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作品名:こてつ物語3 作者:yuki

第6回   6
6.殺し屋の娘
「まいったな、こりゃあ」倉田は頭を抱えた。
「いや、あんたには全く関係ない話だ。その頃当然、あんたは生まれてないだろう。それにあんたの父親も、とっくに死刑になったはずだ」
「私が小学生の時でした」
「そうだろうな。あいつが殺したのは一人や二人じゃ無かった。死刑になって当然だ。しかしまさか、娘がいたとは」
「私も生まれてきて損をしたなと思ってますよ。私はあなたの仇の娘って事になりますね」
「仇?馬鹿言っちゃいけない。親父は殺されても仕方がない事をやっていた。ましてあんたを恨むのは筋違いだ」
「でも、私の血の中には殺し屋の血が混じっています。あの男がこの世にいない以上、他に憎める相手はいませんよ」
「今更憎む気もないさ。あんたは勘違いしてる。人は憎しみなんかなくったって生きていけるもんなんだ。あんたの境遇は察しがつくが、あんたの世界はまだまだせまい。広い世間にはもっとたくさんの人間がいるんだ。こんな世界にいれば色々割り切れる奴もいるんだよ。俺のようにな」
「…憎んでくれた方が良かったのに」香は悔しそうに言う。
「そうすれば、あの男を一緒に憎める同士にもなれるのに」
 香の目はまるで何かにすがるような目になった。

「そんなに父親が憎いのか?すでにその命で罪を償っていても?」
 香は黙ってうなずいた。
「あんたはそれでこの世界に入ったんだな。俺はあんたが気に入ったよ」
「気に入った?」香は驚いた。
「ああ、気に入った。あんたは自分の境遇や、世間の目にただ泣くだけの娘じゃない。ただ、一つだけ気に入らない所がある。生まれた事を後悔している事だ。人が生まれてくるのにはちゃんとした理由がある。俺とあんたが出会ったこともそうだ。これで俺は何としてもあんたに無茶をさせたくなくなった。あんたもこんな因縁のある俺を目の前で簡単に死なせたくはないだろう。違うか?」
「憎み合う同士にはなってくれないんですか?」
「守りあう同士だよ」倉田は答える。
「あんたの中には俺への罪悪感が・・・それほどの感情では無くても、何か因縁めいた感情が出来たはずだ。それは俺も同じだよ。だから俺はあんたを守りたいと思う。あんたもそれは同じだろう。俺達は守りあう同士だ」
「あなたの親を殺した男の娘でもですか?」
「そんな事は関係ないさ。あんたはあんただ」倉田はきっぱりと言った。

 陳腐な台詞にもかかわらず、その真っ直ぐな物言いに、香は心を貫かれる。この人は本気で言っている。それが肌で感じられた。
「こういうことは理屈じゃないの」礼似の言葉を思い出した。
「俺が生まれて来た理由は、こんな世界がある事を知って、義足を作り続ける事なんだと思ってる。俺は気づくのに随分時間がかかったが、あんたはまだ若い。早く気付く分だけ可能性が広がるだろう。だから若い命はそれだけ重いのさ。ましてや俺はあんたとの因縁を感じてしまった。俺はまだ生きるよ。もっと義足を作り続ける。あんたも自分の道を探すといい。そうすれば生まれた事に感謝できるようになるだろう」
「私はこの世界でしか生きられません」
「それでもいいさ。問題は生きる姿勢だよ。間違っても自分の命を軽く見ちゃいけない。とりあえずは俺のために自分の身を守ってくれ。それがあんたに望む、唯一の望みだ」

 香は今、思い知った。自分が生きているのは、不運な生まれの成り行きからだと思っていた。だから、命を失う世界に入っても、仕方がないと思っていた。
 だが今、目の前に何かの因縁で自分の存在を強く意識している人間がいる。そして、こんな自分に望みを持ってくれているのだ。自分の親を殺した男の娘にもかかわらず。
 自分の人生にはまだ自分が気付かずにいる何かがあるのだろうか?
 香はそんな事を考え始めていたのだが・・・。

 その時、表の戸が開く音が聞こえた。
「礼似さんが帰って来たのかしら?」立ち上がろうとする香に
「待て、急に出ちゃいけない」と、倉田が制した。
「・・・なかなかいい勘してるじゃないか、倉田」戸口から長身の男が顔を出した。
「関口か」倉田の表情がこわばる。
「誰なんです?」香が倉田に聞いた。
「刀使いさ。俺が昔刀を研いでやっていたんだ。今じゃ誰にでも雇われる嫌な野郎だ」
「久しぶりだな。そう嫌そうな顔しなさんな」関口と呼ばれたその男の手には刀が握られていた。
「表にいた見張りの人たちをどうしたの?」香が関口を睨んだ。
「こんな真昼間に道端で無駄な殺生はしねえよ。気を失ってるだけさ。それより倉田。あんたに渡してもらいたいものがある」
「何だ?言っとくが俺の手元にお前の役に立つものはないぞ」
「役に立つかどうかは俺が決めるさ。ここに春治の刀があるはずだ。そいつを渡してもらおうか」
 関口は刀を抜いて凄んで見せた。
「あれはお前の役には立たん」
「俺が決めると言ったろう?それに俺の役に立つかは問題じゃない。その刀を華風組の組長に渡したくないのさ。誰もがすっかり忘れていたものを、馬鹿な野郎があんたに余計な脅しをかけたんで、華風組が刀の事を調べ出した。俺はわざわざ刀使いが増えるのを、見過ごしておくほど人が良くないんだ。俺の仕事がやりにくくなるんでね」
「お前、こてつ組にたてつく気か?」
「そんなの知ったこっちゃないさ。俺は雇われ仕事をするだけだ。それに、こてつ組だって一枚岩って訳じゃない。あそこは大きくなりすぎた。今に必ずひと悶着起こるだろう。その時に目の上のたんこぶが増えるのはまっぴらなんだよ」
「やはり、反会長派がいるんだな」
「だからいい勘してると褒めてやったのさ。さあ、さっさと春治の刀を出してもらおうか」

