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作品名:こてつ物語4 作者:yuki

第1回   1
1.古株の男
「あー。期待はずれだわ。つまんない、つまんない」
礼似は面白くなさげに文句を言った。香も一応黙って入るものの、はっきりと拍子抜けした顔をしていた。
「そんな事で面白がろうって言うのが、ずうずうしいの」御子はぴしゃりと諌めた。
「だって、新婚よ?まだ二週間よ?普通だったら、初々しさとか、照れくさそうにするとか、恥じらうとか・・・もうちょっと新鮮味ってものがあるんじゃないの?それがまあ、こんなに落ち着いちゃって。からかう隙もないじゃないの」礼似は不満をぶつぶつと漏らした。
「こっちは、からかわれるためにあんたを呼んだ訳じゃないわよ」御子は礼似の文句の相手はしなかった。

式から二週間。無事に倉田への挨拶も済ませ、式の後の雑用も一段落したところで、御子は礼似を、真柴組に呼び出した。香も金魚のフンよろしく、付いて来ていた。礼似と香にすれば、新婚ほやほやの御子と良平を冷やかすには絶好の機会と踏んで、勇んでやってきたのだが・・・。
来てみると、良平はいないし、御子は今までどおりに組の雑務を忙しげにこなしているし、だいたい自分達が通されたのは、組の事務所の接待用のソファーで、周りはいつも通りの様相だ。
よく聞いて見ると、二人とも組から離れる気は全くなく、部屋も御子の部屋をそのまま使っているらしい。
「余計な事する気なんてないわよ。組にいれば目も行き届くし。私たち二人だったら、あの部屋で十分。いつかはお義父さんと部屋を取りかえるかもしれないけれど、今はその必要もないしね」
要は良平が組の奥にある御子の部屋に引っ越し(?)した意外に、なんの変化も起きていないのだ。
おまけに肝心の御子本人が、すっかり仕事モードに入っていて、からかう隙がない。御子にしてみれば、今までだって組の中で散々からかわれていたのだから、二週間もすればすっかり慣れてしまい、柳に風。うまの耳に念仏で、恥じらう気なんてすっかり失せていた。
「やっぱり、若さって大事よね。今から古女房の風格漂わせてどうするんだか」礼似の方がため息をついている。
「あんたこそ少しはたしなみってものを覚えてよ。こっちは組の屋台骨を支えて行かなきゃならないんだから。いつまでもお義父さんに甘えてられないわ。それより肝心の資料、さっさと出してよ」御子は礼似をせっついた。

考えてみれば御子が不機嫌なのも当然で、式の直前に良平は襲われたばかりだ。義足は無事に新しいものが出来たものの、やはり慣れるにも時間がかかるだろうし、いつも二人が一緒にいるとは限らない。一人でいる時に大人数で襲われれば、いかに良平でも逃れるのは簡単ではないだろう。
「慌てなくても持ってきているわよ。良平は?写真の確認をしてもらうつもりだったのに」
「華風組の稽古場に行ってる。義足を慣らすのに土間が付き合ってくれるらしいの。写真は一応後で見てもらうけど、あの場は私達もいたからね。以前じゃ考えられなかったわ。よその組の施設を借りて、稽古まがいの事をするなんて。これも、こてつ組傘下入りの恩恵ね」御子は感慨深げだ。
「その代わりに、こてつ組が内部分裂の恐れにさらされているんじゃね。この程度の資料にヒントがあればいいんだけど・・・」礼似は香と二人がかりでコピーした資料を御子に手渡した。
「こっちは現在のこてつ組の幹部の資料と写真。こっちは麗愛会時代の幹部達の資料と写真。・・・で、こっちは幹部候補として名前の挙がった事のある人間の大まかな情報。これでも全部とはいえないけれどね」
礼似は大量の書類の束を、大きく三つに分けて説明する。かなりの枚数。目を通すだけでも時間がかかりそうだ。
「あの時は良平が義足を使っていない事は、こてつ組の人間なら、みんな知ってたしね。写真館に行ったこともお義父さんや、真柴の人間には隠していたけど、他に誰かに隠そうと思っていた訳じゃないから、ちょっと後をつけられたら、行き先なんてすぐにわかっただろうし」御子は資料に目を通しながら振り返る。
「じゃあ、反会長派として会長に反目しそうな人物を洗うしかないのかしら?この写真の中にあんた達を襲った人間はいる?」礼似が写真だけを抜き出しながら聞く。
「いないみたいね。まあ、相手もそんなに間が抜けてるとも思えないし。それにしても幹部だけで三十人以上・・・。こてつ組で、トップダウン方式は事実上無理ね。必ず途中で何らかの思惑が入りそうだわ」

