7.結婚式 「あんた達が礼似の言ってた反会長派?」 御子は自分達を取り囲んだ男達に聞いた。 「随分と早耳だな。もうそんな話が出回っているのか」御子の正面にいる、細身の男が答えた。 こいつが中心人物か。御子は男を睨みつける。良平は御子の肩につかまりながら立っていた。 「まあね。情報の早さはちょっと自慢なの。良平のドスさばき程じゃないけどね」喋りながら御子は、良平が懐のドスを確認しているのを、横目で確かめる。 「さすがは式目前のカップルだな。仲が良くて結構だ」男が油断のない表情のまま笑う。 「それはどうも。妬ける?」そういいながら自分のバッグの中に手を入れ、ナイフを探る。 「ああ、妬けるね。羨ましい限りだよ。式じゃ牧師はこう言うんだっけ?死が二人を分かつまで、愛し合う事を誓いますか?」 「悪いが御子は神社の育ちだ。クリスチャンには縁がないね」良平が御子につかまりながらも、一歩前に出る。 「そいつは良かった。あんたらは幸せだよ」そう言いつつ、男は周りの男に目くばせする。 「二人で一緒にあの世に行けるんだからな」 男のこの言葉を合図に、男達が一斉に二人に襲い掛かった。 「義足がない事を後悔するんだな!」 男の一人が良平に向かってナイフを振りかざそうとした。 「良平!左!」御子が叫ぶと同時に良平が左から振りかざされたナイフの刃をドスで跳ね返す。 「上!」他の男が上から振りおろしたナイフをドスで受けると、肘でみぞおちを突きあげる。 「右!」今度は御子が自分のナイフで相手のナイフを跳ね返し、良平が殴りつける。御子はそのまま身体を回転させて、後ろから襲おうとした男を回し蹴りにした。 「そして・・・後ろ」男はどさりと倒れる。御子の千里眼が怪しく光った。あっという間に四人の男が倒される。 「あんた達、何か勘違いしてない?」御子が言う。 「良平は義足がないと、自分からは攻撃できないけど、そっちが襲ってくるなら、いくらでも叩きのめせるんだからね」 「あ・・・足が動かせなけりゃ、逃げるのもままならないだろうが」リーダー格の男が言う。 「逃げる?」御子は男に目を向けた。 「なんで?私が横にいるのに?千里眼の先読みと、電光石火のスピードがあるのに、なんで逃げる必要があるのよ」御子はせせら笑った。 「お前らぐらいじゃ義足でも十分だが、今は御子が俺の第三の目だ。へたすりゃ全員、切り刻む事になるかもしれないな。俺の義足がない事よりも、御子と一緒の俺を襲った事を後悔することになるぜ」良平もうっすらと笑う。 「守る相手が真横にいれば、俺は動く必要なんかないんだよ。こいつを置いて、何処にいこうってんだ」 「私も良平から離れる気はないしね。どうする?切り刻まれるまでやるの?」 すると、男達の背後からも声がした。 「それもいいけど、私達と遊んでもらうのもいいかもね。良平だって参加できるわよ。はい、義足。お待ちどうさま」 礼似が良平の義足を持って立っていた。後ろにはハルオや、真柴組の若い男達もいる。 万事休す。男達はそう思ったのか、じりじりと後ずさりした挙句、脱兎のごとく逃げていった。 「もう採寸が済んだのか。さすが倉田さんだ。仕事が早いや」良平が義足を受け取りながら感心した。 「何でもいいけど、こんな街はずれの写真館で、いったい何をしてたのよ」礼似が聞いた。 「お義父さんへのプレゼントを取りに来てたの」御子が紙袋から、写真を取り出した。 「写真?」礼似が写真を開いて見る。 「これって・・・」 「いいでしょう?私が事前に撮った白むく姿に、お義父さんの亡くなった奥さんの写真を合成してもらったの」御子が自慢げに言う。 「隣にちゃんと、組長の袴姿も添えられてるんだ。いい出来だろう?」良平も言う。 「結構苦労したのよ。お義父さん達、式の直前に騒動があって、式を挙げる事が出来なかったらしいの。