 関口が二人に迫ってくる。倉田は工房の奥から、何本かの刀を出してきた。
「年取って物分かりがよくなったじゃねえか、倉田」
 関口がそういった瞬間、倉田は刀を一本鞘から引き抜いて関口に斬りかかる。関口が後ろに身を引くと、香も残りの刀を関口に投げつけ、倉田の手を引いて表へ飛び出そうとする。
 しかし関口も素早い。すぐに二人を追いかけ、刃を二人に振り下ろしてくる。とっさに二人は互いをかばい合った。香は思わず目をつむる。もう間に合わない!
 ガキッ。
 嫌な金属音がして、香は恐る恐る目を開けた。自分達の前に、土間が立ちはだかっていた。
「土間さん!」
「間に合ってよかったわ。倉田さん、この刀、ちょいとお借りするわよ」
 見ると、土間の手に刀が握られ、鞘からわずかに覗かせた刃の根元で関口の刀をせき止めている。
 土間はそのまま弾みをつけるようにして、関口の刃を跳ね返すと、鞘を引き抜き、関口の態勢を立て直す間も与えずに身ね打ちにしてしまった。関口がどさりと倒れる。

「二人とも大丈夫?」土間が聞いた。
「大丈夫です。ありがとうございました」香が息を整えながら言った。
「居合抜きが決められずに組長さんに助けていただくなんて・・・俺ももう年だな」倉田も肩を落とす。
「あなたは研ぎの専門ですもの。今は腕のいい、義足作りの職人ですしね」土間はほほ笑んだ。
「こちらに伺ったのは他の用があっての事なの。こちらにハルさんの刀があると聞いたので、見せていただけないかと思って」
「ハルさん?春治から預かった刀の事ですか?」
「ええ、そうです。やっぱりこちらにあるんですね」
「それですよ」倉田は土間の方を向いて言った。
「え?」
「今、組長さんが握っている刀。それが春治から預かった刀ですよ」
「これが・・・ハルさんの刀」土間は刀をまじまじと見つめた。
「この刀はかなり特殊でね。組長は今、この刀の一番いい使い方をしたんです。こいつは人に深手を与える斬れ方をしないんです。斬って斬れない訳じゃないが、傷は浅くなる。固めだから相手の刃を跳ね返したり、身ね打ちにするには使いやすい。刺すには向かない、こいつは人を守るための刀なんです」
「人を守る刀・・・」
「だから、こいつは春治にしか使えないと言ったんですが、春治の奴、こいつを弟分にくれてやると言い出したんです。こんな刺せない刀、へたすりゃ命にかかわるって言ったんですが、大丈夫だ。そいつは刺すようなまねは絶対にしないから、って言って、俺に砥ぎを頼んで行ったんです。その後春治が死んじまって、そのままになっていたんですがね」

 ハルさん、ああ、ハルさん。あんたは私にこれを残してくれてたんですね。繰り返し呪文を唱えてくれた私のために。・・・カズヒロさんではなく。
 土間の視界が、一瞬、涙でかすむ。

「・・・これはハルさんが私のために残してくれた刀です。今まで預かっていただいてありがとうございました。私は決して、人を斬ることはございません。この刀は私が使わせてもらいます。ハルさんの遺志を、私が継ごうと思います」そう言って土間は、倉田に深く頭を下げた。

 一方礼似は車の中で、苛々と携帯を何度もダイヤルしていた。ハルオも自分の携帯が鳴るのを待っている。もうすぐ約束の一時間だ。
 そしてついに通話が御子につながった。礼似はホッとした。
「ちょっと、あんた達何やってんのよ。ひょっとしたら良平が狙われてるかもしれないのに」いきなり礼似はまくしたてた。
「良平が?どういう事?」御子が聞き返す。
「倉田さんが言ってたの。こてつ組に反会長派がいるんじゃないかっって。私も倉田さんを襲っているように見せて、本当は良平に義足を使わせたくないんじゃないかと思うのよ。今、あんたが残した住所の写真館に向かってるから、義足を受け取って頂戴。連絡が付いて良かったわ。香ったらあんた達が取り込み中なだけだなんて言って・・・」
「ごめん、礼似」御子が礼似をさえぎった。
「これからしばらく、ホントに取り込むことになりそうだわ・・・」
 写真館の駐車場で、御子と良平は突然、男達に囲まれてしまっていた。御子はそのまま、携帯の通話を切った。


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