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作品名:こてつ物語5 作者:yuki

第3回   3
3.ゲーム
「買い物ですか?」香はハルオにありきたりの事を聞いておく。さっき本人もそう言っていたのに。
「ゆ、夕食の材料です。う、うちは住みこみの、く、組員もいますから、け、結構大所帯なんです」
「そうですか。大変ですね」
香が返事をしてしまうと、もう会話が続かない。仕方なく香は一番気にかかっている事をつい、聞いてしまう。
「稽古の方は、うまくいってるんですか?」
聞くんじゃなかった。はっきりそう思うほど、ハルオの表情が曇った。
「お、俺、度胸がないから・・・」
「やっぱり向いてないんじゃないですか?無理しないで、他の方法を考えた方がいいと思うけど」
「ほ、他の事だって、ど、度胸がなければ、に、逃げ腰になって、い、一緒です。こ、これだけは、がんばらないと」
真面目というか、馬鹿正直というか。どうしてもハルオといると落ち着かなくなる。早いところ退散するか。
「そうですか。じゃあ頑張ってくださいね。それじゃ」香は逃げるようにその場を立ち去った。

ハルオは香の前ではどうにも立つ瀬のない状況に陥るようなめぐりあわせになるらしく、へこむ一方だ。
一層落ち込んだ気分で組に戻ると、御子と良平が、待ちかまえていた。
「な、なんですか?」何かへまでもやっただろうか?
「ちょっと、食事の支度の前に、試したい事があるんだけど」御子が自信満々に言って来た。
良平と一緒に庭先に出される。短刀代わりの短い木刀と、御子の指先から抜いた小さな結婚指輪。それを良平の木刀の先に引っかける。
「いい?ハルオはこの指輪を良平から自分の木刀で取って、私に返して頂戴。で、良平は私の指輪をとられないようにするの。まあ、ゲームだと思って気楽にやってみて。・・・ただし」
御子はここで思いっきり睨みをきかせると
「私の指輪を無くしたら、二人ともどうなるか、分かってるでしょうね」と、目の光が一瞬にして変わる。二人は息をのんで同時にうなずいた。
「そう。じゃ、始めて見て」御子はそういって面白そうに見学する。二人はやや緊張気味に対峙した。
これで、ハルオは良平の木刀から逃げ回る訳には行かなくなった。しかも打ち込みに行くのではなく、指輪をすくいとらなくてはならない。これは難しそうだ。
良平も良平で、これはなかなか難題だ。うかつに振り回せば指輪はどこに飛んで行くか分からない。しかし、うまくよけなければ、ハルオの反射神経の良さで、指輪を奪われてしまうだろう。
御子はにこにこ笑いながら二人を眺めている。
この笑顔が変わる瞬間がこわいんだよなー。
ハルオも良平も同じことを考えながら、御子のゲームとやらに挑んでみる事になってしまった。

指輪を気にかけてなかなか動けない良平に、まずはハルオから仕掛けて来た。相手をどうにかしようというならともかく、指輪を持ち主に返すという妙な大義名分に支えられて、ハルオはあまりためらわずに良平の木刀を狙う事が出来た。身を下げる良平に楽々追いつき、懐深くに入ってしまう。
良平も必死で指輪をとられまいと、ハルオの木刀を避けて回る。これでようやく、ハルオが良平を追いかける形になった。ハルオのすばしっこさがいかんなく発揮される。
良平も、本来なら身を守るはずの木刀を、指輪を守るために「かせ」の様にされてしまって、丸腰よりも辛い事になっている。
まったく、よく、こんな事を思いついたもんだ。そう、良平は心の中で愚痴っていた。本当に指輪を無くしでもしたら、御子はどれほど怒り狂うか見当もつかない。いやがうえにも真剣にならざる負えなかった。
しばらく木刀を狙ううちに、良平相手では通り一遍の動きでは、通用しない事にハルオも気がついてきた。
冷静に手を考え始める。実際に、敵となる相手から何かを奪うにはどうすればいいだろう?
結局のところ、良平の弱点と言えば義足の足元だ。特別な義足で弱点をむしろ武器にさえしている良平だが、隙があるとすれば、やはり、その頼りになる義足や、それを支えるための反対の足元だろう。動きが自在に利くといっても、バランスには無理があるはずだ。その負担を利用すれば・・・
ハルオは身体を上にのばして良平の注意を高い所に向けた。指輪の事があるので良平の視線は上に向く。その瞬間、ハルオは一気に身をかがめた。殆んど腹這いに近い。良平も足元に意識を切り替えようとはするが、ハルオの動きが早すぎて、無理なバランスをこらえている足元の動きは追いついていかない。
義足をはらわれそうになって、良平は利き足にバランスを集中する。つい、腕が不用意に下がる。
腕を上げようと考える間もなく、ハルオが義足をはらわずにそのまま突っ込んできた。
「良平!うしろ!」御子が叫ぶ。
ハルオは前から突っ込んでいるのに、「うしろ」とはどういうことだ?良平が戸惑ううちにハルオはそのままスライディングでもするように、良平の足の間を潜り抜けた。後ろを振り返ろうとするとハルオはすでに身体を起こし、木刀が、指輪目がけてまっすぐにのびて来る。
後から思えば、素直にハルオに指輪をとらせておけばよかった。良平は思いっきり木刀を振り下ろし、ハルオの木刀をたたき落とそうとした。当然指輪は地面に落ちていく。
それだけでもまずいと思ったのに、体制が崩れた良平はとっさに利き足を踏ん張ったのだが、足にはっきりとした違和感が・・・
「あー!」ハルオと御子が同時に声を上げた。
良平は、御子の指輪を思いっきり踏んでしまったのである。

