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作品名:こてつ物語3 作者:yuki

第3回   3
3.アツシ
華風組に帰った土間は、さっそく元の女組長に倉田の事を聞いて見た。
「でもねえ。うちも研ぎを頼んでいただけで、個人的な事まではあまり聞いてはいないのよね。この世界ですねに傷を持たない人を探すほうが難しいくらいだし」
 元組長も困惑気味だ。とにかく話が古くなりすぎる。そんなに古い恨み事を今更蒸し返す者がいるのだろうか?もちろん時が解決しない傷も少なくはないのだが・・・。
「確たる話でなくてもいいんです。人づての話とか、噂とか・・・」
「倉田さんの事なら、アツシが一番詳しいんじゃないかしら?」
「アツシさん、ですか」土間の表情が曇る。
「倉田さんに直接砥ぎをお願いに行っていたのは、ハルと・・・」
 言いかけて元組長が、土間の顔色をうかがう。
「かまいませんよ。ハルさんと?」
「あの頃は、ハルとアツシが、倉田さんに砥ぎのお願いに行っていたのよ。組の中でも倉田さんと親しかったのはこの二人。何か聞いているとすれば、今ではアツシだけでしょうね」
 よりによってアツシさんか。しかも話は刀がらみときている。これはひと悶着は覚悟しなければならないわね。
「解りました。仕方ありませんね。アツシさんに聞いてみます」
 土間はため息とともにアツシの元へと向かった。


「…と、言う訳で、しばらくの間、私達があなたの護衛を務めさせていただく事になりました。外には見張りの者もいますので、しばらくご不便をおかけしますが、よろしくお願いします」礼似と香が頭を下げた。
 二人は倉田の工房に来ていた。怪しいものから身を守るだけなら、そっと見守ればよいのだが、今回は銃で狙われているので、それは不可能だ。
 事前に怪しい者が捕まえられれば良いが、万が一という事もある。それで二人が倉田の部屋や工房に出入りする許可を得るために、挨拶をしていたのである。
「こんなおいぼれのために若い娘が二人も来て守ってくれるのか。これはこてつ会長によっぽどお礼を言わないとな」倉田は楽しそうに笑う。
「だが、本当に危険な時は無理をせんでくれ。お前さんがたと、俺とでは命の重さが違う」
 倉田の口調が変わる。視線が真剣なものになった。
「それほどの命じゃないですよ」香がぽつりと言ったが、礼似がキッと睨んで黙らせた。
「お気遣いありがとうございます。十分に注意しますので、ご心配なく」
「…そちらの御嬢さんにも、是非、そう思っていてもらいたいね」倉田は悲しそうに言った。

「私、嘘は言ってませんよ」香はむくれ気味に言った。
「解ってるわ。だから余計に達が悪いの」礼似は香を睨んだ。

 倉田の工房を出ると、礼似は早速香を注意していた。
「いい?あんたはね、まだこの世界で命を張るって意味が解ってないの。まずは自分の身を守れるようになってやっと一人前。ただ命を投げるなら首をくくろうが、ビルから飛び降りようが、簡単に投げられるわよ。でも、私はそんな妹分はいらないわ。足を引っ張られるだけだもの。・・・昔は私もそうだったから、人の事は言えないけれど、覚悟の足りないあんたの道連れになるのはまっぴらごめんよ」
「礼似さんを道連れになんてしませんよ」
「そう思ってるのはあんただけ。あんたに身を守る気がなければいずれそうなるの。自らの身を守りつつ、組や仲間の身を守るのって、そう、たやすいことじゃないわ。場合によってはあんたの無駄死にのために、大勢の人が道連れになる可能性だってあるんだから。それを承知の上で自分の身を守り、誰かを巻き込んだ時の覚悟を決めて、生き抜いていくのがこの世界なの。今のあんたにそこまでは求めないけど、まずは本気で自分の身を守ってもらうわよ。命懸けって言葉の意味を、履き違えないでよね」

 問答無用。礼似は香に意見させる間もなく、まくしたてる。香はやや、当惑気味だ。
「人の命は軽くないわ。もちろんあんたの命もね。あんたがどんなに命を投げたがっても、私が止めて見せる。じゃなきゃ私も道連れだわ。・・・今回は特にね」
「特にって?」
「倉田さんよ。あの人あんたに何かあったら、自分が身を投げる気でいるわ。そんな目をしてる。私は倉田さんを守るのが仕事なの。倉田さんにそんな真似されちゃ、私も身を投げるしかない。あんた、自分の命の重さをもう少し考えてよね」
「まさか、倉田さんはさっき会ったばかりです。なんで見ず知らずのあたしなんかに・・・」
「あんたはかなり若いからね。人生に可能性がある。そういう人を守りたいと思う人もいるのよ。こういうことは理屈じゃないの。見ず知らずの人間のためでも命を張る人がいるって事を忘れないで。特にこんな世界ではね」
 香が納得したようには見えない。それでも言葉の端々に浮かぶ、礼似の真剣さは伝わったようで、しぶしぶながらもうなずいた。
「じゃあ、まずは狙撃できる可能性のあるところを、徹底的に探しましょうか」
 そう言って礼似は隣のビルに入っていく。香も慌てて後に続いた。


