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作品名:こてつ物語4 作者:yuki

第4回   4
4.尾行失敗
香はいくつもの角を曲がり、ようやく大きな通りへ出ると人ごみに紛れこんだ。ハルオが選んだ靴がさっそく役に立ってしまった。しかしそのハルオとはぐれてしまった。連絡を取らなきゃと携帯を手にした所に、当のハルオが息を切らしながらやってきた。正直、香は驚いた。
「よく、追いついてこれましたね」
「か、香さん。あ、足が早いんですね。あ、危うく、み、見失う、と、ところでした」
香はハルオが振りきられずに追いついてきた事に驚いていた。結構、逃げ足には自信があったのだ。
「で、でも、あ、危なかったです。こ、これで香さんを、び、尾行に連れて歩くのは、む、難しくなりました。れ、礼似さんの、て、手伝いにでも、い、行って・・・くだ・・・さ・・・い・・・」
ハルオは香にそういいながらも、香の顔色を見て言葉がしりすぼみになっていく。
「ちょっと、これはもともと私の仕事だったはずよ。人の仕事を横取りしておいて、そのいい草はないじゃない」
「で・・・でも、れ、礼似さんは、お、俺のし、指示を、う、受けろって・・・」ハルオは自信なさげにつぶやく。
これだ。この態度がいけない。仕事に入るとそれ相応の実力を見せるのに。しかも、しくじったのは私の方だったのに。何なの?この、素に戻った時のぐずぐずした態度は。無性に逆らいたくなってくる。
「じゃあ何?ハルオさんは私と組んでるのがそんなに気に入らない訳?」口調がつい、詰問的になる。

ハルオは必死で首を横に振る。いささか振り過ぎて目を回している。ハルオが尾行をすると言ったのは、香の身を守りたかったのと、少しでも香にいい所を見せたかったからで、むしろ一緒にいられる事を歓迎している。
「だったら私を追い返そうとなんてしないで。大谷に顔は見られなかったし、とっさに財布を盗んだからただのスリだと思ったはずだし、私がつけても問題ないはずよ」香はすでに命令口調になっていた。
「も、問題、大アリ、です。こ、この街に、お、女の子のスリが、い、いったい何人、い、いるっていうんですか?お、同じ背格好の娘が、つ、つけて歩けば、あ、怪しまれます」
香は言い返しそこなった。明らかにハルオの方が正論だ。遠目ならともかく、さっきは若い娘だとバレたに違いない。それでもなんだか、こいつに素直に従いたくない気がする。こんな卑屈な奴の下になりたくない。
香はそう思いながらも、逆にハルオの実力に安心感を感じてしまった。ハルオと一緒にいれば、結構何とかなるんじゃないだろうか?そんな甘い考えも心の片隅にはあった。
「もう、不用意にあんなに近づくような真似はしないわよ。それに私の逃げ足の速さも見たでしょ?大丈夫。十分注意するから。ハルオさんの尾行術もじっくり見ておきたいし。確かにあなたは一流だわ」
これはハルオに十分な殺し文句になった。相手が百戦錬磨の古株だという事が、すっかり念頭から消えてしまう。
「わ、分かりました。お、俺から離れないでください。と、とにかく大谷の所に、も、戻りましょう」
結局、ハルオは香のいいなりになってしまった。

「外部の情報屋ですか」礼似はこてつ会長に呼び出されて、組の外の人物と接触を計るように頼まれた。
自分もちょうど同じ事を考えていただけに、異論はない。ただ、会長が身近な側近たちさえ信用できなくなっていたのには驚いた。真柴の結婚式にやたらと人が出席しようとしていたのは、こういう事情もあったのか。こてつ会長の求心力を皆、確かめようとしていたに違いない。
「ただ、今や情報屋達もどんなネットワークでつながっているか分からんから、安易には使いにくい。欲しいのはあくまでも最新の情報なのだから、長くやっている者である必要もない。一度、この世界から足を洗った者にやむを得ず協力してもらう事にした」
「一度足を洗った人間を呼びもどしたんですか?」これは意外だ。会長にしては珍しい。
「今回は信用できる人物である事が第一なんだ。身内の人間がうちにゆかりの深い施設にいて、ずっと世話をしていた縁で私もよく知っている人物だ。情報を見極める動物的なカンの良さとスピードが持ち味だから、今度の件にはうってつけだ。しかも用心深い。後々外部に情報が漏れる心配もないだろう」
ここまで会長が断言できる人物なら、間違いなく信用していい相手だろう。
「ただ・・・少し問題がある」会長が目を伏せる。若干、落ち着きを失ったようにも見える。
「なんです?」
「お前のよく知っている人物なんだ。どうも私はこの間から、お前に借りを作る羽目にばかりなっているな」
この間というのは多分、香の事だろう。確かに昔の自分を突き付けられているようなもので、色々うっとおしい思いはしている。しかし、自分に情報屋の知り合いなんていただろうか?足を洗っていたのならかなり前の話か?
「会えば分かる。色々不満はあるだろうが、とにかくこの件が片付くまではうまい事やって欲しい」
歯切れの悪い物言いに引っ掛かりながらも、礼似は指定された場所へと向かった。

