待つという事なんだろう。だってあの時こいつは私が生きたまま苦しむ方がハルオには効果的だと言った。私が明らかに弱った時を狙って、ハルオにその姿を見せるつもりに違いない。これからはここでのんびりまってくれる訳ではなさそうだ。
それならこっちも簡単にくじける訳にはいかない。弱った姿は見せられない。少なくとも気力がなえたところは見せられない。そうすれば一層弱らせるために、何をされるか分からない。
気を張っていたって、何してくるか分かったもんじゃないけど、本当に弱り切ってしまったら、助かるチャンスもなくなってしまう。とっさに襟元につけたワイヤレスマイク。生きててくれればいいんだけど。
マイクの音声は一方通行だ。この会話が向こうに届いているかどうかは自分には分からない。それでも今はこのマイク越しの会話が、礼似さん達に届いている事を祈るしかないだろう。

「あんたは流れ者だと思ってたけど、そろえるようなあたま数がいたのね」香は会話を続けようとする。もし、マイクが生きていてくれれば、情報量は少しでも多い方がいいだろう。
「さっきっからおしゃべりな小娘だな。顔に傷を付けられたってのに、大したタマだ」関口は香に顔の事を思い出させようとする。じっくりと顔色の変化を楽しんでいるようだ。
「私はね、他人さまから白い目で見られる事には慣れてるのよ。あんたみたいな男が父親だったもんでね。そんじょそこらの小娘と一緒にして、甘く見ないでほしいわね」
関口は意外そうな顔をした。ハルオの事は調べていても、自分の事までは調べた訳ではなさそうだ。これならかなりのハッタリも通用するかもしれない。
「ほう?お前は刀使いの娘ってわけか。どうりでやけに気が強い訳だ。だが、それなら俺のような男は人を斬り殺すのに、大したためらいもない事も知っているだろう?うかつな態度をとると、本当に命がなくなるぞ」
関口が凄んで見せる。あの、ぞっとするような笑顔を口元に浮かべながら。
「えーえ、知ってるわよ。刀の勢いにのまれて酔っ払ったみたいな顔で、人を斬るんでしょう?じゃなきゃ、怖くて相手の顔さえ見れないのよね。冷めたらただの臆病者だから」香はわざと挑発する。少なくても言葉や威嚇に負ける女だとは思わせたくない。逆上される可能性も大きいが、ジリジリと弱らされるような真似をされるよりはこっちとしてもマシってものだ。
「小生意気な奴だ。だが、臆病かどうかは俺に斬られて分からなかったのか?俺はな、人に斬りつける時に興奮する性質なんだ。はっきりいって気持ちがいい。女の顔なんか最高さ」
本気で言っているのだろうか?それとも自分への脅しか?どっちにしてもここでおびえた顔を見せたくはない。
「二言目には顔、顔って。あんたって結構ナルシスト?それとも美人に恨みでもあるのかしらね?今時女の命は顔じゃないの。ハートよ、ハート。心の愛きょうで勝負するの」
「減らず口が多いな。今度はその口先を斬ってやろうか?」
「あんただって口先だけじゃない。結局私に死なれたら、計画もおじゃんだし、呼びつけたあたま数の連中にも面子が立たないからでしょ?自分の思うとおりに事が運ばないと、すぐに潰れる臆病者よ」
香は関口を睨みつける。ここは意地を通してみせる。
「それにね、ハルオさんや土間さんはあんたとは違うわよ。二人とも刀に酔ったりなんかしない。道具に使われて振り回されるような間抜けじゃないわ。私は父親のそういう弱さを知ってるの。あんたはただの間抜けよ。二人に本気で向かってこられたら、あんたなんか相手にならないわ」香は関口から視線を外さない。じっと睨んで、またたきさえ忘れていた。
関口はうんざりした表情を見せる。香がここまで言ってくるとは思わなかったに違いない。忌々しげな顔をする。
「全く口の減らない小娘だ。少し一人で黙っていろ。言っとくがドアには当然、外からカギがかかっている。この部屋に窓は無いぞ。多少息苦しいぐらいが、おとなしくするにはちょうどいいだろう」
関口が部屋を出る瞬間を狙おうとしたが、その背中から強い殺気が感じられた。やはり関口の隙を突くのは簡単なことではなさそうだ。やむなく、香はその場に座り続けていた。

