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作品名:こてつ物語3 作者:yuki

第4回   4
4.重い命
「昔、私はハルさんに憧れました。初めは刀の腕と腕っ節に。そのうち、優しさと器の大きさに憧れました。ついには嫉妬に苦しむほどでした。でも、いつかは自分もハルさんの様になれたら、と、いつも思っていました。ハルさんは自分が刀を握る意味をいつも考えていたと言いましたよね。悲しい事に私にはそれが出来ないのです」
「出来ない?」アツシは唖然として聞き返した。
「私は刀との相性の良さがあだとなって、握ると先に身体が反応します。考えている間がないのです。これがあなたの言う才覚と言うのなら、私はそれを呪いますよ。この、刀との相性に、私はどれほど苦しんだか」
 土間は自分の手に視線を落とす。
「この相性のために、私は人や、自分の身を何度も危険にさらしました。あの頃はハルさんさえも、私に刀を持つなと言いました。それで私が荒れた事はあなたもご存じでしょう?それでもハルさんは私に冷静さを取り戻せる所まで、引っ張り上げてくれました。でもそれは自分と人の身を守るためであり、恐怖心に打ち勝つための物でした」そして、視線をアツシに戻した。
「私の刀はハルさんのそれにはまるで及ばないものなんです。おまけに私の心は弱い。いつも楽な方へと流される。それは今でも大して変わっていません。それでも私が人を斬らずに済んだのは、ハルさんが、お前に人は斬れないと、言い続けてくれたからなんです。まるで呪文のようにね」

「呪文・・・」アツシがつぶやいた。

「そんな人間が、いったい何をつなごうっていうんです?ハルさんの心は、ハルさんにしか伝えられないんですよ。私もあなたもハルさんからたくさんの物を受けっとった。それは伝えられる物もあれば、伝えられない物もある。伝えられる物は私も伝えたいと思っています。けれどそれは不完全な刀の腕なんかじゃないんです。私はハルさんの呪文を大切にして生きていくしかないんですよ」
「ハルの心は、ハルにしか伝えられない・・・」
「そうですよ。だから人の命は重いんだわ」
 話しながらも土間は、ハルの失われた命の重さを想う。
「それに私なんかより、アツシさんの方が、よっぽどハルさんの事を伝えられます」
 アツシはしばらく考え込んでいた。
「いや…俺にもやっぱり伝えられない。さっき俺はハルの刀は相手を跳ね返すためにあると言ったが、きっとそれだけじゃ無かったんだろう。だから組長に呪文がかけられたんだ。斬られそうになる相手の心を伝える、何かがあったんだろう」
「それはハルさんにしか伝えられませんでした」
「そうだな・・・あいつは大きな奴だった」アツシは大きくかぶりを振った。
「いや、すいませんでした。興奮して。俺は組長に嫉妬してましたから。みっともないもんですね、大の男の嫉妬ってもんは」
「いいえ、私も気持ちは解ります。・・・私は女になってしまいましたけど。ハルさんが最後に呼んだ人の名前、誰だと思いますか?」
「さあ・・・。その場にいらしたんですよね?組長じゃ無かったんですか?」
 土間は首を振った。
「カズヒロさんですよ。カズヒロにあえるかなと。あの時私の名前を呼んでもらえず、余計私は無謀な気持ちになったんでしょうね。私もカズヒロさんには嫉妬していますよ。もしかしたら私はカズヒロさんの代わりだったんじゃないかってね。富士子はそれを知っていて、最後に真っ先に私の名前を呼んでくれました」
「組長・・・」
「ハルさん、最後にカズヒロさんのお姉さんの事を想い浮かべたのかも知れませんね・・・」
 アツシはハルの悲しい恋を知っている。それは土間の知らないハルの姿だ。

「組長、それでもあなたはいつか刀を握ると思います。・・・人を斬らない心を、ハルの呪文を誰かに伝えるために」
「予言ですか?」土間は笑った。
「違います。あなたはハルの心を伝えずにはいられないはずだ。今は無理でも、いつかはそういう気になるはずです。それだけですよ」