そのせいでお義父さん、奥さんに花嫁姿をさせられなかった事をずっと悔んでいたのね。それで、墓前に供えてもらおうと、この合成写真を思いついたんだけど、男の人って記念写真とかに疎いのね。家じゅう探してもろくな写真が無かったの」御子は良平に、そうはならないでよと言わんばかりに視線を向けながら言う。 「それであいさつ周りの時に、あちこち写真の事を訪ね回って、会長のお宅に行った時に、いい写真をいただけたの。で、その時奥様に、そういう写真を作るなら、この辺ではここが一番いいって聞いたもんだから、出来あがるまでお義父さんにばれないようにこっそり用意してたって訳」 「式の前だから注意はしていたんだが、俺と御子ならめったなことはないからな。かえって組長とか守る人数が増えた時の方が怖いくらいだ。それでも念のためにハルオに連絡は入れていたし。まあ、騒ぎになったのは悪かったよ。ただ、こういうことは機会がないとなかなかできないからな」良平はすまなそうだ。 すると、今度はタクシーが止まって、中から土間と倉田、香が出て来た。 「あら、ごめん。もう終わってたわ」礼似が三人に向かって言った。 「何よ、人を呼びつけておいて。こっちも大変だったのよ。あんたが倉田さん達をほっぽって行っちゃたから、私が助ける羽目になったんだから」土間がむくれた。 「え?そっちも何かあったの?」 「のんきなもんね。倉田さんも香も危なかったんだから」 「すいません。私が倉田さんを守りきれませんでした」香が気落ちした様子で謝る。 「いや、そんなことはない。この娘はちゃんと俺を守ってくれたよ。それに自分の身も守った。俺は嬉しいよ。この娘が無謀な事をしなくて」そう言って、倉田がとりなした。 その様子を見て、礼似は香の心情に何か変化があった事を感じ取った。何かが良い方向に向かったようだ。 「ま・・・あ、私が二人をほっぽって飛び出しちゃったのが悪かったんだし、土間にも手間をかけたみたいだし・・・。あら?」 礼似は土間が刀を携えているのに気が付いた。 「土間、あんた、刀持って平気なの?」 「ああ、これ?これは特別なの。私が持たなくちゃいけない刀なのよ」そう、土間は答えた。 「そうなの?何でもいいけどそんな目立つもの持って、銃刀法で検挙されたりしないでよね・・・」 礼似はごく、常識的な事を言った。 結婚式当日。普段から家庭的でこじんまりとした真柴家の結婚式は、こじんまりとは行かなかった。何せ、こてつ会長と旧知の仲である真柴組長の後継者たちの式である。 それでも式だけは、本人達の意向を通した。御子は自分が育った神社で式を挙げた。自分を拾ってくれた、亡くなった先代の神主への感謝の気持ちからだ。 今の神主とその家族達はいい顔をしなかったが、ここだけは押し通した。 しかし披露宴となると別物で、まさしく二人の披露の場となってしまう。 こてつ組と華風組の幹部はもちろん、周辺の街の組織や、関係先の幹部達も、こてつ組の周辺の力関係を確認しようと、結構な人数が様々な思惑を持って出席している。 そう言う列席者の集る式なので、いつの間にか会場周辺には私服の警官達がうろついていて、一層ピリピリした空気を醸し出している。 そんな式を引き受けてしまった会場側も、元を取らなきゃ割に合わないとばかりに、様々なプランを押しつけて来たし、自分が式を挙げられなかった上に、写真の贈り物まで受け取った真柴組長が、二人可愛さに会場側のいいなりになってしまった。 その結果、御子と良平は、幾度もお色直しという名の着替えをさせられ、顔もろくに知らない人間達の長々としたスピーチを聞かされ、あっちを向け、こっちを向け、これを持って笑えと指図され、いい加減肩もこり、笑顔もひきつり、疲れ果てた夜も遅くに、ようやく二人は解放(!)された。 「つかれたあ!