一時間後、夕食の席で御子はむくれ顔のままハルオに話しかけた。
「だから、これからは打ちあうつもりじゃなく、互いの武器を払いあうつもりで稽古を続けるの。ハルオは型通りの動きじゃ自分を生かせないでしょうから、さっきみたいにトリッキーな動きをいつも考えればいいのよ」
「・・・だったら、初めから払うつもりでやればよかったんだ。指輪なんか使わずに」良平は仏頂面でつぶやく。
あの直後、指輪に傷もなく丁寧に洗って返してやったのだが、御子は血管を浮き上がらせて怒りをあらわにし、文句と嫌みをさんざん聞かされた挙句、新しいブーツを買ってやる約束までさせられた。計画犯だ。
「それじゃ二人とも本気でやらなかったでしょ?ハルオは遠慮しちゃうだろうし、良平は緊張感が足りなくなるし」
自分がやる訳ではないので、御子はさらっと言ってのける。
「あんな予測できない動きをされるんじゃ、さすがに俺でも付いて行けるか自信がないぞ」あの瞬間は完全に動き負けしていた。あれを生かして仕込むというのは想像以上に難しい。良平はそこも気になっていた。
「だから私がいるんじゃない。私はハルオの動きを予測できる。でも、動きと木刀さばきでは良平にはかなわない。だから良平が私の言葉から的確な次の動きを判断すれば、十分ハルオの相手になれる。これは私達の稽古も兼ねているのよ」
確かに今まで良平と御子が一緒に相手に向かう時は、ほとんどぶっつけ本番だった。こんな稽古をしていれば、いざという時も安心だ。
「だいたい、私はちゃんと教えたのに、良平がピンとこないから、指輪を落っことしちゃうんじゃないの」
「ピンと来たってあんなとっさに義足のバランスがとれるかよ。ハルオはそれを分かっていて狙ったんだ。あれを使いこなすのは大変なんだぞ」
君子危うきに近寄らず。食事を終えた組員が居心地悪そうにこそこそと席を立ち始めた。
二人の口論が始まりかけたところで、ハルオが小さくなって詫びる。
「す、すいません。ひ、卑怯な、や、やり方をして・・・」
二人の視線がハルオに向く。ここで謝られては意味がない。
「いや、相手の弱点を狙うのは基礎の基礎だ。一番いい手だったと思う」
「そうよ、良平のスピードを上回れるハルオならではの手段だったわ。これからそこを生かさなくちゃ」
二人は慌ててフォローするが、ハルオは縮こまってそっとお茶をすすっている。
どれだけ成果を伸ばそうとも、自信につながるのは簡単ではなさそうだ。御子も良平もハルオの顔色を見てためいきをもらした。

ハルオの方も、自分のすばしっこさの活かし方が見えて来た事は素直に嬉しかった。これを続けて刃物に慣れていきさえすれば、誰かの身を守る事が出来るようになれそうだ。それは嬉しい。
だが、自分には何かが足りない。気の弱さも、体格の貧弱さも、今更おそらくどうする事も出来ないが、実際の喧嘩となると、それは意外と大した問題ではない事は経験上知っている。
そういうことではない、別の何かが自分には不足している。それを身にしみて分かっているので自信が持てないのかもしれない。
それは、言葉では難しいが、「気」のようなものだ。気合というか、威圧感というか、相手に戦意を失わせる何か。
それがあれば無駄な喧嘩も争いごとも、極力避ける事が出来るのに・・・
ハルオは土間に刃物を持たされた時に、刃物の持つ力の魔力を感じてしまった。そこに頼ろうとする自分の心を知ってしまった。
ただの気の弱さだけではない、そういう自分の心のもろさが、ハルオには許せなかったのだ。
こんな許せない心を抱えたままで、人を傷つける道具を握り続けていいんだろうか?でもここであきらめたら、きっと誰も守れない。
もっと、肝の据わった、度胸のある男になれたらいいのに。
ハルオはどうやら自分への理想が、やや高すぎるところがあるようだった。


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