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作品名:こてつ物語5 作者:yuki

第2回   2
2.由美とこてつ
「ここ・・・か?」こてつ会長は店のたたずまいに唖然と・・・いや、少々尻ごみをした。
「あら、私の好きな所でかまわないって、言ったじゃない」隣にはご機嫌な由美がいた。
「今度一緒に外食でもしよう」と、由美の機嫌を取るセリフを口にしたのはいいが、現実は乱闘の事後処理や、側近たちへの対応に追われて、特に夕方から夜にかけては忙しい日々が続いてしまった。
由美には散々心配をかけた後だけに、このまま放っておくのもまずい。やむなく会長は日中の空いた時間に都合をつけ、とりあえずはお茶とデザートでごまかしておこうと考えた。そこでこてつをタエに任せ、最近オープンしたという郊外の店に、由美に連れられて来たのだが・・・。
まず、建物の前で腰が引けた。しっくいの白壁にこげ茶色の柱と梁が目立つ外観。切妻屋根になっていて、全ての窓に両開きの鎧戸がつけられ、一部は出窓になっている。その窓には全てプランターに植えられた赤い小さな花が咲き、中にレースやフリルのカフェカーテンが揺れているのが見えた。
建物だけ見ればまるでスイスにでもいるようだ。会長にはクリスマスケーキの上に乗せるチョコレートの小屋に見えた。
店の通り側にはテラスが設けられ、樽を切った様な物や、洋風の桶のようなプランターに沢山の小花が咲き乱れ、その入り口にはバラのアーチがかまえていた。よく見れば足元もバラだらけだ。
「せっかくだからテラスに座らない?」
由美にそう誘われたが、自分はできれば中に閉じこもりたかった。どう考えても自分に似つかわしくない空間だ。
が、店に入ってすぐ、考えが変わった。中は女性客ばかりである。部屋の奥では女子高生らしき制服姿の集団が、少女らしい声をあげてキャッキャとはしゃいでいる。白木の少女趣味的な家具が据えられ、腰板より上には白地にピンクの小花模様の壁紙が貼られていた。飾棚にはままごとのような小物が並んでいる。
「テラスにしよう・・・」会長はあきらめた。外の空気が吸える方がましだった。
コーヒーが運ばれて、香りが広がると心底ほっとした。が、由美に運ばれたガラスのティーポットを見ると、中に花が入っている!これだけ花や花模様に囲まれて、花弁を煮出して(?)飲もうというのか!会長は目を丸くする。
「ハーブティーよ。私、レモングラスが好きなんだけど、この店はカモミールがお勧めみたいだから」
女という生き物は、何故、こんなにも花だのレースだのフリルだのと言うものが好きなのか・・・
会長は未知の世界に呆然としながら、長ったらしいカタカナ名前のケーキだか、タルトだかを由美に注文してもらい、コーヒーとともに口にした。確かに甘すぎず食べやすい。味は悪くなかった。
「おいしいわね。インテリアも可愛らしかったし。こんな感じのドックカフェがあったら、絶対こてつと行くのにね」
由美は満足そうにハーブティーとやらをすすっている。
こてつ。お前もなかなか大変なんだな。こんな世界に付き合わされているのか。男というのは楽じゃないもんだ。
会長はこっそりと、こてつに同情を寄せていた。

その、会長に同情されてしまっている当のこてつは、ソファーの上で気持ち良く昼寝をしていた。
由美が会長と出かけるために昼ごろからかなり長めの散歩をして、さらに由美と一緒に公園を走りまわったので、すっかり満足して寝入っていたのである。
出かける前に、タエと由美は万全の態勢を敷いていた。こてつに留守番をさせる下準備だ。
こてつは、極端なほど、由美になついている。由美も我が子同然にこてつを扱うので、まるで一心同体のようになっている。それだけに、こてつは、由美と離れる時間を過ごすのがすこぶる苦手のようだ。
そんなこてつを置いて由美が出かけるときは、とにかく気を使った。由美がいない事に不安を感じないようにと、あの手この手の策が練られる。
まず、こてつが安心するように、いつも以上にスキンシップをとっておいた。しっかり身体も動かして、不満を残さないようにした。お気に入りのおもちゃは目に入りやすい所に置かれ、いつも由美が座っているソファーにいつもの毛布をかけて寝かしつけた。近くには由美の臭いが付いているであろう、タオルや小物も置いてある。
日ごろ由美がお気に入りでよく聞いている音楽を静かに流し、人の気配を感じるように、タエはこまめにこてつの様
子を覗いていた。そういった準備が功を奏したのか、こてつはしばらく、気持ちよさげにぐっすりと眠ってくれていた。

