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作品名:こてつ物語5 作者:yuki

第5回   5
5.理解者
ハルオの出生についての情報がまとまるまでは意外と時間がかかった。関口の手元に資料が届けられたのは、結局あれから一週間の時間がたってからだった。
だが、それだけ待つだけのかいはあった。情報屋は開口一番、興奮気味に口火を切った。
「大変です。関口さんの勘は当たってました。こいつ、とんでもない奴の息子です。あの、華風聡次郎の子供でした」
「聡次郎?あの、血祭り聡次郎の子か?華風組の」
「その通りです。しかも母親は先々代の華風組長の妹でした。これはタダモノじゃないでしょう」
あの聡次郎の子なら、刀使いになる素質は十分にあるはずだ。これは早いところ潰しておかないと後々が厄介な事になる。腕が磨かれてからでは遅いかもしれない。
「それにもう一つ、聡次郎が今何をしているかご存知ですか?」
「いや・・・。妻が逆恨みから刺殺されて以来、刀を置いて行方不明になったと聞いたが。その後の噂は聞かないな」
「土間ですよ」男は声を低くして囁いた。
「何?」
「華風組の土間、富士子ですよ。現在の組長の。彼女は聡次郎です」
「まさか」さすがに関口もこれを冗談とは思わなかったが、すぐには信じられなかった。
「間違いありません。資料にも書いてありますが、聡次郎は妻を亡くした直後に偽名で手術を受けています。ハルオが生まれた総合病院にいた看護師が、その後聡次郎が手術を受けた病院に転職しているんです。その看護師の友人がたまたま出産時期が聡次郎の妻と一緒で、よく、産科に顔を出していたそうです。そこに聡次郎が見舞いに行っていたそうなんですが、手術を受けた男は名前は違っても確かに聡次郎だったそうです」
「しかし、まさか性を変えるとは・・・」
「誰も考えなかったでしょうね。でも、聡次郎が姿を消したのと、土間が華風組に姿を現した時期がピッタリ一致するんです。それに、土間の名前の富士子ですが、聡次郎の妻の名前と同じなんです。文字まで一緒です。こんな偶然はあり得ないでしょう?」

関口は、倉田を襲った時に土間と刀を合わせている。確かにあの腕前は普通の腕前ではなかった。彼女が聡次郎だとすれば、あの刀の扱い方も納得がいく。こりゃあ、意外な大物が出て来たな。こいつはどうあってもハルオを潰して土間にも精神的なダメージを与えてやろう。妻に死なれて性を変えるほどの奴だ。息子に何かあってもショックは大きいだろう。うまくすれば華風組を狙う連中にかなりの売りこみが出来るぞ。
「おい、ハルオに何か弱点は無いか?決定的な弱みになるような」
「ありますよ。こいつ、結構惚れっぽいタイプなんです。女に弱いんですよ。今も小娘に気があるようです」
「女か。今時は女を口説けない男も多いが、気弱に見えてなかなかのもんだ。その女は調べたか?」
「調べるまでもありませんよ。関口さんがハルオにちょっかいを出した時に、一緒にいた女です。こてつ組の香って小娘です」
ああ、あの時ハルオがかばおうとした女か。やたらと気が強そうで、元気の良かった、礼似にくっついている小娘。
今時は空威張りはできても、女をかばえるような男も少なくなった。あれで結構男儀のある奴だ。
そういう男を潰すのも惜しい気はするが、こっちも顔を張る商売だ。しかも先々の厄介者。ここは涙を飲んでもらうとしよう。
「これは女を利用するのが早道だな」関口はゆっくりと考えを巡らせていた。

良平と御子は相変わらずハルオを仕込もうと稽古を重ねてはいたが、肝心のハルオの意気は、上がってくる様子は無かった。それでも身体にたたき込んでおけば、多少なりともいざという時の備えにはなるだろうと、ハルオのトリッキーな動きを誘うべく、御子は懸命に先読みし、良平もそれを理解しようと努めた。おかげでハルオ自身の腕はともかく、三人のチームワークは以前よりもずっと向上していた。これはこれでひょうたんから駒が出たようなよい成果だった。
「意外とこれは武器になるかもしれないな。この世界は一匹オオカミが多いし、喧嘩で人と呼吸を合わせるなんてまず、しないだろうからな。意表もつけるし、効率もいい」
御子と良平もハルオに自信をつけさせてやれないもどかしさは残るものの、それなりに一定の成果が出て来た事には満足感を感じていた。
ハルオはハルオで何とか刃物に慣れようと、一人でドスを握りしめては身体の動きを確認しようとするのだが、これが人の体にあたったらと考えてしまうと、脅えと重圧感にさいなまれてしまう。それを頭から振りはらう事が出来ずに、動きが鈍くなってしまうのをどうしても克服できずにいた。
何も考えずに無心になって握ってしまうと、今度は刃物に頼る気持ちが強くなる。相手に刃物を突きたてれば、すべてから逃れられるような錯覚が襲ってくる。日ごろの冷静さとは別の感覚が勝手に襲いかかってくるのだ。
どうやらこれは自分だけの感覚で、良平や御子には無い事にハルオは気がついていた。だから自分のために二人が懸命になればなるほど、ハルオは自らの力で克服しなければと思ってしまう。困った事にそう思うほどに重圧感は増してくるようだ。理想の自分とかけ離れた心の弱さを余計に重く感じてしまう。
土間さんなら・・・あの時、自分に刃物を握る勇気を持たせてくれた、あの人なら、刃物に頼りたくなってしまう、あの感覚を理解してくれていた気がする。あの人はそれを承知の上で、それでも俺に刃物を握らせてくれた気がする。
きっとあの人もこの感覚に苦しんだ事があるんだ。彼女はどうやってこれを克服したのだろう?
聞いて見たい気持ちはある。御子に頼めば何とかしてもらえるのかもしれない。
けれども何故かそれが出来ない。何故なのかはハルオ自身にも分からなかった。おそらくは土間のハルオに対する戸惑いの気持ちが、ハルオの心に反映されてしまったのだろうが、ハルオにはそれが解らなかった。