礼似と御子が資料を広げて検討しているので、香は仕方なく一緒に写真を見ていたのだが・・・
「あれ?」つい声を上げてしまう。
「何?どうかしたの?」礼似が聞いた。
「ここに関口が写ってる」関口は倉田と香を襲った相手だ。
「関口の写真なんてあったっけ?」礼似も写真を覗きこむ。
「関口のって言うか・・・。ほら、この写真の後ろに写っている背の高い男。関口に間違いないわ」
写真は幹部候補として名の挙がった者の資料の中に入っていたようだ。手前に一人の男が正面を向いて写っているが、その後ろに偶然に写りこんだかのように、背の高い男の姿があった。
「これ、誰の資料?」礼似が慌ててページをめくる。
「大谷・・・。うわあ。かなりの古株だわ」礼似が声を上げた。
「古株って・・・。じゃあ麗愛会の出身?」御子が身を乗り出して写真を見る。
「麗愛会どころか、その前のかなり昔からこてつ組にいる人物らしいわ。麗愛会時代にも一時幹部をやっていたし、また候補に挙がっていたのね。これは執念深そうだわ」

「でもこの頃、礼似さんも幹部、やってたんですね。これなら大谷って人、知ってるんじゃないですか?」香が資料を覗きながら聞いてくる。
「残念ながら私が麗愛会で幹部をしたのは初期のほんの短い時間なの。向いて無くってね。大谷の事も、顔を見知っている程度の認識しかないわ。・・・まてよ」礼似が何かを思い出すように目を泳がせる。
「大谷は別の街の大きな組織にすり寄ろうとしたり、流れの殺し屋を雇おうとしたりして、問題になった事があったっけ。でも、あの、副組長と対立して方針転換したのよね。ひょっとして、そのまま切れてなかったのかしら?」
「じゃあ、流れの殺し屋達と、古くからの繋がりはある訳ね。香、関口はあんたになんて言ってたの?」御子が聞く。
「刀使いが増えるのを見過ごせない。こてつ組も一枚岩とはいえないって」
「つまり、こてつ組の内部の事を知っていたのよね。大谷か、その関係者から聞いた可能性が高そうだわ」
「でも、候補に挙がっている大谷が、反会長派だなんて要領悪い真似するのかしら?」礼似は懐疑的だ。
「そっちはまた別なんじゃない?大谷は自分の勢力維持に、関口達を利用してる。それとは別で反会長派が、うちをつぶしにかかってる。大谷が執念深いのなら、会長派、反会長派、どっちに転んでも勢力維持が出来るように、根回しをしているかもしれない」
「わざわざ、話しを難しくしないでよ。それじゃ、反会長派が見つけられないじゃない」礼似がむくれる。
「見つけられるわよ。大谷をしっかりマークすれば。大谷だって反会長派の動きを察知したからこうやって動き出したんだから。これは完全に情報戦よ。しっかりしてよ、こてつ組の中にいるのは私達の中では、あんたと香なんだからね」良平の身がかかっているせいか、御子の口調もやや、命令的になる。

「仕方ないわね。私じゃ大谷に顔が知られ過ぎているし、香に頑張ってもらうしかないのかな?」礼似はやや不安げに香を見るが
「任せて下さい!大谷をがっちりマークしますから!」と、当の香は大はりきりだ。そこがかえって不安なのだが。
するとそこへ、ハルオがお茶を持ってきた。
「あ、あの。さ、差し出がましいでしょうが」
「あら、ハルオ。ありがとう」礼似はハルオに礼を行ったが
「い、いえ、お、お茶の事じゃ、な、無くて、その」ハルオがつっかえながら否定する。
「お、俺が、お、大谷って奴を、び、尾行しましょうか?」
「あんたが?確かにあんたは尾行が得意中の得意だけど」礼似が怪訝な顔をする。
「そ、そうです。と、得意なんです!か、香さんにも、び、尾行の、こ、コツみたいなものを、お、教えられます。あ、危ない事も、さ、させませんから」どもりのハルオが、一層上ずり気味に言う。御子はピンと来た。

今度は香か。この惚れっぽさはどうにかならないものかしらね。
礼似も察しがついた様で、二人でこっそり視線を合わせる。香は一気に不機嫌な顔になった。
しかし、香一人に任せるには確かに不安が大きい。向こうは麗愛会発足前からの百戦錬磨のつわものだ。たかが尾行と言えども、何があるか解らない。逆にハルオの尾行術は折り紙つきだ。香がサポート側に回ってくれれば、一層心強いのだが。
「なんで、人の仕事を取り上げるような真似、するんです?」香はハルオに詰め寄っている。これではサポートは望めないか。
「香、悪いけど今度はハルオの指示を受けて頂戴。私はこてつ組のうわさや情報を集めたいし、あんまり当事者の良平や御子を、こてつ組に近づけたくないの。いざとなったら土間にも協力してもらうから」
不満そうな顔の香に礼似はさらに言った。
「こう見えてもハルオの尾行は一流よ。あんたにとってもいい勉強になるはず。それにハルオは絶対にあんたに無茶はさせないわ。それがどんなに大事なことか、その身で体験できるかもしれない。今回は二人で組んで仕事をしてもらうわ」
これでハルオが冷静でいてくれれば、言う事がないんだけど。
礼似と御子は二人同時にため息をついた。


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