移動の途中で礼似は香から、西岡という男の件の連絡を受けた。なるほど西岡ならいかにも反会長派にかかわっていそうだ。麗愛会出身組の礼似などは、西岡から普段から目の敵にされている。旗振り役にはピッタリだ。
しかし、グループをまとめるとなると、やや、威厳に欠ける気がする。根が単純な所があるから、そんなに複雑な人間関係があるとも思えない。やはり大谷が黒幕なのだろうか?西岡は麗愛会がらみの件にはすぐにむきになるから、そこをつつけば誰でも利用できそうだが、逆に元、麗愛会の人間ははずして良さそうだ。三十数人の幹部のうち十五人は麗愛会系だから、およそ半分。それでもまだ二十人近い・・・。幹部なんて、みんな人を利用する事に長けた連中ばかりだ。
待ち合わせの店に入る。いつも適度に混んでいてややざわついているので、人目にかえってつきにくく、話しを聞きとられにくい。陽が落ちたばかりで、駅に近い場所なので今日も店は混み気味だった。
店の中ほど、確かに言われたとおりの服装の男がいる。背中を向けているが、何となく見覚えがある。しかし、ここ最近の記憶ではない。懐かしさが走る。遠い過去の記憶だ。少しばかり足がすくむ。礼似の気配に気がついて、男が振りかえった。
「か・・・一樹?」
「よう、礼似。久しぶりだな」
この選択に、礼似は会長に山ほど文句がある。会長がどこまで事情を知っているかは分からないが、何も知らないとは思えない。だから、あんな風にためらったのだろう。
もう二十年ほど前に礼似は一樹と組んでいた。個人的にも付き合いがあった。
ただし、元、恋人と言うには状況が複雑すぎたし、ただの相棒というには深入りしすぎている。
会長の切羽詰まった事情も分かってはいるが、古い話とはいえ、こんなややこしい関係があった相手とこれから情報交換しなければならないのか。礼似は思わずため息が出た。

大谷はビルの地下の店へと入って行った。ハルオはそこに香を連れていく事をためらった。狭い店の中で香に勘づかれないようにするのはまず、無理だろう。
「こ、ここで、ま、待っててもらうしか、あ、ありませんね」香も無理を言って付いて来ているのだから、同意した。
ハルオは大谷が間違いなく店の中に入ったのを確認してから、地下への階段を下りて行った。店の中に入った途端に男達に囲まれた。しまった。罠だ。
「香さん!逃げろ!」戸を開いて大声で叫んだが
「遅いよ、礼似のおまけなら、捕まえた」香はすでに男二人がかりで腕を押さえられていた。

「勘違いしないでくれ。俺は別に会長に仇なす気はないんだ。ただ、どちらが上かよく見極めておきたいだけさ」
店の奥に香とハルオを座らせて、取り囲みながら大谷は言う。
「礼似がかぎまわったという翌日に、おまけで付いている娘によく似た背格好の娘が財布をスったんだ。怪しんで当然だろう?心配するな。俺は会長が西岡に押されるとは思わんよ」
さすがにカンがいい。あの時点で香の見当がついていたのか。長年この世界にいるのは伊達ではないようだ。
「じゃあ、なんで私達を捕まえたりするのよ」香がかみつきそうな顔で聞く。
「そりゃあ、尾行されていい気分な訳はないだろう?ここは余計な事は聞かずに、おとなしく礼似のところへ帰ってもらうのが一番だ。その代わり、二度と俺のあとをつけてほしくはないがね」
どうやら、盗聴されていた事には気付いていないらしい。それともそういうふりをしているだけだろうか?
「そら、お客人のお帰りだ。見送ってやれ」そう言われて二人の前に現れたのは関口だった。脅しだろうか?
二人は店の外に出されて、地上に出た。関口は後ろからついてくる。

「ハルオさん」香が小声で、こっそりナイフを渡してきた。
「さっき、スったの。私も持ってる。あいつが襲ってきたら、同時にこれで切りつけるのよ」
「む、無茶です。あ、相手はプロです」ハルオは目を丸くした。
「だから、襲われたらよ。こっちから仕掛ける訳じゃ・・・きゃあ!」
香の悲鳴とともに、ナイフが刀に跳ね上げられた。慌ててハルオもナイフを握る。
「お穣ちゃん。いたずらはやめときな」関口が香に刀を向ける。思わずハルオは関口に向かって行った。
「わああああ!」意味もなく叫びながら両手で握りしめたナイフを振り回す。関口もそのナイフを刀で受けとめた。
そのまま関口に突き飛ばされる。それを見て関口は刀を鞘におさめた。
「あんた達を切るようには言われてねえよ。そんな持ちなれない物、振り回すだけ損だぜ。素人は手を出すな」
そう言って関口は背中を向けて去っていった。ハルオはナイフを握ったまま、がたがたと震えている。
「ねえ、ちょっと大丈夫?」
香に手伝われてようやくハルオは立ち上がったが、かなり足元がおぼつかなかった。
やっぱりね。こいつはこんなもんか。ちょっと買い被りすぎたかしら?でも・・・ちょっとほっとしたような。
香はハルオの情けない姿にがっかりしながら、度胸では自分が上であることを確認できてほっとするという、器用な感想をいっぺんに感じていた。


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