「アツシさん」土間はためらいがちにアツシに声をかけた。
「何でしょう?組長」
「ちょっと聞きたい事があるの。いいかしら?」
 アツシは幹部の中では比較的若い方だ。しかし土間とは一番そりが合っていない。
 何かでもめる時は、たいていアツシに突っぱねられて、そこに土間がねじ込もうとするのが、すっかり最近の傾向になってしまっている。しかし、二人のそりが合わないのには、それなりの理由もあった。

「倉田さんが恨まれているかって?」アツシが聞き返した。
「ええ、今でも、当時でも、そんな話を聞いたことはないかしら?倉田さん本人は身に覚えがないようだけど、逆恨みって事もあるし」
「あまり思い当たりませんね。細かい事を上げたらきりがないんでしょうが、身を引いてこれだけ長く経ってまで恨まれ続けるとは考えにくい。あえて上げるとすれば砥ぎの仕事をやめたことくらいでしょうか?」
「砥ぎをやめた事?」
「それはそうでしょう。あれほどの職人にやめられたら、刀使いは皆、困りましたよ。いくら時代がナイフや銃に移っていったとはいえ、自らの矜持のために刀を手放さなかった者もいる。皆が皆、組長のように考えた訳ではありませんから」
 やはり言って来たか。土間はうんざりする。
 アツシは土間が刀を握らない事が気に入らないのだ。

 アツシはハルの親友だった。組に入ったのもほとんど同じ時期で、ハルは刀で腕を磨いたが、アツシはもめごとをうまくまとめる政治力が、若い時からずば抜けていた。二人の気質の違いはかえって二人の理解を深めたようで、アツシがまとめきれなかった時は、ハルが出張って力で抑えつけた。周りはハルがアツシの尻拭いをしていると囁いたが、気のいいハルは
「アツシにまとめられないのなら、誰がやっても同じだ。俺はそういう時のために、腕っ節を鍛えているんだ」
 そう笑って、まるで取り合わなかった。
 アツシの方も、ハルが若い新入りの世話を焼いたり、刀を仕込んだりするのをほほえましく見ていて、自分にそっちの才覚がない分、良い刀を探し出したり、倉田のような職人を見つけ出しては協力をしていた。
 ハルが世話を焼いていた、カズヒロと言う若者が刺殺され、ハルが思いを寄せたその姉に攻め立てられた時も、ハルを支えたのはアツシだった。

 アツシはハルがどれほど刀を大切にしていたかを知っていた。
 人のいいハルは、ついに人を斬る事はなかったが、刀は自分の分身だと思っていたらしい。
 刀の一振りひと振りの意味を考え、そこに自分を重ね合わせていた。
 そんなハルの思いを受け継げる若い者が現れる事をアツシも期待していた。
 しかし、そんなハルが斬り殺されてしまい、当時ハルに最も期待されていた若者が、刀を手にしなくなった。それはまだ若い男性だった頃の土間である。
 当時の土間の事情を想えば仕方がなかったとはいえ、いまだに刀に近づく事さえない土間に、アツシはやり切れない何かを感じているらしく、事あるごとに、土間と衝突してしまうのだ。

「たしかに急に砥ぎの職人を失ったのは、困る事だったのかもしれません。でもそれで、これほど長く恨んだりできるものでしょうか?」
「それは解りませんね。私は刀使いじゃありませんから。むしろ、組長の方が解るんじゃありませんか?」
 アツシは土間を上目遣いでちらりと見た。
「・・・嫌味を言うのはやめてもらえませんか?今度の事は一人の職人の命がかかってるんですから。私はもう、刀使いではありませんよ」

「刀使いではない?」この言葉にアツシは反応した。土間は内心、しまった。と思う。

「ハルにあれだけ、命懸けで仕込まれたのに?あんたの体には、そのすべてがたたき込まれているのに?」
 アツシは丁寧さをかなぐり捨てた。怒りで頬が高揚している。
「私はハルさんじゃありませんよ。ハルさんと同じ生き方は出来ません」
「ああ、あんたはハルじゃない。だが、ハルが自分の心を受け継げるだろうと、最も期待した人間だ。俺には無い、才覚に恵まれた人間だ」
 アツシは土間を睨んでいる。完全に喧嘩腰だ。もしかしたらこんな機会を待っていたのかもしれない。長い年月にわたって。
「あんたは確かに多くの物を失ったよ。その点は同情する。しかしハルからそれに負けない程多くの物も受け取ったはずだ。中にはあんたにしか受け取れない物もあったはずだ。本当ならあんたはそれを生かせるはずだ。さらにはそれを次の奴にも受け継いで行けるはずだった。なのに何故、あんたはそれをしないんだ?俺なら・・・俺にそういう才覚があれば、ハルの遺志を次の奴につないでやる事が出来たのに」
「ハルさんは私に人を斬らない事を教えてくれました」
「人を斬るだけが刀の使い道じゃない!」アツシが怒鳴った。
「あいつは自分が刀を振るう意味を考えていた。組を守る最良の方法を考えていた。あいつの一振りは相手の刃を跳ね返すためだけに存在していた。決して人を斬るための物じゃなかった。お前には解っていたはずだ。一番解っていたお前が、何故、ハルの生き方を否定するような真似をしているんだ!」

 怒鳴りながらもアツシの目は悲しい色をたたえていた。軽く息が切れている。
「否定している訳じゃありません」土間が答える。
「だったら、何故、刀を握ろうとしない」
 そう問われて、土間は遠い目をした。
「私は、ハルさんのようには成れないから」
そう言って、土間はアツシの目をしっかりと見据えた。


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