 
 前の日から散々調べつくした揚句、礼似と香は倉田の工房にもっどっていた。
「おかしいわね・・・」礼似がつぶやく。
「どうしたんですか?」香が聞いた。
「この辺で倉田さんを狙撃しようとするとビルの陰になって、しっかり狙えるところってほとんどないのよ。両隣のビルだって、全部テナントやオフィスが入っていて、怪しい人間が潜り込める隙がないわ」
「じゃあ、もっと近距離から狙うのかしら?」
「それも考えられるけど、銃って使えば目立つ。音は大きいし、弾痕は残るし。じゃあ、そんなこと気にしてないのかって言えば、今までは姿を見られずに逃げおおせてる。ナイフで襲った時ですら、顔を見られていないのよ。矛盾してるわ。なのにガラスを派手に拳銃で撃ち抜くなんて、まるで脅しをかけてるみたい。本当に倉田さんを狙う気があるのかしら?」
「狙ってるふりをしてるんでしょうか?」
「何だかそんな気がするわね。倉田さん、何か脅される心当たりはないんですか?」
「俺を脅しても一文の得にもならんがね。親兄弟もこの世にいないし、金目の物もない。刀が何本か残っているが、特別価値のあるものじゃない。義足は本人には大事な足だが、他人には何の値打もないものだ。全く見当がつかんよ」

「本人の大事な足・・・?」香がふとつぶやく。

「良平さんって、真柴の電光石火って呼ばれてる人ですよね?」
「そうだけど」
「良平さんの義足って、特別なんですか?」香が倉田に聞いた。
「ああ、確かにあれは特別だ。俺の作る義足は俺が昔といだ刀で足を失った奴らがまた歩けるようにと作ってるんだが、そんなやつらはたいてい足を洗って普通に暮らしているから、あくまでも普段歩く事を考えて作っているんだ。しかし良平の場合は銃で撃たれて弾が貫通せず、危険な状態だったんでやむなく足をあきらめた。それでも元の通りに組を守りたいとあいつに頼みこまれて安定性は悪いが、普通の足以上に可動性が高い義足を俺が考えて作ったんだ。だからあの義足はあいつにしか使えない代物だし、あいつはいまだに電光石火でいられるんだ。それで俺は、万が一のためにあいつに予備を作ろうと思ったんだ」

 ここまで聞いて、さすがに礼似も気が付いた。
「本当に狙われてるのは良平の方じゃないの?」
「良平が?なんでだ?」倉田の顔色が変わる。
「だって良平が御子と一緒になれば真柴の次の組長だもの。数少ない心を開ける相手の良平に何かあれば、千里眼の御子にとっては大打撃だし、真柴組長にとっても二人は我が子も同然よ。下手をすれば真柴組の屋台骨を揺るがしかねないわ」
「でも、真柴組って決して大きなところじゃないし・・・」と、香が言いかけたが
「大きくはないけれど、安定したいいシマを持ってるからね。最近やっかみ半分で、目の上のたんこぶみたいに言う連中が、うちの中にいるみたいなの。ひょっとしたらこの間の合併で、幹部に成りそこなって不満を持った輩が、本気で真柴を乗っ取って、こてつ組に反旗を翻すつもりかもしれないわ」
「おい・・・それが本当なら、そういう輩は利用されやすいぞ。こてつ組に反会長派はいないか?もし、そんな奴等がいれば簡単に煽られて、多少の無茶はやりかねん」倉田が礼似に聞いた。
「解らないわ。こてつ組は組織が大きすぎて、いろんな噂が流れては消えていくから、本当のところはなかなかわからないのよ。でもこれで倉田さん自身よりも、倉田さんの作る義足と、良平が狙いなのは解った。早く二人に
連絡した方がいいわ」礼似は携帯で御子にダイヤルした。

「もう!繋がらない!こんな時になんで電源切ってるのよ!」礼似は物言わぬ携帯に文句を言う。
「でも今までの話って、全部憶測ですよね。何か証拠があるって訳じゃないし」と、香は言ったが
「憶測でも何でもいいのよ。別に犯人探しが目的じゃないんだから。二人に危険が迫っているかもしれないなら、早くそれを知らせないと。言ったでしょう?命は軽くないって。誰にどんな迷惑がかかるよりも、二人の無事が最優先なの」喋りながらも礼似はリダイヤルしていたが、電源が切られているのか、繋がらなかった。
「まさか何かあったんじゃないでしょうね・・・」礼似が携帯を睨みつける。
「落ち着きなさい、式の前の忙しい時だ。たまたま電波の届かない所にいるのかもしれないし、電源を入れるのをはばかられる状態かもしれない」倉田が礼似を落ち着かせようとする。
「婚約者同士だしねえ。お取り込み中なんじゃないの?」香がのんきな事を言う。
「いいわ、私、真柴組に義足を届けて来る。倉田さん、採寸はもうすんでいるんですか?」
「もちろんだ。あんたらがいるおかげで落ち着いて仕事が出来る」
「光栄です。じゃ、香、しっかり倉田さんを守ってよ。倉田さんの腕も狙われているかもしれないんだから」
 礼似は香がうなずくのを確認すると、義足を持って飛び出していった。

 まったく!心配かけてホントに取り込み中だったら、二人ともただじゃおかないからね!


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