5.ハルの刀 さて、礼似が飛び出す三十分ほど前にさかのぼると、御子と良平は真柴組長と共に、式場での打ち合わせが済んだばかりだった。 式場を出た所で、良平が御子に目くばせをする。 「お義父さん」御子が組長に声をかけた。 「・・・どうした?」答えた組長はくすぐったそうな顔をしている。いまだに御子に「お義父さん」と呼ばれる事に慣れずにいるのだ。御子の方でもそれを面白がって、やたらと使っているのだが。 「私達、これら寄りたい所があるので、タクシーで先に帰っていてくれませんか?」 「そりゃかまわんが・・・良平は今、義足がなくて不便だろう。義足が戻ってからじゃダメなのか?」 「ううん。どうせ車だし、大した用事じゃないから。夕方までには帰ります」 そう言って御子は良平を支えながら、駐車場の方へと歩いて行った。 組長は珍しいなと思いながらも、まあ、組に戻れば人も多い事だし、二人でゆっくり話したい事でもあるんだろうと考えると、タクシーを捕まえて、一人、組へと戻っていった。 二人はその姿をこっそり確認すると、自分達の車に乗り込んだ。 「おい、携帯の電源、切っておけよ。急にかかって来て会話がばれるかもしれない」 「あ、そうか。はいはい」良平に言われて御子が携帯の電源を切ると、良平は車を街はずれの方に向かって走らせる。 「うまく仕上がってるといいけど」 「大丈夫だろ?かなり細かく注文したし、腕は会長の奥様のお墨付きだ。散々探し回った甲斐があったってもんさ。組長もきっと喜ぶぞ」 「こういう時でないとなかなかできないものね」 「機会って大事だよな。いつでもできると思うと、人間何にもしないもんだ。時には形に残すことも必要だな」 「そうね。楽しみだわ」 「仕上がりがか?」 「お義父さんよ。どんな顔するかしらね」 そう言って御子はくすくすと笑った。 「組長、あらためて倉田さんの事ですが」 土間が事務所で倉田に関する資料に目を通していると、今度はアツシの方から声をかけて来た。 「倉田さんに狙いがなくても、刀の方はどうなんでしょうか?」 「刀?倉田さんの手元にそれほど貴重な刀があるの?聞いて無いけど」 「刀の価値なんて使う者次第ですよ。金の価値は関係ありません。思い出したんです。昨日の話で。倉田さんの手元に、ハルの刀があるかもしれません」 「ハルさんの刀?」 土間は驚いた。ハルの使っていた刀は、誰もそれで人を斬る事がないようにと、土間自らがハルの墓の中に納めたのだ。 「あの頃のハルが使っていた刀じゃありませんが、若い頃ハルが使っていて、組長に渡すつもりの刀があったんです。ハルの葬儀の後に探したんですが見つからなくて、きっと、砥ぎに出したんだろうと思ってました。いずれ落ち着いたら取りに行くつもりが、倉田さんが砥ぎをやめたり、富士子さんが亡くなったりしたごたごたで、すっかり忘れていたんです。決して名刀と言う代物ではありませんが、使い勝手のいい刀だと聞いていました。刺す事のない組長にはうってつけだと」 「その刀が倉田さんの手元にあるの?」 「おそらく。他にもそういった、誰かが持てば相性のいい刀があるのかもしれません」 「それを狙って?でもそれで倉田さんが襲われるのかしら?」 「刀を狙ってるんじゃなく、刀を相性のいい誰かに持たせたくないんじゃないでしょうか?ましてや、倉田さんに砥がせたくないとか・・・」 そうか、他の武器とは違って、刀は持つ者の技量が問われる。誰にでもそれなりの力になる銃などとは違って、普通の者が持っても大した役には立たないが、それなりの腕の者に持たせれば、驚異のある武器になるのが刀というものなのだろう。 ましてや、刀によってそれほどの相性というものがあるのならば、わざわざ刀使いに持たせたくない刀もありそうだ。それに倉田の手元にあるであろう、ハルの刀の事も気になる。 「行きましょう。倉田さんの所へ」 土間はそう言って立ちあがった。 「どこに行ったか解らない?」礼似は真柴組の玄関前で途方に暮れていた。 「夕方までには戻ると言っていたようですが、組長にも行き先は告げなかったようです」 真柴組について、二人の行き先を聞いた返事がこれだった。 何だってこんなタイミングでふらふらしてるのよ。礼似は心の中で歯がみする。携帯に再度ダイヤルするがつながらなかった。 どうしよう。義足だけ置いて、一旦、倉田の工房に戻ろうかと礼似が思案していると 「れ、礼似さん。み、御子と良平なんですが」奥からハルオが顔を出して言う。 「い、一時間たっても、じ、自分達が、れ、連絡しなかったら、こ、ここへ来てくれって、言われてるんですけど」 そう言って、御子の字で書かれたメモを渡される。 「二人はあんたに連絡していたのね?最後の連絡はいつ?」 「に、二時四十五分頃です」 「今、三時半か・・・。でもなんだか嫌な感じがする。このメモの場所にすぐ行ってみましょ。街はずれみたいだから時間もかかるし。ハルオ、組長に言って、若い奴数人と車を用意してくれる?」 ハルオは慌てて組長の部屋へと向かった。 工房に残った香は倉田の作業を見守っていた。倉田はコツコツと手間のかかりそうな作業を手際良くこなしていく。その手技は素人の目で見ても、簡潔で、流麗なものに見えた。 ある程度の目途が付いたのか、倉田はホッと息を突くと、その手を止めた。 「一段落出来たんですか?」香は倉田に聞いた。 「そうだな。ひとまず形は見えた」 「それならお茶でも淹れましょうか?のど、乾いたんじゃありませんか?」 「お茶ぐらいなら自分でいれるさ」 「ご遠慮なく。どうせ暇を持て余しているんですから。このまま暇なのが一番ですけど」 「いや、まったくだ。じゃあ入れてもらおうか。そこの戸棚に全部入ってるよ」 「解りました」 香がやかんに火をかけ、急須や湯飲みを出す。その姿を倉田はぼんやりと見ていた。 「人にお茶を入れてもらうなんて、何年ぶりかな」倉田が感慨深げに言う。 「もう、ずっとおひとりなんですか?」お茶を淹れながら香が聞いた。 「そうだな・・・俺みたいなのは一人が一番いいと思っていたが、人なんて弱いもんで、昔、刀を研いでいた頃に一緒に暮らした奴がいたよ。ただ、そいつも巻沿いを食いそうになってさすがに出ていったがね。それでも命が無事でよかったよ。俺は親父を殺されてるからな」 「・・・お父さんもこの世界だったんですか?」 「俺の親父は刀鍛冶崩れでね、刀を作る事より、使う方に夢中になって、若い頃は散々悪い事をしていたらしいんだ。そのうち砥ぐ方に力を入れ始めたらしい。俺は親父に刀の振りと、人斬り道具の砥ぎの技術を仕込まれたんだ。そんな事やっていれば恨みを買って当然だ。殺されて文句の言える親父じゃ無かったよ。刀研ぎが刀で殺されたんだ。本望と言えば本望だったと思うがな」 話を聞いていた香の手が止まった。わずかにその手が震えている。 「刀で殺された刀研ぎ・・・」呆然と倉田を見る。 「そんな話が、狭い世界にゴロゴロある訳ない。お父さんが殺されたのは三十年くらい前の話ですか?」 「あんた、まさか・・・」 「私、殺し屋の娘です。きっと、倉田さんのお父さんも、私の父の手にかかったんだと思います」 香は青ざめた顔で言った。
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