二度とこんな事やらないわ」 会場に使ったホテルのレストランの椅子に、御子は崩れるように座った。 「まったくだ。もう、こりごりだ」良平もうんざり顔だ。 「なあに?二人ともだらしないわねえ。着替えを繰り返して、後は殆んどじっとしていたようなもんじゃないの」 礼似があきれ顔で言う。 「だったらあんたも一度やってみなさいよ。裏に引っ込むたびに走って、秒刻みで着替えさせられて、あんなところで仮装して、ライト浴びててごらんなさい。じっとしてたって肩がこるから。ああ、お腹もすいた。目の前に食べ物があるのにろくに食べられないなんて、まるで拷問だったわ」そう言いながら、運ばれた食事に御子と良平がさっそく手を付ける。 「主役が話しも聞かずに物を食べてる訳にもいかないでしょ。なんか土間も疲れた顔してるわね」 「まあね、直系の親族にこだわる華風組で、つなぎ以外で傍流の私が組を継いだのよ。何か隙があるんじゃないかって、カマかけて来るのよ。話しをするだけでも疲れたわ」 「組を継ぐって楽じゃないのね。それよりも、はい、良平。倉田さんからの預かりもの」 礼似は大きな紙袋に入った、新しい義足を手渡した。このために二人は残っていたのだ。 「倉田さん、無事に式にこれてよかったわね」土間が二人に向かって言った。 「そうね。今度の事はあんた達に感謝してるわ。でも、倉田さんとろくに話も出来なかったけど」御子は残念そうだ。 「後でゆっくり会いに行くさ。新しい義足の礼も兼ねて」良平が義足に目をやりながら言う。 「でも、倉田さん、楽しそうだったわよ。あんなカチカチの良平を見る機会なんてめったにないって」そう言う礼似も思い出し笑いを隠そうともしないでいる。 「倉田さんってホントにいい人なのね。あの人のおかげで何だか香が変わったみたいなの。私からもお礼を言いたいって伝えておいてね」 「解ったわ。それで香は今どうしてるの?護衛はもういいんでしょ?」 「それが私にいまだにくっついてるのよ。妹分だからって。とうとう私の部屋に押し掛けてきちゃったの。参ったわ」 「あら、あんた達結構気が合いそうよ。良かったじゃない。可愛い妹が出来て」御子がからかう。 「冗談!小生意気な妹になりそうよ。でも、あの娘を守り切れなかった手前もあるし、会長につっ返すわけにもいかないし・・・」 「そうそう、あきらめて面倒見る事ね。まあ、妹って言うより、親子みたいだけど」御子がくすくすと礼似を笑う。 「あら、言ってくれるじゃないの。随分と年のいった花嫁が」礼似もやり返す。 「失礼ね、そんなに年じゃないわよ。だいたい今時結婚に年は・・・」言い返しかけた御子に土間が突っついた。 「何?」 「礼似、いい加減にしてあげなさいよ。やっかんでると思われるわよ。御子もいつまで良平を待たせるつもり?」 「え?」 「礼似ったら、わざと突っかかってるのよ。あんた達今日が初夜だから」 「あ・・・」御子と良平が同時に赤くなる。 「はいはい、解りましたよ。渡す物も渡したし、邪魔者はさっさと消えますよ」礼似が席を立つと、土間も続いた。 「じゃ、御二人さん。ごゆっくり」 ニヤニヤと意地の悪い笑いを浮かべながら、そう言い残して二人は店を出ていく。 「・・・これは・・・当分、冷やかされそうだな・・・」あっけに取られながら良平が言う。 「・・・うん。・・・かなりね・・・」御子も同意する。 しばらく呆然としていた二人だが、やがて良平が御子に手を差し出した。 「とりあえず花嫁さん。部屋までエスコートしましょうか?」良平が笑いかける。 「そうね。お願いします。花婿さん」御子も笑いながら、その手を取った。 そして二人は手を取り合って、自分達の部屋へと向かって行った。
完
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