「ね、ホントに軽ーい気持ちで相談に乗ってやってあげられない?」礼似は土間に話しかけていた。
御子はああいったものの、やっぱりハルオの悩みを理解できるのは土間だろうと思った礼似は、とにかく土間を口説き落としてみる事にした。何も親子だってバラさなくったって、普通に刃物使いのプロの先輩として相談には乗れるだろうと思ったのだ。・・・ただし、そこまで土間の心の整理をつけさせなくてはならないが。
「私があの子にかかわったら、あの子の出生がどこでどう漏れ出すか分からないじゃない。華風組が安定して、次の組長のアテが立つまでは、うかつにあの子には近づけないの」
案の定、土間は組の事情を言い訳にして来た。それも勿論そうだろうが、本音は土間のハルオへの愛情がハルオの心に伝わっていくことを恐れている。さらにそれを拒絶される日が来る事に脅えているのだろう。
これを御子の言うところの「ナイーブ」で片づけてしまうのは、何か納得できないものがある。土間もハルオも何か踏みださなければいけないんじゃないかしら?

「ね、土間。ちょっとここは逃げないで。あんたがハルオに接しにくいのは分かるけど、普通の親だったらここで逃げない・・・ううん。逃げようがないまま子供に何かを伝えようとするんじゃないかしら?どんなに時間がかかっても、たとえ拒絶されても、あきらめたりはしないんじゃない?甘いかもしれないけれど、私がハルオなら親にはそうしてもらいたい」
「ハルオは私が親だとは知らないわよ。あの子ももう、子供じゃないし」
逃げている。そう、指摘されて土間は内心ぎくりとする。自分は若い時に親から逃げ回った挙句、両親に死なれてしまっている。それを後悔しながらも、今またハルオから逃げ回っている。
「別に親としてでなくてもいいわよ。今、ハルオには身近な理解者が必要なだけ。ハルオに刃物を持たせた指導者として、ハルオがここを乗り越える手伝いをしてほしいの。子供じゃなくなったからこそ、一人で何でも乗り越えられる幻想は抱けないわ。ハルオの悩みを理解できる人間に協力して欲しいのよ」
そう、私にはハルオが悩む、あの感覚が理解できる。克服する方法も知っている。そのためには、私はどれほどハルオの心を傷つけなければいけないだろう?脅し、挑発、ハルオの劣等感をとことんあぶり出し、それでもハルオが恐怖を克服できるまでに・・・。
礼似に悪気はない。あの感覚を克服するには、どれほどハルオを傷つける必要があるのかを彼女は知らない。
私は知っているだけに、ハルオへの愛情からそれをするのにためらいがある。

「理解できるからこそ、できないこともあるのよ。私はハルオが自力で乗り越えられる事を信じて待つわ」
土間は話を打ち切ろうとしたが、礼似はむっとした顔で言い返してきた。
「親が子供に嫌われるのを怖がってどうすんの?信じて待つだけじゃ、人なんて育たないんじゃない?」
何よ、偉そうに。子供を持った事もない癖に。のど元まで言葉が出かかる。
と、同時に痛い所を突かれたとも思う。ハルオを傷つけたくないのは、ハルオに嫌われたくないという事だ。
信じるだけでは人は育たない。信じる気持ちは大事だが、人は人の手によってしか育たないのだろう。
どっち道、このままではハルオはあの感覚にもがき続けなければならない。どこかでケリを付ける必要がある。でも、よりにもよって私がそれをしなければならないなんて。
「分かったわよ。私がハルオを仕込むわ。でも、それは相談で済むレベルの事じゃないの。私、ハルオを潰すかもしれないわよ」
あるいは私がハルオに斬られるかも知れないが、ハルオにだったら本望だ。
「土間が一番いい方法だと思ってんでしょ?私は土間を信じるわよ」礼似は笑っていた。
もう!こんなことには都合がいいんだから。
「今回だけはその笑顔にごまかされてあげる。次は無いからね」
そういう土間も、礼似に笑顔を見せていた。


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