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作品名:こてつ物語4 作者:yuki

第6回   6
6.選択
由美はこてつの散歩に少し広めの公園に来ていた。最近こてつのお気に入りの公園である。
結局真柴から夫の仕事の話は聞けなかったが
「どんな仕事でも、山場というのはあるものですよ。決してずっと続く訳でもないでしょうから、こんな時こそ奥さんが明るく、ドンっと構えていないと。やはり安心できる場所は家庭なのですから」
と、励ましの言葉を貰って、そうだ、自分もこてつも、こんな時こそ元気でいないといけない。と思いなおしていた。
こてつも嬉しそうにしているし、今日はここで少しゆっくり過ごそうかしら。そう思いながら、池や小川の周りに張り巡らされた木道へと進んで行く。こてつはこの木道を渡るのが大好きなのだ。
ところが今日は行く先の途中に、人の集団が見える。どうやら立ち話でもしているらしい。すぐ横に東屋があるのだが、東屋に入るでもなく、木道を進むでもなく、中途半端に木道をふさいでいる。
反対側には小川を渡るための飛び石があるが、これはこてつが苦手な道で、石に飛び移るのに少々勇気がいるらしい。こてつは普段、跳ねまわるように走る割には柴にしては恰幅の良い体型が災いしてか、ジャンプは得意でないようだ。しかし道がふさがれていては仕方がない。由美は飛び石の方へとリードで誘導するが、こてつは気が乗らないらしく、木道の方に行きたがった。こまったわ。

礼似は公園の東屋の陰に隠れていた。東屋には西岡が、街のチンピラ達を待っていた。
昨夜、香はやや遅くなって帰って来た。事の顛末を香から聞き、ハルオに尾行はさせられなくなったので、今度は香が西岡に盗聴器を仕掛けた。田中の交友関係は一樹の言ったとおり広く浅いものだったので、誰が反会長派なのか見分けるには時間がかかる。だが、田中が西岡と接触を図れば、田中の黒幕はほぼ確定だろう。証拠固めはこの際後回しだ。
しかし、都合良く田中からの接触はなく、西岡は街のチンピラ達に連絡を取ったようだった。礼似はその声に聞き覚えがあった。マイク越しではっきりとはしなかったが、良平を襲った男達の中心人物らしい、細身の男の声に似ていたのだ。東公園で待ち合わせると言う。
これで待ち合わせにその男が現れれば反会長派が真柴を狙ったのは決まりだ。後は田中の関与を確認したい。
そして、東屋の前を通る木道を渡って、やはりあの、細身の男が現れた。

「お前らじゃ、まるで役に立たないようだな」いきなり西岡は相手を侮蔑した。
「冗談じゃない。あの女とくっついていた時も厄介だったが、今は出先では華風組の組長といつも一緒にいるんです。隙の欠片も見受けられません。命がいくらあっても足りませんよ」細身の男は泣きごとを言った。
「こっちも事情が変わってきているんだ。そろそろ結果を出さないと、痛い目に会うのはお前らの方だぞ」
「そこを何とかあんたの方から田中さんにとりなしておいてくださいよ。今度はあんたもこの役目を振られたんでしょう?真柴は結構手ごわいんですよ」
ついに田中の名前が出た。やはり反会長派の黒幕は田中だったのか。
「ああ、俺はこんな面倒事はごめんなんだが、お前らがぐずぐずしたおかげで、余計な仕事が増えたようだ。お前らはいきなり良平を狙うからまずいんだ。女房の方をとっ捕まえて良平と引き放せばいい」西岡が言う。
「あの女房も千里眼を持ってるんです。簡単にはいきませんよ」
「そこは電話で嘘八百でも並べるのさ。機械を通した声まで見通せる訳じゃないだろう。いくら千里眼でも新婚の亭主に何かあったと言われれば、多少は動揺する」
残念でした。全部筒抜けよ。大体あの御子が何も考えずに電話一つで飛び出したりするもんですか。
礼似は心の中でほくそ笑んだ。さて、田中とのつながりがある事も分かったし、この程度の面子だったら、ちょっとお仕置きしておこうかしら。絞れば反会長派の主だったメンバーくらい、口を割るかもしれないし。そんな事を考えていたが、木道の向こうに見覚えのある姿が見える。

うっそー!なんでこんなところに会長の奥様と、こてつが来ているのよ!