どうしてこう、あの子は気が強すぎるんだろう?
バイクから降りて、香と関口の会話を途中からマイク越しに聞いていた礼似はギリギリと歯がみをしていた。
そりゃ、気力を保つためにも、相手になめられないためにも、気概は必要だけど・・・。あんなに言いたい放題言って、その場で殺されたらどうすんのよ!もうちょっと、おだてるとか、しおらしさを見せるとかできない訳?
そう、思いながらも、どうにか香が無事らしいと分かって、とりあえずは安心する。しかし一刻の猶予もない状況に変わりはないだろう。元ジムの建物に着いた礼似は、とにかく香の姿の見えそうな所を探す。外見からはそれらしき姿は見られない。パッと見は営業中と変わらない建物も、中をのぞけばほこりをかぶり、よどんだ空気が滞留しているのが伝わってくる。人の居なくなった建物はそういうものなのだろう。
裏の方に回ってみる。やはり裏口があった。香はおそらくこの中の部屋にいるのだろう。
マイクからの会話のおかげで、香が今、部屋に一人でいる事が分かった。助け出すには今がチャンスだ。
幸い鍵は外鍵だ。関口達がいないことを確かめながら、そっと、ドアに近付く。見張りはいないようだ。
まさか、自分達の会話が筒抜けだとは、関口達も思わずにいたに違いない。香のマイクは、想像以上に役立ってくれたようだ。
扉を開くとすぐに香の姿が目に飛び込んだ。ホッとした表情が、香の顔にすぐ浮かんだ。顔色が悪い。
顔はやや深手のようだが、他は軽傷のようだ。それでもそれなりの時間を治療もせずに放っておかれたせいか、香の体力は消耗しているようだった。
この状態で、よく、関口につっかっかていたものだ。しかし、そのおかげで助け出すチャンスを作る事が出来た。たいした娘だ。
「大丈夫よ。よく、マイクをしかけたわね。おかげで場所と、あんたが一人になった事が解ったわ。辛いだろうけどもうひと踏ん張り頑張りなさい。バイクで逃げるから」
そういって香を連れて部屋を出ようとしたが、外に出たとたん、数人の男達に出くわしてしまった。これがあたま数の連中か。二人は急いでバイクのある場所へ向かったが、バイクの前には関口が立っていた。
「随分早く、お客さんが着いたようだな。どんなもてなしをしてやろうか?」関口はバイクのキーを片手にそういった。

御子は華風組に着くと、土間とハルオを問答無用で連れ出した。強引に車の中に二人を放りこむ。
「ちょっと!いったいどうしたっていうのよ?」土間が訳が解らぬままに問いただす。御子は真剣な顔で土間に説明した。
「あのね。香が関口にさらわれたの。あんたとハルオを動揺させるために」
「か…香さんが?」真っ先にハルオが反応した。
「今、礼似が助けに行ってる。何故香が狙われたのか、ハルオに説明が必要なの。土間、これは香の命がかかってる。ハルオに話してもいいわね?」
言葉は質問になっているが、御子の目は決意を促しているものだった。とても嫌だとは言えない。いつかは知られる事だったのだ。土間はそっとうなずいた。御子はハルオに向き直る。
「ハルオ、突然で驚くでしょうけど、落ち着いて聞いてね。あんたの父親は一流の刀使いだったの。しかも母親もこの世界の人だった。あんたには一流の刀使いになれる素質が受け継がれているの。関口はそれを嫌がっているのよ。だから、あんたの弱点の香をさらって、あんたに刃物を持たせないようにしようとしているの」
御子はここまでを一気に言った。突然の親の話にハルオはただ、驚いている。
「しかもあんたにはもう一つ事情があるの。あんたの存在は、華風組の命運を握っているかもしれないのよ」
「・・・華風組?」これにはハルオの頭もついていかないらしい。
「あんたの母親は、華風組の血筋を受け継いでいる人だった。ハルオ、あんたにもその血が受け継がれているの。華風組はつい最近まで、血を分けた者が後を継いできた組だった。あんたが華風組を継ぐような事になっても、おかしくない仕組みでやってきた組なのよ。そのあんたが潰れてくれる事を願う奴等が出て来たって不思議は無いの。関口はそこに目をつけたのよ」
「そ、それなら、お、俺が、は、刃物を、も、持つのを、や、やめれば、す、すむ事じゃ、な、ないか」
「ところがそうはいかないのよ・・・。あんたの中にはそういう血が受け継がれているんだから。それを知られてしまっている以上、あんたがとことん潰れるまでは、あんたは狙われ続けるわ。それに、これはあんただけの問題じゃないの」
御子は土間の方をちらりと見た。土間は車の外に顔を向けて表情を見せないようにしていた。御子は意を決して言った。
「ハルオ、あんたの父親は、この、華風組長、土間富士子・・・いいえ。聡次郎なの」


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