日がやや傾いてきた。今日も会長は遅くなるのだろう。食事もタエが帰って、遅くにとるに違いない。それまで奥様が空腹でいては忍びないので、タエは夕方に由美が軽く食べられるような食事を用意する。
夕食の下ごしらえも同時に行うので、ついつい、台所につきっきりになってしまう。
そんな時に限って、人の気配のなさに気付いたのか、こてつは目を覚ましたようだ。
いつもの匂い。いつもの毛布のぬくもり。こてつはやや寝ぼけた足取りでソファーから降り、目についたおもちゃをかじる。しかし、いつもの優しい声がしない。庭を覗いても人気がない。物音のする台所へと向かう。
タエは下ごしらえの真っ最中で、忙しく包丁を動かしている。こてつが覗いている事には気付かない。
いつもならここで、こてつは不安のあまり鳴き出して、軽くパニックに陥り、タエは必死でなだめ、帰りついた由美に抱っこをしてもらって、ようやく機嫌が収まるのだが、何故か今日のこてつは、少し寝ぼけた顔のまま、庭を突っ切って生垣からするりと外に出てしまった。

香は礼似の部屋への帰り道で、やたらと悲しげに鳴く犬の声に気がついた。外に出たこてつはようやく自分が置いて行かれた事に気付いた。由美の姿を求めて必死に鳴く。
「どうしたの?お前迷子?」香はこてつに向かってかがみこみ、頭をなでてやる。
こてつはひたすら鳴き続ける。おかあさんはどこ?どこに行ったの?
「首輪もしてるし・・・この辺の子かなあ?」
香はタッパーの中の、少し煮崩れてしまった煮物の欠片をこてつに差し出してみるが、こてつは食べようとはしない。ちがうよお。おやつじゃなくて、おかあさんだよお。おかあさん、どこにいるの?こてつは鳴き続ける。
「こまったな。お前のおうちはどこかしらね?」
すると頭上からどもった言葉が聞こえた。
「あ、あれ?こ、こてつ?」
香りが顔を上げると、そこに買い物袋を提げたハルオが立っていた。
「こんにちは。知ってるの?この犬」香がかがんだまま尋ねた。
「こ、こてつ会長の、か、飼い犬です。な、なんで外に出、出ているんだろう?」
へえ。これが噂に聞く「こてつ」か。会長の奥様の溺愛する愛犬で、会長にとっても泣き所っていう・・・
「会長のお宅ってこの辺なの?」
「こ、この辺も何も。め、目の前の塀のむこう、です」
「え?これ全部、個人の敷地なの?」
目の前には延々と続く古風な塀と、所々に垣根が連なっていた。垣根の向こうには立派なかわら屋根が見える。
「資料館か何かかと思った」香があまりの広さと、建物のつくりに、ややあきれ気味で見上げていると、こてつがまた、悲しげに鳴き始める。
「よし、よし。今おうちに連れていくからね。ここの入り口ってどこなの?」
「あ、案内しますよ。こ、こっちです」ハルオが玄関の方へ案内しようとするが、肝心のこてつが動かない。
ちがうよお。おうちに、おかあさんは、いないよお。おかあさんに、あいたいんだよう。こてつは鳴くばかりだ。
こてつはいたいけな子犬という訳ではないが、何せ会長の愛犬だ。強引な事や手荒い扱いは出来ないので、二人はこてつをなだめすかせながら、少しずつ玄関の方へ誘導していった。
ようやく、もう少しで門にたどり着きそうだというところで、急に目の前に止まった車から、由美が慌てて飛び出してきた。こてつも目ざとく由美の姿をとらえると、全力で由美に飛びついて行く。まるで長い別れの後の抱擁だ。
さっきまでの不満顔はどこへやら。こてつは由美にまとわりつきながら満面の笑みを振りまいていた。

だいぶ経ってから由美はハルオに気がついた。ハルオと香は会長に頭を下げようとしていたが、由美の後ろで会長が、手で制し、指を口元に当てる。何も言わずにじっとしろということらしい。
由美はハルオににこにこしながら挨拶する。
「まあ、ハルオさん。お久しぶりね」
「ご、御無沙汰、し、していました」
「かわいいお穣さんと一緒で、お買い物の帰りかしら?」由美はハルオの買い物袋を見ておっとりという。
「か、香さんは、ちょ、ちょっとした知り合いです。か、買い物帰りに、ぐ、偶然あったんです」
「あら、香さんっておっしゃるの?初めまして。こてつと遊んでくれたのかしら?」
「え?まあ・・・。こてつ君が鳴いていたので、声をかけて・・・」
「まあ、こてつったらお迎えに来てくれたのね。いい子ね。お部屋で御褒美をあげましょうね」
あれはお迎えという感じじゃなかったけど。そう思いながらも香もハルオも余計なことは言わずに、こてつと由美を見送った。会長も視線だけを二人に投げかけて、車でさっさと行ってしまった。何だかどっと疲れた気がする。
「会長の奥様って・・・なんて言うか・・・マイペースな方なのね・・・」マイペースという言葉が正しい表現かどうか自信は無かったが、そんな言葉がつい、香の口に登った。
「まあ、ふ、普通と違う、せ、世界を暮らしている、か、方かもしれない」
そっちの台詞の方があっているような、いないような・・・
そういえば、香には自分に近付かないでほしいといわれてたんだ。言い終えてからハルオは気がついたが、こてつと由美の世界にのまれて、正直、どっちでもいいような気になってしまった。ばったり会ったのだって偶然だったんだし。
香の方も思い出しはしたが、今更蒸し返すのもうっとおしくて、とりあえず忘れている事にしておいた。


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