しかもこてつは由美のリードを振りほどいて、木道をこっちに向かって来た。それを見た細身の男が身を縮める。
「お、俺、子供の時にかまれてから、犬はダメなんだ」情けない声を立てている。
「しょうがないな」そう言って西岡がこてつに向かって足を振り上げた。西岡の足の先がこてつの鼻先をかすめる。
こてつは「キャン」と鳴いて飛び石の方へと駆け出していく。由美も必死で追いかけるが追いつくことはできない。
こてつは恐怖も忘れて飛び石を跳ねて渡っていたが、勢いが余ったのか、石と何かを間違えたのか、どぼんと池の中に飛び込んでしまった。
こてつに脅えた細身の男を連れて、西岡はそそくさと去って行ってしまう。しかしここは由美の正体がばれない内に、ここから離れてもらう事が先決だ。
そっと物陰から離れる。西岡達の死角に入ると由美の元へ駆けつけた。由美はこてつのリードをようやくつかむ。
「礼似さん!こてつが、こてつが!」由美は軽いパニック状態だ。
「落ち着いて。こてつ君は犬なんだから、泳げるでしょう?」
「それが、柴犬はあまり泳ぎが得意ではないのよ!しかもこてつは水が苦手なの!」
そんなあ。犬ってみんな犬搔きが出来るものじゃなかったの?唖然とする礼似を無視して由美はこてつのリードを思いっきり引っ張った。
「よいしょ!」掛け声とともに出た火事場の馬鹿力のような腕力で、みるみるこてつを引っ張り上げてしまう。
慌てて礼似も手伝おうとしたが、すでにこてつの体は殆んど池の外に上がっていた。
はっはと息を荒げながらもこてつは身をぶるるとふるわせて、呆然と立ち尽くしていた。由美も力を使いつくしたのか、その場に座り込んでしまっている。よどんだ水のせいで、二人と一匹は泥だらけだ。
「とにかく帰りましょう。身体を洗って、温めないと」
礼似はそう言って会長の自宅へと、由美とこてつを送る事にした。西岡達の姿はとうに無かった。

土間は華風組の稽古場にハルオを連れて来ると、さて、どうしたものかと思案する。
ハルオは自分のようにのぼせあがって冷静さを失うようなタイプではない。それはいいのだが、その分輪をかけて恐怖心が強く、しかも支配されやすい。いわば暴発タイプだ。
恐怖に駆られて身動きとれぬままに斬り殺されるか、恐怖の対象の力に頼り切って人を斬り、自らも自滅するか。
どっち道、このままではハルオはこの世界では生き抜けない。
この世界で生き抜くには度胸よりも、それを支える信念が必要だ。たとえ命をかけようとも、どれほどの非難を浴びようとも、揺るがない程の強い信念。私はハルオにそれを持たせてやる事が出来るだろうか?

「ハルオ、あんたは本気で真柴組を守りたいと思ってる?」土間は尋ねた。
「も、勿論です。く、組は俺の育った、い、家ですから」
「・・・でも、今のままじゃ守れないわよ。あんたがとる事の出来る道は二つだけ。一つはこのまま一生刃物は握らないと覚悟を決める事。もう一つは手足の一つも失おうとも命が尽きるまで刃を放さずにいる事。良平みたいにね」
「は、刃物を握らずに、く、組を守る事が、で、出来るんですか?」
案の定、ハルオはそこに喰いついてきた。
「出来るでしょうね。ただし、それだけ失うものが多くなるわ。組は守れるかもしれないけれど、いざ、目の前で自分の大切な人を身体を張って守る事が出来ないわ。もどかしいし、自分に自信も持ちにくいでしょう。もしも自分の目の前で組長や、御子や、良平が命の危機にさらされた時に、黙ってみていられる?その恐怖に耐えられるなら、刃物なんて持たないのが一番よ」
土間は華風組の失った命を思い出していた。この子の母親もそういう恐怖に耐えることが出来る、強い人間だったが、ついには刺殺されてしまった。その時ハルオはまだ赤ん坊だったが、おそらくトラウマもあるに違いない。
それが一層、刃物への敏感すぎる反応を呼んでいるのだろう。
「刃物を持ったからと言って、必ず大切な人を守りきれるとは限らないの。この世には力じゃどうしようもない事もある。最初っから持てなければ守りようもないけれど、幸か不幸か、あんたは刃物との相性が決して悪くはないわ。それでも持たない選択をするなら、それ相応の信念が必要よ。大切な人の命をも上回るほどの信念。逆に刃物を持つなら、たとえ大切な人を守りきれなくても、どれほどの後悔に襲われようとも、自分の力と技術を信じて持ち続けるしかなくなるでしょう。力に頼るのではなく、力を信じるの。これも信念が必要だわ。自分自身への信念」
土間はハルオを見つめた。
「ハルオ。あんたはどっちの信念を選ぶ?」
ハルオの答えを待った。

真柴組の電話が鳴って御子に回される。
「もしもし?交通課の者ですが、真柴良平さんが事故に会われたようなので、お知らせの電話をさせていただいているんですが」
「事故?交通事故ですか?」
「そうです。現場の近くの病院に運ばれました。N病院を知っていますか?」
「よく知っています。うちからも近いですから」
「でしたらすぐ、そちらに向かって下さい。入口に職員がいますから声をかけて下さい。すぐに分かります」
「ええ・・・はい。・・・はい。分かりました」
御子は電話を切って隣の人物に話しかけた。
「良平が交通事故にあったんですって」
話しかけた相手は当の良平だった。良平は目を丸くした。


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